「うう~」
「大丈夫かー?」
「へいき……たぶん……」
秋華賞直前、熱になった。
これによって緊急回避、二冠は残念ながら目指すことができなくなった。
「悔しい……悔しすぎる……」
馬房の隅でいじけてると、ふと疑問に思った。
天皇賞秋まで残り二週間なのに、カメハメハくんは練習しないのかと。
「カメハメハくん、いつもは調教の時間だよね、今日はどうしたの?」
「あー……どうやら怪我しちゃったみたいでな……」
「えっ!?大丈夫なの!?」
「まあ治るだろ」
あっさりと言うカメハメハくんに私はなんだか胸騒ぎがした。
そしてそれは見事に当たってしまうのだった。
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「い、引退って嘘よね……?」
「……ホントだ」
その後、ジャパンカップへ向けて調教していたとき。
衝撃の話を聞かされた。
「……っ、怪我のせい?そんなにひどいの?」
「らしいな。俺には詳しいことはわからないけど」
屈腱炎、というらしい。
これで引退する馬も少なくないのだとか。
「私、もう貴方と戦えないの?走れないの?……会えないの?」
「引退したら、会えるかもな。ただ走れはしない……というか怪我を治しても、お前を満足させられる走りができない」
そんなの、関係ないのに。
私は、今までカメハメハくんがいたからどんなに厳しい状況になっても諦めずここまで走れたのだ。
私一頭だけだったら、確実に度重なる体調不良で心が折れていただろう。
「なんで、こんなときに……」
「ホントに、なんでだろうな……俺が聞きたいよ」
はは、と自嘲気味に呟くカメハメハくん。
「兎に角、俺は引退する……後は任せたぞベル。俺の代わりにターフで女王として君臨してくれ」
そんなの、そんなのってない。
私、まだ貴方に勝ててない。
まだ、貴方と走りたいのに。
「ごめん、ちょっと気持ちの整理をさせて……」
頭が痛い。
まさかこんなに早い別れが来るなんて思わなかった。
怪我といっても治ったらまた走れる……そう楽観視していた。
「寂しいよ……」
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「流石にあのダービーは過酷だったんでしょうかね」
「NHKマイルも激戦だったからなあ……ベルもいつ怪我するかわからないな」
今日は世代のダービー馬キングカメハメハが厩舎を去る日である。
今まで世話したスタッフたちは寂しくやるせない思いを抱えていた。
「ベルの調子は?」
「キンカメが去ることをわかってるのかよくないですね。仲が良かったから……」
厩舎のエースとなるベルサフィールはもうすぐジャパンカップ。
なんとか建て直したいものだ、と担当厩務員は思っていた。
馬運車が来てゆっくりとキングカメハメハが歩いてきた。
「種牡馬として成功してほしいな。」
「ですね。……ん、どうした?」
いつもは手がかからず大人しく素直な性格をしている彼が、なかなか入ろうとしない。
怪訝に思って軽く引っ張ったスタッフは、気づいた。
一筋の涙がその馬の目から零れていることに。
「……お前」
ちょうどベルサフィールの馬房があるあたりを見つめながら。
「お前、もしかして、ベルのこと好きだったのか?」
震えながら聞くと、彼の馬は珍しく嘶き、馬運車に入っていった。
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