「班長、いいんですか?」
「いいも悪いも、部署違いの儂らが動く訳にはいかんでしょ?」
その場にしゃがんだいかにも草臥れた顔の男が、吹いてきた風にうなじで結んだ白髪を揺らして、そう答えた。
年の頃は明かに中年、服装はサラリーマンというより世の中に飽いた隠居人の様な作務衣に羽織、市女笠を被り、足は下駄だ。
「しかし、このままだと色々面倒ですよ?」
「そうは言っても、儂らは〝監視機構〟所属だし、下手に動くと後で面倒だよ? 始末書とか報告書とか残業とかさ」
「……実働に任せますか」
「お、ミヤちゃんも分かってきたね。おっさん、今日のお昼奢ってあげよう」
「来飯亭の広東餡掛け炒飯で、餃子と唐揚げ付きで」
「中々がっつりいくね。餃子の大蒜は?」
「勿論、がっつり」
「うわーお、パワフルだね」
隣に立つ女はいかにもキャリアウーマンというパンツスタイルのスーツに、髪色が目も覚める様な赤髪、そして如何にもやる気無さげな顔だから、更に二人の会話のから放たれる労働意識の低さと風貌の異質さが目立つ。
しかし、それを咎める声は無い。
何故なら、二人が立っているのは町外れに建つ電波塔だからだ。
「で、ミヤちゃん的にはあの魔女どうなの?」
「実力はランク相応、ですが急なランク上昇に本人がついていけてない。ですかね」
「つまり?」
「実働班が遅れたら、私達にお鉢が回ります」
「んー、あの魔女が上手くやってくれる事を祈ろうか。儂らの安心して食べる昼飯と定時上がりの為に」
「ですね」
手を翳して日除けにして、電波塔から見える異質な光景を眺める。
言ってしまえば、黒い靄。しかし、それはあまりに巨大かつ、次々と何かの意思があるかの様に辺りの木々や建物を捕食し、絶え間無く何かを吐き出している。
「……班長」
「んー、マズいね。ミヤちゃん出れる?」
「私向きじゃないですね」
「そこをなんとかさあ、なんない?」
「あれ、班長向きでしょ。というか、班長の方が強いんだからささっと片付けたらどうです?」
「えー、報告書が面倒だよ」
「魔女死なせた始末書の方が面倒ですよ」
「それもそっか。……あーあ、残業だ。たまには定時で上がりたいねっと!」
それだけ言うと、男は鉄塔を蹴り宙を舞う。
片手で笠を押さえながら、抵抗する魔女を今にも飲み込もうとする靄に視線を向ける。
「風か火か、面倒だから両方混ぜる」
息を吸い、口を膨らませると、魔女が飲み込まれる寸前に、男は火を吹いた。
「仙法・
男が吹いた火は、ただ燃えるだけでなく更に勢いを増し続ける。
その様子はまるで、製鉄の炉の中身をそのまま吐き出したかの様に、靄と靄が吐き出した黒い人形を燃やしていく。
「班長、救助救助」
「おっと、火を使ってるから耐性あると思ってた」
「まあ、もう救助してますけど」
「わーお、ミヤちゃんはやーい」
炎の竜巻の中で蠢く靄を尻目に、女の腕にはあちこちの装束が破けた魔女が、気を失ったままだった。
「ありゃりゃ、結構いかれたね」
「まあ、ランク相応程度でしたから妥当でしょう」
「となると、〝魔法連盟〟がなんでこの娘に討伐指示を出したのかが問題になるね」
魔女の無事を確認すると、男はもう一度息を吸い、また火を吹いた。
今度は先程とは明かに違う。対象を燃やし尽くす業火だ。
「ウェップ……、年は取りたかないね」
「ほぼ不老不死の〝仙人〟が何言ってんだか」
「ミヤちゃん達魔女も似たようなもんでしょ」
竜巻が消え、靄と人形が燃え尽きた事を確かめ、辺りを確認する。
どうやら、安全になった様だ。
「さて、ミヤちゃん」
「なんです? 班長」
「儂ら今日直帰で申請出してるのよ」
「ほう?」
「でもって、実は直帰は受理されてる」
「班長」
「うむ、実働班と魔法連盟が来る前に逃げるぞ! という訳で、仙法・天狗の隠れ蓑……!」
言うや、女は魔女をその場の木の側に置いて、男が颯爽と広げた羽織の内側に飛び込む。
それと同時に男が羽織を翻すと、そこに二人の姿は無かった。
後に残ったのは、魔力を消耗し意識も定かではない魔女と、遠くより駆け足で迫る武装集団のみ。
二人がその場に居た痕跡は欠片も残っていない。
ある日、幾つかの世界が突如として繋がり、融合した結果起きた争いで、この世界は一度滅びかけた。
だが、共通の敵が見付かった事で滅びは回避された。
共通の敵、邪神により世界は崩壊しかけた。
しかし、世界中より集まった英雄達の活躍。
そして、五大英雄の内の一人である勇者によって邪神は倒され、世界は平和になり、融合した世界は互いに手を取り合い、平穏を護る為の機関を設立した。
魔女達による〝魔法連盟〟
英雄達による〝特異監視機構〟
大陸の覚者による〝バロールの目〟
教皇による〝聖典教会〟
英雄達はそれぞれに集まり、これらの機関を設立し、世界の安定に貢献した。
そして長い月日が経ち、各機関は平和な世界で互いに牽制しつつも、自らの役割を果たし、異界より来る邪神の残滓を討伐し続けている。
「班長、ビールも追加で」
「いいよ。儂も〆にラーメンいっちゃう。しかも、背脂キッツイの」
「私もそれで」
「ミヤちゃん、本当にパワフルだね」
下駄と革靴の足音をアスファルトに響かせ、二人は悠々と夕暮れの町を歩く。
世界は融合しても人々の営みは変わらない。
ありとあらゆる文化が入り雑じり、新たな姿を見せ始めたこの〝世界融合安定期〟。
平和だろうが争乱だろうが腹は減るし、やる気が出なければ仕事もやる気は無い。
そんな事より、今日今からの晩飯が大事だ。
草臥れた仙人と自堕落な魔女は、一日の終わりの楽しみを求めて、雑踏の中に姿を消した。
トピック
班長¦本名 ジテツ・コジ。
実は邪神討伐に参加した五大英雄の一人だったりするが、この世界の仙人は基本名誉欲とか無いに等しいので、あまりその後の事に関わらず勇者が設立した〝特異監視機構〟に所属して、自堕落に日々を過ごしている。
後述のミヤちゃんの事は部下というより、手の掛かる姪か弟子の様な認識。実力は認めているので、面倒な案件は容赦なく放り投げる。
因みに、各機関は服装は自由。理由は装束自体が本人の力でもあり、その証でもあるので基本的にどの機関に所属するかわかればヨシ!
ミヤちゃん¦本名 宮木・琴子
人界出身の魔女、神童と呼ばれ実力は上位ランクだが以前所属していた魔法連盟内でのいざこざで、元からあまり無かったやる気を完全に無くす。
そして反対を振り切って退職した後、定食屋でジテツと再会しジテツの部下となる。
基本的にジテツを上司と思っておらず、飯奢ってくれる親戚の叔父程度の認識だが、その実力は理解しているので、面倒な案件は容赦なく放り投げる。
魔女¦魔女界に住まう者達。魔力という力を使い、魔法を行使する。
基本的に装束は薄着が多く美人揃いな上に、派閥によってはほぼ水着や下着なので人界で、
お前ちょっとその格好どうよ?
と、一回問題になった。
基本不老長寿
仙人¦仙界に住まう者達。魔女は魔力を中心に鍛えるなら、仙人は肉体を中心に鍛える。
その為、仙人が使う仙法は火を吹いたり手足を伸ばしたりの、肉体を使い変化させるものが多い。
また、魔女にも共通するが道具の制作や扱いにも長けている。
人間¦我々、基本的に雑魚。しかし、極稀に宮木や勇者みたいな特異点が産まれてくる。
なんか知らんけど、練習すれば魔法や仙法も使える様になるから、魔女や仙人からはよく分からん連中扱い。