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紛争や迫害などで住む家を追われ、難民としてあてもなく彷徨っている人達が沢山いる。その原因が、感染者に対する迫害が主に占めるようになってもやることは変わらない。難民キャンプ内での診療、心のケアなどを定期的に行うのがロドスの医療チームの仕事のひとつだった。
ロドスは数少ない、感染者に対する無料診療を行う組織ではあったが、それに対する偏見がないとはいえない。医療オペレーターのほとんどは感染者で、ましてやシャイニングやハイビスを含むサルカズも医療班に何人かいる。見た目だけで治療を拒否し、罵声を上げる奴なんてざら。それでもあいつらは辛抱強く、誰を責めるでもなくひとりひとり丁寧に治療の説明や処置を施していた。
「……はぁ」
「おい、ハイビス。お前昼食べてないだろ」
護衛を他のチームと交代し、炊き出しの方を手伝っていたクルース達からミネストローネスープの入った魔法瓶と簡単なサンドイッチを貰ってきたので差し出すと、これをかたしたら食べるね、とまだ働こうとしたので、山盛りのガーゼを奪ってしっしと追い出す。
「ラ、ラヴァちゃん?」
「お前寝ずの番するのに一切休憩挟まないつもりか? 煮沸消毒くらいはアタシでもできる、こういう雑用は他の奴に任せればいいんだよ」
えーと、この水の分量に対して炭酸ナトリウムは……とぶつぶつと独り言を呟いていると、手洗いを終えたハイビスにちょいちょいと裾をひっぱられた。
「なんだよ」
「ありがとね」
そっとお礼を言ったハイビスを、まじまじと見る。朝からずっとシャイニングの隣で駆け回って疲れてるだろうに、それを見せることなく笑っている。それでも、顔には疲労が滲んでいた。
『──触るな魔族!!』
「……」
「ラヴァちゃん?」
「お疲れ」
一応のねぎらいを、頬をぽんぽんとぎこちなく叩くことで示すと、ハイビスが目を丸くした。こうやって向き合うと、確かに自分より少しだけ背が高い。双子であるはずなのに、この違いは一体なんなんだと考えていると、ハイビスがくすくすと笑った。
「なんだよ」
「ううん、うつっちゃったなって」
「はぁ?」
「なんでもないよ。じゃあ、これ頂いちゃうね」
「ああ。スープは熱いから舌を火傷するなよ」
「うん。それ、十五分以上は煮沸してね」
テントを出ていくハイビスを見送り、手袋をはめて改めてガーゼの山と向き合う。これを全部終わらせるには、おそらく一時間以上はかかるだろう。全く、頼るのが下手くそな姉を持つと妹は苦労すると一人ごちて、終わりの見えない作業に取りかかるのであった。
※
くぁ、とあくびを噛み殺して伸びをする。日が落ちてからしばらく経つ。不規則な生活に慣れているとはいえ、結構な重労働をこなせば眠くもなるわけで。
ここら辺は日が落ちると一気に寒くなる。焚き火のそばで暖をとっていると、フェンが声をかけた。
「ラヴァ」
水筒に入っている紅茶を差し出してフェンが笑った。その奥ではクルースが盛大なあくびをしていて、ビーグルは砂糖をたっぷり入れた紅茶で舌をやけどをしたらしく、びくりと肩を揺らしていた。そしてみんなの飲み物に、健康にいいからと虹色の粉を振りかけようと走り回るハイビス。相変わらず元気な奴らだ。
いつもの喧騒、それを煩わしいと思うこともあった。仲間なんていらない、一人でいい。心の片隅でずっとそう言い続けて不機嫌なふりをした。それでもアタシは、なんだかんだあの場所にいた。その理由を認めるには、あまりに幼かったあの頃。
「──あ」
誰かの呟きと共に地平線から微かな光が差し込み、世界の輪郭が浮き彫りになった。
──あの夜明けを、よく覚えている。
澄んだ朝の空気を。かじかむ手のこわばりを和らげる温かな飲み物を。地平から差し込んだ微かな陽光を見て笑う、仲間の顔を。もう、見ることのできないあの景色を。もう、見られないことを、十分すぎるくらいに知っているから。
『──姉ちゃん!!』
伸ばした手が届くことはなかった。言葉には出さずとも大切にしていたもの。その手はなにをも掴むことなく、空を切った。
呆然とするクルース、そして背後から射貫かれ、ぐらりと体を揺らすハイビス。その様を、ただ、ただ見つめることしかできなかった。
そのまま崩れ落ちたかと思ったのに、あいつはそれでも最後の力をふり絞るように自身の杖に縋った。
青白い燐光が角に
生と死は、表裏一体。人を癒す術を知っているということは、人を死に至らしめる術を知っていることと同義。だから、アイツはずっと拒んでいたんだ。どんなに才能があったとしても、その力が簡単に人の命を奪えるということを、多分、誰よりも知っていただろうから。
──あの日。アタシの弱さが、姉ちゃんの手を血で染めさせてしまった。あんなにアーツを使うことを拒んでいたのに。救急箱を片手に奔走し、誰であろうと分け隔てなく気にかけて無邪気に笑っていたはずの、アイツに。
あの日、自分の不注意で仲間を射貫いてから、クルースは変わってしまった。あんなに眠ることが好きだったはずなのに、いまではあの日の悪夢にうなされ、浅い眠りに
──あの日から、何もかもが変わってしまった。大きな喪失感が胸を食い破り、そしてそれを痛いと自覚するには、時間があまりにも足りなかった。過去を想うこともままならぬまま、ただ、ただ、ともすれば止まりそうになる脚を殴りつけて前に進む。それしか、できなかった。それしか、生きる方法を、知らなかった。
『──ラヴァ』
あの頃にはもう戻れないと、知っている。
だからこそ、夢を見る。あの日々を過去にしてたまるものかと。時が経つとともに朧げになる記憶の断片を必死にかき集め、胸に抱える。
『ラヴァちゃん!』
あの日を境に、全てが変わってしまった。それは、きっと自分も。
──姉を変えてしまった自分の弱さを許せない。
──守りたいものを守れぬ己の弱さを、許せない。
だからこそ、止まれない。止まることを、許せない。
あの日と同じ、長い、長い雨が降りしきる。
雨粒が激しく顔を叩こうとも、青白く唸る雷鳴を遠くに聞こうとも、構わずに天を仰いだ。
──いつか曇天の切れ間から見えるはずの、快晴を探して。
※
曇り空の下、拘束を破り、両翼を大きく広げた飛行型感染生物が吠える。峡谷に咆哮が響き渡り、空気が震えるなか隣にいた男が悪態をついた。
「くそ! 空に飛ばれたら……!」
空へと羽ばたこうとする飛竜の全身は黒々とした鱗で覆われ、それとは対照的にへそ部分にある巨大源石は赤く脈打っていた。異常気象を引き起こしていた感染生物の捕獲、もしくは殺処分。拘束を破り空へと羽ばたいた奴を見て、今回の任務もどうやら一筋縄ではいかないようだと悟った。
「大丈夫だ。マスク外すなよ」
まだまだ新人の男に声をかけて走り出す。走りながら足元に術式を展開し、踏み切る直前に小爆発を起こしてタッと崖に足をつけた。後は同じことの繰り返しだ。
爆発のエネルギーを利用して崖を駆け上がる。手負いのお陰か浮上速度が遅くて助かった。感染生物の遥か頭上まで駆けあがり、踏み切る。
──アーツユニット、伸展。
カシャカシャと音を立てて杖が伸びる。今現在の術式で一番火力が高く、一番複雑なもの。まだ改良の余地はあるが、それでも十分。
「煉獄の炎よ、死にゆくものに慈悲を──プルガトリオ!!」
ちょっとやそっとでは消えないこの炎は、されども自身を焦がすことはない。アーツユニットである杖を操作によって腕輪に収納しつつ、ふらりと体勢を崩したそいつに狙いを定め、腰のホルスターからナイフを引き抜いた。
ナイフの柄の、自分で刻み込んだ源石回路に力を流し込む。振動と共に回路が淡く浮かび上がり、それに呼応するように刀身が炎に包まれ、その炎は刀身を伸ばすように燃え広がった。
ぐっとナイフを構え直し、
手応えと共に、心の臓を貫く。ごめんな、と心の中で謝りながら、伸縮自在の炎の刃でもって淀みなく頭部も切り落とした。
浮上することなくぐんぐんと高度を落とす飛竜の背にしがみつき、落下の風圧に耐えきれなくなってついには目をつむる。
大きな地鳴りを起こしながら、周囲を覆い隠すほどの砂ぼこりを巻き上げて墜落する。ビリビリと振動が身体を伝い、思わず息が止まった。防護マスクのお陰で砂塵を吸い込むことはなかったが、頭部を切り離したとはいえ、未だに
うん、五体満足だ、ちょっと痺れてるけど。炎の刃のいいところは刃こぼれしないところだな、と思いながらナイフを構えてじっとしていると、砂塵の向こうからおーいと呼び声が聞こえた。
「ラヴァさーん、生きてますかー!?」
「無理ですよぉ、こんなんで生きてるわけないじゃないですかぁ、惜しい人を亡くしました……アーメン」
「勝手に殺すな!! それから捕縛ロープ! まだ源石は生きてる、油断するな!」
「この防護服めっちゃ重いんですよぉ~待ってくださいってばぁ」
「ええい俺がやる、貸せ」
「ひゅ~先輩頼りになる~」
しっかりもののウルサスの男と何事もゆるいフェリーンの女の二人組との仕事だったが、未だにこのペースに慣れない。どちらも非感染者でありながらこんな任務に志願したのだから、恐らく悪い奴らではないんだろうけど。多分。
せっせと捕縛作業に入る男の後ろで声援だけを送っている女の頭にごちんとげんこつを落とし、トランシーバーで周囲に待機している除染作業班などに声をかけ、その間にひとりで見事に巨大な感染生物を縛り上げた男にサムズアップしてやった。
「……で、お前は何してるんだ」
「え~? この戦いで地形が変わっちゃったじゃないですかぁ、現在の地形を描いてるんですよぉ。あ、A3班さん、地図上のB地点は落石で通れません、Cルートを通ってください」
こいつ、なんで外勤志望なんだ?
淀みなく各チームに指示を飛ばしている様子に軽くイラッとしつつ、ぴくりとも動かない感染生物を見上げた。
源石に感染しなけりゃ、静かに暮らせただろうに。
ここ最近の異常気象の原因のひとつは、おそらくこいつだろう。後で各地の証言を集めて分析しないとな、と考えていると、一仕事を終えた男が感染生物の上から降りてきた。
「死んでますかね」
「多分な。心臓と癒着してなかったのが幸いしたか」
「なになに~? これからここから一番近くにある街の噂のスイーツを食べに行くって~?」
「お前の耳は飾りか?」
「痛いですぅ」
フェリーンの耳を防護服ごと引っ張りつつ、今後のことに頭を巡らせる。
今回の任務報告書と、こいつらの評価報告書。ナイフは次までにいくつか研ぎ直しをしないといけないし、個人的な論文もいくつか中途半端に止まっている。今回のデータが使えるだろうから時間があるうちにやっとかないとな、シエスタ火山の定期的な調査も後に控えてるしと考えていると、ようやくアタシの手から逃れたフェリーンが耳をさすりながら口を開いた。
「仕事終わったのに、ま~た仕事のこと考えてませんか?」
「仕事はまだ終わってないだろ」
「お前も見習え」
「え~! 先輩は私の味方じゃないんですかぁ!?」
「いつから俺がお前の味方だと錯覚した?」
「ひど~い!」
うん、少しだけ掴めてきたな、こいつらのテンポ。それに、こいつの口調は少しだけクルースとアイツに似ていると思ったところで、ふと頭に浮かんだ情景を、頭を振ることで隅に追いやった。
「こういうの、ワーカホリックって言うんですよ、先輩。あ、ところで明日から有休頂きますね」
「お前……こういうときだけハキハキするなよ……」
「目の前で陰口とはいい度胸だな。まぁ、いい。気分転換は必要だろ、こんな仕事してると」
ぐっと伸びをすると、両者共に珍しいものを見たというような顔をされた。
「な、なんだよ」
「一生ついていきますねぇ、ビバ、有休消化率100%」
ガッツポーズを決めたフェリーンの頭を、男がスパーンとはたいた。ウルサスの一撃は痛かろう。
頭を押さえてうずくまった奴を無視して、男が振り返る。
「ありがたいんですが、ラヴァさんこそきちんと休んでいますか?」
「あー……」
しっかり休めと言った手前、少しだけ気まずくなり頭をかく。じっと真剣な眼差しを向けられ、思わずふいと顔を逸らした。
「動いてる方が性に合うんだよ」
「ですが」
「それに、色々と考えなくて済むからな」
ぽつりと零れ落ちた本音に、まずいと口元を手で塞ぐも遅かった。
顔を上げた女と二人、顔を見合わせ同時にため息をつく。
「な、なんだよ」
「スイーツ、食べに行きましょうか、ラヴァさん」
「いやそんな時間は……」
「はい、はぁい! スイーツ食べられないなら今から地面に転がって駄々をこねま~す!」
「お前……人としてのプライドはないのか」
「さ、二対一です。古来より意見が割れた場合は数の暴力が有効と決まっています」
「おい……そいつの味方じゃないんじゃなかったのか」
「ふふん、いつからそう錯覚したんですか? オレタチ、ソウルメイトデス」
「もっと感情を込めて~!」
こいつらとの任務は、今後一切組まないようにしよう。どっと疲れが来て思わず深い溜息をつきながら、ようやっと到着した他の皆に力なく手をふるのであった。