King Exit ♯   作:ただの誰か

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最終話 最後の魔族

私は悪夢を見ている。私を痛めつけ続けたあの夢だ。

 

「私のことわかった?」

そこで彼女が話かけてくる。今なら彼女がなにかわかる。彼女の存在も、彼女の怒りも。

 

「あなたは……私……忘れたふりをしていた……私の記憶……」

彼女は私だ。ずっと思い出せなかった私の記憶。彼女の姿を見る。魔族が現れる前の子供の姿でも、救世主と崇められたときの姿でも、大王として恐れられたときの姿でもない。ボヘロス様に刃を突き立てた時の私がそこにいる。魔族の長と共に歴史を選択したときの私だ。

 

「そう、やっと思い出せたんだ。王の紋章が止めてたの。あれはあなたを守ってくれる……だからあなたが壊れないように私という記憶に蓋をしたの。馬鹿らしい話よね?あなたに守られる価値なんてないのに」

彼女の言う通りだ。私に守られる価値などありはしない。だというのに王の紋章はずっと私をこの記憶から守っていた。それももう終わりだ。私は思い出せてしまった。

 

「どう?救世主なんて崇められたときは気分良かった?」彼女が尋ねる。

人々を救うために戦っていたときの私は自分の正しさを信じていた。この地獄から人を守ることに誇りなんてものを感じていた。なんて愚かなのだろうか。感謝の言葉を聞いていい気になって。そもそも最初に人を地獄に落としたのが私だ。

 

「魔族に捕まったときはどうだった?辛かったわよね?魔族はとても酷いことをするんですもの」

魔族に捕らえられた時、凌辱と暴力の中、私の心は疲弊し絶望していった。世界の全てに対してドス黒い気持ちを抱いた。図々しい話だ。どれだけ痛めつけられ、汚されようと文句なんて言えない。魔族を狂わせて、そのような役目を押し付けたのが私だ。

 

「大王としてゲオルイースだって苦しめた……彼女がどれだけ辛い思いをしたかたも見てたでしょ?」

大王として凶行を働いているとき、私は必死に止まってくれるように願った。ゲオルイースが苦しむ姿なんて見たくはなかった。自分の身体を操るものの存在が許せなかった。そうなることを知っていて選んだくせに、まるで自分が被害者のように振舞って。ゲオルイースが苦しんだのも、その仲間たちが死んだのも、世界をあれほどまでに苦しめたのも全部私のせいだ。

 

「魔族は狂ったまま死んだ。人間たちは戦争の傷でいまでも悲しんでいる。あなたのせいで」

「……そう……私のせい……」

「みんな辛い気持ちで生きている。ゲオルイースだって傷を抱えてる……魔族殺しのナージェジタ皇帝の心なんてどうなっているのかしら?」

「……みんなが傷ついているのも……私のせい……」

「この世で起きた悲劇は全部あなたのせい……」

「……全部…………全部私のせい……私が……私がボヘロス様を信じられなかったから……」

全てはそこが始まりだ。私がボヘロス様を信じきれなくなって、あの本に従ってそれから始まった。世界を少しでも良くしようと思って、皆を地獄に突き落とした。その世界、未来が一番マシだと思えたから。その結果がこれだ。書かれた未来を自分で選んだくせに、体感した今では心が悲鳴をあげている。

 

「そう……全部あなたが悪い……」

彼女が私に身を寄せてくる。

 

「それで……彼と……ブルーと一緒にいてどんな気持ちだった?」

耳元で囁くように彼女は尋ねる。その言葉に私は何も答えられない。ただ許しを請うように彼女に縋りつく。

 

「楽しかったのよね。久しぶりに会えて」

 

再会できて、友達みたいに旅を始めて楽しかった。

 

「嬉しかったのよね。優しくされて」

 

優しい声を掛けられ、大事にされるのがわかって。嬉しかった。

 

「幸せだったのよね。愛しているって抱かれて」

 

愛していると言われて、優しく抱かれて、幸せだった。何よりも幸福だった。この幸福が続くためなら、なんだってやれる。そう思っていた。

 

「その彼は……死ぬの……」

 

知っている。

 

「最後の魔族は未来の王によって討たれる……」

 

知っている。私が選んだ歴史だ。

 

「あなたの愛した人は……あなたの親友の手で殺されるの……」

 

知っている。ゲオルイースの手でブルーは殺される。私の一番の親友の手によって、私の一番愛した人は殺される。

 

「……いや…………いや……」

私は絞り出すように否定の言葉を口にする。今更否定の言葉を吐くなんて許される立場じゃないことはわかっている。それでも、次にくる未来を私は受け入れられなかった。

 

「否定してもダメ……未来は決まっているの……」

私が私を諭す。

「自分で選んだ未来なの……だからもう変えられないの……変えてはいけないの……」

 

そうなのだ。全ては自分が選んだのだ。少しでもマシな世界になるように、誰でもない私が選択した。魔族も人間も全て巻き込んで私が選んだ未来だ。だから全ては自業自得だ。彼がそのような死を迎えるのも、あの子がそのような死を与えなければいけないのも、全て自分のせいだ。

 

「それでも……いやなの……いやだ!」

自業自得とわかっていても私は否定すること止められない。発狂したように言葉を吐く。

 

「助けて!彼の命だけでも!」

「ダメ」

「なんでもするから!私は何回殺されたっていい!」

「ダメ」

「お願いよ……助けて……神様……」

 

絶望して私は神にまで縋る。子供の頃、いつも聖女様の像に合わせていたように必死に両手を握り、願う。そして、それがどれほど愚かなことかすぐに気付く。気づいてからはもう言葉にもならない声で唸るしなかなかった。

 

「そう……あなたは神様に願うことすらダメなの……だって、ボヘロス様に刃を突き立てたのはあなたじゃない……」

「……あああぁぁぁ…………あぁああああああ!!!」

 

毎日祈りをささげていた聖女様に刃を突き立てたのは私自身だ。あの人がどれだけ辛い思いをして戦ってきたのかも見ていた。沢山辛い目にあって、それでも未来に立ち向かっていたことを知っていた。そんなあの人がやっと休める場所に帰ってきたところに襲い掛かった。その体に突き刺さる刃の感触は今でも手に残っている。

汚れきった私には、神に助けをこう事すら許されない。

 

「だから……ダメなの……あなたは……私は……止められないの……」

 

目の前の彼女もいつの間にか泣いている。それもそのはずだ。だって彼女も私なのだ。ゲオルイースを親友と思い、ブルーを恋人と感じている。私自身だ。

 

「……もう……その未来を受け入れるしかないの……」

 

私と私はただ悲しむことしかできない。全ては私のせいなのだから。誰のせいでもない、私が選らんだ未来で、彼はあの子に殺されるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はいこれ……」

どのくらい夢の中で泣いていたのかはわからない。気が付くとブルーが水筒を手渡してくる。彼はいつもそうだ、悪夢のあとはこうして待ってくれていた。私は水筒を受け取り、中の水に口を付ける。涙が混じっているのか、いつもと何か違う味がした。

 

「……どうして……あなたなの?」

私が尋ねると、彼は困った顔をして少し黙った。そうして、しばらく考え込んでから返した。

 

「最初にこの役目をすることになったガーデーモン……彼に命救われてね……魔族の融合……知っているだろ?」

「……知ってる……」

予想は出来ていた。魔族の融合しなければいけない事態が起きた。そういうことなのだろう。

 

「最初は……偶然だと思ったんだ……ガーデーモンの彼に再会したのも、彼が僕に命を譲ったのも……でも、今なら違うって言える」

「……違う?」

「僕はきっと……こうやって君に記憶を思い出させるためにいたんだと思う。それも含めて僕の役目だったんだ」

彼の言う通りな気がした。永久洗脳で記憶を失って、死んで、それで終わりだと私は思いきっていた。それを良しとしない世界は、私を呼び戻した。きっと私は世界のために働き続けなければならないんだ。もっと苦しまなければならないんだ。そのための生贄が彼だ。

私は現実に押しつぶされてなにも語れない。そんな私を見て彼はまた語り出す。

 

「こうなってさ感謝してるんだ……少なくとも一度は死んだ身さ。それがこうして君にも会えた」

 

彼はそう言って笑う。励ましているようであったが、その笑顔に私は少しも応えられない。

 

「オーフェに居たのはさ……ほんと気まぐれだったんだ」

 

俯いて黙ったままの私に言い聞かせるように、彼は話を続ける。

 

「あそこのボヘロス像は……デスポリュカの姿をしてるだろ?それでさ……どうしても見たくなった……見て何かがどうにかなるわけじゃない……ただ……見たかったんだ……死ぬ前にさ」

彼は一呼吸おいて笑う。

「そしたらさ……君が居たんだ」

 

そうだ、そこで私は彼と再会した。

 

「最初は怒ったよ。君が生きてるはずないんだから。そんなことあの本にも書いてなかった」

 

ゲオルイースの著書には死んだ仲間とのことについては書かないようにした。死者が生き返るというのは、この世界にはあまりにも刺激が強すぎた。監獄でのことについても、その部分についてはかなりぼかしてある。あそこでの出来事は、私の身体を操っていた残滓の生き残りロビィを、そこで仲間になったものたちと打倒した。そう記載されている。いくら預言書とはいえ、ゲオルイースが書かなかったことまで、過去の人間たちは知ることなんて出来ない。だから、彼が私の存在を最初は信じられなくても無理はない。

 

「でも話を聞いてみたらさ……本当に君自身だった……だから僕も舞い上がってしまったんだと思う。それこそオーフェからすぐにこっちに戻るつもりだったんだ。そもそも巡回してる兵達を洗脳してるのは僕だ。戻ろうと思えばすぐ戻れた」

「でも、そうしなかった……」

「あぁ……君の様子もおかしかったし、それについて探る必要が……いや違うか」

彼は恥ずかしがるように笑う。

「君と一緒に少しでも長く居たかったんだ……だからこんな遠回りの旅をした……」

まるで帰り道を少し遠回りした子供のような態度で彼は言う。

 

「……どうして……あんなに優しくしたのよ……」

私は人に優しくされる資格なんてない。犯され八つ裂きにされ、ごみ箱に廃られたって文句なんて言えない。

 

そんな私を彼が優しく抱きしめる。

 

「ごめんよ……」

彼は謝ることしかしない。私たちが幸福を感じたことがどれだけ罪深いことなのか知っているから。その幸福がいま私を苦しめていることを知っているから。そして、その幸福はもう終わりだと知っているから。

 

「それでもさ……僕は君のことが好きなんだ」

彼は私を抱きしめたまま優しく囁く。その言葉が私には毒だった。もう感情を抑えることもできなくなる。

 

「いやだ……いやだいやだいやだ!」

感情のままに言葉を吐き出す。

 

「こんな終わりなんて嫌!」

自分が許されないこともわかっている。わかっているのに、このまま彼が死んでしまう現実を受け入れられない。

 

「ゲオルイースに全てを打ち明ければ!」

「ダメだ」

その方法でうまくいくなら、最初からそうしている。それでは未来がさらに悪化することがわかっているから、私たちはこうして歴史を演じている。

 

「何か生き残る方法が……」

「ここで死ぬことが僕の役目だ」

生き残ることなんてできない。ここで最後の魔族が死ぬことは決まっている。

 

「……逃げて……ここから……」

「……」

そんなことが許されないのは知っている。それでも私は言葉にせずにはいられなかった。

 

「グイーネ……わかっているだろ?」

そんな私を彼が諭す。わがままな子供に言い聞かせるようだ。

「これは君が選んだ歴史だ」

「……知ってる」

「僕もそれを知ってここまで歩んできた」

「……知ってる」

「これまで沢山の犠牲を強いてきた」

「……知ってるわよ……それでも……」

 

全て知っている。彼が死ぬのは私のせい。沢山の人が不幸になったのも私のせい。悪いことはすべて私のせい。わかっているのだ。

 

「それでも……嫌なの……あなたが……ゲオルイースに殺されるなんて……いや……」

 

感情のまま私は彼に縋りつく。彼は困ったように私を抱く。腕の中はいまでもとても暖かかい。この体温がひたすらに愛おしい。

 

さっきから冷静な判断がなにもできない。私はただ感情に任せてわがままを言うだけだ。頭が妙に働かない。そう思った瞬間、急な眠気がやってくる。

 

「……あなた……さっきの水……」

先ほど口にした水の味は妙だったことを思い出す。

 

「少し眠くなる薬をね……いい夢が見れるやつ」

旅の途中でそんな薬の話があった気もする。

 

「君が起きるころには全て終わってる。だから、少し休みなよ」

「……ダメよ……」

私はなんとか眠気に抗おうとするが、彼に支えてもらわなければ、もはや立つことすらできない。

 

「ダメ……いやだ……あなたが……ゲオルイースに……」

そのまま徐々に私の意識は消えていく。

 

「お休み……グイーネ」

意識が落ちる前に聞こえた彼の声は優しかった。こんな状況で私は心地の良い眠りへと落ちた。

 

 

 

 

 

 

「グイーネ!……起きろグイーネ!」

ブルーの声で私は目を覚ます。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫って……なにが?」

「すごくうなされてたぞ」

そう言われると、息が上がっている気がする。汗も随分かいていた。

 

「……なにか夢を見ていた気がする……」

「夢?」

「……うん……何も思い出せないんだけど……すごく怖い夢……」

なにかとても恐ろしい夢を見ていた。どのような内容だったかは思い出せない。ただその恐怖の感覚だけが身体にある。

そんな私をブルーの腕が優しく抱きしめる。

 

「忘れたならそれでいいじゃないか……もう一度寝てしまおう」

抱きしめられながらそう言われると、記憶にない夢についてなど頭の片隅に追いやられる。彼の腕のなかで私はまた眠気へと身を任せる。

 

「うん……お休み……」

私はなんの疑問も持たず、彼の体温を感じながらまた眠りに落ちる。この瞬間にはなんの恐怖も存在しなかった。

 

 

 

翌日の朝、私は店の中にパンを並べる。彼は配達に出かけて私一人だ。今日も一日頑張らなければいけない。店の準備をしていると、開店前だというのに扉が開かれる。こんな時間から店に来る人間など彼女しかいない。

 

「おはようグイーネ」

今日も満面の笑みを浮かべて彼女が挨拶してくる。

 

「開店前よゲオルイース」

私も笑顔で親友のゲオルイースを出迎えた。

 

 

 

 

「いいの?ここで油を売ってて?帝国の皇帝も来てるんでしょ?」

 

現在ボヘロス王国には帝国の皇帝ナージェジタが外遊でやってきている。ボヘロス騎士団の次期団長とも言われるゲオルイースがこんなところでパンをかじっていていいはずがなかった。

 

「いいんだ。昨日も散々奥方とののろけ話聞かされてまいってるんだ。合わせてお父様の孫欲しい攻撃も加わるんだぞ?もう疲れた……」

「おじさまの気持ちもわかってあげたら?」

「わかっているさ。だからティアラを男にする魔法を今開発してるんだ!」

「……それ聞いておじさまどんな反応してた?」

「それはもう見事な苦笑いだったな。一緒に聞いてた皇帝は爆笑してたが」

堂々と語るゲオルイースを見て私も少し呆れてしまう。ゲオルイースはいま年下の少女にお熱だ。その溺愛っぷりはそれはもうすさまじい。その上彼女はこと魔法に関して言えば間違いなく天才である。男にする魔法なんて言葉も彼女が言うと本気にも感じられる。これでは彼女の父親も苦笑いするしかないであろう。

 

「グイーネがさっさと結婚してしまうのも悪い。事あるごとに引き合い出されるんだぞ私は」

「私だってまさかしがないパン屋の女房なんてものになるとは思わなかったわ」

「私の憧れのお姉さまがただのパン屋か……なんにでもなれただろうに」

「そうね……きっと私はなんでもやれたと思う」

私は自分で言うのもなんだが、優秀な人間だったと思う。世界を股にかけるトレジャーハンター、あらゆる名品を集める商人、なんなら世界を救う勇者にだってなれたかもしれない。

 

「それでも……今幸せよ私」

 

そう、幸せであった。優しいことだけが取り柄の旦那とパンを焼く毎日。それで十分に満たされている。これ以上ないと思えるくらい、幸福な日々だ。

 

「のろけ話はもう聞き飽きたって」

そんな私を見て今度はゲオルイースが苦笑いだった。

 

 

 

 

 

「嬢ちゃんやっぱりここにいやがったか」

しばらく二人で話しているとゲオルイースの部下がやってくる。いつものお決まりのパターンだ。今日は大剣を背負った騎士が迎えに来た。

 

「お父様たちの相手は絶対にしないぞ」

ゲオルイースはふてくされたようにそっぽを向く。

 

「何言ってんだ?」

その反応に迎えに来た騎士のほうが困惑する。

「そんなことじゃねぇ。今日は魔族どもとの打ち合わせだろ」

「……あっ……」

その言葉を聞きゲオルイースがばつの悪そうな表情に変わる。

 

「スカサハの野郎がネチネチ言い始めて、それにつられてサラーサがイライラし始めて、そいつをベローが煽って喧嘩が始まったところだ」

「だから!構って貰いたいからってサラーサのこと煽るのやめろって言ってるだろ毎回!」

「あの人若作りなイケメン風なのに、やることは面倒な親戚のおじさんなのね」

 

私は話を聞きながら笑う。

 

「まぁ忘れてたあなたが悪い。早く行ったら?」

「言われなくてもそうする。それじゃあまた」

「うん、また」

ゲオルイースと迎えに来た騎士は急いで城の方へと走っていった。随分忙しそうだ。魔族との打ち合わせと言うことは、おそらく魔族デスポリュカの凱旋についてであろう。

私は窓から外を眺める。街には人間に混ざって魔族の姿も見える。これももう慣れた風景だ。

 

魔族と人間が共存の道を歩み始めて随分の時がたった。ここまで多くの困難があった。魔族が現れてかつての支配者層と戦った時代、人間と魔族双方がひたすら爪を研ぎ続ける冷戦状態のような時代、歩みよるために必死に話し合った時代。それらを乗り越えて今がある。

 

そして、多くの問題に対して、常に先頭で立って立ち向かったのが魔族デスポリュカだ。彼女はひたすら魔族と人間の共存のために尽力した。そしてやっと、世界中の国との外交を終えこの国に戻ってくる。彼女が戻ってくるということは、世界に魔族が受け入れられたということだ。きっと彼女が凱旋してくる日は、すごいお祭り騒ぎになるのであろう。

 

「そりゃ忙しくもなるか」

私はゲオルイースのことを思い出して笑う。魔族達はデスポリュカを溺愛している。その凱旋ともなればあれこれ言われる姿は想像できた。それを取りまとめなければならないのだから、大変な仕事である。ただパンを焼くだけの人生になった私には遠い世界の話だ。

 

 

 

 

「やっぱりゲオルイースがさぼってたのか」

その日の晩、朝のゲオルイース達とのやりとりについて話す。ブルーも可笑しそうにその話題に相槌を打つ。

 

「城への配達終わりに王子様……じゃなかった皇帝に呼び止められてさ。ちょっと話してたんだ。その時に大慌てで走っていくところ見たよ」

「何とかなったのかしら?」

「少なくともこの前みたいに魔法の打ち合いまではしてなかったよ」

「あれはおじさまが流石にキレたらしいし……」

城の中は毎日随分騒がしい。それでもゲオルイースは毎日笑顔なのだから、楽しくやっているのだと思う。

 

「それでさ……皇帝と話してるときに話題になったんだけど……」

ブルーが急に話題を変える。本人は隠しているつもりだろうが、あからさまに照れているのが見て取れる。笑いをこらえながら私も平静を装って話を聞く。

 

「話題って?」

「皇帝の奥方がいたとこでは、結婚する時に指輪を送る文化というのがあったらしいんだ……それを聞いた皇帝は勿論指輪をあげて大層喜ばれたって話なんだけど……」

「……それで?」

「それで……僕も……」

そう言って彼は恐る恐る私の前にハンカチに包まれ何かを差し出す。

 

「広げてもいい?」私はからかうように尋ねる。

「勿論」彼は照れ笑いで返す。

 

ハンカチを広げてみるとそこにあったのは話の通り指輪であった。それも少し見覚えがある。

「……これ……」

 

少し前に私が欲しがっていたものだった。あれはオーフェまで遠出したときの出来事だったと思う。内側には未知の文字で装飾がされており、異世界からの逸品だと見て取れる。散々欲しいと駄々をこねたが結局そのまま帰ったはずであった。

 

「……こっそりあのあと買ってたんだ……でもいつ渡そうか迷ってて……それで、今日話を聞いてさ……」

彼は相変わらず照れている。可愛らしい人だと思った。

 

「あなた……」

「うん?」

「ありがとう!」

私は満面の笑みで抱き着く。指輪を貰ったことだけじゃない。なぜかこの瞬間が妙に愛おしかった。親友と笑いあい、平和な街で働き、愛する人と抱き合う。毎日がかけがえのない日々だ。私はこの幸福を精一杯噛み締めていたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の腕の中で眠る彼女の指にいつか買った指輪がはめられている。その感触を僕は握って確かめる。確かに彼女の指にはピッタリだ。もっと早くこうして上げていればと少し後悔した。

 

彼女は相変わらず眠ったままだ。かれこれ数日はたったろうか。随分と幸せそうな寝顔をしている。本当にいい夢を見ることが出来ているのかもしれない。

 

彼女が眠り続けているのは飲ませた薬と僕が扱える洗脳の効果だ。永久洗脳ほどの効果はないが、それでも一定の間なら他人を多少は操れる。その昔、魔族が永久洗脳を使う前にあった技術だ。今の僕には丁度よかった。

 

城にいる上役達や一部の兵士にも洗脳をかけてある。しばらく留守にしていたところに再び無理やり使用したので効きは薄い。出来る命令も単純なものだし、すぐに洗脳事体解けてしまうだろう。

 

それでも、もうよかった。城の外は随分騒がしい。彼女が仲間を引き連れてやってきたのだろう。そろそろ僕の役目も終わる。外の兵士たちについてはしばらくの間足止めをしてくれたらそれでいい。殺しはするなという暗示はかけてあるが、なにか事故が起きないかは心配だった。他国との戦争で今まで散々人の命を好きに使ってきたというのに、相変わらず僕は女々しい。

 

そんな自分に対して苦笑する。

「最後の魔族をやるからには……もう少し敵役らしくできたほうが良かったかな?」

眠るグイーネに対して話しかける。相変わらず彼女は幸せそうに眠っている。僕はその姿を見て少し安らぐ。終わりの前に、彼女といられたことだけは本当に良かった。

 

そんなことを思っていると、部屋の扉が開かれる。目の前には赤い髪の女性が一人。堂々と正面から僕を見据える姿は立派になったとしか言いようがない。グイーネの後ろにくっついていた小さな女の子がよくこれほどまで成長したものだ。

 

「久しぶりだね……ゲオルイース」

ボヘロスの新たな王を僕は出迎えた。

 

 

 

 

「少し待っていてくれないか」

僕はゲオルイースにそう言い。腕の中で眠るグイーネをその場に横にする。枕代わりにいつもかぶっていた帽子を折りたたんで下に敷く。もう僕には必要ないものだ。気休め程度のクッションにはなるだろう。

 

グイーネの体制を整えたあと、僕はゲオルイースと向かい合う。険しい目つきだ。まぁそれも仕方がない。

 

「お前……」

彼女が口を開く。

僕は緊張する。どんな糾弾をうけるか不安はあった。

 

「魔法使いの子供に余計なこと吹き込んだろ」

「……は?」

最初に彼女から出てきた言葉は予想してなかったものだった。急いで記憶を掘り起こす。そういえば旅の途中、マキシマスで魔女の少女にそんな話をしたことがあった。

 

「あー……そんなこともあったかな……」僕は間抜けた声で返す。

 

ゲオルイースはそんな僕を見てまくしたてるように言葉を続ける。

 

「お前があることないこと吹き込んだせいで私は散々だったんだぞ。いつの間にか周りにも広まって。私の子供時代の話がいつも酒の肴になってるんだ。恥ずかしくてたまらない」

「ははは……それは悪かったね……でも、ないことは言ってないけど僕」

「嘘をつけ、私があんな間抜けだったわけないだろ」

「いや……君の子供時代は結構間抜けだったと思うぞ」

そう言い合って、少しだけ二人で笑い合う。気楽な空気だった。それに心地よさを覚えている自分が恨めしい。

 

「……そうか……あの子無事に君のとこにいけたんだ」

「今も来てるぞ」

「そうなのか?怪我しなきゃいいけど」

「私も無茶をするなとは言ってきたが……どちらかという洗脳された兵士たちのほうが心配だな」

 

城の外では派手な魔法の炸裂音も聞こえる。

 

「足止めしてる兵士たちも殺意はないし、盾を構えて押し合いしてるだけだから……そう酷いことにはならないとは思うが……迷惑な話だ」

「あぁ、本当にそうだね」

ゲオルイースの言葉に僕はうなずくことしかできない。

 

「本当に……沢山の人に迷惑をかけた……」

多くの人を巻き込んだ。戦争も起こした。死んだ人間もたくさんいた。僕のしたことだ。歴史に決められた通り僕がやらかした。そして、その悪人を討つために今目の前に彼女がいる。

 

「手紙を貰って驚いたぞ……」

ゲオルイースは手紙を一枚開く。先日僕が彼女に当てて書いたものだ。内容は短い『彼女は預かった。ボヘロスの使徒より』たったこれだけだ。

 

それでも、この内容だけでゲオルイースは来てくれると思っていた。グイーネの報告と合わせれば大体のことは想像できたはずだ。僕と言う悪人に親友のグイーネが捕らえられている。そういう状況ならば、すぐに行動してくれると思っていた。

 

「グイーネのほうの手紙じゃのろけ話のほうが多かったからな……頭が混乱した」

「彼女自分で恥ずかしいだなんて言っておいて……」

僕は少し苦笑いだ。そんな僕を見てゲオルイースのほうも呆れたような顔をしている。そうして少しだけ二人で笑い合った。

 

一通り笑ったあとは、今度は張り詰めた空気がやってくる。ゲオルイースの目つきも変わる。凛々しく、しっかりと僕を見据える。敵を見定める目だ。

 

「それで……いいんだなお前がボヘロスの使徒で」

「あぁ、それでいい」

「身体は魔族の混ざりものか」

「あぁ……君の紋章の力があればわかるんだろ……」

「そうだな。紋章はそう言ってる……この力も久しぶりだ」

「そりゃ魔族なんてもういないからね……もう殺し尽くした……最後に残ったのが僕だ。だからこそ、僕はこうして表舞台に出てきた」

僕はほんの少し嘘を混ぜる。魔族という種を完全に滅ぼした結果、最後に僕が動き出した。そのように受け取ってもらえるように振舞う。

 

「それで……最後の魔族のお前は何が目的だったんだ?」

「……色々さ……奴隷制度への反発だったり……ボヘロスに火の粉が降りかかる前に先手を打ちたかったり……」

後付けの動機だ。僕はそんな話を白々しく語る。

 

「あと……僕みたいな悪役がいたほうが新しい王様が受け入れられやすいだろ?」

ここだけは半分本音だった。彼女をボヘロスの王として迎えるために死ぬ。たぶんボヘロスで事件が起きなければいけなかったのは、そういうことなのだと思う。いつか彼女が世界を制す。その歴史を作るための一歩がこれだ。

 

「随分と勝手な理屈だな」

彼女は冷たい目でそう言う。正しい反応だ。このような勝手な理屈を語る僕に同情の余地なんてない。

 

「玉座にもつかず使徒と名乗ったのもそのためか?」

「僕は魔族だからね……それで使徒さ……それに、王は僕じゃないだれかの役目だ」

ボヘロスの使徒。歴史でそう決まっていたから最初にそう名乗った。それでも今は割と気にいっている。ボヘロスの王の、ボヘロスという国の、ボヘロスと呼ばれた魔族の……使徒。歴史にどう刻まれようが、僕はそのものたちのために生きたつもりだ。

 

「それこそ余計なお世話だ」

ボヘロスの王となるべきものは、僕にそう言う。彼女からしてみれば確かに余計なお世話以外の何物でもない。突き放した態度が逆に僕にとっては安心できた。

 

「確かにね……でもそう返すってことは君も王になる気はあるんだろ」

揚げ足とりの僕の言葉でゲオルイースが少し黙る。最後だからと調子に乗った僕はそのまま言葉を続ける。

 

「じゃぁ……未来の王に一つだけ進言させてくれ」

まるで忠臣かのように僕は語る。

 

「魔族を……悪役を……敵を倒してなんとかなるのはたぶんこれで最後だ。きっとこれから君は沢山の人間を相手どらなきゃいけない……でも、これからの君の相手は全て同じ人間だ。僕と違ってね……だから、どれだけ時間がかかってもいい、言葉を尽くしてくれ。剣をとるなとは言わない……ただ、敵を作って、そいつを倒して、力で解決しようなんて思わないでほしい……世界の全てを統べるっていうのは……そういうことだと思う」

僕の言葉をゲオルイースは黙って聞く。どう思ったのかはわからない。

 

少し喋りすぎた気もした。僕は預言書で彼女がこれから外交努力を続けていくのを知っている。長い時間をかけて、一つ一つ火種を解決していき、真の意味で戦争を終わらせる。それがこの歴史だ。僕が吐いたのはそれを知った上での言葉だ。我ながら少しお節介が過ぎた気もする。

 

「……頭に入れておこう」

ゲオルイースはそう言って、目を閉じる。そうして周囲に力が集まるのが見えた。いつの間にか彼女は銀色の鎧をまとっている。紋章の力というのは僕にもわかった。知識として頭にあったからではない。本能的に相手を恐れたからだ。まだ剣を抜いたわけでもないのに、僕はもう気圧されている。

 

「本気で相手をしてやる……」

彼女は僕にそう語る。願ってもないことだ。手心を加えられて生き残ることだけが僕にとって避けなければいけないことだった。

 

「……ありがたい……君は正しい。僕は多くの人の命を奪った魔族だ……だから……」

「違う」

僕が喋るのを彼女が遮る。

「お前の罪を裁くためでも、魔族として討伐するためでもない……お前が本気だったからだ……本気で命を捨てる覚悟でここにいた……なら私も本気で応える」

「……随分男の気持ちがわかるようになったね君は」

「それはもういい男どもに囲まれてきたからな……本気になった男の目くらいわかるさ」

グイーネの後ろに隠れていた少女。僕より運動もできず、いつも転んでいた。いつも笑顔で女の子らしく可愛かった。そんな彼女が王の顔をして今僕の前にいる。彼女の父親が見たらきっと喜んでいただろう。

 

いつも使っていた剣の片方を彼女のほうに投げる。ゲオルイースは片手でそれを受け取る。ボヘロス製の古い剣。一応手入れだけは丁寧にしてきたつもりだ。

 

「そいつは君の父親が最後に使ってたものらしい……君が持っておくべきだろう……」

父親の剣と聞いて、彼女は感慨深そうに眺める。色々と思うこともあるのだろう。

 

僕は残ったもう一方のボロボロの黒い刀を抜く。もう片方の剣は偉大な王の手にあるのに、僕のような3流に付き合わせてもうしわけないと思った。この刀も不満かもしれない。ただ、魔族の戦いはこれで最後だ。だから、我慢して付き合ってほしい。

 

僕が武器を抜いたのを見て、ゲオルイースも渡された剣を抜き、構える。

 

「それでは王よ。最後に手合わせを願います」

恰好つけた言葉を語り、僕は刀を振り上げ前に出た。

 

振り下ろされた僕の刀をゲオルイースは簡単に弾く。力の差だ。

弾かれた刀を縦に構え直し突く。今度は綺麗に受け流される。技量の差だ。

圧倒的な差があることは最初からわかっていた。それでも僕は何とか一太刀だけでもと振りかぶる。ゲオルイースはその隙にすっと一歩踏み込む。気づいたらいつの間にか密着するくらい距離にいた。彼女の剣が僕の胸を刺し貫いているのが見える。僕はそれを認識してやっと痛みを覚えた。

 

あっと言う間に終わった立ち合いだった。死に土産に一太刀でもと思った僕と、手を汚すことを決めた彼女では覚悟にまで差があった。本気で相手をすると言った言葉に嘘はなかったようだ。

 

ゲオルイースは胸を刺したまま少し俯いている。優しい子だ。心苦しさがあるのはわかった。こんなことに付き合わせてしまって本当に申し訳ないと思う。

 

「気にするな、君はなにも悪くない……」

口から血を溢れさせながら言う。ゲオルイースは顔を上げ、目を合わせる。目に涙がたまっている。さっきまでの王の表情ではない。

 

「こんなことをして……私はお姉さまになんて言えばいいの?」

幼かったころの口調で彼女は言う。本当にその通りだ。僕はグイーネとの仲をなぜあんなにも深めてしまったのか。ただの古い友人のままであれば、ゲオルイースだってここまで悲しまなくて済んだかもしれない。

 

「……ごめんな……」

そのことに対して僕は謝ることしかできない。それでも、僕はグイーネのことが好きだったのだ。その気持ちだけは捨てられなかった。その気持ちがあったから僕はここまで来れた。だからこうして、命だって投げ出せたんだ。

そんなことを勝手に思う。

 

その時だった。聞こえるべきではない悲鳴が部屋に響いた。

あぁ、どうして彼女は最後まで眠っていてくれなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

私はブルーと一緒に活気に溢れた街を歩く。今日はお祭りだ。長い外交を終え、魔族デスポリュカがボヘロスに帰ってくる。魔族も人間も皆笑顔で彼女の帰りを楽しみにしている。諸外国から多くの人が集まっており、店のパンも早々に売り切れた。おかげで私たちもこうして遊びに出ていられる。

 

今日はおめかしして、奮発してプラナで買った白い服も着てきた。「目立つだろ」だなんてブルーが言ってきたが、彼も注目を集める私を隣に連れて少しいい気になっているのは見て取れた。自分で言うのもなんだが、私は彼が自慢できるくらいには美人だ。

 

これ見よがしに腕を組む。そうすると彼はまた恥ずかしそうに笑う。私たちはきっといま世界で一番幸せだ。

 

街には沢山の催し物がされている。可愛らしい魔法使いの少女がしている怪しげな占い、遠い海の幸を提供している出店、聖地からやってきた聖歌隊、子供たちなどは楽しそうな演劇を披露していた。それらを眺めながら街を歩く。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

しばらく歩き、私たちは街のベンチに腰を掛ける。目の前では子供向けの紙芝居をやっているところだ。

 

『そしてその巨大な超獣はデスポリュカさまの必殺パンチで倒れたのです!』

 

随分荒唐無稽な話をしている。いくら何でも無理があるような内容な気がした。それを自信満々に語る女性の姿はすこし可笑しかった。

 

「あれ、そう嘘でもないんだとか」

笑っている私を見てブルーが言う。

 

「……そうなの?」

「パロ山脈にすごく大きい超獣が出たんだって。それこそちょっとした山みたいな大きさだったとか」

「……それで?」

「それをデスポリュカとその仲間たちが退治したらしい」

「なにそれ。噓でしょ」

「教えてくれた人曰く、山の頂に倒したって看板が立ってるらしい」

「……じゃあいつか一緒に確かめにいかないとね」

私はブルーに肩を預け寄り添う。話題なんてなんでもよかった。ただこうしている瞬間が全てである。

 

「それよりもっと簡単に確認する方法がある」

ブルーが言う。あの時とは違う流れだと思った。

 

「デスポリュカが帰ってくるんだ。彼女に直接聞けばいい」

丁度話しているタイミングで人々は一斉に大きな街道沿いに移動を始めた。今日の主役が来るということであろう。あたりからはどんどん人が消えていく。

 

ブルーもベンチから立ち上がり、私の方に手を差し伸べる。

「さぁ……行こう」

一緒にデスポリュカに、ボヘロス様に会いに行こうと彼が誘う。私はその手を取らず俯く。

 

「どうしたんだ?」

彼が聞く。

そのまま手を取って歩き出したかった。この幸せな世界にもっと浸りたかった。でも、私は手が取れない。手を取ることなんて許されない。

 

「……夢の中とはいえ……私がボヘロスさまに会うなんて……ダメでしょ?」

私がそう言った瞬間、幸せな景色は全てなくなった。人も魔族も街も、幸福な光景などどこにもない。目の前には瓦礫になったボヘロスの街とブルーだけが残っている。

 

「気づいてたんだ……」

ブルーが悲しそうに言う。私のことを案じている。夢の中でも彼は彼らしかった。

 

「幸せすぎるんですもの……なにもかも……」

幸せな世界だった。誰もが幸福だった。人も魔族も、私も彼も、誰もがこの世界では笑っていた。私が本当に欲しかったものだ。だからこそ、そんなものはあり得ないと私は知っている。そんな都合のいい未来など存在しなかったのだ。どれだけ望んでも、その未来は手に入らなかった。だから私はボヘロス様に刃を突き立てた。その感触が現実として残っていた。

 

「それでも……」

私は独り言のように呟く。

 

「ボヘロス様を信じていたら、こんな未来があったのかなぁ……」

預言書に立ち向かい、ボヘロス様に全てを託せば、このような幸せな未来もあり得たのではないか。その気持ちはいつまでたっても消えはしない。私は自分で選んだ道に対してずっと後悔し続けている。

 

「……それはわからない。でもここには幸せがあるよ」

幻のブルーが私に言う。

 

「だから、もう少しここに居ればいい」

私を引き留めているようであった。理由はわかる。きっと現実では彼の終わりが始まっている。

 

「ダメなの行かなきゃ」

「君が行っても止められない……いや、止めてはいけないんだ」

「知ってる」

「なら。終わるまでここにいればいい」

「……ううん、だから戻るの」

私は今どんな表情をしているのだろうか。泣いているのか、無理して笑っているのか。現実に戻って、彼にどんな顔を見せてあげればいいのだろう。

 

「ちゃんと、さよなら言わなきゃ」

私がそう言うと、幻の彼は微笑んで姿を消した。

 

私は後悔し続けている。ボヘロス様のこと、彼のこと、世界のこと。なにもかもに対して後悔し続けている。きっとこれからも後悔を重ねていく。もっといい方法があったのではないか。そう思わない日なんてない。

 

それでも前に進まなければならない。そのために沢山の犠牲を強いた。彼もそうだ。

 

だから、私は彼が安心出来るように見送らなければならない。あなたが居なくなったあとも、ちゃんと前に進んでみせる。全てうまくやり遂げてみせる。そう言ってあげるのだ。

 

彼が天国にいったあとも、安心できるように。安らかにあの世に行けるように。私は彼に大丈夫だっていう風に、さよならするんだ。

 

 

 

 

「いやぁああああああああ!!」

目を覚ました私の前に飛び込んできたのは、剣を突き立てるゲオルイースと刺し貫かれたブルーの姿だった。

 

ゲオルイースは剣を彼から抜き離れる。私の悲鳴を聞き真っ青な顔をしていた。

 

ブルーはそのままその場に倒れる。私は倒れたブルーに必死に駆け寄る。

 

胸からは血があふれている。もう、助からないことなんて一目でわかった。当たり前だ。彼がここで死ぬのは歴史で決まっているのだから。それを覚悟して、私はさよならを言うために目を覚ました。

 

私は彼の手を掴んで握りしめる。手のぬくもりが、少しでも感じられるように包み込むように握った。

 

「わ、私は頑張るから!」

彼が安心できるようにと必死に言葉を紡ぐ。

 

「あなたがいなくなっても!進んでみせるから!」

顔が涙で濡れる。それでも必死に笑顔を作る。悲しい顔なんて見せられない。

 

「だから安心して!私は……大丈夫だから……」

安心して天国に行けるようにとそう思ってきたはずなのに、言葉に詰まる。何を語ってあげればいいのかがわからない。

 

彼はもう目も見えていないのか、目線がこちらと合わない。私が握った手のなかで、指をごそごそと動かしている。そうしていると私の手の中でなにかが引っかかった。

 

「……指輪……似合ってるよ……」

消え入りそうな声で彼が言った。

自分の指にいつか見た指輪があったことに気付いた。オーフェで最初に会った時の指輪だ。いつ手放すか考えていると言った指輪。幸せな夢の中でプレゼントされた指輪。愛する人に送るための指輪。その指輪が、私の指にされている。彼が付けてくれたのだろう。

 

私はもう、堪えられなくなる。作り笑いなんて出来ない。嗚咽も止められない。心を抑えることもできなくなった。

 

「いや!……いやなの!」

私は感情のままに叫ぶ。

 

「お願い!私を置いていかないで!」

大丈夫と言った私の姿はそこにはない。

 

「一緒にパロ山脈に行くって言った!」

 

くだらない噂話を確かめにいつか一緒に上ると約束した。

 

「院長さんのとこでまたパンを焼こうって!」

 

あんな美味しくないパンじゃなくて、今度はもっとうまくやろうって話した。

 

「ずっとそばにいてよ……」

 

ずっと一緒にいてほしかった。共に生きたかった。

 

その言葉が聞こえていたのかはわからない。ただ彼も口を開いた。

「……もっと……生きたかったな……」

最後にそう言って、彼の手から力が抜けた。奇跡なんてことは起こらずに、彼の命はそのまま決められた通りに消えた。

 

「いや……いやああああああああああああ!」

 

私はもう泣き叫ぶことしかできない。血まみれの死体に抱き着き泣きわめく。

もう彼はここにはいない。それがわかっていても、私はしばらくそこから離れることが出来なかった。

 

 

 

歴史にはこう記されている。

キシェ歴953年 最後の魔族が死亡した

 

 




次エンディングやらで終わりです
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