「いやー、流石西木野くん!先生も鼻が高いよ!」
「そんな滅相もない。先生の的確なアドバイスのおかげですよ」
今俺はピアノのコンクールを終えて、コンクール会場となったホール内にいる。目の前には俺にピアノを教えてくれていた先生が立っていて俺をべた褒めする。どうやら俺が金賞を獲ったことが余程嬉しいらしい。でも俺からしたら獲れて当たり前、そんなレベルのコンクールだった。だから褒められても嬉しくはない。
「西木野くんにそう言ってもらえて、私も嬉しいわ!」
先生はお世辞とも気づかず、のんきに喜んでいる。羨ましい限りだ。
そもそも、俺がピアノを始めたのが幼稚園入学当初くらいだった。親がここらでも有名な大病院『西木野病院』の院長を勤めており、所謂いいとこの坊ちゃんだった。そうなるとやはり待っているのは英才教育である。俺もご多分に漏れずいろいろなことを施された。英会話、バレエ、ピアノ、書道、剣道、柔道、少林寺、etc。しかしこの歳まで続いているのはせいぜいピアノくらいだった。ちなみに俺には可愛い可愛い妹がいるのだが、彼女も数多の教育のなかで続いているのは俺と同じピアノだけだったりする。理由を訊いたら『別に…』と返されて曖昧にされる。そんなところも可愛いが。
不意に時計が気になり視線を飛ばすと午後6時、コンクールの表彰が終わったのが4時だったからだいぶ時間がたっている。まぁその間ずっといろいろなお方からの祝福の言葉をもらっていたのだが。しかしそろそろ妹が帰ってくる時間帯だなぁ。
「すみません、先生。そろそろ時間なのでお先に失礼しますね」
「おぉ、もうそんな時間か。確か今日は両親が主張で不在なのよね」
「はい、なので妹が帰ってくる前に晩飯準備に取り掛かりたいんです」
「妹さん、この頃部活で忙しいんですって?いいことだわ、夢中になれるものがあるって」
先生の仰ったとおり、妹は最近遅くまで部活動にはげんでいる。何をしているかは未だ教えてもらってないが兄として応援せずにはいられない。だから時々両親が主張で家を空ける時は家事全般は俺が受け持つようにしている。そもそも家事とか好きだし。
「それでは先生、また次の練習の時に」
「西木野くん、気をつけてかえるんだよ」
先生に軽く会釈をして俺は帰路についた。
☆ ☆ ☆
俺の名前は西木野真士(ニシキノシンジ)。どこにでもいる男子高校生…、とはちょっと言いづらい。なんせ親が有名な大病院の院長をしているのだ。俺も世間一般で言う『坊ちゃん』になる。別にそのことで不便に思ったことはないし、むしろ裕福なことには感謝している。
そんな俺には妹がいる。『真姫』っていうそれはもう自慢の妹だ。彼女も俺と同じようにピアノを続けているが、やはり年上として兄として、まだまだ腕前で負ける訳にはいかない。いつ抜かれるか冷や冷やしているが…。
そんな真姫は社交性があまりない。なまじ一人でなんでも出来てしまうから余計タチが悪い。才能があることは兄として誇らしいが、やはり人生一度切りの青春。友人に囲まれて楽しく過ごして欲しいと兄心ながら願ってしまう。
あ、彼氏とかいらないから。兄ちゃん、認めないよ?
まぁ、コミュ症の妹だ。新しい高校での生活に本人以上に不安を抱えていたのだが、ある日突然部活に入った、と報告してきた。それはもう本当に嬉しかった。社交性皆無の真姫が自らやりたいことを見つけたことが本当に嬉しかった。ただまぁ少し残念なことになんの部活をしているかは知らされていない。
少し不安でもあるが、兄として応援せずにはいられない。もし危ないことを真姫がしていたら全力で止めるけど。
そんな決意を再確認しながら、料理の仕上げをしていると、玄関の開く音がした。よし、ピッタリだな。
皿に料理を盛り付けて、机にならべる。箸の用意をご飯をよそうと、ちょうど扉を開けて妹がリビングに入ってくる。
「おかえり、真姫。今日もお疲れ様」
「ただいま、兄さん。いつもありがとう」
「そう思うならたくさん食べてくれ」
「ふふっ、わかってるわよ。兄さんの料理、美味しいもの」
他愛もない会話をしながら互いに席に着く。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
手を合わせて食事を開始する。
俺の目の前に座る美少女、それがウチの自慢の妹、西木野真姫(ニシキノマキ)である。均整の取れた身体に少しつり目な目尻、そして強い意志をもった瞳。彼女の魅力は語ること尽きないけれど、あえて一つだけあげるのなら迷わずその髪型だろう。赤みがかった珍しい色の髪の毛もさることながら、その髪はストレートにしたら肩よりずっと下まで伸びているだろう。しかしその髪はなぜか肩口よりも上で毛先をこちらに向けて滞空している。それはもう不思議な髪型をしているので、俺は心の中で『無重力ヘアー』と呼んでいる。
「なに見てるのよ、兄さん」
しまった、見過ぎた。そう思った時には既に遅く、彼女は無重力ヘアーに指を絡ませ弄びながら少し照れながら言う。
「あ、あぁすまん…。最近の真姫は頑張ってるなぁと思って」
咄嗟に嘘が出てしまった。しかしこれもあながち間違いではない。何の部活をしているかは知らないが遅くまで部活動に専念していても弱音一つ吐かない妹に感心している。
「そ、そんなことないわよ」
またしても照れる真姫であった。
☆ ☆ ☆
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事も食べ終わり、挨拶もすませた。あとは食事を洗うだけだな、と食事を片し始める。その様子は真姫がずっと見ている。あーいう表情の真姫は何か言いたい事があるけどなかなか最後の一歩が踏み出せない、という状態だ。長年の兄歴を嘗めないでほしい。だから俺は兄らしく、洗い終えた食器を拭きながら真姫にといかける。
「なぁ真姫?なにかあったのか?」
「流石兄さんね……、うんちょっとね」
「俺に出来ることか?」
ここで俺は踏み止まるべきだったかもしれない。いやしかしこの質問をしたからこそ、俺も、そして真姫も、新たな場所へと一歩を踏み出すことが出来たかもしれない。
「うん、実はね…。兄さんに相談があるの」
あれ?
俺妹かな?