King Exit ♯   作:ただの誰か

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7話 シンガナ

シンガナは荒廃していた。かつて魔族との戦争でもボヘロスに次ぐ激戦区となったのが、このシンガナだ。戦後は多くの国が復興する中、足踏みしてしまったという部分がぬぐえない。国内で多くの派閥が内乱をしており、ボヘロスに攻め込まれたときも後手後手に回ってしまっていた。反抗しようにも国内でのまとまりはなく、混迷を極めているのが現状である。

 

シンガナの南端はボヘロス軍が展開しており、現在は沈黙を保っている。しかし、いつまた戦端が開かれるかはわからない状況であった。

 

部隊を展開しているボヘロス軍も途方に暮れていた。本国から命令を出していた人物はいつの間にか消え、各所からは意見の違う命令が飛び交っている。前にも後ろにも動けない。そんな状況がしばらく続いていた。

 

そんなボヘロス軍に二人の旅人がやってきた。青い帽子をかぶった男と、白いベールで顔を隠した女だ。二人は帝国皇帝の使いを名乗り、皇帝直筆の封筒も持参していた。

 

それを確認した兵士はひとまず現場を仕切っている人間に合わせると、天幕へと案内する。「しばしお待ちを」そう言って急いで兵士は出ていく。上役を呼びに行ったのであろう。天幕には二人の旅人が残される。

 

「皇帝の封筒。役にたったわね」

「あぁ、アンジュさんに側だけ貰っておいてよかった」

ブルーとグイーネが話す。

兵士に見せた封筒は前にアンジュ渡したときのものを再利用したものだ。多少の偽装でも現場の兵士は十分に騙せた。

 

「にしても……本当に混乱してるみたいね」

「だな」

ボヘロス軍の兵士たちが落ち着いている風にはとても見えなかった。統率もそれほどとれているようには感じられない。二人に対してもどう対応すればよいかわからないようであった。対応して兵士も不安を隠せない表情をしていた。

 

「本当にボヘロスの使徒って言うのいなくなったみたいね」

「あぁ……どこに消えたかはわからないが……しかし……こうなってくると……国をまとめあげる人間が必要になるな」

状況はあまり良くはなかった。シンガナ同様、ボヘロスも今はまとまっているとは言い難い。それこそ内乱の可能性も考えられた。

国をまとめあげるという話で、二人とも思いついた人物はいた。

 

「なら……」

グイーネが言いかけたタイミングで天幕に人が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

「まさかお前とこんなところで会うとは。帝国にいたのか」

「そちらこそ、出世したみたいですね」

天幕に来た人物とブルーは顔なじみであった。今この前線のボヘロス軍を率いる軍団長は、かつてボヘロスで一兵士だった男だ。素性を知っていることもあってか、男は随分と心を開いて接してくれている。

 

グイーネもその男のことは記憶にあった。かつてのボヘロスの騎士団長によく懐いていたのを覚えている。

 

「そちらのお嬢さんは?」

その男からグイーネについて質問があった。

 

「……帝国の怖い人ですよ。知ってるかはわかりませんが」

「あぁ……皇帝の人形兵ってやつか?あれ本当にいたのか」

衣装を変えていたのは正解であった。顔を隠したグイーネはかつて出会った人形のような女とよく似た雰囲気がある。男はグイーネを皇帝の部下であると認識し、それ以上の追及はしなかった。

 

「状況まずいみたいですね」

「どこまで知ってるんだお前ら」

「ボヘロスの使徒ってのが散々やらかして消えたってとこまでは。洗脳が使われてたのも」

「じゃあ大体全部ってことか……」

軍団長の男はため息をつく。

 

「最初に武装組織みたいなのが国の中枢乗っ取ったんだよ。いやそれも直接見たわけじゃないんだが……そのあとはまぁ手あたり次第洗脳しまくったみたいで……もしかしたら、俺もされてたのかもなぁ……とにかくいつの間にかあちこち戦争状態よ。そのうえで主犯はいつの間にか消えてるってんだからふざけてる。本国の連中の中にも洗脳が解けてるやつもいるみたいなんだが……この状況じゃ一向にまとまらん。どうにもならんから、とにかく戦線維持してる日々って感じだな」

「実際それで維持できるんですか?」

「今のとこはな……シンガナからの反撃もろくにないし。あちらさんはあちらさんで揉めてるからなぁ……ただまとまった反撃が来たらまず無理だな」

現状の軍のまとまりのなさはブルーたちからも見て取れた。いまだ戦線に兵が立っていること自体、相当な苦労があるのが伺える。

 

「なんとかなりそうにないんですか?」

「……難しいな……洗脳のことも合わさって本国の連中も疑心暗鬼になってまとまりそうにないって聞くし……魔族との戦後、王が不在なのもよくなかった」

ボヘロス王国の王は現在空位である。魔族との戦争で後継者候補が全て失われたのが原因であった。

 

「ただ、考えがないわけじゃない」

「なんです?」

「……本国の南の方に小国群ってのが近年できたのは知ってるか?小さい国の集まりみたいなの」

「知ってますよもちろん」

「そこにゲオルイースがいる。彼女に玉座に座ってもらう」

ブルーとグイーネは少し驚く。先ほど語ろうとした内容と男からでた考えは同じだった。

 

「あのボヘロス騎士団長の娘で、人類解放軍の総司令だった子だ。格の面じゃ問題ないし、国民だって納得する。他の前線の連中や本国のお偉方の一部からも似たような意見は結構あるんだ。みんな英雄に凱旋してもらいたい」

ゲオルイースの人気を考えれば、出来ない話ではなかった。むしろそれが望まれているまである。

 

「ただなぁ……小国群からの停戦要請を無視しまくってたから、相手の印象は間違いなく悪い。国の中枢が洗脳されてましたなんて言って信じてもらえるか分からんし……かといって表沙汰にもできない。加えて単純に信用してもらえるかが問題だ。今この状況のボヘロスで王様になってくださいなんてどうやったって罠にしか見えない」

男は苦い顔をする。

 

「いや……その線で行けると思います」

ブルーの言葉に対して男が怪訝そうな表情をする。

 

「どうして?」

「皇帝からの手紙。ゲオルイースがボヘロスに入るなら支持するというのが中身です。僕らはボヘロスの内情を確認した後、これを渡しに小国群に行く予定だった」

ブルーは白々しく嘘をついた。ボヘロスの内情を知るために遠回りし、手持ちの封筒の中身は空っぽである。しかし、その効果は十分にあった。帝国皇帝から同様の意見が出るのであれば、この話も現実的になる。

 

「それにあなた方現場の声があれば必ず来てくれます……僕も一応古なじみです。一筆書きますよ」

「とはいえ……向こうがこんな貧乏くじ嫌だって言ったらどうしようもないぞ」

ボヘロスの内情は新たに王になるものにとってよい環境とは言いがたい。

 

「大丈夫ですよ」ブルーは安心した表情で返す。

「彼女がボヘロスのために動かないわけがない」

その点は自信をもって言いきれた。母国を見捨てるような女性では英雄になどなれない。そして彼女はとびっきりの英雄なのだ。

 

ボヘロス軍の宿舎の一つで、グイーネはペンを握る。ゲオルイースへの手紙を書くためだ。明日には手紙をボヘロスの兵士に託すことになる。ブルーのほうは早々に書き上げたのか、グイーネが手紙を書くのを眺めている。彼は本当に軽く一筆書いた程度だった。

 

「……あなたあんな嘘ついてよかったの?皇帝のお墨付きみたいなこと言ってたけど」

グイーネは手紙を書きながら喋る。

 

「よくはないが……とにかくゲオルイースに内情を届けるのが先決だ。そうすれば彼女は来てくれるんだろ?」

「それはもちろん。この状況であの子が来ないわけないもの」

ゲオルイースが来れば少なくともボヘロスの混乱も多少は収まるはずである。そのために無茶な嘘も仕方はないとした。

 

「しかし……まさかこんなことになってるなんて……しばらくオーフェに居ればすんなりボヘロスには入れたかもね」

「……あぁ、そうだね」

ボヘロスの使徒という存在が消えたと思われるのは、ちょうど二人がオーフェを出発した頃であった。しばらく滞在すれば、内部の混乱も表面化し、トータス経由でボヘロスに侵入できた可能性はある。

 

「……でも、私は遠回りして良かったって思ってる」

グイーネは楽しそうに手紙を書きながら喋る。

「あなたとこうしていられるのは、この旅のおかげ……」

「……そうだね……」

「ゲオルイースが来たらどう説明しようかしら……やだ、ちょっと恥ずかしくなってきた」

グイーネはゲオルイースに再会したときのことを思って赤くなっている。どう彼を紹介しようか。恥ずかしさの反面それを考えるのも楽しそうであった。

 

その姿をブルーは眺める。笑顔は作れていない。ゲオルイースとの再会はもうすぐそこまで迫っている。そのことは彼にとっても重要な事柄であった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、手紙はボヘロスの兵士に手渡され、小国群へと向かう。軍団長の男とブルーたちはそれを見送る。

 

「しかし……ボヘロスの王にゲオルイースを迎えることになるなんてなぁ……あんな小さかったのに」

「子供だって時がたてば大きくもなりますよ」

「そうだな。騎士団長にも見てもらいたかった……」

軍団長の男はそう呟く。心底、かつてのボヘロスの騎士団長を慕っていた。

 

「そういえば……お前の腰にしてるの。もしかして騎士団長がもってたやつじゃないか?」

ブルーの腰にしている二本の剣を指さして言う。

 

「さぁ……わかりませんね。僕はもらっただけなので」

「もらった?誰から?」

その質問にブルーは少し言葉が詰まったあと答える。

 

「……皇帝です。その昔皇帝からいただきました」

「じゃあ本当にそうかもな。あの人の剣を帝国の皇帝が持っていても不思議はない」

男は一人納得する。

 

「どういうことですか?」

今までボヘロスの兵士の前では一言も喋らなったグイーネが質問する。

急に質問されて男は一瞬驚いたが、このことについて語りたかったのか饒舌にしゃべり始めた。

 

「騎士団長は最初のボヘロス奪還作戦の折に死んだって言われてるが、実は違う」

「……魔族の融合に打ち勝ったっていうあの話?」

ボヘロスの騎士団長は魔族との融合に打ち勝ち、人のために最後まで戦ったという話はそれなりに有名だ。作り話として流されるものではあるが、目の前の男は態度が違った。

 

「そう。あれは伝説の話じゃない本当の話だ」

男とグイーネが語り合う。ブルーはそれを黙って眺める。

 

「実際に騎士団長の意識があった。俺は何回か融合した後のあの人と話したんだ。本人は面と向かって語ってくれたわけじゃないが……俺が見間違えるわけがない。そんでその魔族と融合した騎士団長は、最後に前皇帝打倒のため、当時のナージェジタ殿下と一緒にクーデターに参加したんだ。そのときに帝国で戦死したって話だ。ナージェジタ殿下の旅仲間だったやつに聞いた話だ間違いない……だからその時の剣を回収してたってのはあり得る」

男は熱く語る。グイーネはその話に少し引っかかる部分があった。

 

当時の魔族と皇帝は同盟を結ぼうとしていたという。それをナージェジタが防いだというのが歴史の流れだ。しかし、どうにも腑に落ちない。当時大陸南部はほぼ魔族に支配されていた。そこでどうやってナージェジタは大規模な兵力を揃えたのか。なぜボヘロスにいた魔族と融合した騎士団長が参加できたのか。そして、なぜ目の前の男はそのことになんの疑問も抱いていないのか。

 

疑うべき点はたくさんあった。しかし、彼女から出た言葉はそれらについてではなかった。

 

「魔族と融合しても……人間の意識が打ち勝つことが本当にあるんですね……」

グイーネは自分でも驚いた。なぜ多くの疑問を差し置いて自分がこのようなことを言ったのかがわからない。

 

「あぁ。確かにある」

男が自信をもった口ぶりで返す。その言葉になぜかグイーネは安堵を覚えた。

その姿をブルーは忌々しく眺めている。余計なことは言わないでくれ。そう口に出したかった。

 

 

 

 

 

シンガナのボヘロス軍の前線からブルーとグイーネはボヘロス本国に向かう。ゲオルイースが来る前に本国の様子も確認しておきたかった。

 

「さっきの……どういうことだ?」

「さっきのって?」

「魔族との融合の話」

ブルーは問い詰めるように聞く。口調は穏やかだが、苛つきを隠しているようにグイーネは感じた。

 

「……ただの話の流れよ……」グイーネははぐらかすように答える。

その言葉を聞き。ブルーは考え込む。しばらくして口を開いた。

 

「仮にだ……仮にそのような存在がまだいたとしたら。僕は殺すぞ」

そう断言する。異論はまったく聞く気はないという口調であった。

「そいつに人間の意識があろうがなかろうが殺す。これまでもそうしてきたし、これからだって変わらない。君にも覚えておいてほしい。魔族は全て滅ぼさなきゃいけないんだ」

魔族を絶滅させる。皇帝と同じような執念を彼も見せた。本気の言葉であった。

 

「……うん……覚えてはおく」

グイーネは少し困ったように返した。彼の言葉を聞いて、何故か悲しさを感じた。しかし、その点については考えないようにする。旅はまだ続いている。答えはまだ知りたくはなかった。

 

 

 

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