僕は日課の走り込みを終え、店番をしている。昔に比べたらかなり体力がついた。本当にそのうち街を百周できるかもしれない。
そんなことを思っていると客が来た。魔族達の仲間の紫がかった長い髪をした女性だ。相変わらずすごい恰好をしている。目のやり場に困る。
「あれと……これと……それも頂戴」
「随分と買いこみますね」
「もしかしたら長旅になるかもしれないからね。買える時に買っておかないと」
「どこに行くかは知らないですけど。パン屋なんてどこにでもあるでしょ」
「……君……パン屋の息子なのに言うね……」
好きでパン屋の息子をやっているわけじゃない。両親との仲が悪いわけではないが、自分の家の家業にプライドがあるわけではなかった。
「でも、やっぱりここのパン美味しいわよ」
「へぇ……そうなんですか……」
僕は興味もなさそうに頼まれたパンを包む。正直パンの味なんてよくわからない。どれもそれなりといった感じだ。父は大げさに自分が世界一のパン職人のように話すが、広い世界にはもっと美味しいパンを焼く人だって沢山いるだろうと思っている。まぁそれも想像の範疇でしかない。僕が知っているのは僕が生まれ育ったこの街のことだけだ。
「旅……いいですね……」
ぼそっとそんなことを呟く。
彼女たちは自分たちの命運を賭けた戦いをしているのだろうから、そんな生易しいものではないのだろうが、それでも旅というものが羨ましく思えた。
「いいことなんて全然ないよ」
目の前の女性は笑いながら答える。
「この前なんて、変なおさるさんと戦うからって、裸に見える薬なんて飲まされたし」
「ちょっと、意味の分からない話ですね……」
それにお姉さんに限って言えば、ほとんど変化ないだろうとも思った。流石にそれを口に出すほど、僕も子供じゃない。いや、大人じゃないだろうか。まぁどっちでもいい。
「色々と大変なんでしょうけど……いいこともあったんじゃないですか?」
笑いながら旅について語るのだ。辛いことだけではないはずだ。
「そうね……やっぱりこうやってみんなと旅するのは……楽しいとこもあるかな……」
そう言いながら僕が包んだパンを女性が受け取る。
何やら彼女を呼ぶ声も遠くから聞こえる。その仲間たちが早く来いと言っているようだ。
「じゃあ、今回もいい旅を」
「うん、ありがとう」
女性はそう言って仲間たちのほうに駆けていく。やはり楽しそうだ。
「仲間と旅か……」
僕はその姿がやっぱり羨ましかった。
いつか、僕も誰かと旅をしたい。そんなことを思った。