生きている。
それだけで奇跡なのだと常々思う。
熱でぐったりとした身体を横たわらせて、厩務員さんたちが私のお世話にしてくれている。
申し訳ない……これで何度目だろうか。
私の脚はよく走れるように作られているが、存外脆い。
私の身体は熱しやすく、季節の変化に弱い。
こんなんじゃ、駄目だ……期待してくれていたお母さんにも、申し訳ない。
能力が高いと誉めてくれたオーナーさんや、騎手さんにも……。
「はぁ……」
自分はなんでこんなにダメダメなのだろうか。
全力疾走なんて、したことは数えるほど。
このままじゃ、だめ。
「大丈夫か、ベル」
心配そうに向かいの馬房から覗く彼。
少し前にデビューして、勝ったらしい。
私の名前はベルサフィール。
愛称はベル。
「結構キツい……またデビュー遅れちゃうなあ……」
「仕方ないよ、ベルは体弱いんだから」
同世代の馬たちのなかで一番仲がいい彼に慰められる。
私は体が弱かったからなかなか同世代の子達と遊ぶことがなかった。
だが彼は……キングカメハメハは生産牧場も厩舎も同じで古い付き合いだったため、よく併せ馬をしていたのだ。
「だけどさ、私も皆の期待に応えたいよ。もどかしい……成長したら、安定するかもだって話だけど」
「焦らないほうがいいよ。ベルは頑張りすぎて体がついていかなくなるからさ」
本当は10月デビューだったが、この熱により11月になった。
憂鬱だ。
「私は寂しいよ……カメハメハくんも遠いところに行っちゃったみたいでさ」
「そんなこと言うなよ……次はきっと上手く行くさ」
騎手さんも、待たせてしまって申し訳ない。
初めて乗ったときは「きっと牝馬三冠だっていける」と笑顔で太鼓判を押してくれたのに。
「はぁ……」
怠さと薬で眠くなってきた……
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ようやく体調が戻り、調教していると、騎手さんがやってきた。
横島典弘さん。
通称ノリさん。
穏やかな人で私に優しい。
「よろしくな」
にこにこと笑って撫でてくる。気持ちいい。
「そろそろ近いし乗ってもいいですか?」
「勿論ですよ」
調教師の松岩さんと厩務員の酒田さんが柵の向こう側に行き、見物する。
久しぶりの重さ、うん、だけどいける。
私の脚を考慮して、ダートコースで調教している。もう少ししたら芝コースに入れるとのこと。
そしたらカメハメハくんとの併せ馬も復活するらしい。
そういえば……カンパニーくんやデルタブルースくんは元気にしているだろうか。
難しいかもしれないけど、レースで会えたら嬉しいな。
「よし、行くぞ」
まずは、軽く。無理しないように、コースを走る。
ダートは柔らかい。芝コースは固いけど、速さは出やすい。
コースを二周ほどして、合図を出されたので加速する。
ここはちょっと頑張る。
ノリさんは一周また回り、合図を出して失速、ゆっくりとクールダウンさせた。
「全然速さは変わっていないな。よかった」
私も心配だったけど、このぶんなら新馬戦も勝てるかも。
えーと、カメハメハくんが言うには、ちゃんと上の人の指示には従え、だっけ。
うん、仕掛けどころを間違えなければ勝てるよね。
ベルサフィール(牝馬)
父メジロマックイーン
母ダイイチルビー
名前はフランス語でベル(美しい)+サフィール(サファイア)
母名から連想。
馬主 金木真人