King Exit ♯   作:ただの誰か

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5話 レイス

大陸の西に位置する華の国レイス。聖女ボヘロスに教えを受け、平和な国家を目指し建国された。魔族との戦争以前に人類同士の争いにより領土を失うことになったが、現在ではそれを取り戻し、かつての理念の通り、平和な国家を目指し運営がなされている。レイスの女王自身も、かつて奴隷に身を落としていた経緯もあり、国民には元奴隷のものも多い。

 

その国で二人の旅人が歩く。

街はずれの道だ。頼まれた使い先は、少し辺鄙な場所にあった。

 

「こんなところに皇帝の手紙受け取るような人がいるの?」

「僕だって知らないよ。孤児院の院長なんかに皇帝がなんの手紙を書いてるのやら」

封筒の送り先を示すメモは、レイスにある孤児院の院長宛てとなっている。院長自身の名前は書いてない。

 

「スパイかなにかかしら?」

「レイスと帝国の関係はそれほど悪くない」

国民に多くの元奴隷を抱えるレイスと、奴隷解放を推し進める大国である帝国との関係は良好である。レイスの女王が、先帝を打倒したクーデターに参加していたこともあり、皇帝ナージェジタの覚えもよかった。一度は領土を失い、国力も低いレイスが国家として再出発できたのも、この縁によるところが大きい。

 

「……開けてみるとか」

「冗談だろそれこそ殺されても文句言えないぞ」

「バレなきゃ大丈夫よ。その封蝋偽装しちゃえばいいわ」

グイーネは随分気になる様子だ。皇帝からの手紙という存在が、彼女のロマンに火をつけてしまっている。幼少期からの悪い癖であった。

 

「ダメだ」

「どうしてもダメ?」

食い下がるグイーネにブルーはため息をつく。

「もし君がゲオルイースに手紙書いて、配達人に勝手に読まれたらどう思う」

ブルーは一般論で返した。

「……それは……嫌ね」

その意見にグイーネはあっさり折れる。当たり前の話をされて、急に目が覚めたといった感じだ。

 

「偉い人の手紙って宝物感あるから、ちょっと調子に乗っちゃった」

「皇帝だって人間だからな」

実感のこもったようにブルーは言う。

「世界を救った英雄のゲオルイースだって君からしたら妹みたいなもんだろ?……どれだけ偉くなっても同じ人間だ……だから……」

「……だから?」

「相手の嫌がるようなことはしちゃいけない」

当たり前の話を大真面目に口にする。

ブルーはたまに、子供のような理屈を語る。純真な理想論をいまだ忘れられずにいるようであった。

 

「あなたのそういうとこ子供のころは鬱陶しかった」

「………今は?」

「そんなに嫌いじゃない」

 

子供の理屈のような、正しさしかない話が今のグイーネには心地よかった。

 

 

 

 

 

メモにあった孤児院にたどり着く。

あまり立派な建物とは言えないが、敷地で遊んでいる子供たちは楽しそうだ。

「すまない。院長さんを呼んできてくれないか?……怪しいものじゃない手紙を届けに来ただけだ」

ブルーは近くで遊んでいた紫がかった髪の子供に頼んだ。子供は素直に「お母さん呼んでくる」と言って奥の方に駆けてく。

 

「お母さんじゃなくて院長を呼んでほしいんだが……」

「まだ小さいし、院長さんのことをお母さんと思ってるんじゃないの?」

そんなことを話していると、建物の奥から女性が現れた。先ほどの子供と同じ紫がかった長い髪をしている。

 

「あ……」

「あれ……君?」

出てきたばかりの女性とブルーが顔を見合わす。

「もしかして、ボヘロスのパン屋の子?」

「お久しぶりです……」

意外な顔みしりだった。ブルーとしては、もう一生顔を合わすことはないと思っていた。

 

「よくわかりましたね」

「その帽子すっごく見覚えあるもん」

ブルーは帽子をとっておかなかったことを後悔した。グイーネは後ろで「私のおかげね」と笑っている。確かに彼女に言われて青い帽子をかぶり続けたおかげで、今はこうして覚えてもらえていた。しかし、今回に限っては都合が良くない。

 

「さぁ、入って。あんまり綺麗じゃないんだけど」

「いや、届け物を頼まれただけで、長居するつもりは……」

「いいから、いいから。遠慮しないで」

女性は、そう言って中へと案内する。ブルーとしてみれば、渡すものを渡せばすぐに引き上げるつもりだったが、有無を言わさない流れに戸惑っている。

 

「昔の知り合い?」

グイーネが小声で聞いてくる。

「あぁ」

「なら良かったじゃない」

良くはなかった。少なくともグイーネと一緒にいるときに、この女性と話すことは躊躇われた。

 

お使いを頼んだ女のことを思い出す。

(どこまでわかってて頼んだんだあの人……)

ただ単に久しぶりの再会をさせたかっただけなのか、それ以外の思惑があるのかはわからなかった。

(……いつまでも逃げられる話でもなかったか……)

ブルーはグイーネのほうを確認する。彼女のことを考えた時、どうすれば一番いいのか、いまでもわからない。ただ、ボヘロス王国に近づくほど、避けられない問題があるのは確かだった。

 

 

 

 

通された部屋は確かにあまり綺麗ではなかった。壁はボロボロ、床もところどころ汚れがあった。おそらく子供たちが毎日はしゃいでいるせいであろう。

ソファーにグイーネとブルーが並んで座り、対面に院長の女性が座った。

 

「こちらの方は?」

グイーネはブルーに聞く。ブルーは返答に困った。

「え~っと……昔うちの近所に住んでた人」

本当に名前は知らなかった。

「酷いなぁ……名前覚えてくれてないの?私は覚えてるよブルー君でしょ」

「僕は名乗った覚えないんですけどね」

「私も人に聞いたんだっけ?……娘の友達だって」

女性はくすくすと笑う。昔の楽しかった時期のことが思い出せた。

 

「じゃあ今更教えてあげる。私はアンジュ。今はここの院長先生」

アンジュと名乗った女性はそう自慢そうに言う。彼女にとってはこの孤児院が本当に誇りであるようであった。

 

「それで、そっちの女の子は?」

今度はアンジュ聞き返す。グイーネのことについてだ。

 

「彼女は……グイン。一緒に旅をしている」

ブルーは下手な嘘をついた。名乗った偽名はほとんど意味をなしていない。口に出してから後悔する。隣で愛想笑いしているグイーネにあとで怒られるであろうと思った。

 

「男女で一緒に旅?二人で?え?それどういう……」

「はいこれ」

変な部分に食いつかれそうになったので、ブルーは声を遮るように預かっていた封筒を渡す。

 

「あ、ナージェくんからじゃない」

彼女は嬉しそうに封筒を開け、中の手紙を取り出して眺める。

秘密もなにもあったものではない。皇帝からの手紙にしてはかなりぞんざいな扱いであった。

 

「どういう関係なの?」

グイーネは小声で隣に座っているブルーに尋ねる。

「皇帝の昔の旅仲間」

ブルーも小声で返す。

対面しているアンジュは届けられた手紙を楽しそうに眺めている。皇帝からの手紙をこれほど気楽そうに読む人間はそうはいない。

 

「あの……良かったらでいいんですけど……手紙にはなにが書かれてるんですか?」

グイーネが恐る恐るアンジュに尋ねる。開ける前の手紙を勝手に見るのは良くないという話はしたが、目の前で開けられて楽しそうに眺められては、その内容が気になりもする。

 

「え~っとね……ダイアナが妊娠したんだって。3人目だからいい加減男の子が欲しいって感じのことを長々と書いてる。あと、娘も大好きって言い訳が同じくらい」

アンジュは内容を読みながら、楽しそうに話す。

 

書いてある中身は大事件であった。皇帝ただ一人の妻ダイアナが妊娠したとなれば、また帝国中が大騒ぎである。世間一般にはまだ公開されてはいない。それほどの内容が書かれていることで、彼女と皇帝との仲の深さが分かる。

 

「それと、困ったらこれを使ってくれって」

手紙の他に入っていた紙切れをアンジュが机の上に無造作に置く。

皇帝の印が施された小切手だ。金額はまだ書かれていない。下手をすれば小さな国が買える代物である。

 

グイーネは食い入るようにそれを見つめる。一生かけても手に入らない価値の紙切れが目の前に無造作に置かれているのだ。無理もない。

 

「毎回送ってくれるんだよねぇ……使わないからいらないって言うのに……」

「使わないなら私に!」

「ダメなのよ、私の名前と紐づいてるみたいで……それに、仲間に施しを受けるのってなんか嫌だもん。……本当に助けがいるときには直接お願いしにいくよ」

そう言って、アンジュはその小切手を細かく破り近くのごみ箱に捨てる。

グイーネは信じられないといった表情でそれを見ている。ショックで言葉はもはや出ていなかった。

 

「皇帝とはもう会っていないんですか?」

ブルーが尋ねる。

「……うん……手紙はこうしてやりとりしてるんだけどね。……何度も誘ってはくれてるんだ……でも……私の方がちょっと会いづらくて……魔族のこととか色々あったから」

気まずそうにアンジュは言う。明るく話せることではなかった。

 

「あの日……いきなり魔族は変わってしまった。ナージェくんも変わっちゃった。だから会いにくいんだ……正直……」

「仕方ないことです」

誰もが傷つく時代だった。関係が変わってしまうことも仕方ないと思えた。

 

「まさか、あなたにもまた会えるとも思ってなかった」

「僕は……友達が助けてくれました。それで帝国に」

「それでナージェ君の手紙持ってきてくれたんだ」

「旅のついでに頼まれただけです。返信の手紙は他が取りに来ると言っていました」

「そうなの……じゃあそれまでに書いておかないとね」

そう言ってアンジュは手紙を近くの引き出しに入れる。また後で読み直すのだろう。

 

「孤児院……なんで始めたんですか」

窓の外には子供たちが楽しく遊んでいる姿が映る。

 

「……魔族が狂ってしまって……ナージェくんも怖いくらい剣を振るって……戦争はもう止められないんだってわかって……それでも私はどっちつかずでね……誰とも戦えなかった……」

アンジュは悲しそうに語り始めた。

 

「……なんにも出来ないから、みんな逃げてって言いまわってた。とにかく、誰かが傷つくとこなんて見たくなかったの。逃げるだけじゃ何の解決にもならないのにね……そしてある時ね、孤児がたくさんいた教会に行ったの」

「早く逃げろって言いに?」

「そう。でもそこの人達は逃げなかった……ものすごく強い人が守っててね。大丈夫だって……」

「……どうなったんですか」

「その強い人を残して死んじゃったって聞いた」

「……あなたに落ち度はない」

「そう思えなくてさ……もしあの時逃げろって言いに行ったのが私じゃなかったら、あの子たちはちゃんと逃げたんじゃないかと思えて」

アンジュは目に涙を浮かべている。

 

「もっと強そうな人だったら、もっと頭のよさそうな人なら、私じゃない誰かだったら……魔族のことを恨み切れない私じゃなかったら……耳を傾けてくれたんじゃないかなって……」

「それで孤児院を?」

「うん。別にあの人たちが生き返るわけじゃないんだろうけど……私がやらなきゃって気がして」

そう言うと、アンジュは涙を拭いて笑顔を作る。

 

「それにさ、やっててよかったと思う」

アンジュは外のほうを眺める。

相変わらず子供たちは楽しそうに笑っている。愛情をもって育てられているのが見て取れた。

 

「そうですね。良かったと思いますよ」

ブルーもアンジュの意見に同意した。この風景が悪いもののはずがなかった。

 

 

 

 

「私、ちょっとまだ仕事あるからゆっくりしてて」

そう言ってアンジュは部屋から出ていく。気まずくなったのもあるが、実際に人手不足のようだ。

 

部屋にはグイーネとブルーだけが残される。

「……あの人魔族のことを恨み切れないって言ってたわね」

グイーネは先ほどの会話の内容について考えていた。

「ちょっと……理解が出来ない……」

彼女は混乱していた。魔族に少しでも同情心がある人間がいること自体おかしな話のはずなのだ。それほどまでに、魔族達が行ったことは苛烈だった。

 

ブルーはしばらく黙り込んだあと、観念したように口を開く

「最初に現れた魔族は奴隷を解放して戦力にしたって話……」

「知ってる」

「解放された奴隷たちと、魔族はそこまで悪い関係じゃなかった」

「……は?」

「少なくとも、魔族が産場や永久洗脳を使い始めるまではね。……ボヘロスの街も結構平和だった」

「そんなのただの演技でしょ?」

「だと思う人がたくさんいるから、この話は知られていない。覚えていても、魔族への怒りで掻き消える。それに、生き残ってる人事体すごく少ないってのもあるしね」

「いえ……そもそも……そういう話じゃない…………そんな光景を……私は知らない……」

グイーネは頭を抱えた。

 

自分もボヘロス周辺でレジスタンスとして戦い続けていたはずなのである。だというのに、話された内容をまったく理解できない。目の前で会話を繰り広げた二人が嘘を語っているようにも見えない。

 

過去の記憶をなんとか掘り起こそうとする。魔族が最初に現れた日のこと、そこは鮮明に思い出せた。その次の記憶では、グイーネはかなり成長していた。もう魔族達は、ボヘロスに地獄を作っている。違和感を覚えた部分の記憶がぽっかりとなかった。

 

「なんで……」

グイーネは困惑していた。

 

(やっぱり、やめた方がよかったか)

これがブルーが抱えている問題だった。グイーネの記憶が抜け落ちていることは最初から知っていた。だから、今まで触れることはしなかった。けれども、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。ボヘロスに近づければいずれ発覚することはわかっていた。

 

「……急がなくていいさ……きっといつか思い出せる……」

ブルーはグイーネの体を抱き寄せる。

本心では永遠に思い出さなくていいと思っていた。しかし、いまのグイーネを静めるためには、必要な言葉だった。

 

「そう……ね……」

グイーネは体を預ける。腕の中の感触は聡明な彼女の頭脳を極度に鈍らせた。

 

そんなときに、大きく入口のドアが開かれた。

二人はそのままの体制でドアのほうに目をやり、ドアからは大量の洗濯物を抱えたアンジュが二人を見ている。

「……ご、ごめんなさい……」

「ち、違います」グイーネは顔を真っ赤にして離れる。

ブルーはどちらかという安堵していた。さきほどの話をそのまま続けるより、よっぽどマシな状況だと思った。

 

 

 

 

 

「ごめんねぇ、手伝ってもらって」

部屋で3人は大量の衣服を畳んでいる。

 

「ちょっと今人手が足りなくて……」

「なにかあったんですか?」

ブルーが聞く。

 

「……今、シンガナとボヘロスで戦争してるのは……知ってる?」

「知ってます。僕たちもそれを調べるために旅をしています」

「あ、そうだったの……それなのにわざわざ寄ってくれたんだ」

「拒否権なんてありませんでしたからね……」

ブルーはパーシアスでの出来事を思い出して苦い顔になる。

 

「それで?」

「それでね、レイスにも火の粉が飛んでこないことも限らないって、国境の方に人が駆り出されてるの。ほら、ボヘロスとレイスって縁のある国だし。そのせいであちこちで人手不足でねぇ……うちで働いてる人も街の仕事手伝ったりしにいってる」

レイスはボヘロスに大いに影響を受けた国である。当然の話ではあった。

 

「ボヘロスのこと……なにかわからないんですか?」

綺麗に衣服を畳みながらグイーネが話題に加わる。

「それが全然わからないんだって。『ボヘロスの使徒』って人が黒幕って噂は聞くんだけどそれ以外はまったく……レイスからも使者が何人も行ったんだけどね、全部追い返されたって。前線で戦ってる人たちにはいくつか話が聞けたんだけど、彼らもなにもわからないで困ってるとか」

「……不可解な話ですね」

使者も受け付けない、前線のものたちも内情を理解できてない。そのうえで戦争は続いている。なにもかも不可解なことだらけであった。

 

「それを調べるために来たんだ。いけばわかるさ」

そう言って、ブルーは畳んだ服を並べる。グイーネに比べると随分雑であった。

 

「あなた……もう少し丁寧にしなさいよ……」

「これだってちゃんと畳めてるだろ」

「貸してみなさい。私がやってあげるから」

ブルーが畳んだ服を取り上げ、グイーネが畳み直す。

その姿をアンジュは笑顔で見ている。

 

「どうしたんですか?」

それを見たブルーが尋ねる。

「いやぁ……私にもあなたたちみたいな頃があったなぁって……」

アンジュは照れ笑いで返す。

「私も旦那によく言われた……丁寧にしろって……」

アンジュの畳んだ服もかなり雑であった。その分、量はこなせているので、遊びざかりの子供がたくさんいるこのような環境ではこれが正解なのかもしない。

 

「ご結婚されてたんですね」

旦那と言う言葉にブルーが反応する。

「へへへ……まぁねぇ……娘もいるよ」

「あぁ、さっき呼んでくれた子ですか」

「そうそう、私によく似てるでしょ」

家族の話になりアンジュは随分楽しそうだ。幸せな現在があるのが見て取れた。

 

しばらく、アンジュの家族の話になった。旦那さんは先ほどの話にあった通り今は街で働いているらしい。娘さんはかわいいが、他の孤児たちと分け隔てなく育てたい。そのようなことを話した。

 

見知った間柄でもない、グイーネのほうがよく話を聞いていた。家族というものに、なにか思う物があったのかもしれない。

 

 

 

 

 

いくつかの話をしているうちに、夕暮れになる。辺鄙な場所ということもあり、グイーネとブルーは孤児院で一泊することになった。

 

そう決まったあと、アンジュがブルーにパンを焼いてくれと頼んだ。

「食事なら彼女にやってもらった方いいですよ」

ブルーがグイーネのほうに振る。実際、彼女の料理の腕前は目を見張るものがあった。料理に限らず、凡そ人がやることで出来ないことはないという万能さだ。この旅でもブルーは大いに助けられてきた。

 

「いいの。ボヘロスにいたころのパンが食べたい」

「……それ焼いてたの僕じゃなくて両親なんですが……」

「手伝ったりはしてたんでしょ?」

 

結局アンジュに押され、ブルーがパンを焼くことになった。グイーネはその手伝いということで、厨房に入る。

 

ブルーが指示を出す形で、パン作りが始まる。途中でグイーネは何度かアドバイスをしようと思ったが、今回は彼が頼まれたということで、なにも口を挟まなかった。

 

「あなた……実際どのくらい手伝ってたの」

「……あんまり……」

「でしょうね」

ブルーの手際はほとんど素人のそれであった。

 

「正直好きじゃなかったんだ……将来は学者にでもなりたかった」

「あなた、そういう感じの子供だったものね」

「……今は……後悔してる。もう少し手伝いくらいしとけばよかったって……」

その内容で、グイーネはブルーの両親が亡くなっているのを察する。この世界ではありふれた話であった。

 

「後悔がない人なんて居ないわ……私だってそう」

「……」

「……だから今、後悔しないようにしましょう。過去は変えられないんだから、今を精一杯頑張る……そうでしょ?」

グイーネはそう言って笑った。旅の途中で、ブルーが彼女を励ますために言った言葉だ。

ブルーもつられて笑う。過去はどうであれ、今このときは笑顔を作れた。

 

「じゃあ、今の精一杯をしよう」

そうして彼は必死にパンを作った。

 

 

 

その晩、食されたパンの評価は食べられなくはないであった。グイーネがあとから作ったスープのお供にはギリギリなるというレベル。スープのお替りは殺到したが、パンを追加で手に取る子供はいなかった。

 

アンジュだけは嬉しそうに食べていた。彼女にとっては味よりもブルーが用意したパンということのほうが重要だったのかもしれない。ボヘロスにいたころに食べた記憶を思い起こし、懐かしさを味わう表情を見せていた。

 

「精一杯やったかい、あったじゃない」

食事の風景を見てグイーネが言う。

「……味が良ければ、もっと、よかったんだろうけどな」

ブルーは余りもののパンをかじる。

 

両親が作っていたものに比べたら、確実に美味しくはなかった。今思えば、両親が焼いたパンは本当によくできていた。父親が大げさに世界一などと言っていたのも、あながち嘘ではなかったかもしれない。そんなことを考えブルーは苦笑いを浮かべる。

 

「次は、リベンジしないとね」

グイーネがその隣で笑顔を作る。一緒にまた作ろう、今度はもっと美味しものにしよう、そのような気持ちにあふれた笑顔だった。

「……そうだね……次は、もっとうまくやろう」

大切なものに語るようにブルーは応える。この時間が彼にとっては愛おしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血まみれのグイーネの体を見る。壊され、汚されているのに、最近の彼女の眼は光を失わない。

「……夢なんて平気……」

痛みに耐えながら時折そんなことを呟いている。

どれだけの悪夢を見せようと夢は夢だ、現実に戻れば彼が待っている。だから彼女は耐えれてしまう。

 

私はもう彼女という存在を通して、彼を見ることも嫌になってきた。なにもわからないからといって、よくもここまで図々しい言葉が吐ける。見ているこっちが辛くなる。いや、間違いなく辛い。私は始まりも終わりも知っている。彼もたぶん知っている。だから辛いのだ、もう逃げだしてしまいたい。

 

でも彼女は知らない。何かがおかしいと気付いているのに確かめようともしない。確かめてしまえば全てが終わる予感がしているから、いつまでも逃げているんだ。

 

逃げれば逃げるほど辛くなるということが、なぜわからないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

孤児院の一室でグイーネは目を覚ます。今日も隣にはブルーがいる。彼女はそれに安堵し、頭を落ち着ける。最近、何かが変わった気がしている。

「……どうした?」

頭を悩ませているところにブルーが尋ねる。

「……なんか……ちょっと最近変わった気がして……」

「なにが?」

「私に悪い夢を見せる相手がね……なんだかすごく辛そう……にしてると思う」

誰かもわからない、言葉も届いていない。なのに、グイーネはその誰かの気持ちが理解できた。

 

「…………辛そうなのかい?」

「……そんな気がしただけ……まぁ……夢の話だからね。気にしないで」

そう言って彼女は起き上がる。ここに長居するわけにもいかなかった。

 

出発前にブルーは手荷物をまとめている。グイーネはその間、アンジュの仕事を手伝っていた。一宿一飯のお礼に掃除だけでもといった流れだ。

 

「ごめんなさいね。お客さんなのに」

「いいですよ。気にしないでください……それに私も子供の世話するの、嫌いじゃないみたいです」

グイーネは笑う。昨日の夜も子供たちと遊んで楽しんだ。平和な暮らしの中で無邪気に遊ぶ子供たちを見るのは嬉しかった。魔族との戦争で失われた世界が、少しずつ戻ってきている。その実感が湧く時間であった。

 

「子供はかわいいからねぇ……それで、あなたたちは?」

アンジュがニヤニヤしながら訪ねる。彼女から見ても、二人の旅人がそれなりの関係であることは見て取れた。ずっと気になっていたようだ。

 

「まだ……そういう関係じゃないです……」

グイーネは困ったように答える。

「うっそ……あんなイチャついてたのに?」

「はい……」

グイーネのトラウマが原因で歪に進んだ関係は、心ばかり先走り肉体的な部分を疎かにしていた。

 

「あの子が嫌って感じじゃないよね?」

「……それは……はい……」

このような質問事体に慣れていないグイーネはただただ顔を赤らめて戸惑う。

 

「……なら、早く一歩踏み出さなきゃ。未来はどうなるかわからないんだから。後悔しちゃうよ」

話題の中身に対してアンジュの口調は真剣だった。

 

「一緒に歩んでた人が急にいなくなることだってある……共に歩んでた人達と離れてしまうことだってある……だから、好きだっていうことは、伝えられるときに全力で伝えなきゃ」

真剣に彼女は語った。過去の辛い経験を思い出していたのかもしれない。目は少しうるんでいた。

「ごめんなさい、なんか熱くなっちゃった」

そう言って目をこすり、アンジュは掃除に戻る。

 

「いえ、ありがとうございます」

話を聞けて良かった。そうグイーネは思った。

 

 

 

 

 

掃除のあと、グイーネとブルーは孤児院を後にした。

別れ際、グイーネとアンジュが恥ずかしそうに笑い合っていたのがブルーは気になった。

 

「何話してたのさ」

「別になんでもないわ」

そう答えるグイーネに暗い感情はない。それを感じたのかブルーも「まぁいい」と流す。

 

グイーネは自分の記憶が抜け落ちていることに気付いた。それによる影響だけが心配だった。今朝は少し気になるようなことを言っていたが、今のところ機嫌も良さそうで、問題はなさそうである。

 

話をそのまま流されたグイーネは、ブルーの体に寄り腕を絡める。

「どうしたの?」

問題はなさそうであったが、機嫌が良すぎることは不思議だった。

「別に」

腕を絡めたままのグイーネは説明しない。

(一歩踏み出そう)グイーネは心の中でそんなことを思った。

 

 

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