戦争は終わるらしい。皇帝と魔族との間で同盟が結ばれるんだとか。そのせいか、魔族の中心人物だった少女の姿が見えない。
だというのに、ボヘロスの街の空気は暗い。平和を勝ち取ったようにはまるで感じなかった。なにかもやもやした気分になり、僕はまた走りに出る。
僕の家からボヘロス像に向かう道中にある広場の舞台を通る。かつてはたくさん催し物があったこの舞台も随分使われていない。いまも空っぽの舞台があるだけだ。その舞台を見るように、誰かが座っていた。珍しい人だ。いや、人なのかはもうわからない。魔族に体を乗っ取られたらしい。それからは魔族として働いているという。でも、人としての気持ちは無くしてないという話も、兵隊さんたちは話していた。
僕にはわからない。けど、その人はやはり僕の知っている人間に見えた。僕の友達の女の子の父親だ。
僕はなんとなく隣に座る。
「……なにか用かい?」
その人が僕に聞く。その声のかけ方は、やはり僕が知っている人のように感じた。
「いえ……なんとなく僕も舞台を見てるだけです」
本当にそれだけだった。なんとなく舞台を眺め、なんとなく昔のことを思い出していた。
「この舞台を最後に使ったの……ゲオルイースのお父さんとグイーネたちだって聞きました……」
僕の話を聞き、その人は少しだけ笑う。返答はないが、その態度は本人そのものであった。
僕は独り言のように言葉を続ける。
「ゲオルイースは……ラシュヘイトまでたどり着いたって噂で聞きました……グイーネのほうは……いまもどこにいるのかわかりません……他のみんなもそうです……僕の友達はみんなもうこの街にいません」
誰もこの街には帰ってきていない。
「平和になったら……帰ってきてくれるんですかね……」
「…………帝国と魔族の同盟が出来る……それで平和になるさ……」
その人は悲しそうな声でそう言う。そんな風な態度で語られると、僕もまた不安になる。
「本当に平和になるんですか?」
ボヘロスの街に平和を迎え入れるような空気はない。魔族も、奴隷だった人たちも全く喜んでいるようには見えない。これから平和な世界がやってくると思えなかった。
「平和になるようには思えないかい?」
その人が逆に尋ねる。
「……はい」
僕は素直に本心で答える。
それを聞いてその人は静かに笑った。
「そうか……それじゃぁ……誰も帰ってきてくれないよなぁ……」
その人は立ち上がる。背筋をピンと伸ばして、前を見据えている。かっこいいと思った。自分の父親が嫌いなわけじゃないが、こんな父親がいるあの子が少し羨ましかった。
座った僕を置いて、その人が歩きだす。胸を張って、凛々しい歩き姿だった。絵本に出てくる英雄のように思えた。
僕から離れる間際、小さく一言聞こえた。
「……小僧……よく言ってくれた……」
さっきとは随分口調が違ったような気がした。