フィジカルだけでぶいぶい言わせてた。
頭先頭民族。スピード狂。
結婚して丸くなった。
「キーゼル、あなたが目指したいレースを教えて頂戴。よほど適正外じゃなければ叶えるから」
綺麗な真新しい部屋にパソコンで何かを素早く打ち込んでいるベルサフィールが、紅茶を差し出されたものの萎縮してリラックスできない自分に話かける。
「私は……」
年末のグランプリレース有馬記念?
それともみんなの夢の日本ダービー?
格式ある天皇賞だろうか?
いいや。
「私は……変則二冠を達成したいです。NHKマイルカップと、クラシックG1ひとつ。」
自分の限界はわかっている。
私の脚だと三冠レースすべてに出走できない。
皮肉にも母譲りの脆い脚は健在である。
「それはその脚だから?」
「はい。私の脚はクラシック期までだと2000がギリギリです。そう医者に言われました」
「……。なら、NHKマイルカップからダービーかオークスへは行けないわね。NHKマイルカップから秋華賞か、皐月賞、桜花賞からNHKマイルカップか……」
考え込むベルサフィールは「あなたの適正って1600~2400よね?」と尋ねた。
「はい。でも2400は負担が……」
「もし貴女が間隔を開けすぎるとうまく走れなくなるのなら、桜花賞or皐月賞からNHKマイルカップ、そうじゃないのなら負担はかけずにNHKマイルカップから秋華賞のローテにしましょう。デビューは慎重にしないとね、まだ本格化は迎えてないから今年は無理ね……」
今年……というとドゥラメンテさんやドンキちゃんがデビューする年だ。
一緒にクラシックを走れなくて残念だが仕方ない。
「夏デビューで二戦を間隔開けて試して……が理想ね。」
「でもシニアからはマイルじゃなくて王道路線走りたいです」
私も母のように牡馬(?)と走りたい、そして強さを証明したい。
「そうね。ドバイ、宝塚記念、天皇賞秋、ジャパンカップあたりかしら。有馬記念は要相談って感じ」
「そして……あの、怒らないで聞いてくれますか?」
「……何かしら」
「凱旋門賞勝ちたいって言ったら……怒りますか?」
そう言うと、さすがのベルサフィールも目を見開いた。
日本のウマ娘にとって凱旋門賞は夢。
ロードカナロアが勝利した香港スプリント、ベルサフィールが勝利したキングジョージ。
それらと並ぶほど難易度が高いと言われている。
凱旋門賞ほどの大レースは存在しないんじゃないかと思うほどの規模とメンバーで行われ、ほぼ毎年日本も挑戦してるが未だ届かずにいる。
なにせ、あの無敗三冠ウマ娘ディープインパクトや三冠ウマ娘オルフェーヴルでさえも敗れたのだ。
簡単なことではない。
それは欧州のレベルの高いG1レースを3勝したベルサフィールは痛いほどわかる。
彼女もまた「凱旋門賞に行っていたら」とイフを語られる存在だからだろうか。
「本気、なのね?」
「はい。私は……ダービーよりも、有馬記念よりも、凱旋門賞が憧れのレースでした。」
「……わかったわ。最終目標は凱旋門賞。それでいいわね?」
「はい!」
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「ということで、チームカペラと練習することになったわよ」
「私はサトノダイヤモンドです。よろしくお願いしますね、キーゼルちゃん」
「ふふっ、あなたが噂の……よろしくね。サトノクラウンよ。」
サトノ家のウマ娘が集まるチームカペラ。
キーゼルの同級生二人……ダイヤモンドとクラウンは先輩たちの間でも評判の才媛。
そのキラキラの令嬢と私が……練習?
「緊張してるの?大丈夫よ。練習ってそういうものだから、差はあとから縮めていけばいいの」
慰めになってないよ、お母さん!
忘れてた、このひともお嬢様だった!
「でもまさか、あのベルサフィールさんがトレーナーになってるなんて思いませんでした。最近は体調を崩して引きこもりがちだと聞いていたので……」
「まあ、ね。」
体調を……?
大丈夫なのだろうか。
「まずは三人で1600の模擬レースをしてみてくれ」
カペラのトレーナーがそう指示し、私たちはスタートラインにつく。
「ふふっ、クラちゃんとは一緒に走ることは多かったけどキーゼルちゃんとは初めてなので楽しみです」
「お手柔らかに、お願いシマス……」
「もう、そんなに固くならないの。実力発揮できないわよ?」
優雅に微笑みかけてくるダイヤと、姉のようにフレンドリーなクラウンに挟まれたキーゼル。
幼いころからレースの英才教育を叩き込まれてきたエリートウマ娘二人に勝てるのか。
不安になり、ベンチを見ると、ベルサフィールが微笑み口パクで「がんばれ」とエールを送ってきた。
「ふう……」
こんなに実力ある二人と走れるなんて、光栄だ。
だから、せめて全力で、お母さんの顔に泥を塗らないようにしないと!
「いちについて……よーい……」
バンッ!!!!
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レースが始まり、クラウン先頭、ダイヤ三番手、キーゼルは二番手の位置となった。
本来逃げではないのであろうクラウンはさすがと言うべきかきちんとしたペースを刻んでいる。
ただキーゼルとの差はそんなにないので風避けにはなる。
ダイヤはやはり虎視眈々と狙うつもりだ。
「(えーっと、またフォーム崩れてる……呼吸も整えて、っと……)」
ベルサフィールに教えてもらったことを反芻して走る。
「(マイルはスピードでなんとかなる……か。さすが才能ウーマンだよお母さん。)」
「(私は最終直線に、賭ける。
勝負は一瞬、信じるのは私の末脚。)」
コーナーを曲がり、ダイヤが一気に外から差し、クラウンがスパートをかける。
そして……
「はあああ!!」
キーゼルは内から切り込んで駆ける!!!
「確かにあの脚、見るものがありますね」
「そうでしょう。長くスパートをかけるのには向いてないけど、一瞬の切れ味ならシニアのウマ娘とだって張り合えるわ」
キーゼルの脚質は差し。
虎視眈々と機を狙い、そのときになったらまとめて差す。
隠れた才能を持つウマ娘。
だがダイヤとクラウンもまた、サトノ家で育てられた優駿。
そう簡単に引き下がらない。
「(もうここまで迫って……でもあと少し!)」
「(すごい脚ですキーゼルちゃん、でも……)」
「(私たちだって負けてないわ!)」
三人が並び、そしてゴールした。
お互い誰が勝ったのかはわからないだろう。
だが、まばたきせずに見ていたベルサフィールは呟いた。
「勝ったわね……キーゼル」
「二着はダイヤ、三着はクラウンですね……」
同じくゴールを凝視していたカペラのトレーナーも頷いた。
「ええ、本当にすごい脚でした。英国から来たかの雪の妖精を彷彿とさせる……」
「スノーフェアリーのこと?まあ最内から切り込んだところはそっくりね」
「磨けば、光りますよ」
「わかってるわよ。というか、私はあの娘の末脚を見て選らんだんじゃないの」
「……それは、どういう?」
「さあね」
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「ダイヤとクラウンとは仲良くなれそうで良かったわ」
「はい!ラインも交換しちゃいました。……お嬢様でもケータイの使い方わかるんですね」
「それはバカにしすぎよ。そこまで世間知らずじゃないでしょう。……さすがに」
最初のレースでは僅差で勝てたが、練習を挟んで最後のレースはサトノダイヤモンドが勝利。
悔しい……また走りたい。
「クラウンは今年デビューだけどダイヤは一年遅れるそうね。クラシック、取り合うかもしれないわよ?」
「そうなんですか?なら尚更頑張らないと……!」
寮まで送ってきてくれるらしく、二人で夜暗いなか歩いていると、人影が目の前に立ち止まった。
「お母様、お話が、あります」
「サフィラ……」
美しい黒鹿毛を靡かせた少女……クイーンサフィラが険しい顔で立ちふさがった。
姉さん……。
「ごめんなさいキーゼル、今日は一人で帰ってくれるかしら?」
「大丈夫です。さようなら……」
なんか深刻そうな雰囲気だったので帰ることにする。
だって……私とは違って、本当の、この世界の娘なんだもの。
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「まったく、急に何かしら?」
「……トレーナーをすることの、説明を」
「私が中央トレーナー免許を持ってるのは知ってるでしょう?今まで担当持たなかったのが可笑しいのよ。」
「でも、でも貴女はなぜあの娘に……」
「悪い?」
「選抜レースの映像、見ました。確かに光るものはあった……ですが、貴女のような強い才能は、特別さは感じなかった!事実負けていて……あの娘と同じようなウマ娘は他にもたくさんいたはずです。なぜ、なぜあの娘なのですか」
「担当したいと……自分の手の届くところに置きたいと、そう思ったからよ。運命的ななにかを感じる……ってやつかしら?」
「お父様も心配なさってました。トルマリンを産んだ日から体調を崩し一時期入院生活を年単位でしていた貴女が……トレーナーという酷な仕事をするのだと」
「あの人は人のこと言えないと思うけどね。まあ帰ったら顔合わせるしそっちはそっちで説得するわよ」
「ドゥラメンテも落ち込んでいました。貴女に強く憧れてましたから」
「……そうね、申し訳ないことをしたと思ってるわ。でも私よりあの人のほうが優秀だしキーゼル一人で私は手一杯なの。」
「貴女は……そうやって……」
「だからねサフィラ。私はやめるつもりなんてないわよ。キーゼルは私が見なくては行けないの。……そう、しなくてはいけないのよ」
ハーツクライ「三冠馬はー!」
ハーツ産駒「千切るー!」
ハーツクライ「王者はー!」
ハーツ産駒「倒すー!」
ハーツ「よし!今年も目にもの見せてやれ!」
ルナーリア「三冠馬にして王者がいるんですけど……あの……」