King Exit ♯   作:ただの誰か

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オープニング

私は彼女にナイフを突き立てる。グイーネという女だ。

 

彼女は動けない。何の抵抗もできずに私にされるがままだ。

「誰なの……やめて……」

 

私は何度も説明したが、彼女には私の言葉は何一つ届かない。きっとあれが邪魔しているんだ。忌々しい、仕方がないので、また追加でナイフを突き立てる。

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

痛みにもだえ獣のような声を吐き出す。少しいい気味だと思えた。

彼女は怯えるようにこちらを見ている。まるで自分が傷ついた少女でもあるかのようだ。被害者面に腹が立った。また殺してやろうと思い、新しいナイフを突き刺す。どうせなにをやったって死にはしない。いくらでも傷つけられる。

 

「いやあぁあぁ!!……いやぁ……」

彼女はひたすらに傷ついていく。

 

「……誰か……助け……て…」

世界のどこにも届かない言葉を吐く。それを聞いた私はやはり不愉快だった。

 

 

 

 

キシェ歴953年

 

「っっっ!?……はぁ……はぁぁ…」

グイーネの寝覚めは最悪であった。

 

「また……あの夢……」

最近悪夢にうなされるようになった。誰かにひたすら殺され続ける夢だ。それが誰なのかはわからない。ただ、彼女に恨みがあることだけは間違いなかった。

 

「心あたりはたくさんあるけどさ……」

自分に取り付いていたもの、かつて人類に敗れた魔族達、大王として殺した人間たち。考え始めたら数えきれない。

 

彼女のこれまでは、多くの血にまみれている。洗脳兵や人魔によって、魔族が大陸を恐怖に陥れていた時期は、多く人々を救い、救世主として崇められもした。それも長くは続かず、魔族を率いる残滓達に捕らえられた。捕らえられたあとは、魔族の言いなりだった。人を殺すために使われ、凌辱を受けては人々を絶望させた。そして、最後は自分自身を殺した。

 

それでも終わることはなかった。

死した肉体は、魔族に乗っ取られまた世界を混沌に陥れた。大王と名乗ったそれは、また多くの人をいたぶり、殺した。親友の大切な仲間も奪った。その親友が止めてくれなければ、今でも凶行を続けていたのかもしれない。

 

そうして、今がある。

グイーネは肉体を得ていた。王の紋章の力であるらしい。彼女の親友ゲオルイースが受けついだものだ。その力により、彼女は再びこの世界で生きることになった。

 

死したものの中で、なぜ彼女だけ新たな肉体を得たのかはわからない。彼女自身が紋章に選ばれたからではないかと、ゲオルイースは言っていたが、詳細は誰にも知る由はない。

 

ただ、彼女がいまこうしてあることだけが事実である。

 

グイーネは悪夢や過去に頭を悩ませながら身支度を済ませる。夢の話や終わった話にかまってばかりもいられない。今日は久々にゲオルイース会うことになっていた。

 

 

 

 

「おはよう!久しぶりねゲオルイース」

「……」

 

早朝、楽しそうに挨拶をするグイーネにゲオルイースは呆れていた。

 

「いつから居たんだ?」

「昨日の夜かな……このソファ寝心地悪くなかったわよ」

 

グイーネは施錠されたゲオルイースの執務室で寝ていた。

 

「お前のことだからどうやって入ったかは聞かないが……わざわざこんなところで眠ることはないだろ。街には宿もあるし私の宿舎だってある」

「死んだはずの人間があまりあなたの周りをウロチョロしないほうがいいでしょ?それに、こんな辺境の宿じゃ人目も引くし。夜からここにいれば誰の目にも入らない」

「出る時はどうするんだ?」

「何とでもなるけど……やっぱり長居はしないでおく。人出が少ない間に出ていくわ。あなたの近くにはいないほうがいい」

 

グイーネは歴史上死んだ人間だ。だからこうして、秘密裏に合うとき以外はゲオルイースとは距離を置いている。

 

ゲオルイースの周りにはいまや多くの人間が集まっている。小国群と呼ばれる共同国家も形成され、大陸のなかでもそれなりの勢力だ。その中枢にいる人間に対して、グイーネという異物が寄り添うのは好ましくなかった。

 

かつて死んだ人間。歳を重ね成長することもなくなっていた。合うたびに大人の女性として成長するゲオルイースに対して、グイーネはいつまでも少女の面影を残したままだ。はっきり言うと人間離れしている。

 

こうなったのは人間を守るための紋章の力のおかげだ。だとしても、そのような普通の人間とは異質なものに寛容になれるほど、この世界の住人の傷は癒えてはいない。

 

「しかしあなた。まだこれ書いてたのね」

「お前……それも勝手に読んだのか」

「大層なとこに隠してるのが悪いのよ。開けたくなるじゃない」

「金庫ってのは開けさせないためにあるんだぞ」

「じゃあ、次はもっといい金庫にしなきゃね」

 

グイーネの手には一冊の本がある。中身についてはまだほとんど白紙だ。

 

「それにしても……『King Exit』ってタイトルはどうなのよ。王の紋章を引き継いだとはいえ、あなたまだ、王様でもなんでもないでしょ」

「問題ないさ。いずれ私は世界を統べるつもりだからな。こいつが世に出るころには間違いなく王様さ」

 

ゲオルイースは本気で世界を統べるつもりでいる。この本はそのときに世に出すという話であった。

内容は彼女の人生について。それを考えると壮絶な話ばかりになるはずだが、そのような部分は極力省き、なにかと楽しいことばかり書かれていた。歴史の出来事はほぼ羅列だけ。仲間たちとの楽しかったエピソードばかり重点的に書いているのだから、将来発表したとしても、あまりいい評価は得られないだろうとグイーネは思った。

 

「本当は、お前やみんなとのことも書きたいんだがな……」

「それは何度も話したでしょ。私たちはいないはずの人間」

「わかっている。またコソ泥に入られないとも限らないしな」

 

死したものたちについての話はこの本には書かれない。

今の段階で、万が一にもそのことが外部に漏れることは避けなければならなかった。

 

 

「まぁそいつは戻して本題に入ろう……各地のことを聞かせてくれ」

 

グイーネは小国群の周辺各地を一人で回っている。人間離れして一か所に留まれない彼女ができることと言えば、旅をして情報を集めてくることくらいだ。もちろん、いまだ波乱渦巻く大陸では必要なものではあった。

 

 

「やはり問題は……ボヘロスか……」

ゲオルイースがつぶやく。

伝えられた情報の中でも最も頭を悩ませたのはボヘロスについてだ。グイーネとゲオルイースの母国ボヘロス王国。そのボヘロスは、現在隣国への侵攻を繰り返している。大陸でも辺境の小国群にもその話は届いていた。

 

「現在玉座にはだれもついていないわ。なんでも、『ボヘロスの使徒』……なんて名乗ってる奴が掌握してるみたい……そしてそいつの正体はまったく掴めないときてる」

「よりにもよって使徒を名乗るとはな……知ってか知らずか……」

 

使徒とは魔族にとっては特別な意味を持つ。そのような名を語るものが、いまのボヘロスを支配しているのだという。

 

その正体は全く掴めていない。なんなら、ボヘロスの現状を把握することすら難しかった。

内部で何が起きているのかもわからない。わかっているのは、使徒を名乗るものが国を掌握し、隣国に攻め入っているという現状だけだ。

 

似たような状況はその昔にもあった。魔族との戦争のときだ。

魔族との戦争のときも、ボヘロス内部の情報は正確に把握できていなかった。中には、魔族との共存が叶っていたなどという荒唐無稽な話もあったという。魔族が本格的に牙を剝いてからは全てが手遅れであった。

 

「……魔族?」

「かもしれんな……」

 

魔族が支配しているという可能性。その予感はぬぐえなかった。

 

歴史上、魔族は947年に滅びている。948年にはその魔族が出現されたという暗黒大陸の消滅も確認され、『魔族の絶滅』が認められた。

 

しかし、二人は知っている、魔族の残滓がグイーネの体の中で生きていたことを。そのことは、歴史の表には出していない。魔族の生き残りがいるという事実だけで、人間は疑心暗鬼に陥り、さらに世界が混沌に満ちることは簡単に予想できた。

 

「……これは噂程度なんだけど……帝国の兵士が海を渡って入ってきてるって話もある」

「ナージェジタ殿下……いや、今は皇帝か。あの人なら、多少の疑念で動いてもおかしくはない。しかし、だとしたらまずいな……」

「……やっぱりまずい?」

「下手をすれば、ボヘロスは国ごと滅ぼされるぞ」

「国ごとって……そんなまさか……」

「するんだよ。あの人は……魔族を根絶やしにするためならなんだってする」

 

大陸北部全土を支配する帝国の皇帝ナージェジタ。彼の魔族に対する異常なまでの敵意は有名である。人類解放の立役者をゲオルイースとすれば、魔族を絶滅させた立役者は間違いなく彼であった。

 

942年に魔族との本格的な戦争が始まってから、947年に魔族掃討が完了するまで、彼は常に陣頭に立ち魔族を殺し続けた。

魔族の殲滅というのは生半可なことではない。融合した魔族は人に潜み、洗脳された兵士は嘘の言葉を吐く。それら全てを殺し尽くすために彼はなんでもした。ほんの少しでも疑いがあるものは殺し、魔族が逃げ込んだ村があれば村の全てを焼いた。本当に魔族と関係があったかどうかわからないものも大勢いた。それらも構わず彼は殺した。殺して殺して殺し尽くして、やっと人間は魔族が消えたと思うことができた。

 

この敵意がどこから湧いたものなのか、彼は語らない。全ては人類のためにしたこと、ただの殺し好き、自身の覇権のため、かつて旅した仲間を殺された復讐……人々は多くの想像をしたが、彼がそれに答えることはなかった。なにを聞かれても彼は隠し切れない怒りを見せ、一言だけこう言う。

『魔族はこの歴史から消しさる』

 

その皇帝が疑念を本格化させたら、どうなるか。ゲオルイースの頭には火の海になるボヘロスの姿が見えた。

 

「私は何度かナージェジタ皇帝と直接話したことがある……普段は温厚でとてもいい人だったよ。愛妻家でよく奥方の自慢をされていた。しかし……魔族が絡むことでは、本当に容赦がなかった。……かつての部下の姿だったものを、女の姿で命乞いをするものを、無垢な子供の姿で見つめてくるものを……躊躇わずに斬っていた。相手が魔族と確信したとしてもそうできることじゃない。なのに、あの人は疑念だけでも斬れる。その姿を何度も見た」

 

帝国が本格的に動く前に、方をつけなければならなかった。

 

「私がボヘロスに入るしかないか……」

グイーネが言う。山脈に囲まれた辺境のこの地域周辺で得られる情報はもう限られていた。何か手を打つにしてもボヘロス内部の情報がなければどうしようもない。それに、ゲオルイースはもはや軽々しく動けるような立場でもなかった。

 

「すまん……頼む」

「あなたが謝らないでよ。私だってボヘロスがまた火の海になる姿なんて見たくない」

 

グイーネは今でも思い出せる。初めて魔族が現れたあの時のことを。母国が火の海に飲まれる姿を二度も見たくはない。そのためなら、なんでも出来ると思った。

 

「あと行く前に忠告しておくが……帝国のやつらとは接触するなよ」

「わかってるって。死人が動いてるなんて、どれだけ言い訳しようが、処理される対象でしょうから」

「まぁグイーネなら大丈夫とは思うが……用心だけはしてくれよ」

「大丈夫だって、私逃げるのも得意だから」

 

そう言って、グイーネはあっという間に姿を消した。部屋の扉や窓はどこも開いた形跡はない。目の前で見ていたはずのゲオルイースも目を見張る芸当であった。わざわざこのために昨日からなにか仕込みをしていたのであろう。

 

「相変わらず……私をからかわないと気が済まないんですねお姉さま」

懐かしい口調で、ゲオルイースは少し笑った。

 

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