King Exit ♯   作:ただの誰か

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6話 プラナ

商業国家プラナ。大陸の中心部に位置し多くの商人たちが行きかっている。商人たちが集まり金の巡りも良く、魔族との戦争からの復興も早かった。建物から道路まで十分に整備され、戦争の爪痕はもはや見えない。中心部には巨大なコロシアムがあり、住民や観光客を熱狂させている。街のあちこちにはバザーが開かれ、あらゆるものが売られている。中には非合法なものあるように見受けられた。しかし、それを気にするものはいない。ここは商人たちの国であった。

 

物も金も集まり、大陸の中でも最も人が行きかう国。それがプラナだ。

 

街の中心部をグイーネとブルーが散策している。商人たちの国に来ることはグイーネにとっても念願であった。目を輝かせながら興奮している。

 

「さすが、プラナね。色々ありすぎて目移りしちゃう」

「そんなにいいものばかりなのか?」

「ピンからキリまでなんでもあるって感じね。ぼったくりも沢山あるわ。でも、名品もゴロゴロ転がってる。まぁ、それ相応の値付けになってるけど。さすがにプラナで商売してる人たちは目利きが確かね……」

「ふーん……どれも大したものには見えないけど」

ブルーはあたりのバザーを見渡す。

謎のツボによくわからな絵画、鉄くずにしか見えない金属の塊。どれも値札ほどの価値があるようには見えない。

 

「ふふふ……この手のものはわかる人にはわかるのよ……あー欲しい。どれも欲しい。皇帝の小切手やっぱ無理やりにでも貰ってくればよかった」

「名前で紐づいてるって言ってたろ」

「それ込みでも価値があるのよあのレベルになると。ここでオークション始めたらすごい値が付くわよ」

帝国皇帝お墨付きの小切手ならば、どれほどの制約があろうと欲しがるものは多くいる。やろうと思えば悪用する方法も多々あるであろう。

 

「まぁないものねだりしてもしょうがないわ。こうなったら、ひと稼ぎしましょう」

「ひと稼ぎって……もう売れるものはあらかた売ったじゃないか」

道中で仕留めたモンスターなどから取れたものは、もう売ってしまっている。ブルーとしては、それでも十分な額になったと思っている。少なくともしばらく宿代にも困らない。

 

「ここをどこだと思っているの……プラナよ?稼ぐって言ったら賭けに決まってるじゃない」

 

 

 

 

 

 

プラナ中心部にあるコロシアムは熱狂に包まれている。ここには世界各地の強者が集まり、戦いの華を咲かせている。勝てば栄光を掴み、負ければなにも得ぬままリングを去る。その昔、殺し合いの惨状を繰り広げていたときに比べればまだマシではあるが、それでも弱肉強食の世界がここにはあった。

 

もちろん観客もただ戦いを見るだけでは済まそうとしない。表向きとしてはコロシアムでの勝敗を対象にした賭けは禁止されているが、それが守られている様子はまったくない。元々奴隷同士を殺し合わせ賭けをしていた土壌があった国だ。その上、商人たちが集まっているとなれば、どうやったって賭けごとになる。

 

メインイベントがそろそろ始まろうとしている。プラナでも猛者と知られる褐色肌の赤毛の女性と、武国ヤマトの民族衣装を着た少女が向かい合っている。前評判的には地元で知られている赤毛の女性のほうが少し上のようだ。

 

「……それなりに稼いだしもう引き上げたらどうだ」

「冗談でしょここがメインイベントなのよ?……ここで勝って買い物三昧にゴージャスホテルよ今日は」

これまでの試合で、グイーネはそれなりの額を稼いでいた。彼女の人を見る目はたしかだ。的確にどちらが勝つか見きっている。

 

「じゃあ、次はどうする」

「難しいところだけどここは地元のほうで……どっちも無手で武器の相性なんてない……気おくれしてる様子もないし、気合は十分……ただ、私の見立てだとあっちの女性の方が場数が上ね。……それに判定になれば絶対地元のほうに勝ち札あげるわ」

そういうことで、グイーネは赤毛の女性のほうに賭けた。

 

ブルーはコロシアムのほうを眺める。赤毛の女性のほうに賭けてくれたのは正直よかったと思っていた。応援するならば見知った顔のほうがよくはあった。

 

 

試合は徐々に赤毛の女性が押す形に移っていた。序盤は互角に試合運びをしていたヤマトの少女には段々と余裕がなくなってきている。対して、赤毛の女性は少し余裕を見せ始めている。表情には笑顔も見える。

 

「よしよしよし!……私の見立て通り……」

グイーネは自分の思い描いていた試合展開に興奮している。

 

ブルーも手に汗握っていた。素手同士の真剣勝負の迫力は武器での戦いとはまた違ったものがあった。それに戦っている女性は少しは知っている間柄である。

 

「がんばれ!」

つい、大きな声で声援を送る。それがいけなかった。

その声を聞き、赤毛の女性はブルーのほうに目をやった。そして驚いたのか一瞬固まる。向こうもブルーのほうを覚えていたのかもしれない。青い帽子はそれなりに目立った。

 

その驚いた一瞬が命取りであった。ヤマトの少女の拳が綺麗に入る。起死回生の一発であった。赤毛の女性は地面に大の字で気絶する。突然の逆転劇に会場は歓喜とブーイングで揺れる。

「なんで!?嘘……あそこで止まるなんて……八百長じゃないの!?」

グイーネは周囲のブーイングと一緒に混ざって声を荒げている。

 

しばらくして赤毛の女性が起き上がった。対戦相手の少女となにか喋っている。手心を加えられたと思ったのか、怒っているのは少女のほうだ。それに応えながら、赤毛の女性は一度ブルーのほうを向いて笑って手を振る。ブルーも片手をあげ笑顔で返した。申し訳ない気持ちも少しあったが、怒ってなさそうなのが彼には幸いだった。

 

「……どうしよう……」

ブルーの隣では儲けをまるまる無くしたグイーネがへこんでいる。

 

「まぁ……宿のグレードは下げるしかないな」

今日の寝床もいつも通り安宿になりそうであった。

 

 

 

 

ボロボロの安宿からは、隣にあるゴージャスなホテルが見える。

 

「街で一番安い宿と街で一番高い宿が隣接しているとはね……」

隣のゴージャスなホテルを眺めグイーネがため息をつく。昼間の賭けに勝っていればと、随分未練がましい。

 

「よっぽど向こうのホテルに泊まりたかったみたいだね」

ブルーからしてみれば、そこまでの魅力はなかった。あまり豪華なものより、こちらのほうが落ち着くとさえ思っている。根が小市民なのだ。

 

「それは……やっぱり……ねぇ……」

グイーネは随分歯切れが悪い。

 

「夜景とか……雰囲気とかあるじゃない……」

「僕にはわからない世界だな……部屋でそんなに雰囲気とか変わるものか?」

「当り前よ。あっちのベッドはふかふか、部屋もピカピカ、お風呂だって大きくてゆったりしてるんだから」

きっととても居心地が良くて素晴らしい。そうグイーネが語る。

 

「だからっている人間は変わらないんだから、そう雰囲気に変化はないだろ。僕と君がいることに変わりはない」

それに対してブルーは面白みもない理屈で返した。とくになにかの意図があったわけではない。ただ単に、部屋どうこうで人間同士の空気がそれほどまでに変わらないと思っただけだ。

 

グイーネは少し違う受け取り方をした。

 

「そうね……ここに私とあなたが居ることは変わらない……」

そう言って、ブルーが腰かけているベッドに座る。ほとんど密着するような距離だ。自然とブルーはグイーネの肩を抱き寄せる。慣れた手つきであった。

安宿の雰囲気が少し変わった。

 

「どうした?」

「孤児院出たときに……院長さんが言ってたの……」

「……なんて?」

「未来はいつどうなるかわからないから。一歩踏み出せって……」

グイーネの言いたいことはブルーにも理解できた。かつては手を払い怯えていた彼女は、今ではこうして肩を預けている。

そのまま体を抱えてベッドに押し倒す。

 

「また……怖くなったらちゃんと言ってくれよ……」

「……大丈夫……あなたは私に酷いことしないもん……」

「それはどうかな……」

「……じゃあ……あなたならいいわ。私に酷いことしても」

そうして二人は愛し合った。結ばれて、幸福であった。

汚され、もてあそばれるのとは違う。初めて人に抱かれているとグイーネは感じた。人に愛してもらえるという感覚に酔いしれた。なにもかも忘れ幸せであった。

 

 

そのまま一つのベッドで横になる。男の肩を枕にし、体温を感じることもグイーネには初めての経験だった。

 

「……ねぇ……」

「……なんだい?」

「……いま私……すごく幸せ……」

「……なら僕は嬉しい……出来れば君にはずっと幸せでいてほしい」

「……うん……」

「…………愛してるよ……」

「……私も……」

 

ずっとこうしていたいとグイーネは思った。硬いベッドの上でもまったく構わなかった。ただ、この幸せがずっと続くことを願った。

 

心地の良い眠気がやってくる。そのまま眠気に体を預ける。今日はなぜか、いつもの悪夢を見ない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺してやる殺してやる殺してやる。私のグイーネへの怒りはとっくに限界を超えている。もう気が狂いそうだ。なぜ彼女は狂わないんだ。私と一緒に早く狂ってほしい。人に愛される幸福なんてもはや毒だ。関わってはいけない。

 

しかし、今夜はなぜか彼女がいない、代わりに男がいる。彼女に優しい男だ。私にとっての毒だ。

「悪夢を見せてるの……やっぱり君だったんだ」

「私がわかるの?」

「わかるし、声も聞こえる」

 

彼女には届かない言葉が男には理解できるらしい。大方全てあれのせいだ。たぶんここに男を引きずり込んだのもあれだろう。

 

「じゃあ私の言うことを聞いて。彼女をいま直ぐに殺して」

「そんなこと、出来るわけないじゃないか」

「それが一番マシよ」

「……違う……とは言い切れないのかもなぁ」

 

男はやはり全てを理解している。彼女がどれだけ死すべき人間なのかわかっている。今していることがどれだけ許されないことなのか理解して、なぜやめないのか。

 

「……なんであんなに優しくするの?」

なぜこれほどまでに優しくするのか。私はもう見ていられない。

 

「私はおかしくなりそう。彼女の幸せを間近で感じさせられてもう壊れそうなの」

「ごめんな……」

 

男は申し訳なさそうに謝る。本当に私に対してすまないと思っているのであろう。そういう男だ。

 

「謝るくらいなら殺してよ。お願いだから」

私は駄々をこねるように懇願する。

 

「無理だよ……僕はさ……好きなんだよ……グイーネのこと」

私の目を見つめて男はそんなことを言う。私はもう言い返せない。私もバカだ。

 

「だからさ……この旅の間だけでも、彼女を許してやってほしい……あとちょっとなんだ。君にもわかるだろ?」

わかる。誰よりも私がわかっている。だから許せない。だというのに私は男の言葉を断れない。

 

「……卑怯よ……そんなの卑怯」

たぶん私は泣いていた。そんな私を男が困ったように見ている。

幸福という毒が私にも回っている。やはり私もおかしくなってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

グイーネは目を覚ます。心地よい目覚めだ。いつもの悪夢は見なかった。

 

隣ではブルーがまだ寝息を立てている。先に起きているのは常に彼のほうであったから、グイーネからすると新鮮であった。いつも自分がうなされていたせいで目が覚めていたのだろうか。そんなことを思って少し申しわけなくなる。

 

「……ありがとう……」

起こさないように小声でつぶやく。今日は安心していつもより眠ってもらいたい、そんな気持ちを言葉に込めた。その間はずっとそばで見ている。それが彼女にとっての幸福だった。

 

しばらくして、ブルーが目を覚ます。彼が部屋を見渡すと、グイーネが窓際に腰を掛けてこちらのほうを見ている。いつもとは立場が逆になったが、いい気分だった。

 

「おはよう」

窓から入る光に包まれている彼女はとても美しく見えた。表情はいつもの朝と違って柔らかさがある。

 

「うん、おはよう」ブルーも柔らかい表情で返す。

「……今日はね、悪い夢見なかった……たぶん……あなたのおかげ」

「……僕はなにもしてないよ」

「…………愛してるって言ってくれた。きっとそのおかげ」

そう言ってグイーネは笑う。その姿がブルーには眩しかった。

あと少しだけ、その姿を噛み締めていたい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

「これからボヘロスに入るためにしておかなきゃいけないことがある」

プラナの街を歩きながらブルーが喋る。

「なに?」

「君の顔。隠さないと」

「私が美人すぎるから?」

「それもある」

「いまのはなにか突っ込んでよ。恥ずかしいじゃない」

自分で振っておいて、グイーネは一人赤面する。

ブルーは構わず話を続ける。

 

「ボヘロスに近づけば、僕みたいに君を覚えている人もいるかもしれない」

「……それは……あり得るわね」

グイーネはボヘロスでは救世主とまで言われた人物だ。年月がたったとはいえ、ブルーのように覚えている人間がいることも十分考えられた。

 

「というわけで、顔を隠す装備がなにか欲しい。まぁ適当な布でも……」

ブルーとすれば顔さえ隠せればなんでもよかった。

 

「ねぇ……ならちょっとお願いがあるんだけど……」

それに対して、グイーネは違う気持ちをもっていた。

 

 

 

 

 

「……どうかな?」

街の服屋で、グイーネは純白の衣装に身を包んでいる。パーシアスで出会った人形のような女の衣装によく似ている。顔の半分は白いベールで隠されているが、それでも彼女の美しさは損なわれているようには感じさせない。

 

「……よく似合ってるよ。」

しかし、目立つとブルーは思った。見かけが美しすぎて、顔は隠れていても、人目を引いてしまう。

 

グイーネのほうを見ると似合うと言われて上機嫌なのか、鏡の前で自分の姿を確かめている。衣装は随分と大人びているが、少女のような反応だった。着飾るようなタイミングがこれまでそうなかったグイーネは、とてもうれしそうだ。

その反応にブルーは負けた。

 

「その衣装を貰おうか」

幸せそうな彼女の顔を見られるならばそれでいいと思った。

 

店の主人が値札を持ってくる。予想よりも2桁高かった。

 

「これは……やっぱり出せないわね……」

グイーネが残念そうに呟く。手持ちの財布の中身ではとても足りない額だった。

 

「この額はこの衣装に対して高いのか?」

ブルーが尋ねる。

 

「プラナの織物は質が良いし……価格相応ってところね。もしかしたら、すっごく安いとかないかなぁ……とか思ったんだけど。いいわ、諦める」

そう言うグイーネの顔は少し残念そうであった。

 

「いや、価格相応なら買おう。それなら君も文句ないだろ」

「え?でもお金……」

「問題ない」

ブルーは懐から小切手を取り出し、値を入れて店の主人に渡す。主人は最初驚愕した表情になったが、それでなにも問題なく会計は終わった。主人は最後まで愛想がよかった。上顧客に対する態度だ。

 

「さっきの小切手もしかして……皇帝の?」

真新しい衣装のグイーネが聞く。

 

「そう。随分前に貰ってたの」

「……聞いてない」

「言ったらプラナにあるもの全部買うとか言いだすだろ君」

「もちろん!今すぐ買いに行きましょう!あれもこれもそれも全部買っちゃいましょう!」

プラナの名品たちを買いたい放題と思い、グイーネの目は燃えている。

 

「今の1枚しかないよ」

「え?……」

「あれが最初で最後」

「なんで!?」

グイーネは絶句する。信じられない話だ。いくらでももっと使いみちがあったはずだ。それこそこのへん一体の店を全部買うことだってできる。

 

「僕が今使いたかった」

ブルーは笑顔でそんなことを言う。

 

「君が欲しいと言っているものを、今買いたかった。僕の小切手だ。僕が好きに使う。君のために使えるならそれが一番いい」

自分のために言われるとグイーネも悪い気はしない。色々と言葉に出そうとした文句は出す前に引っ込む。

 

体をゆっくり回転させ、改めてブルーの前で服を広げ見せびらかす。踊っているようにも見えた。

「どう?」

「綺麗だよ」

「ふふふ……ありがとう……」

この瞬間だけで、グイーネは満足することにした。

 

 

 

 

二人は街を歩く。着飾ったグイーネはやはりそれなりに目立った。街行く人の視線を集めてしまってはいるが、ブルーは悪い気分ではなかった。

 

「それで、これからどうする?」

グイーネが聞く。時間はまだ午前中だ、いくらでも活動できる。

 

「今日はもう終わり」

「終わり?」

「情報収集もかねて明日知り合いの商人に会う約束を取り付けてる。ついでに旅の準備も任せてる」

「じゃあ、今日は自由?」

「そうだよ。だからあとはご飯を食べて、街を見て回って、暇を潰す」

「……今日はデートだ……くらい言ってくれてもいいんじゃない?」

迂遠なブルーの言い方にグイーネが拗ねたように文句を言う。

 

「……今日はデートだ。楽しもう」

ブルーは少し困ったような顔で求められた言葉を返した。

その言葉を聞いて、グイーネは笑顔で腕を絡ませる。「うん!たくさん楽しみましょう!」そう言う彼女の声は幸せにあふれていた。

 

少しいい食事をして、買えない商品たちを眺め、ゆったりと二人で街を歩く。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

夕方、二人は街外れで景色を眺めている。遠くには高くそびえたつパロ山脈が見えた。オレンジがかった夕方の色合いと合わさって、雄大な景色だ。

 

「昔さ……あそこにすごく大きい超獣が出たんだって。それこそちょっとした山みたいな大きさだったとか」

「……それで?」

「それを皇帝とその仲間たちが退治したらしい」

「なにそれ。噓でしょ」

「教えてくれた人曰く、山の頂に倒したって看板が立ってるらしい」

「……じゃあいつか一緒に確かめにいかないとね」

どうでもいい話にグイーネは微笑みなら相槌を打つ。話題などもうあまり関係なかった。

 

「あぁ……きっといこう」

ブルーも優しく返す。

少し悲しそうな表情になっていたことに、グイーネは気づかなかった。彼女は景色を眺め今の時間に浸っている。傷ついた過去もこれからの世界もここにはない。二人で寄り添っているこの時間がいまの彼女にとっては全てだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、今日会う商人って」

翌日、二人はとある商人に会いに向かっていた。グイーネの顔はベールで半分隠れている。

「ハンナ商会の元締め」

「ハンナ商会って……あのどこでもなんでも売りますの?」

「そうそれ」

 

ハンナ商会はあらゆる場所で商売をするということで知られている。辺境の街だろうが、極寒の山の中であろうが、戦場であろうが、金さえ儲かるならどこでもいく。魔族の戦争のおりには、戦闘の中心となったボヘロス内部でさえ商人を派遣した。侵入ルートを開拓すればその情報を高値で人類解放軍に売りさばき、魔族との最終決戦では戦場のど真ん中でゲオルイース相手に物を売りつけたという話まである。

 

その分多くの恨みを買ってはいるが、成した財は巨万のものとなっている。プラナでも有数の実力であり、その情報網も広い。

 

指定された場所に二人はすぐにつく。泊っているボロ宿の隣にあった高級ホテルであった。入口のホテルマンに話を通し、中に入る。身なりのいい客に豪華な内装。ブルーは少し場違いな気分になる。やはり自分には隣の宿で合っていたと思った。

 

隣のグイーネに目を向けると、彼女は気おくれしている様子はなかった。内装をじっくり眺めている。

「やっぱりいい建物なのかい」

「中々のものね……建築様式にしろ、装飾品にしろこれみがよしに豪華」

「落ち着かないな」

「あなたが落ち着かないなら、やっぱり隣で正解だったわね」

「悪かったな貧乏性で」

「あなたは貧乏性でも、貧しくはないわ。私が隣にいるんですもの。周りの客だってうらやましがるはずよ」

「君たまにすごく自信過剰だよな」

「でも嬉しいでしょ?」

「……まぁ悪くない」

 

二人は冗談を交えながらホテルの中を進む。

ホテルの最上階まで行くと、女が一人で待っていた。商会の会長というにはまだかなり若そうなことにグイーネは少し驚いた。

 

「あのガキんちょが女連れなんて……時がたつのは早いわね」

少しきつい目で二人を見ている。

 

「お久しぶりですハンナさん」

「今日はよろしく。さっさと用事済ませて帰って頂戴」

ハンナという女性は楽しくもなさそうに最初の挨拶を返した。

 

 

 

 

 

ハンナはすぐに頼まれていた装備の類を寄越した。さっさと帰ってほしいという態度だ。

「どうして会うの、このホテルだったんですか」

受け取った装備などを確認しながらブルーが尋ねる。

 

「私のホテルだからよ。その方がなにかと都合がいいでしょ」

「買われたんですか?」

「少しは思い入れもあったし……金は腐るほどあるからね」

「儲かってるみたいですね」

「うちは下の連中が優秀だからね。野心メラメラで頑張ってくれてる。私はなんのために稼いでるのかも、もうわかんないんだけど……そのうち役に立つ日も来るんじゃない」

他人事のようにハンナは言う。

 

「楽しくはなさそうですね」

「そりゃぁ……色々とあったし……」

ハンナは何かを思い出すように気だるげに顔を天井に向ける。

 

「昔はよかったわ……大事な人たちがいて、ガキどもに紙芝居して、あちこち自分で飛び回ったりして……世界は全部いいように変わるような気がした……」

「…………」

「結局世界は全然うまくいかなかったからさ……腹いせにやけくそみたいに商売してたらこの様よ。どんどん手広くなっちゃって部下も山ほど増えて……今更金儲けだけうまくいって何になるんだっての……」

世界の全てがもうどうでもいい。そんな口ぶりであった。

 

一度大きくため息をついて、ハンナはブルーたちの方へ向き直る。

 

「まぁいいわ。さっさと仕事の話をしましょう……ボヘロスについてだけど……」

この情報が今日の本題であった。

 

「最近ボヘロスとシンガナの戦争は硬直状態。というか攻め込んだはずのボヘロス側がいつの間にか全く動かなくなったって感じね。……いや動けなくなったか……これはボヘロスのほうの兵隊もろくに知らない話なんだけど……なんでも戦争を主導してた『ボヘロスの使徒』とかいうのが最近行方知れずらしい」

「……え?そんなことって……」

グイーネが反応する。

 

「自分で言うのもなんだけど、私のとこの情報の精度は高いわよ。この件もほぼ間違いないって考えてくれていい」

「そもそも、『ボヘロスの使徒』ってやつの正体はわからないのか?」

今度はブルーが尋ねる。

 

「そこはねぇ……よく隠してるみたい。最初は武装組織みたいなのが国を乗っ取るみたいな形だったらしいけど……そいつらもなんか洗脳されてたんじゃないかって」

「洗脳?」

「そう、手あたり次第洗脳しまくって国の中枢乗っ取って……それで戦争吹っ掛けまくったみたい。ただ長続きするもんじゃなかったみたいだから、どんどん洗脳が解けて今じゃ混乱状態よ……その上本人はトンヅラかましてるっていう。それなりに上等な洗脳技術もってるし高位の魔法使いあたりが正体じゃないかって言われてるわね」

「……魔族って可能性は?」

魔族という単語を出されてハンナは少し嫌そうな顔をする。触れたくはないことのようだ。

 

「魔族はとっくに全滅したし……現実的じゃないでしょ。本当にそうだとしても目的が意味不明だわ。まぁ誰が正体だったとしても同じことが言えるんだけど」

ハンナの言う通りであった。話を聞く限り、何が正体だったとしてもその目的がわからない。続かない洗脳で国を維持し続けられるわけもないし、現に黒幕と思われる人物は消えてしまったという。

 

「やるなら最後までやってくれれば良かったのに。シンガナあたりはぶっ潰してほしかったわ」

ハンナは物騒なことを言う。態度からして本心であるように見える。

 

「随分無神経なことを言うんですね。戦争になってるんですよ」

注意するブルーをハンナは鼻で笑う。

 

「はっ……あんたは知らないでしょうけどね……シンガナの連中、奴隷制復活させようとしてるわよ」

奴隷という言葉を聞いて一緒にいたグイーネは少し委縮する。ハンナからもそれは見て取れたが、構わずに話を続ける。

 

「表には出してないけどね……いまでも裏じゃ奴隷売りさばいてたりしてる……プラナでもこそこそと隠れて売り買いして……私の気付く範囲は妨害してやってるけど、止める気ないわよあいつら」

あり得る話だとブルーとグイーネも思った。

 

魔族との戦争以降、大陸最大国家の帝国が奴隷制を廃止したこともあり、現在は大国で奴隷制が残っているところはほぼない。しかし、いままで奴隷制の上で成り立っていた社会が急に全て変われるわけはない。裏社会で奴隷という存在が取引されている可能性は十分に考えられた。もちろん、かつての奴隷制の復活を求める声も少なくはない。シンガナで起こっていることはそういうことである。

 

「ちなみにシンガナに一番金を落としてる国は……」

「帝国でしょ。わかりますよ」

 

奴隷制の復活を渇望しているものが一番多いのは帝国であることは予想がついた。帝国こそ奴隷制を推し進めた国である。それがクーデターによる皇帝の交代劇と魔族との戦争により全ての方針が変わった。反発するものだって大勢いる。しかし、本国では皇帝による締め付けが厳しい。ならば金の流れる先は奴隷制の復活の可能性が高いシンガナである。

 

「シンガナを牽制するのが狙いだったのかもしれないですね」

話を聞いていたグイーネが言う。

 

「止めたかったんじゃないですか。そういう流れを……」

グイーネの言葉にはすこしだけ庇うようなものがあった。その言葉を聞きハンナのほうは少し頭を悩ませたが、ブルーは即座に否定した。

 

「どんな理由があれ戦争を引き起こしたやつだ。許すわけにはいかない」

「……でも……」

「でもも何もない。そんな奴のことは許す必要ないんだ」

ブルーがそう強く言うと、グイーネは黙らざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ハンナさん。いい話が聞けたよ」

ブルーは受け取った荷物を持ち部屋から立ち去ろうとする。

 

「いや、あんたは少し残りなさい」

それをハンナが呼び止める。「お嬢さんは先に行ってて」グイーネには退室を促す。グイーネは少し迷ったがおとなしく部屋の外に出る。中にはブルーとハンナだけが残された。

 

「さっさと出ていけって話じゃなかったんですか?」

「相変わらず揚げ足取りね……むかつくガキだわ……」

「それで、用件はなんですか?」

「あんたのとこの皇帝……何か隠してるでしょ。誰のため?」

ハンナから出てきた言葉は聞き流せないものだった。ブルーは動揺を隠しながら応じる。

 

「なにを?誰のために隠してるって?」

「さぁ?……まだそこまではわからない。ただ、魔族との戦争での動き方に違和感がある。知ってる?あのときの戦争で不自然に消えた物資や人間が結構いるのよ」

「あの規模の戦争です。人も物も行方知れずなんてよくある話でしょ」

「そうね、だから誰も気にしない。でも私は気にする。他にも気になることはたくさんある。ナージェジタ皇帝の魔族狩りへの異様な執着だったり、それこそ今のボヘロスのことだったり……」

ハンナは絡みつくような目でブルーを見る。

 

「……単刀直入に言ったらどうです。駆け引きなんてのは得意じゃない」

ブルーは話しながら腰の剣に意識を向ける。いざというときに必要な可能性があった。

 

「最初に言った通りよ。何か隠してることは気づいてる。でも、まだ何かはわかってない」

「じゃあ仮に僕が何か知っていても答える必要はないのでは?」

暗に知っていると言っているような答えをブルーは返す。

 

「あるわ。このままだと私はそのうち答えにたどり着く。きっと細部まで明らかにできる……私今じゃ世界でも一番かもってくらい情報通だし……でも今あなたが情報をくれたら動きかたを変えてもいい……だから……誰のため?」

『誰のため』そう聞いたハンナの言葉はほぼ核心に近かった。

 

「……世界のためだ」

嘘はないが、少しごまかした言葉で返す。

 

「じゃあ私は止めないわ。世界なんてどうでもいいもの」

そう言われてブルーは黙り込む。どうすべきが正しいか。判断がつかなかった。この場で剣を抜くことさえ考えた。

 

しばらくして、ブルーは意を決したように口を開いた。

 

「…………デスポリュカ……デスポリュカのためだ。それ以上は言えない」

その言葉を聞いてハンナが確信めいた笑みを浮かべる。予想していた言葉だったのかもしれない。

 

「……信じていいのね」

「えぇ」

「これ以上踏み込むのは?」

「それは……たぶん止めたほうがいい。歯車が狂いかねない」

「わかった。ならそうする」

ハンナはこれ以上の追及をしなかった。欲しかった答えを貰えたというような態度だった。

 

「私の目が届く範囲で下手に近づきそうなやつがいたら弾くようにはしてあげる。……やっと生きる張り合い出てきたわ。無駄に金を稼いできたかいがあった」

ハンナは嬉しそうだ。デスポリュカという魔族は彼女にとっての生きがいそのもであった。

 

「……納得できたなら僕は行きます……とにかく気を付けてください……僕たちが作ってる今の歴史は綱渡りのようなものだ。バランスが崩れたら、きっとみんなまとめて地獄に落ちます」

「意味深な物言いするのね……まぁ問い詰めたのは私だけどさ」

「こうなったということは、あなたと僕がこうやって話すところまで織り込み済みなんでしょう……きっと……そして、それがあなたの役目なんだと思います」

少し皮肉めいた口調であった。

 

ブルーはそのまま部屋から立ち去る。もうここに居座る理由もなかった。

 

「あんたの役目はなによ?」

部屋を出る直前にハンナが最後に尋ねた。

ブルーは振り返り少しだけ苦笑いをする。少し会釈をして彼はそのまま立ち去る。返答の言葉はなかった。

 

 

 

 

 

 

ブルーはグイーネと合流して街の外に向かい歩みを進める。目指すはシンガナ。そしてその向こうのボヘロスであった。

 

「やっぱり何も聞いてこないんだな」

先ほどハンナと二人で話したことについてグイーネは何も聞いてこない。

 

「……いつか喋れる時が来たらでいい……前に言ったわ……」

「あぁ、それで僕は永遠に語らないかもって返した」

それでいいのかという意味が込められた言葉だ。

 

「……あなたが語らないっていうなら……私はそれでいい」

そう言ってグイーネは身を寄せる。

 

頭脳も荒事も超一流と自称したかつての彼女の姿はそこにはなかった。男に対して盲目になるしかない女がそこにいた。なにも知りたくないという態度だ。この関係が永遠に続くのであれば、永遠になにも語らないでほしい。そんなことを思っていたのかもしれない。

 

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