Under the Same Sky   作:moco(もこ)

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Operation-3

 

「あ? クッキー? ダメだダメだ、絶食状態でこんなもん食ったら吐くぞ」

「うー……」

「うっ……じ、事務所ついたら、作ってやるから」

「ホント!?」

 

 ガツガツとラヴァちゃんが作ったオートミール粥をかっこむ、とりあえずペッローさんと呼ぶことに決めた女の子がふと手を止めて物欲しそうに口にクッキーを運ぼうとしていたラヴァちゃんを見つめ、それに対してラヴァちゃんが制止の声を上げた。

 

 なんだかんだ、事務所へと向かう道中で一番この子を気にかけているのはラヴァちゃんだ。昔から人をよく見ている子だった。その優しさを、どうしてか隠してしまうのだけれど。

 

「おいらね、はちみつクッキーが好きなんだ!」

「はちみつクッキーって……ミノスのお菓子か? ん……レシピはこれか」

 

 携帯端末でレシピを検索して笑っているラヴァちゃんをぼんやりと見つめながら、ふと過去を思い出していた。

 彼女の知らない、彼女に教えないでと懇願した過去を。

 

 

 この空の下で生きていれば、きっとまた会える。会ったらまた喧嘩しちゃうんだろうけど、それでもまたそういうことを繰り返しながら一緒に生きていけると、あのときまで思っていた。

 

 真っ白な治療室で医療オペレーターが駆け回るなか、心電図のピッ、ピッという音が嫌に耳に響いた。

 

「心肺蘇生!!」

 

 ねぇラヴァちゃん。ラヴァちゃんには言わないけど、あなたの心臓止まりかけてたんだよ。

 ねぇラヴァちゃん。ひねくれ者で、いつもまともに話すらさせてくれないのに、なんでこういうときはお姉ちゃんのこと呼ぶんだろう。

 

 死にかけている妹を目の前にして、私はなにもできなかった。

 

「──呼んでいるぞ、声をかけてやれ」

 

 ケルシー先生がそうやって私に声をかけるまで、そんなことすら思いつかずに立ちすくむことしか。

 

「……──ちゃん、──ちゃん! 大丈夫だよ、お姉ちゃんはここにいるよ」

 

 無理矢理明るい声を作って話しかけた。その声が震えてしまったのは、許してほしい。本当は今にだって駆け寄りたかった。でもそんなことをしたって邪魔になるだけだと知っていたから、胸の前でぎゅっと手を握りしめて耐えた。

 

「こんなに離れてたの、初めてだよね。あのときはごめんね、お姉ちゃんも悪かったから。だか、ら」

 

 あのときに、すぐに謝ればよかった。こんなことになるなんて思わなかったから。こんなことが容易に起こる世界であると、まだ知らなかったから。だから己の無知を嘆き、己の無力さに歯噛みした。

 

 言葉に詰まる。俯いた拍子に、ぽたりとなにかが零れ落ちた。

 

「だから……」

「起きたら仲直りしよーな、な?」

 

 途切れた言葉を繋いだのは、そのとき治療に当たっていたエリートオペレーターの一人だった。顔を上げると、に、と笑いかけられる。

 

「ほら、お姉ちゃんの呼びかけで戻ってきたよ」

「大丈夫、絶対に助けるから、ね?」

 

 あのとき、言いたいことはいっぱいあったはずなのに、どうしても言葉が出てこなかった。途切れた言葉に、この沈黙がこの子を殺してしまったらどうしよう、と心がすくんだ。そんなとき、治療に当たっていた医療班のみんなが忙しいだろうに陽気にそうやって声をかけてくれた。それにどれほど救われたか、わからない。

 

 ピッ、ピッと心電図が正常な音を奏ではじめるなか、色々な話をした。双子であること、いつもいつも喧嘩ばっかりなこと。ひねくれ者だけど、それでも優しい子であること。ちょっとわかりづらいけど、誤解しないであげてほしいこと。色々、話した。気を抜けば俯いてしまいそうになるところを、絶妙なタイミングで話を続けてくれて。そして、そのうちの一人。その雑談に混じることなく、かといって咎めることもなく。最初に声をかけろと言ってくれた、彼女が。

 

「ふん。見くびってもらっては困る。この程度、痕も残さないさ」

 

 ──ケルシー先生が。治療を終えて、不遜にそう言ってのけたとき。どれほど救われたことだろう。

 

 大切な人を守るには、私はあまりに無力だった。

 この世界には、なにをしていなくても私の大切なものを傷つける人達がたくさんいることを知った。だから医療の道が最良に思えた。だから、扉を開けて去っていこうとした彼女の後を追った。

 

「これは……」

 

 本当は、治療にアーツを使えればよかった。本当は、こんな力になんて気づきたくはなかった。

 

「先祖返り……いや……」

「……ケルシー先生」

 

 ──命は血脈に回帰し、すなわち命は他者の中で。

 

 頭の中に響いた、誰とも知れない者の声に思わず杖を取り落とし、耳を塞ぐ。

 

「私……このアーツ、使いたく、ありません……!」

 

 誰にも知られたくなかった。このアーツのおぞましさを、二度と思い出したくなかった。懇願するように声をふり絞れば、ケルシー先生が嘆息して歩み寄った。

 

「医療オペレーターになるためには、それ相応の努力が必要だ。呪術とは、人を死に至らしめる技。つまり、それは裏を返せば人を生かす術を知るということだ」

「……」

「誰もが持っているわけではないその能力を、捨てるというのか」

 

 沈黙が落ちる。こちらを非難するような言葉に、なにも言い返せなかった。黙り込んでいると、ケルシー先生が近くにあったワゴンから救急カートを持ってきて私の目の前で開いてみせた。

 

「この中にある薬剤全て、わかるか」

「……ええ、と。エピネフリン、リドカイン。アトロピン、に」

「これがジアゼパム、こっちが炭酸水素ナトリウム。なにに使われるかは?」

 

 その言葉に首を振ると、先生はじっと私を見つめながら静かに語り始めた。

 

「治療の全てがアーツだけで行われているとでも思っているのか? アーツに頼らないというのなら、他の奴らより努力をしろ。それに頼ることのない強さを身につけろ。いいか、アーツは万能ではない。ここぞというときに頼りになるのは、ロートルと思われがちなこういった手法に対する知識の数々だ」

 

 ケルシー先生は、求める者に対しては答えを返す人だった。それが難しく、理解しがたいものであったとしても、一度しか教えてくれないのだとしても、先生は真摯な人だった。

 

「ふむ。そうだな、お前のコードネームはハイビスカスとしよう」

「……ハイ、ビスカス?」

後生花(ぐそうばな)。極東ではそう呼ばれている。いいか」

 

 ケルシー先生は、そこで言葉を切ると、

 

「──メメント・モリ(memento mori)

 

 と、今まで一度も聞いたことのなかった言葉を教えてくれた。

 

「死を想え。死から逃げる者に救えるものなどあるはずもない」

 

 後生花(ぐそうばな)死人(しびと)後生(こうせい)の幸福を願って植えられる花。死から逃げるなと戒められるように名づけられた、私のもうひとつの名前。

 

 あの日から、ずっと考えている。

 

 自分のできること、できないこと。自分が至らなくて零れ落ちてゆく命の数々。その中に妹が含まれてしまったら、どうしよう。

 

 人は生まれ、必ず死ぬ。その(ことわり)を捻じ曲げることはできない、それでも。

 それでも、私は。

 あの子を失ってしまうことは、どうしても。

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