「さて、どうしたものか……」
俺は今、絶賛お悩み中である。自分の部屋の机にこしかけ、眼前に広がるパソコンのディスプレイを見ては、唸っている。
そこに映るのは、音ノ木坂学院スクールアイドル『μ's』。
我が妹から相談を受けて、彼女らの活動を手伝うこととなった。そこまではよいのだが、問題はメンバーだ。μ'sは9人構成で、あろうことかその9人全員と顔見知りなのだ。
「顔、合わせづらいなぁ」
今回の問題はそこなのである。いくら仲良くしていた期間があろうとも、割と長い間連絡をとっていなかった。正直気まずいのが本音だ。あと確実に矢澤にこには嫌われている。
『兄さん、ちょっといい?』
俺が思考を巡らせていると、真姫がドアをノックしてきた。
「あぁ、鍵はあいてるぞ!」
入室を許可すると真姫が扉を開けて入ってくる。
部屋に入ってきた真姫はどうやら風呂上がりらしく、髪がしっとりしている。にもかかわらず、件の無重力ヘアーはその異能っぷりをいかんなく発揮している。どうなってんの?
そして!その身体を包むのはっ!赤と白のストライプのパジャマだっ!可愛い!めっちゃかわいい!
「兄さん?どうかした?」
「あ、あぁ。ちょっと考え事をな」
あまりの愛らしさに危うく昇天するところだった。そもそも真姫の寝巻き姿なんて久ぶりに見た。耐性のついてない俺にはクリティカルだ。たぶん見慣れていても毎回クリティカルだろうけど。
「で、真姫。どうかしたか?俺の部屋に来るなんて珍しい」
「明日のことでね」
「明日?なんかあったっけ?」
「何言ってるのよ兄さん。明日はμ'sのみんなに兄さんを紹介する約束でしょ?」
あっれー?明日だっけ?気分的にはまだあと3日ほどある予定なのだが、まさか悩み過ぎて曜日感覚が麻痺するなんて…。心の準備とか一切できてないよ!?
「お、おう、そうだなモチロン覚えているさ」
「当たり前よ。でね、明日なんだけど、音ノ木坂学院の私たちの部室で集まることになったのよ」
ん?たしか音ノ木坂学院は女子校だったはず。部外者が、しかも男がそう簡単に入れるとは思わない。そのことを真姫に質問しようとすると、真姫は少しだけ表情をドヤァというものにしながら俺の疑問を解消するセリフを吐いた。どうでもいいけど、ドヤ顔真姫ちゃん写メりたい。
「実はね、μ'sの先輩に音ノ木坂学院の理事長の娘がいるのよ。だからその先輩にお願いして兄さんの入校許可を取ってもらったのよ」
あぁー、そういえばことりちゃんのお母さん、燕さんがどこかの学校の理事長をしていると話をきいたことがある。まさかその話が今この瞬間に繋がるとは予想していなかったが。
「でもさすが理事長の娘よね、女子校に男子の入校許可を簡単にもらえるなんて」
真姫はしきりに感心していた。が、俺はそうは思わない。燕さんのことだ、たぶん『真姫の兄』が『西木野真士』だと知っていて、そして『西木野真士』とは幼少の頃から家族ぐるみの付き合いをしており、娘のことりちゃんとも仲が良かったことを考慮して、特別に許可を出したんだと思う。
「じゃあ明日、ちゃんと忘れずに来てよね、兄さん」
真姫はそう言ってドアの方に歩いていく。もうちょっと部屋にいてもいいんだぜ?
「あ、それとね兄さん」
真姫がドアノブに手をかけたままこちらに振り向く。
「私の最高の友達を紹介するから、楽しみにしといてよね!それじゃ、おやすみ!」
それだけ言い残して真姫は勢いよく自室に帰って行った。
☆ ☆ ☆
『校門前に着いたぞ』
『迎えにいきましょうか?兄さん、部室の場所わからないでしょ?』
『大丈夫だよ、自力で見つけるさ』
『わかったわ。それじゃあ、またあとで』
音ノ木坂学院の校門前に着いた俺はその旨を真姫に某SNSを使って伝えていた。
「こんな立派な学校が廃校の危機、かぁ」
俺はスマホをポケットに仕舞い、音ノ木坂学院の校舎を見上げる。まさしく“見上げる”という表現がピッタリなほどに見事な佇まいをする音ノ木坂が廃校の危機に陥っているなんて、露にも思わなかった。
「ま、とにかくアイドル部の部室を探すとしますか」
俺は校門のすぐ近くに隣接している守衛室へと足を向けた。
☆ ☆ ☆
にっこにっこにー!みんなー、にこのこと覚えてるぅ?にこの名前は矢澤にこにこー!にこにー、って覚えてらぶにこっ♡
でね、にこは今ー、部室にいるんだけどー、すごいピンチなのっ!もうちょっとで、激おこぷんぷん丸になっちゃうにこー!
えー、理由が聞きたいにこー?でもそれを言ったらみんなにこのこと嫌いにならない?うん、うんっ!そうだよねっ!みんな優しいもんねっ!にこもそんなみんなが大好きにこー!
じゃあ、理由をいっちゃうにこ!それはね………
「ねねね!もうすぐ西木野さんのお兄さんがくるんでしょ!?穂乃果、楽しみだな〜!」
「こら穂乃果!落ち着きなさい!」
「だってきになるんだもん!ことりちゃんもそうだよね!」
「ことりも気にはなるけど、穂乃果ちゃんははしゃぎ過ぎだと思うな…」
「えー、そんなことないよー!だって西木野さんのお兄さんだよっ!?絶対イケメンだよっ!」
「あぁ、もうっ!うっさいわね!本に集中出来ないじゃないのっ!」
ついに耐えきれなくなった私は手元の小説から視線を上げて、騒ぎの中心である幼馴染3人衆にむけて叫ぶ。ちなみに小説は1 ページも読み進んでいない。なぜなら小説はフェイクで実は考え事をしていたから。誰もそのことには気付かくて、にこはずっと思考の海を漂ってたの♡ほんとにこってば天才♡
でもそれも限界!こいつらがうるさ過ぎて全然考えがまとまらないわ!
幼馴染3人衆は言うまでもなく、3年の希は『スピリチュアルパワーやー!』とかいいながらタロットカードを引いては『真姫の兄』の特徴を書き出していき、それを見た真姫は当たっていることに驚き、それを見た花陽と凛がさらに驚いている。普段はまとめ役の絵里でさえもずっと驚いていて、誰もこの騒ぎを止めようとはしない。
だからどんどん騒ぎが大きくなっていき、しまいには私が注意するはめになってしまった。ずっと本を読んでいた私が急に怒鳴ったことでみんなの視線がこちらに向く。
その中でも希だけは『じーっ』と擬音がつくほどに私を見つめてくる。
「な、なによ…」
「べつにぃ?ただにこっちが読書なんて珍しいなーって。他意はないんよ」
そう言いながら希は1年生組、小泉花陽と星空凛の間に陣取っていた椅子を自分の定位置に戻す。その間ずっとこちらをみながらニヤニヤしていた…。
「でもそろそろ西木野さんのお兄さんも来る頃よ。もうちょっと落ち着きましょうか」
さすが生徒会長、たったひとことでみんなを落ち着かせる。そのままみんながいつもの席に着き、ゲストを招き入れれる状態になる。
ふぅ…。たしかにそろそろ『アイツ』がくるはずだ。私も読んで(いるフリをして)いた小説を片付け『アイツ』への一言を考えるとしようかな。
なんて思考を巡らせていると、ちょうど私の横にきた希がみんなには聞こえない小さな声で質問してきた。
「なぁなぁにこっち?小説読んでる‘フリ’なんかして、いったいなに考えとったん?」
「し、質問の意味が分からないわ。私はただ小説を読んでいただけよ」
希の質問に一瞬だけ体がビクついた。
ヤバイヤバイ…!希はこう見えてμ'sの中では1番鋭い。下手な回答はそのまま死を意味する。いやまぁ、さすがに死にはしない、と思いたいけど。
「ほんまにぃ?」
「本当よ、本当。私は読書に夢中だったわ」
「じゃあなんで1ページも読み進んでないん?」
ビックゥゥウウ!!
なんで!?なんで希はそんなことに気がついてるわけ!?鋭い、なんてもんじゃないじゃない!
「はっはーん、にこっち図星みたいやね」
私の様子をみてそう判断したのか、希がニマニマしながら私を見つめる。でも私も、これくらいで屈する訳にはいかないわ!主に私の名誉のために!
「そそそ、そんな訳なな、ないじゃない!ほら!見てみなさいよ!このページ数、半分は超えてるわよ!」
そう言いながら件の小説を取り出して栞が挟んでいるページを希に主張する。ふっふー、さすが私。こんなことがあろうとあらかじめ栞を忍ばせておいたのだ。どうせ希はページをめくる動作を見てないからこんなことがいえるのだ。逆に言えば希の見てないところで『ページをめくってた』ことにすれば万事解決なのだ。これで私の完全勝利だわ。ざまぁみろね、希!
私は勝利の笑いを我慢して、希に視線を投げる。すると希は俯いて肩をプルプルさせていた。これはあれかな?落ち込んでいるのかな?
「本当のこと言わな、《ワシワシ》すんで?にこっち…」
「ヒッ!」
なにこの希の顔!アイドルにあるまじき表情よ!?そもそも落ち込んでたんじゃないの!?めちゃめちゃドス効いた声なんていつもの希からは想像できない!?!?
なんて心で叫んでいる私に、希はその両手を顔のサイドに掲げ何かをぐわッシぐわッシと『揉み』ながら接近してくる。
「ちょっ!希それは卑怯よ!そもそも私に論破されたからってそんな実力行使に移るなんていやなんでもありませんだからこれ以上近づかないで教えるからぁぁ!!」
しょうがないじゃない……。《ワシワシ》は嫌なのよ…!
っていうか他のみんなは、「あぁいつものことかぁ」みたいな目で見つめたかと思うとそのまま私と希を抜いて談笑し始めた。ちくしょう。
「それでにこっち、なに考えてたん?」
先程の様子とは打って変わって満面の笑みを浮かべた希はこれまた笑顔で私に問うてくる。こうなった以上教えるけど、流石にみんなには聞かれたくない。特に西木野真姫には。だから私は体を希に近づけて、耳元で囁く。
「西木野真姫の『兄』のことよ」
「ん?なんや普通やね。もっと面白いことかと思ったのに」
「何気にひどくない?私をなんだと思ってるのよ」
「そんなん、おもty、いやなんでもないやん。だからその振り上げた拳をしまってやにこっち」
「ふんっ!」
希の発言に気分を害したのでそのまま椅子にふんぞりかえるように座った。そして視線はアイドル研究部の扉へと向かう。
いよいよねっ!ようやく『アイツ』に会えるっ!
2年前に偶然接点を持つようになり、その1年後のとあるイベントでは強烈な記憶を私に植え付けていった人物。それが『アイツ』、西木野真士だ。ちなみに言うと真姫ちゃんはアイツの名前を明言していない。しかしながらなぜ私が知っているのかというと、それは真姫ちゃんの発言がヒントとなったからだ。
え?にこがどの真姫ちゃんの発言でピンときたか、聞きたいの?もー、しょーがないなぁ。特別だゾ?
それは、『愛してるばんざーい!が兄の作詞作曲』というところだ。私は真姫ちゃんが『愛してるばんざーい』の弾き語りができることなんて知らなかった。だから真姫ちゃんの演奏する『愛してるばんざーい!』という楽曲自体は知らない。でも私はもう一つの「愛してるばんざーい!」を知っている。それは、『西木野真士が矢澤にこのために作詞作曲した』ものだ。もしかしたら別の曲かもしれないけど、しかし幸か不幸か真姫ちゃんと真士の名字は同じなのだ。これはもう一発ツモと言っても差し支えない。
ゆえに私はあの真姫ちゃんのコメントを見た日から気が気ではなかった。なぜなら私は、矢澤にこは西木野真士に言わねばならない文句があるからだ。それは散々私のことをバカにしたことへの謝罪の要求や、アイドルという存在を下に見た発言の撤回、極めつけは突然の音信不通への弁解た。
でも、私にはそれ以上に伝えたい『気持ち』がある。
それは『感謝』の気持ち。私が今、μ'sのメンバーとしてこうやって騒げるのも、新しい目標に向かって全力で走れるのも、全部ぜんぶアイツのおかげなのだ。アイツのあの『ことば』があったから私は一人でも挫けずに歩いてこれた。だから私はアイツにことばだけでは伝えることができないほど、感謝している。
この気持ちはおそらく自分が想っているよりも遥かに私の心を占めている。もしかしたらアイツが来たら開口一番、真っ先に伝えようとするかもしれない。でも私はそれでも構わない。だってそのあとで文句を言えばいいのだから。
「ふふっ」
知らずのうちに笑いが口から零れる。それを見ていた絵里が不思議そうに顔を傾げるが、そんなの気にならなかった。
さぁ、アイツにどうやってこの感謝の言葉をぶつけてやろうかしら!
この作品のこと、忘れてないよね?ね?