Under the Same Sky   作:moco(もこ)

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Operation-2

 

 

 ──放たれた岩の槍が、貫かんとばかりに襲いかかる。

 

 間に合わないと覚悟した瞬間に、目の前に人影が滑り込んだ。

 

「いっ、たぁ~!!」

 

 鈍い音を立てて槍が弾かれる。その衝撃に、ビーグルが悲鳴を上げて盾を取り落とした。

 その向こうでは、ナイフに雷をまとわせたペッローの女がこちらへとそれを投擲するモーションに入っていた。

 

「だぁっ! 雷、水、炎、岩! なんでもありかよ、どーなってんだよあいつのアーツ!!」

「ぐぇ、ちょっとラヴァちゃ、首しまっ」

「胴体とおさらばするよりはマシだ、ろ!!」

 

 硬直していたビーグルの首根っこを掴んで放り投げると同時に、懐からナイフを振り抜く。ギィン! と甲高い音が鳴り響くよりも早く、自分もビーグルを放り投げた岩陰へと体を滑り込ませた。

 

「い、意外と、力持ちだね、ラヴァちゃん」

「こ、これでもっ、サルカズ、だからな」

 

 お互いにぜぇぜぇと息を切らせながら岩陰から様子をうかがう。すると、じっとこっちを見つめている奴の背後からひゅ、とフェンが飛び出した。

 

「はぁ!!」

 

 完璧なタイミングでの奇襲だった。ドーベルマン先生がいたら、それこそうんうんと頷くほどには。

 不運だったのは、相手の野性的な勘がそれを完全に上回る反応速度を見せたことだった。激しい攻防を繰り広げる二人を岩陰から見守っていると、ハイビスが後方から駆け寄ってビーグルの治療を始めた。

 

「ハイビスちゃんには攻撃してこないね」

「非戦闘員ってわかってるからか……?」

「でもわたし達をギッタギタにしてる時点で有罪だよー!」

「だな。クルースは──」

 

 どこに、と言う前に、空を切り裂く一矢が頬をかすめていった。

 

 完全なる意識の外からの攻撃。あと数センチ左にずれていれば貫かれているのは自分だったであろうと確信を持てるほどのすれすれの軌道で放たれた矢が、ようやっとそいつのマントの裾を縫い止めた。

 

「……うー」

「クル────ス!! 殺す気か!!!」

「でも当たらなかったでしょ~?」

「わ、わ」

「ラヴァちゃん! 顔出さないで!」

「おわぁ!?!?」

「あわ、あわわ」

「ちょっと! 誰か手伝って!!」

 

 怒声を張り上げて振り返れば、クルースの声は聞こえるものの気配はすでにないわ、キレた拍子に岩陰から頭を出していたらしく、ハイビスに頭をむんずと掴まれ引きずり倒されるわで散々だった。

 一連の様子を見ていたビーグルは、ただただあたふたと慌て、ついでに不服そうに矢を引き抜いて事なきを得た正体不明のペッローの再度の猛攻を一人でしのいでいたフェンが悲鳴を上げた。

 

 もうなにもかも無茶苦茶だった。Logos 大先生やPith 先生、ドーベルマン教官には勝てなくとも、そこそこの実力はついてきたのではという淡い自信は、見事このペッローに叩き潰された。

 

 なんせ五人でかかっても歯が立たない。そんなことは今まで一度だってなかった。

 

「「あ」」

「あ、ラヴァちゃんの本」

 

 どさくさに紛れて落としてしまった本を、フェンを片手で軽くいなしていた奴がひょいと拾い上げた。

 

 流れるような動きでショートスピアをフェンへと投擲し、フェンがそれを弾いた隙をついて、新たに剣というよりは鉈に近い武器を引き抜き、追い打ちをかける。

 フェンのショートスピアの柄元(えもと)を斬り上げ、吹き飛ばした勢いでその場でくるりと身を(ひるがえ)す。その動きに呼応するように、周囲に渦を巻きながら小さな火球がいくつか現れた。

 ひとつ、ふたつ──火の玉というには生易しく、豪火球と呼ぶのに相応しいほどに大きく練り上げられた炎の数々がこちらへと放たれた。

 

 三人して慌てて身を引っ込めると、ちょうどひとつ隠れていた岩陰に当たって砕けた。残火でさえ皮膚を焦がしていくその火力に、思わず声を荒らげる。

 

「なんだそれは!? アタシにもやり方教えろ!!」

「ラヴァちゃん?」

「あ、いや、違くてだな」

「漫才やってる場合じゃないよぉ!」

「「漫才じゃない!!」」

 

 ハモらないでよぉ、と情けない声を上げるビーグルを無視し、簡易的な治療を終えたことを教えるようにぽんと背を叩いたハイビスに頷きながら、腰のホルスターからナイフを左手で引き抜いて投擲する。あらぬ方向に飛んでいったそれを見て、ぎゅむとハイビスがアタシの頭にのし掛かりながら不思議そうに声をあげた。

 

「ラヴァちゃん、こんな下手だったっけ?」

「いいから見てろ。あと乗っかるな」

 

 十分にあっちこっちに放ったところで、もうひとつ取り出して利き手ではない右の親指を切りつけ、刃を弄ぶ。こんなもんで十分か。ゆっくりと立ち上がりながら様子をうかがっている二人に声をかけた。

 

「離れてろ、ハイビス。巻き添え食らっても知らないからな。ビーグル!」

「ひゃい!?」

「いい感じにフォローよろしく」

「いい感じにって!?」

「自分で考えろ」

 

 アーツユニットが手元にないというのなら、()()()()()()()()()()()。幸いにして自分は感染者だ。極力やりたくはなかったが、四の五の言ってる場合じゃない。

 

「──フェン! 距離を取れ!」

 

 その言葉にフェンがペッローから飛び退き、そして髪と同色である金茶(きんちゃ)の耳をピクリと揺らしながらペッローがゆっくりと振り返る。なにをするつもりなのか、こちらへと手を伸ばそうとしたそいつの足元にナイフを鋭く放った。

 

 今度は目標の足元へとまっすぐ突き刺さったナイフを確認し、地に手をつく。

 

 ──飛翔の際に飛び散った、()()()()()()()がナイフで描かれた即興の源石回路へと伸びる。ぼう、と淡い光が地を走り、びくりと体を揺らした奴を囲むように六芒星が浮かび上がった。

 

 地面を介して()()()()()()()()()()。制限のない大地に大きく描いた源石回路は、通常よりも威力を底上げしてくれるはずだ。

 

 六芒星を描いたのは、術者の力を向上させる紋様であることと、どこにも切れ目のない六芒星が一種の結界を意味することを知っていたから。つまるところ、今頭で描いているイメージに()()()()()()

 

「大地に六芒星を描きて()う、浄化の炎よ、千丈(せんじょう)奔流(ほんりゅう)となりて地を走り、天へと昇れ。来たれ来たれ──」

 

 いつも使っているアーツユニットよりも簡易的な回路。であればいつも短縮している詠唱をより長く、より具体的にすればいい。

 炎は物質ではなく、現象。すなわち、いかに具体的に想像(創造)できるかが鍵となる。だからたとえ自分には天賦の才がないのだとしても、()()()()()()()()()()()()()

 

 地に描いた紋様に血中源石が反応する。沸騰しているんじゃないかと思えるほどに熱い血潮が暴れまわり、内からこの身を切り裂かれるかのような激痛が走る。それでもなんとか気力をふり絞って最後の言葉を吐き出し、詠唱を完成させた。

 

「──紅蓮(ぐれん)の牢よ!」

 

 数多(あまた)の火柱がうなりをあげて天へと立ち昇る。それに奴がびくりと後退りしたのを見て口端が上がった。

 文明というものにとんと縁が無さそうな野生的な動き。火に慣れ親しんだ者ならまだしも、大抵の生物は炎を恐れる、だからこその炎の檻。するすると立ち昇った火柱を天中で結び、鳥籠を形成すると、それに驚いたフェンが叫んだ。

 

「ちょっと! 殺さないでよ、ラヴァ!?」

「わ、かってる、よ!」

「どこが!?」

「話し、かけんな、手元が狂うだろ!」

 

 視界の端でこそこそと動いているビーグルを捉えながら、悲鳴を上げる体を振り切って術に集中する。ここからは根比べだ、アタシがぶっ倒れるか、手元が狂ってあいつを燃やし尽くしてしまうか、あるいは──。

 

「……っ、が、は!」

 

 業火によって発生した上昇気流によって酸素を奪い、あいつをぶっ倒すかの三択だ! 

 

「おと、なしく、寝とけ!」

「う、ぁ」

 

 苦し気に喉元を押さえた女は、体をふらりと揺らしながらもしぶとく意識を保ち続けた。頑丈すぎんだろ、ペッローってこんなんだったか!? とチカチカと明滅する視界に耐え、飛びそうになる意識を内心で悪態をつくことでどうにか保つ。

 

 ああ、くそっ、自分の体表にある源石を使って術を放つサルカズの奴らは頭がおかしいんじゃないか、マゾだマゾ。

 それとも、体表に源石が現れるほどに症状が悪化するとこれほどの痛みに対しても鈍感になるのだろうか、とどうでもいいことを考えていると、ぽたり、と大粒の汗が手の甲をうった。緩慢な動きで視線を落としてそれを見届けようとすると、どさりと鈍い音が響く。

 

 顔を上げて確認するにはどうやら自分も体力が残っていなかったようで、それを見届けることなく地に崩れ落ちた。

 

「だっ、は、ぁ!!」

「か、確保ー!!」

 

 ごろんと体を仰向けにして酸素を求めてあえいでいると、少し緊張したビーグルの声が耳に届く。その声を聞きながら、頼まれたらなんだかんだやってくれるんだよな、ビーグルは、と思いながら遠くで響くドタバタに耳を傾けた。

 

「あれ!? て、手錠忘れちゃったー!」

「は~い、これ、使って~?」

「クルースちゃんいつの間に!?」

「ビーグルはそのまま押さえてて、私がやるから」

 

 しまらないなぁ。その会話に少しばかり気が抜けながらも、ぼんやりと空を見上げた。火照った体を、気持ちのいいそよ風がなぜていった。

 

 少しの時間をかけて息をととのえ、どうにか身を起こすと、意識が戻ったらしいペッローのうめき声が響いた。

 

「う……」

「事務所までご同行を願います、お願いだから抵抗しないで」

 

 ぐっとビーグルが強めに地面に押しつけ、フェンが警戒しながら声をかける。すると、奴は聞いているのか聞いていないのかわからない様子で顔を上げ、なぜかアタシの方をじっと見つめた。

 なんだ、まだやんのかよとげんなりしながらにらみつけると、しばらくぱくぱくと口を動かしているだけだったそいつが声を振り絞った。

 

「……お」

「お?」

 

 その単語にクルースが首を傾げる。そしてそいつは、ようやっと言いたいことを形にした。

 

「おな、か……へっ……た……」

 

 そしてどこか怨めしそうな表情でそう言うと、がくりと気を失ってしまった。

 

「「「……え?」」」

 

 仲良くハモッて三人の視線がこちらへと集まる。

 そういえば、まさか、とごそごそとポケットをまさぐると、そこにはおやつの残りである数枚のクッキーが入った、ハイビスがせめてラッピングは私が、と可愛らしくリボンで結んだプラスチックの小さな包装があった。

 

「え……こ、これ、か?」

 

 しばし気まずい沈黙が流れた。

 

「……ラヴァちゃん戦犯~?」

「わたし達の命、そのクッキー以下ってこと……? へ、へへ」

「うっそだろ!? だいたい匂いなんて……!?」

「ペッローだしね……」

「そういうものか!?」

 

 驚愕と共に勢いに任せて立ち上がり、思わずクッキーを二度見した。

 

 ありえない。

 

 いや、そのありえないことが今まさに起こったわけなんだが、あまりのバカらしさに硬直していると、少し離れたところで様子を見ていたハイビスが、どんと背中に体当たりしてきた。

 

「どわ!? あぶ、危な……」

「今、なにしたの?」

 

 たたらを踏んでいると、背中からくぐもった声が響いた。その声音は、どこかこちらを責めるようだった。なんなんだと思いながら首を後ろに回して口を開く。

 

「なにって……あれだよ、サルカズの術師がやるみたいに、血中源石を利用して」

「それはラヴァちゃんの命を奪うものだって、Pith先生は教えてくれなかったの?」

 

 その言葉にムッとする。師と仰ぐ人も責めるようなその言葉はカチンとくるのには十分だった。

 

「教えてもらったさ、だから負担を軽減するために外部に源石回路を作ったんじゃないか。それにこうでもしないと死んでただ、ろ……」

 

 力任せにハイビスを引きはがした。向き合う形になってようやっと見えたその表情にぎょっとする。

 

「……お願いだから、もうしないで」

 

 涙をたたえる両の瞳。泣くまいとこらえながらも、その声は微かに震えていた。

 その様子にうろたえていると、ハイビスが俯く。表情が見えなくなり、不安になって思わず謝ってしまった。

 

「……わ、かったよ。ごめん、姉ちゃん」

 

 これだから姉ちゃんは苦手なんだ。

 いつもいつも、あれやこれやとまるめ込まれて、結局こちらが折れるしかなくなるのだから。

 

 おそるおそる肩に触れると、またもやドンと先程よりも強く飛びつかれてしまった。空っぽの体力でそれを支えきれるはずもなく、またもや地に倒れ込む。

 ぎゅっと服を掴み、胸元で嗚咽をこらえるハイビスの様子が見なくても伝わってきた。

 

 そんな姉ちゃんにかける言葉を知らなかったアタシは、ただ黙って空を見上げることしかできなかった。

 どこまでも広がる、鬱陶しいくらいに青く澄み渡る空を。ただ、ただ、見上げることしか。

 

 




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