Under the Same Sky   作:moco(もこ)

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Operation-6

 

 帰投報告をしようとドクターの執務室に向かっていると、ちょうどエイヤフィラトラの後ろ姿が見えた。

 こちらの存在には多分気づいているだろうが、念のため歩み寄ってポンポンと肩を叩く。

 

「あ、ラヴァさん。もう帰っていたんですね」

「いや、今ちょうど帰った」

 

 振り返って歩みを止めた彼女に、ハンドサインと共にそう告げる。その様子を見てエイヤフィラトラが目を丸くする。

 

「すごい、もう手話も覚えちゃったんですか?」

「手話なんて言語学の一種だろ、ついでだついで」

 

 ニェンのおかげというのも癪だが、炎国の各地方の方言は大方わかるようになったし、そもそも他国の資料はその言語で読むのが翻訳者の意図が入らない分バイアスも低い。半分は趣味みたいなものだ、大したことはないとひらひらと手を振って、はたと気づく。

 

「待て、もしかしてもう調査に行くのか? ちょ、ちょっと待ってくれ、確かに少し遅れたけど、せめて今回の外勤任務に対する報告書を上げる時間をだな」

「ああ、違いますよ。その前に今までのデータ整理と、色々な人の意見も聞いておこうかと思いまして。先輩とか、ラヴァさんとか」

 

 笑って抱えている資料をこちらに見せるエイヤフィラトラに、あっけにとられる。

 

「……お、おう」

「一度過去のデータを整理した上で現場に赴いた方が、見えるものも多いですから」

「そっか。それ、どこに持っていくんだ? 手伝う」

「え、あ、ありがとうございます」

 

 了解を得て、ひょいと抱えている資料を半分、少し多めに持つと、エイヤフィラトラがぱちくりと瞬きをしてまた笑った。

 

「ラヴァさんは優しいですね」

「そんなことはない」

「ほら、手話だって」

「別にお前のためじゃない」

「ふふ、そうですか」

 

 やりにくいと思いながら、これ以上喋るとボロが出そうだったので、黙り込んで多分こっちだろうと歩き出す。エイヤフィラトラは慌てて隣に並び、そして楽しそうにここ最近の研究内容などを話し始めたのだった。

 

 

「任務終わったぞ」

「うん、お疲れさま」

 

 道中寄り道もあったが、無事執務室に辿り着き(イグゼキュターが設置したであろう地雷をうまく回避したという意味で)、口頭での簡単な報告を済ませる。この執務室だけはずっと昔から変わらないな、とぼんやりと思いながら天災関係の報告書は後で資料と照らし合わせて詳しくまとめる旨を伝えると、ドクターがひとつ頷いた。

 話は終わりだろうと踵を返そうとして、ドクターが、あ、と声を上げる。

 

「なんだ? 用がないなら自室に」

「いや、これ」

 

 引き出しから取り出した缶を振って見せる。見覚えのあるそれに目を丸くすると、ドクターが蓋を開け、自分でひとつ食べながらそれを見せる。

 

「ロンディニウムに寄ったときに買っておいた。好きなんだろう、エルダーフラワー」

 

 ロンディニウムの老舗のこじゃれたデザインの缶に、見慣れたごろりと大きな飴。昔はこれをよく食べていた。なんでそれを知っているんだと顔を上げると、相変わらず表情の読めないフルフェイスマスク越しに笑う気配がした。

 

「ハイビスカスがね」

「あいつ……そんなことまで」

「まぁ、いいじゃないか。ほら」

 

 そう言って歩み寄り、缶を差し出す。それに対してしばし考え込み、不承不承(ふしょうぶしょう)というていでひとつもらった。

 

「くれるっていうんなら、貰うさ」

「うん、私もこの味は気に入ったよ」

「そうかよ」

 

 ごろり、と飴を転がして癖のない甘さを味わう。新鮮なものよりフルーティーさは劣るが、それでもこの鼻を抜けるふんわりとした優しい香りは好きだった。任務帰りの疲れた体に沁みる甘さをしばし堪能していると、ぽん、とドクターが頭をなでた。

 

「お疲れさま。エイヤフィラトラの調査までしばらくある、ゆっくりするといい」

 

 昔からの癖だった。任務が終わると必ず頭をなでる。しばらく抵抗していたものだが、こうも続けられればそれも面倒になり、今ではなすがままとなっている。いい加減子ども扱いはやめて欲しいところだが。

 

「はいはい」

 

 ため息と共にぞんざいに相槌を打ってやれば、また微かに笑う気配がした。

 

 

「……互いに失う痛みを知り、大人になってしまったな。歳不相応に」

 

 ラヴァが執務室を出てしばらくして、誰もいない執務室でひとり呟く。

 

「この世界で、子供が子供でいられる時間は少ない……大人にならざるを得なかった子供達よ、願わくば彼女らの未来に、幸福を」

 

 ゆっくりと目を閉じる。沈思黙考、静かに物思いに耽ると、この静かな執務室に窓を叩く雨の音が満ちた。瞼を開け、ふと窓辺に寄る。

 

 秋の長雨。この地域でこの時期に降る雨を指す言葉をふと思い出しながら、水滴が伝う窓から外を眺める。しとしと、しとしとと、雨が降り続いていた。

 

 広大なはずの空は、切れ目もなく、厚い曇天に覆い隠されていた。

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