犠牲にしたって本心だけ
優等生である彼方の朝は早い。
6時に起床し、バルコニーに出て一服を行う。そのあとは臭いを落とすためにシャワーを浴びて身支度をする。
「ネクタイ良し、髪型良し、着こなし良しっと」
優等生として他生徒の模範になる様に外見の整えは怠れない。息苦しさはあるがそんなことはとうの昔に考えるのをやめた。
「今日は面倒くせぇから卵かけご飯でいいか。んで昼飯はサンドイッチにしよっと」
彼方の両親は両方とも海外を中心に活動しており現在一人暮らしだ。なので食事は自分で用意しなければならない。軽く朝食を済ませ7時にはローファーを履き、家を出る。扉を開けた瞬間からいつどこで誰が見ているかわからないため優等生モードのスイッチを入れる。
彼方が出ると同時に隣の部屋の扉も開く。寝巻き姿に紫のインナーカラーが入った姫カットの女性がゴミ袋を片手にしていた。彼方から見てもかなり綺麗な女性である。
「おはようございます」
「おはようございます、彼方くん相変わらず朝早いですね」
「そんなことないですよ。・・・つかぬことをお聞きしますがもしかしてこれから就寝ですか?」
その女性にクマができているのを確認する。彼女が夜型であることは前から知っていたが優等生として心配せざるを得なかった。
「少しやることがありまして・・・でも夕方出勤なので大丈夫です」
「そちらも大変ですね。お体に悪いので気をつけてください」
彼女と軽く世間話を済ませて学校へ向かおうとすると後ろから「いってらっしゃい」と後ろから聞こえてくる。先程の隣人の女性だった。彼方も男だ。綺麗な女性からそう言われると素直に嬉しい。優等生を演じていた甲斐を感じる。
「行ってきます!」
今日の始まりはなんだか幸先が良い、彼方は少し心を躍らせて学校に向かった。
だがそれは束の間の幸福だった。
目の前の資料の山に目を通すと憂鬱が波の様に押し寄せてくる。
現在は4月の中旬であり、下北沢高校は体育祭に向けての準備が始まっているためいつもに比べて量が多い。
「・・・ちゃっちゃと片付けるか」
落ち込んでいても仕方ないと諦めをつけてメガネを取り出し、荷物を投げ、家から持参してきたコーヒーをお供に資料の山に挑む。
眼鏡をかけてはいるが目が悪いというわけではない。集中するためのスイッチを入れるための伊達メガネだ。あと周りからの受けがいい。
ホームルームまで約1時間、10分前には教室に向かうためそれまではずっと文章と睨めっこだ。
現在、生徒会室には彼方ただ1人のみ。放課後は他のメンバーも作業しているのだが朝に仕事するのは彼方だけだ。彼の献身的な仕事姿勢は生徒会長も息を呑むほどであり、自分が生徒会長であることを忘れるなんて言われたこともある。
「おはよう!朝からお勤めご苦労様」
作業を始めて30分が経った頃、外から聞き慣れた声が聞こえてきたため資料から目を外しそちらに目を向ける。虹夏とリョウが生徒会室の前に立っていた。
「2人ともおはよう。山田さんも今日は遅刻せずに来れたみたいだね」
「リョウは今日日直だから叩き起こしてきたんだよ」
「・・・眠い」
虹夏は元気な様子に対してリョウはいつもの気だるげな雰囲気にプラスして眠そうな様子だった。
こんな真逆な2人の仲がいいことに彼方はいつも疑問を抱いている。
「コーヒー飲むかい?」
「そんな気分じゃない」
「絶対今日の授業寝るでしょ」
「大丈夫、今日は寝ると怒られる授業多めだし」
「そういう問題じゃないと思うけどね」
軽く話していると虹夏が彼方の前にある資料の山に目をつける。
「これもしかして全部生徒会のやつ!?」
「そうだね。体育祭も近いからいつもよりちょっと多めだけど」
「この前もあんなにやってたのにまだこんなにあるんだね・・・」
「私なら投げ出しそう」
「覚悟はしてたし、生徒会に入ってたからには責任もってやらないとだから」
その資料の山は彼方から見れば普通より少し多いな程度に感じるが2人からすれば投げ出したくもなるぐらいの量である。その量の仕事をほぼ1人でこなす彼方に流石に引いてしまう。
「また手伝おうか?」
「そうしてもらいたいのは山々だけどこの資料は生徒会の人間以外には見せられないものでね」
「そっか・・・」
「気持ちは嬉しいけどこればかりはどうしようもないんだ」
この資料は体育祭の各軍勢の情報が細かに書かれているため一般生徒に見せることはもちろん口外することも禁止されている。
なので生徒会ではない虹夏に手伝ってもらうことはできない。
「じゃあ代わりにこれあげる!」
虹夏は鞄から可愛らしい包装のされた何かを取り出し、彼方に手渡す。
「チョコクッキー、お仕事してると頭使うと思うから」
「嬉しいね。珈琲のお供にもぴったりだ、ありがとう伊地知さん」
「うん・・・じゃあまたあとでね!」
「ちょっと待って」
虹夏は少し急ぐような形で生徒会室を後にしようとするが彼方がそれを止める。
呼び止められると思っていなかったのか虹夏はぎこちない様に振り向く。
「ライブ、楽しみにしてるよ」
「うん!」
彼方がそう告げると今度こそリョウを連れて教室へと向かう。
大天使の笑顔と
〜〜〜
彼方が業務に励んでいる頃、虹夏は自分の席にリョウは彼方の席に座って話していた。
「すっごい緊張した〜」
彼方は多くの女子生徒に想いを寄せられており、虹夏も例外では無かった。初めは頭が良く優しい人ぐらいにしか思っていなかったがある事をきっかけに深く関わる様になり優等生としての彼に惹かれていった。
「虹夏、顔真っ赤だったよ」
「え、嘘!彼方くんにバレてないかな!?」
「彼方のことだしどうせ気づいてないよ」
彼方に想いを寄せる親友を見ながら裏の顔を知るリョウはそう言うしかなかった。
バイト終わりの夜。
リョウはあるところを目指して歩を進める。
そこは下北沢の繁華街から外れたところにある壊れかけの街灯が照らす不気味な雰囲気の漂った喫煙所、目的の人物は9割の確率でここにいる。
「最近来る頻度が高いな・・・今日は何の用だ?」
「今朝の様子見た感じ彼方のストレス溜まってそうだから愚痴を聞きに来た」
「そ、わざわざご苦労だな」
実は彼方は山田リョウという人間がいまいち理解できていない。
知り合ったのは1年の時の夏で本格的に関わり始めたのは3月の初め、たまたま通りかかった山田にタバコを吸っている所を見られてからだ。
「虹夏が心配してたよ、働きすぎ〜って」
「まぁそれは認めるが他のやつに任せると仕事が遅すぎて自分でやるよりイライラすんだわ」
「面倒な人だね、彼方って」
「だろ?俺が一番わーってるよ」
彼方は吸い終えたタバコを強く地面に押し付け灰皿に投げ入れ、またタバコを咥えてジッポで火をつける。
相当ストレスが溜まっているのが目に見えてわかる。
「体育祭、楽しみ?」
「競技では無双できるし女子からわーきゃー言われるのは気持ちいいからそれなりには、な」
「本音は?」
「仕事は増えるわあんなクソ暑い環境で運動とか頭沸いてる、今すぐ無くせ」
「同感」
体育祭が行われるのは5月の下旬の初夏である。そのためか例年30度近い暑さの元で行う。
彼方は運動ができる分まだいい方である。リョウなどのインドア系の人間又は運動が苦手な人には苦痛にしか感じない。
「んで、そっちはどうよ」
「そっち・・・ああ、バンドのことね」
「音信不通ちゃんとは連絡取れたのか?」
「未だに取れてない。だから最近は線香立ててる」
「おいおい勝手に殺すな」
彼方本人は気づいていないだろうがリョウという存在は虹夏と肩を並べていい程に大きい。本音を言い合えて、且つ気を遣わないで話せることができる。虹夏とは別ベクトルで彼方を支えている。
「ライブ、うまく行くといいな」
「そうだね」
2人は喫煙所を後にし、彼方はリョウと肩を並べて帰路に着く。
何も知らない人からすればカップルのようにしか見えないが双方はそんなことを微塵も思っていない。
「彼方、今日もご飯奢って」
「・・・ったく、俺もあんま金使いたく無いから家でもいいか?」
「まさか私を連れ込んであんなことやこんなことを!」
「するかアホ」
「いて」
リョウが冗談に対し、彼方が手刀で軽く頭を小突く。
彼方にとってはこの時間は脳みそを空っぽにできる大切な時間である。
辛口過ぎる唐辛子様、かんかんさば様、Zoooooiii様
高評価ありがとうございます。
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