「またジテツは居ないんですか」
「は、はい、申し訳ありません」
人界に合わせたスーツ姿で特異監視機構の受付で、そんな事を言えば情けない返事が返ってくる。
「いえ、貴女が悪い訳ではありませんので」
「しかし、ミネルヴァ連盟長……」
「アポイントも無しに来た
「は、はい……」
さて、どうしたものか。
あの男が捕まらないのは、今に始まった事ではない。
あの男は昔から肝心な時以外は中々捕まらない。
その癖、必要な時は必ずそこに居る。
昔から仕事をしたがらない草臥れ仙人、自分達五大英雄の中でも特に扱いに困る男、それがジテツ・コジだと理解していても、こうも避けられると流石に怒りが湧いてくる。
「あの……」
「なにか?」
「ジテツ第三班長なら、多分中央公園辺りに居ると思います」
「中央公園、それらしいですわね」
中央公園は出店がよく出ている。
あのサボり魔が時間を潰すにはもってこいの場所だ。
「どうせ宮木も一緒なのでしょう。丁度いいですわ」
そう言うと、ミネルヴァは踵を返し、出入口へと向かった。
しかし、
「狙って行くと、察知されて逃げられそうですわね。なら……」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「空が青いねえ」
「いやー、いいサボり日和ですね」
中央公園にて、屋台のたこ焼きを食べながら、ジテツと宮木の二人は空を眺めていた。
「しかし、今週は平和だね」
「残滓が一回も出てないですからね」
「来週もこうだといいよね」
「サボり放題、いい職場に来たもんです」
実際そんな事は無い。
特異監視機構の仕事は山積みで、二人がそのやる気の無さから半ば干されているだけだ。
なのに解雇されないのは、二人が特異監視機構の切り札だからに過ぎない。
五大英雄の一人である大仙人ジテツ・コジ
近代魔女の最高傑作の一人である宮木・琴子
戦えばまず負けない癖に、勤労意欲が皆無なこの二人に、無理に仕事を押し付ければ霞の如く消えるのは、火を見るより明らかだ。
であるなら、この二人には普段は昼行灯として、有事の際には特効薬として動いてもらう。
それが、特異監視機構の出した結論であった。
なので、決して二人のサボり癖を進んで了承している訳ではない。
「魔法連盟だとサボれなかった?」
「お、聞いちゃいます? 私の黒歴史」
「やだ、ミヤちゃんったら自分から黒歴史言えちゃう系なの?」
ジテツがちょっとふざけた動きでしなを作ると、宮木もわざとらしい影を作って話し出した。
「まあ、ワーカーホリック一歩手前まで働かされて、内部の派閥争いに嫌気が差しただけですけど」
「あらら、ミネルヴァの奴は何やってんだか」
「それで人事部に辞表叩き付けて、適当に飲み屋をぶらぶらしてたら班長にスカウトされた感じです」
「わあ、儂ったらナイス判断」
「本当、ナイス判断ですね。班長みたいな草臥れたオッサン仙人が、こんな可愛い部下を得られたんだから」
「本当、ミヤちゃんったら正直だよね。んで、今日の昼飯どうする?」
「来飯亭は昨日行きましたし、ブルネイは今日休みですから、イタ飯でもどうです?」
「いいね、ピザ頼もう。スパゲティーも」
「パスタって言わない辺り、本当にオッサンですね」
「やだ、本当に正直だわ。んじゃ、そろそろ……」
「……そろそろ何処へ行きますの? このダメ仙人」
その声を聞いたジテツと宮木の判断は早かった。
残滓との戦いより早い判断で、二人は別々の方向へと走り出す。
しかし、声の主であるミネルヴァの判断は更に早かった。
「うえ?! 結界?!」
「うわ……、ミネルヴァ。お前、この結界はちょっと大人気無くない?」
見えない壁に阻まれ、二人は驚愕に固まる。
ジテツも抵抗しようとはしたが、ミネルヴァの結界はそう簡単には破れない。
「喧しいですわ。大体、貴方達がサボりの常習犯でなければ、こんな手を使わずに済みましたのよ?」
黒い、ひたすらに黒く腰辺りまである髪、それと相反する透ける様な白い肌。如何にも高級そうなパンツタイプのスーツに包まれた豊満な肉体に、鋭くも暖かみを感じる容貌。
世界最強の魔女、ミネルヴァ・バーミリオンが実に深い笑みを浮かべて、二人の側に立っていた。
「さて、二人共。今日のサボりはお仕舞いですわよ」
「いやー、儂は働いたら死ぬ病にかかっててな?」
「あ、私も働いたら腸捻転になる病です」
「黙らっしゃい。さっさと仕事をしなさいな」
努めて笑みのままそう言えば、二人は顔を見合わせて、揃って溜め息を吐いた。
「でも、ミネルヴァよ。もう昼飯時だ」
「そうですわね」
「でも、連盟長。昼飯は食べないと死にます」
「ついでに銭湯でサウナ入って、マッサージチェアで昼寝もセットでしょう? 貴方達は」
「うわ、何で儂らのルーティン知ってんの?」
「ここに来るまでに、貴方達の話をよーく伺いまして、……まったく五大英雄の一人が若い魔女連れて何やってますの?」
「サボってる」
「サボってます」
二人の返答にミネルヴァは額を押さえた。
この二人は現時点における融合世界の最大戦力、五大英雄が自分とジテツ、そしてもう一人しか残っていない現代で、最悪の事態に対処出来るのは自分達三人と他数名しか居ない。
その数名の内の二人がこれだ。
まだこれでもあいつよりはましというのが、ミネルヴァの頭痛を加速させる。
「いいですの? 英雄たる者、それらしい品格を備え、その名に恥じぬ行いをせねばなりません」
「言われてますよ、班長」
「言われてもなあ……、儂を五大英雄だと思っとる人間が何人居るやら」
「まあ、班長は昔っからそんな感じでしょ? 確か教科書にも書いてましたし」
「え、嘘? どんな感じに書いてたの?」
「貴方達?」
笑みのまま額に青筋を浮かべると、二人は黙った。
その様子に嘗ての旅の日々を思い出す。
仙人がサボり、勇者が真似をして、僧侶が大酒を呑んで、拳士が賭場でひん剥かれ、魔女がその全員を叱責する。
そんな日々、懐かしくも厳しく、暖かくも冷たい大切な思い出。
この仙人はその思い出のままな訳だが。
「分かった。分かったよ。働きゃいいんだろ?」
「えー、班長。仕事するんですか?」
「ミヤちゃん、ここで仕事するって言わないとずっと説教だよ? 儂、知ってんだ。ミネルヴァの説教は長いって」
「ジテツ、本当に夜通し説教されたいのですか?」
「マジ勘弁」
両手を挙げて降参するジテツに、それに倣って両手を挙げる宮木。
行動が勇者とよく似た娘、勇者もよくジテツの真似をしていた。
「……はあ、ジテツ。貴方は本当に変わりませんわね」
「仙人がそう変われるかよ」
「まったく……、今はこのくらいにしておきましょう。それでジテツ、貴方達昼食はどうしますの?」
「あ、イタ飯行きます」
「そうですの。では、私の行き付けの店に行きましょう」
宮木がジテツを見た。
ジテツも宮木を見た。
参った。以前にジテツから聞いた食の趣味が合わないという話。宮木もジテツも、高級店より大衆酒場、同じ老舗でも下町の定食屋が良いのだ。
さて、どう切り抜けるか。
「二人共、行きますわよ」
「「あ、はい……」」
とても深い良い笑顔に、二人は頷くしか出来なかった。