Pixivに掲載している作品をこちらでも載せます。後、今作品から前書きと後書きはお知らせなどがある際にのみ書く方針で行きますので、ご理解の程宜しくお願いします。
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では、どうぞ。
「ゴーーールッ!!今年のWDT(ウィンタードリームトロフィー)、栄えある一着に輝いたのは…マルゼンスキーだぁ!!」
響き渡る実況の一言。それに呼応するように、一気に沸き立つ観客の大声援。あの声援の主たちよりも距離は遠いはずなのに、暑苦しいとさえ感じてしまう程、熱狂を帯びていた。
トゥインクルシリーズを好成績で収めた者のみが立つ事を許されるこのドリームトロフィー。今年のWDT優勝バはマルゼンスキーだった。トゥインクルシリーズの頃からその強さを露わにしていた彼女がここで勝利を収める事に私や他選手、観客らは不思議という感情を抱く事はなかった。それ程、彼女は強いのだ。
私も今回のWDTの走者だったけれど、悔しさは無かった。痩せ我慢でもプライド高い見栄でもなく、シンプルに、悔しさが湧かなかった。これだけ熱い勝負に立てた事に満足しているからなのか、悔しさを感じない程度の勝負だったからなのか。……きっと、違う。
とある本だったか、誰かの言葉だったか。忘れてしまったが、こんな一言が私の中で鮮明に残っている。
「選手としての終わりは、怪我でもライバルの不在でも、挫折でもない。──悔しさの欠如である。」
その言葉を知った当時の私は、ハッとさせられた。割とありきたりな格言が出回るご時世の中で、こんなに核心を突く言葉生き残っていたとは、と思っていた事までもが思い出される。その言葉が真なら、私は選手として終わりであると同義だ。
息を整え、控室に向かう準備をする。3着以上のウマ娘のインタビューが先なので、今回6着だった私の取材までは少し時間があるだろう。多少、ゆっくりしていても文句は言われないと思う。
「……選手の終わり、ね。」
ふと、心の中だけに留めようとしていた言葉が漏れる。幸い、周りに誰かがいた訳ではなかったので、聞かれる事はなかった。幼い頃に両親に捨てられ、とある保護機関に引き取られるという、少しだけ特殊な環境で育った。そんな境遇下だった頃の私は、こうして選手として走り続け、ましてやドリームトロフィーにまで進める等と思いもしなかっただろう。
事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。この身を以て体現するとまでは思わなかったが。
選手として突飛な才能がある訳でもなかった私がここまで来れたのは、トレーナーは勿論の事、ライバルや時の運、少しの自分の努力のお陰とも言える。どれか一つが欠けていれば、ここまでの道を歩む事は叶わず、テレビに映るレースに想いを馳せながら、日々を惰性に任せていた事だろう。様々な思い出が、鮮明に想起できる。やけに私を過大評価していた同期や、私の機嫌を損ねないように動いて、空回りするトレーナー。……後は、意味不明な言動をする後輩もいたっけ。何だかんだ、どれも良い思い出だった。
……今日を走り切った皆は、どんな思いを秘めているのだろう。次回のドリームトロフィーについて考えるのか、明日以降の生活を想像するのか。それとも、今日の敗北をバネに、より厳しい練習をするという意気込みを持つのか。…案外、今言ったような選手染みた思考はしていないのかもしれない。
「…もう、充分やりきったわね。」
…私は、よくやりきったと思う。勝てるかも分からない程強い同期や、メキメキと実力を付け続ける後輩、圧倒的な実力と経験を兼ね備えた先輩達を相手に、私の様な弱者が、よくここまで諦めずに走ったと思う。自画自賛ではあるけれど、自分を褒めたいものだ。
けれど、それもこれでおしまい。私という一選手の生命は、ここで終わる。時に楽しく、時に辛かった青春も、今日を以て幕を下ろす。この先の私の人生は、ここまでの青春以上の盛り上がりは無い。また、あの頃のような平凡な人生が再開する。…ちょっとだけ、寂しい気もする。
けれど、悔いは無い。やり残したと思う事も無い。全部、やりきった。沢山勝ったし、沢山負けた。沢山笑って、沢山泣いた。映画をVRで観たかのような経験を、沢山し尽くした。私の中に、選手生命の終結に対する蟠りは、当の昔に無くなっていた。
「それに……」
──私という役は、もう舞台から降りた方が良いでしょう?
──────────
「…本気かい?」
「えぇ。嘘偽りのない、本気よ。」
「……そうか。」
僕は、想像だにしなかった担当の一言に、そう確認せざるを得ない程にまで動揺していた。
──私、今日を以て選手を辞めるわ。
この一言は、いつか彼女の口から切り出されるだろうとは思っていた。ウマ娘だって、体力も衰えるし老いもする。人間とはかけ離れた身体能力だったりを持つとは言え、それは無尽蔵ではない。人間だって、体力も衰えれば老いだってする。ウマ娘は、ソレが少し人より遅いだけ。選手だって、いつかは降りなければならない。試合のマンネリ防止とか怪我のためにではなく、自分の為に。…自分をレース人生に捧げたウマ娘を除けば、ではあるが。
最近の彼女の走りが全盛期よりも衰え始めている事は知っていた。恐らく、本人も自覚していたんじゃないだろうか。僕よりもずっと、彼女は賢いから。だけど、彼女の負けず嫌いは人並み以上だ。もう一度勝つまで続けたい、なんて言うんじゃないかとばかり思っていた。その言葉に備えて、「休み休みで頑張ろう、気が済むまで。」と言う準備ばかりしてきた。
「どうして、今日なんだ?」
僕は彼女の意思を止めるつもりは毛頭ないので、辞める事自体には反対しない。けれど、どうして今日にしたのか、それが気になったのでこう尋ねる事にした。彼女は少し顔を下に向け、右手を口に当てながら小さく「ん~……」と言いながら質問への答えを絞り出そうとしている。彼女が難しめの質問や問題にぶつかった時、このようにして考えを巡らせるのが癖なのだ。この4年を共にして知った、彼女についての一つである。その時の彼女は、どこか可愛らしい。
「…やりきったと思った、からかしら。」
それ以外の理由が、逆に見つけられなかったわ。と付け加え、そう飄々と言ってのけた。
僕は彼女から聞きたい事を聞けたので、引退の手筈を進める事を告げた。それと同時に、この後のインタビューでも引退表明するようにと伝える。
……彼女と共にした4年。永い様で、とっても短かった。担当にこう思っているトレーナーも中々変かもしれないが、この4年の思い出が、彼女にとって良い物であって欲しいな。
…悲しいけど、彼女も第二の人生を送るんだ。精一杯、笑顔で送り出そう。
「……タナトス。」
「…?」
──今日まで、お疲れ様。
「…ありがとう、トレーナー。」
そう言った担当の笑顔は、とても柔らかいものだった。
──────────
「お疲れ、ルドルフ」
「トレーナー君こそ。今日まで徹夜していた日もあったそうじゃないか。」
「はは……気が付いたら朝だったんだって。」
レースが終わり、控室にいたトレーナー君と言葉を交わす。つい最近知ったトレーナー君の徹夜についても、ちょっとした皮肉を込めて。相変わらず手厳しいな…と言うトレーナー君だが、長年付き添ってくれた者への心配をするのは、当然だろう。それに、トレーナー君は私の為にと無理をする事がある。今でこそたづなさんやエアグルーヴの協力のお陰で良い方向に傾いたのだけれど。
先程、レース後のインタビューも終わったので、後は支度をして帰路に立つだけ。既に準備を終えているトレーナー君を尻目に、私も残っている支度を済ませようとする。すると、何の気なしに付けていたテレビに映るインタビューから、想像すらしていなかった言葉が飛んできた。
「私は、本日をもってドリームトロフィーから身を引きます。」
「──は?」
テレビから聞こえてきた声の主は、私の同期であるタナトス。私が自身の真のライバルだと認める、数少ないウマ娘だ。私と対峙したレースでは私が勝ち越したものの、非公式の場であったり私の出場してないレースでは多くの勝利を収めてきていた。彼女の走りから学ぶ事だってある程、私にとっては尊敬しているウマ娘であった。
もっとも、世間に対する彼女への評価は好意的…とは言えず、寧ろ批判的であった。ウマ娘のレースには、本人の能力や戦績は勿論の事、親の血統という要素が重要視される傾向にある。別のスポーツでもありがちなものなので否定こそしないが、それが近しい者に向けられているとなると、憤りを感じざるを得ないが。
そんな世間の評価をある程度覆し、ドリームトロフィーにまで進んだ彼女は、正直言って凄い。そんな境遇に置かれれば、そのプレッシャーに屈して好成績を出せない、或いはレースから身を引く事だって普通に有り得る。私だって、そのような状況であったらトゥインクルシリーズすら走り切れるか怪しい。そんな偉業を、彼女はやってのけたのだ。凄くない訳がない。
そんな彼女の引退宣言。てっきり、もう一度ドリームリーグを制してから身を引くものだとばかり思っていた。まだ彼女と競えると、そう喜んでいた。しかし、今日を以て彼女は選手生命を終える。
心の底から、色々な感情が湧き上がる。悲しみや怒りと言うには、少々違和感がある。そんな言葉に出来ないような感情が、私を蝕んでいく。
「…彼女が引退?アイツからそんな話、聞いてこなかったんだが……」
どうやら、トレーナー君も知らなかったようで、私程ではないにしろ、驚きの表情を浮かべている。トレーナー君と彼女のトレーナーは仲の良い同期らしく、互いの進捗などについて話し合う仲である。そんなトレーナー君ですら知らなかったとなると、彼女の独断なのだろうか。
思考が止まらない。既にレースもインタビューも終わり、考える事などほとんど無いに等しいと言うのに。何故だ何故だと、ここにいもしない彼女に対する言葉の羅列が頭の中を支配する。そんな私に気付いたのか、焦りながら私に呼びかけるトレーナー君。彼の言葉でようやく落ち着いた私は、どうにか息を整えながら帰りの支度を終わらせる。
聞かねば。どうして彼女があんな決断をしたのか。彼女が私の質問に答える義務などないが、聞かずにはいられない。
…彼女に、悔いはもう無いのだろうか。そう感じさせる程に、一瞬見た彼女の表情には一点の曇りも無かった。