キシェ歴942年
ボヘロスの城から見える景色は地獄だった。
がれきの街で男は正気を失い、女は連れ去られていき、魔族は怒りに狂っていた。そのものたちの末路を私は知っている。男は洗脳され人間を蹂躙し、女は人魔を産むものになり、怒りを世界に向けた魔族はいずれ滅ぶ。
この地獄は、これから世界中に広がっていく。誰も彼も不幸になる。私は知っている。全ての人間が、全ての魔族が、世界を救った彼女たちが、これから世界を救う彼女たちも。皆悲しみを背負い、誰かを呪い、殺し合いを続けることになる。
私は知っている。私が選んだ未来だ。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
今更誰に懺悔しているのであろうか。誰も私を許してなどくれない。唯一私を許すと言った人は私がこの手で討った。そうして始まった。
「よく見ておくのだな」
魔族の長が囁く。
「歴史の通りだ……」
手には一冊の本が握られている。
未来が書かれた呪いの本。どうしようもない未来しか描かれなかったそれに私は従った。
そうして地獄が出来上がった。
私の未来も決まっている。
魔族に凌辱され、死体は乗っ取られ、世界を混乱に巻き込み、親友のすべてを奪い、そして彼女に討たれる。それが未来だ。
目の前の地獄は広がり続けていく。
隣に立つ魔族はなにを思うのだろうか。本に描かれた未来はもはや変えられない。事実、彼の手に渡っても、その本の結末が変わることはもうなかった。
定められた滅びを目の前にして絶望しているのだろうか。仮面の表情を読み取ることはできない。
「……貴様にも地獄を見てもらうぞ」
当たり前の話だ。世界中の責め苦を受けたところで私には足りはしない。それだというのに、体は恐怖に震える。この期に及んでわが身にまだ不安を感じる自分が恨めしかった。
魔族の長は情けなく震える私を見つめる。
「……あいつを……あいつを信じきれなかった貴様が選んだ未来だ」
憐れむような、悲しむような、悔やむような、そんな口調で彼は言った。
「……ごめんなさい…」
私はただ泣きながらうわ言のように懺悔するしかできない。
あの人にすべてを委ねても何も変わらない。その選択をした未来には絶望しか描かれなかった。その後、どうあがこうとも未来には最悪しか待っていない。だから私は一番マシだと言える未来を選択した。それしかなかった。そうしなければ誰一人救われることはない。人類も、魔族も、消えてなくなってしまう。そうならないために、私が目のまえの地獄を選んだ。
それでも……それでもとずっと思い続けている。それでも私はあの人を信じるべきだったのではないか。あの人に全てを委ねれば、もしかしたら、皆が幸福を掴める世界もありえたのではないか。人間と魔族が手を取り合い、争いのない、皆が幸福な世界が……。
そんなことはあり得ないと知って私は選択したのに、今でもこの思いが消えはしない。あの人なら、本当にあり得ない奇跡を起こせたのではないか……だって、あの人こそ本物の聖女様なのだから。
初投稿のため至らぬ点があるかもしれませんがよろしくお願いします