King Exit ♯   作:ただの誰か

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エンディング

ボヘロスの城の執務室。中には私とゲオルイースがいる。あれから数日たった。

彼の死体はすぐにゲオルイースに焼かれた。魔族の処理という名目だが、彼の身体が復讐の対象として晒されないためだということはわかった。優しい子なのだ。

 

焼かれて塵になった彼のことを気にしている人はあまりいない。これからゲオルイースが新たな王になるということのほうが、誰にとっても重要な話である。だから、この話はこれで終わりだ。ボヘロスを裏から操り、暗躍していた魔族はボヘロスの新たな王に討たれた。歴史でもそう記されているだけだ。彼がどんな思いで生きて、どんな気持ちで死んだか。そんなことは大きな歴史の中では些細な問題であった。

 

残った遺品はボロボロの黒い刀とトレードマークの青い帽子、それと私の指にはめられた指輪だけだ。全て私が引き取った。刀は自分の腰に差し、帽子は鞄の中に入れている。

私は指輪を見つめる。見ていると楽しかった旅を思い出せる気がした。

 

「……帝国に行くのか」

ゲオルイースが窓から外を眺めながら言う。私は指輪をずっと見つめたままだ。あの日以来、私たちはまともに顔を見合わせて会話することはない。もしかしたら、もう二度とそんな日は来ないのかもしれない。

 

彼女は彼を殺したことを負い目に感じている。彼に対して、私に対して悪いことをしたと、そう思っている。ゲオルイースはなにも悪くない。全ては私のせいなのだ。それが言えないことが一番辛い。

 

「今回のこと……皇帝が知らなかったと思えない……魔族嫌いのあの皇帝が、魔族と融合した彼に気付いていなかったわけがない。それに……今回のことで一番得をしたのは帝国でしょ。ボヘロスが勝手に奴隷制を復活させようとする国を叩いてくれたんですもの」

「裏で仕組んでいたと?」

「そこまでとは言わない……でも、知ってて泳がせてたっていうのはあり得ると思う」

私は虚言だらけの推論を披露する。強いて言うならば黒幕にあたるのは私自身だ。それでもあたかも探偵役のように語る。こうなると顔を合わせていないことが楽だ。表情まで気を使う必要がない。

 

「無茶をする気はないだろうな?」

ゲオルイースが聞く。仮になにか皇帝がしていた時に、私が暴力に訴えるのではないか、そう言っているのだ。彼女から見れば恋人を失った私が、自棄を起こさないか心配なのだろう。

 

そんなことはあり得ない。仮に暴力に晒されるとしたら私の方だ。皇帝からしたら私は何回殺しても足りない存在だ。預言書を渡され、歴史を押し付けられ、苦悩にしたに違いない。私はどれだけ悲惨な目に合わされようと、文句を言う資格なんてない。

 

だからこそ、私は会いに行かなければならない。

 

「大丈夫……うまくやってみせる……」

私はそう言って立ち上がる。全てうまくやってみせなければいけないことだけは確かだった。

 

「皇帝に会いに行くなら、これを渡しといてくれ」

ゲオルイースは窓のほうを向いたまま、腕を後ろに回して封筒を差し出す。私はそれを受け取る。宛名は皇帝、差出人はボヘロス王。まだ正式にボヘロスの王と決まったわけでもないのに気の早い話だ。

 

「手紙?」

「あぁ。もしかしたら、中身を見て怒るかもしれないから、その時はうまく逃げてくれ」

「……わかった」

私は素っ気なく返事をして、そのまま立ち去る。最後までゲオルイースの顔を見ることはなかった。彼女はいったいどんな表情をしていたのだろうか。優しいあの子のことだ、きっと悲しそうな表情をしているんだろうなと思った。

 

 

 

 

 

街を出るために歩く。表通りは人目に付きやすい。まだ整備されていない瓦礫だらけの地区を行く。ブルーと一緒に歩いたところだ。ふたりであり得ない夢を語ったときを思い出す。私なんかにはもったいない時間だったと改めて感じた。間違いなく幸福な時間であった。

 

少し歩くと、女性が一人いた。メイド服を着ている。見おぼえがあった。

メイド服の女性と目が合う。彼女はこちらに歩いてくる。私は固まって動けない。

彼女のことは覚えている。ボヘロス様の屋敷で働いていたメイドだ。そして、私は彼女にとって主の仇である。

 

彼女が目の前に立つ。恨んでいるのか、憐れんでいるのかわからない。そんな表情をしていた。

 

「これ……」

メイドの女性は私に封筒を差し出す。また手紙だ。

 

「あなたに渡してと頼まれていた」

私は恐る恐るそれを受け取る。封筒にはなにも書かれていない。ただ、誰が差出人なのかはすぐにわかった。ボヘロスの街で、私に手紙を渡したかったものなど一人しかいない。

 

「すぐには開けないでね。あなたが人並みに悲しむ姿なんて見たくない」

冷たい態度だった。それも当然の話ではある。私宛の手紙を預けられるということは、彼女はきっと全て知っている。ならば、私に対する感情はいいものではないだろう。

 

「ボヘロスの使徒……一人じゃなかったんですね……」

これほど大掛かりなことだ。全てを一人で行えるとは思っていなかった。彼女だけじゃない、何人もの協力者がいたはずだ。

 

「ボヘロスの使徒はあの子一人よ……そう決まっている……」

「……そうですね」

現実がどうであれ、この話は最後に残った魔族がしでかしたこと、それで終わりだ。そこを追求することに意味はない。

 

「……あの子……やっと戻ってきたと思ったら、眠ったままのあなたの面倒見てくれって言うの」

彼女は苦い顔をしながら語る。

 

「眠っていた私の面倒を見てくれてたんですか?」

「そうよ。殺したいほど恨んでる相手の面倒をわざわざ見てあげてたの。あの子に頼まれてね。おかげで随分身綺麗だってしょう」

言われてみると、眠り続けていたわりには身なりも整っていたし、体もうまく動いていた気がした。世話をしていた人間がいたというのもうなずける。

 

「あの子卑怯なのよ。死ぬ前の最後のお願いだなんて言うの……だから仕方なくね。面倒見てる間、何回殺してやろうと思ったか」

そう思って当たり前だ。私という仇が無防備な状態でいて、よく自制してくれたと思う。

 

「私は相変わらずあなたのことが大嫌い……でも、あの子はさ……あなたの顔を見るとすごく幸せそうな表情してた……本当にあなたのことが大切だったんだと思う……それだけは覚えておいて」

目の前のメイドの女性はいい人なのだと思った。でなければ、私にこんな言葉をかけたりしてくれない。

 

「……絶対忘れません」

忘れるはずがない。彼とのひと時は、きっと私が人間として幸福を覚えることができた最後の時間だ。

 

「あともう一つ……ここにはボヘロスさまの館があった」

彼女は瓦礫の中を見つめながらそう言う。

知っている。他の瓦礫は魔族との戦争によって失われた。ここでだけは違う。ここにあったボヘロスの館を消したのは私だ。

 

「私は……何年……何十年かかろうと、ここにもう一度あの館を作る。全部同じにする。あの人が弾いたピアノも、あの人が使ったキッチンも……バカみたいな温泉だって掘ってやる」

そう言って彼女は私を見つめる。睨んでいるようにも見えた。

 

「だから、あの人がまたここで生きられるような……笑って過ごせるような……そんな世界を作って」

強い口調で彼女は言う。

私に役目があるとしたら、きっとそれなのだと感じた。

 

「はい……必ず……」

私も彼女に応える。

 

ボヘロス様が目を覚ました時、ここに来て安らげることが出来るような世界を作る。そのために今こうして生かされているのだろう。魔族も滅びた、彼も死んだ、沢山の犠牲があった、それでも私は生きなければならない。『生きて役目を全うしろ』そう世界に言われている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『先に書いておく。手紙というのはあまり得意じゃない、簡単な文章しか残せない僕を許してほしい。

 

こうして君がこの手紙を読んでいるということは、全ては予定通り進んだということだと思う。

 

あの本は今でも皇帝の手の中にある。君も一度は会いに行かなければならないだろう。心苦しいのはわかるが、我慢してほしい。あと、可能であれば、その時に僕のもっていた黒い刀を皇帝に返しておいてくれ。あれは魔族達にとっては意味のあるものだ。

 

指輪は君へのプレゼントだ。自分が買ったものなんて出来れば言わないでくれ。僕の金で買った。だから、僕からのプレゼントということにしてほしい。本当に君の指にぴったりで驚いている。とても似合っているよ。

 

君と旅を出来たことは本当に僕にとって幸運だった。幸福というものを久しぶりに感じることが出来た。おかげでこの世に悔いもない。

 

魂だけになっても僕はずっと君の側にいる。だからこれからも頑張ってくれ。

 

今までありがとうグイーネ。愛してる。』

 

 

 

 

焚火の前で一人、私は手紙を眺める。こうやって一人で野営するのも久しぶりだ。

彼の手紙は前置き通り本当に簡単な文章だった。死後、恋人の私に送るために書いたとは信じられない。本当に得意じゃないということはよくわかった。

 

「なにが得意じゃないから許してほしいよ……馬鹿……」

 

私は一人で喋る。応えるものは居ない。

 

「こういうのは、ちゃんと感情を込めて書くのよ。事務書類じゃないのよ?もっと装飾した文章にしなさいよ」

 

私は一人で喋る。

 

「文章まで貧乏性じゃなくてもいいでしょ……ほんと着飾るのが苦手なんだから……」

 

私は一人で喋る。

 

「指輪もくれるつもりだったなら、もっと早く渡しなさいよ。プラナにいっても売らなかったし、結構気にしてたんだからね実は」

 

私は一人で喋る。

 

「……でもやっぱり貰ったのは嬉しいし、そこはありがとうって言っておく。出来ればあなたが自分で選らんだものが欲しかったけど……我慢してあげるわ。あなた見る目ないし」

 

私は一人で喋る。

 

「……」

 

少しだけ詰まる。それでも、私は一人で言葉を続ける。

 

「……なにがこの世に悔いはないよ……嘘つき……」

 

『もっと生きていたかった』と彼は言った。私が言わせたのかもしれない。それでも、彼は間違いなくその言葉を言った。悔いがないはずはないのだ。もっと生きて色んなことをしたかったはずだ。そんなことがわからないほど、私は彼を知らないわけじゃない。それなのに、手紙には悔いはないなどと書いている。こんな手紙しか書けないくせに格好つけの馬鹿者だ。

 

「恰好つけるなら……最後まで格好つけなさいよ……」

 

私は一人で喋る。応えるものはいない。

 

「魂になっても一緒にいてくれるんでしょ?……だから応えてよ……」

 

死者は応えない。魂になって出来ることは見守ることだけだ。王の紋章が発動したときが特別なだけである。死者と話すことなんて出来はしない。

 

それでも私は語り掛け続けることをやめられない。

 

「愛してるって……私に言ってよ……」

どれだけ願っても応えは返ってこない。

あとは、私のむせび泣く音が響くだけだった。

 

 

 

 

 

 

帝国は活気に満ちていた。魔族との戦争でも大きな被害がなかった帝国には戦争の傷跡はそう見られない。奴隷制の廃止など急な政策の転換もあったが、現皇帝ナージェジタの権力に逆らえるようなものはもはやいない。かつての支配階級のものや、魔族狩りの巻添えで被害を受けたものからの人気はないが、多くの国民から支持されていると言っていいだろう。帝国は今でも強力な国家であり、内政も安定している。そうであれば、大きな文句も出ようがなかった。

 

私はいま、その帝国にいる。それもその中枢である城の中だ。

 

私を案内しているのはパーシアスで出会った人形みたいな女性だった。帝国に入ってからすぐ、向こうの方から接触してきた。私が来ることを予想していたのであろう。

 

最初についてくるように言ったあと、案内の道中、彼女は一言も喋らない。私も黙ってついていくだけだった。彼女からしても、私は憎む対象ではあるだろう。話す気なんて起きなくても仕方がない。全てを知って私を恨まないで居てくれるのなんてブルーくらいだ。

 

城の中を案内されて、ある部屋の前にたどり着く。随分と城の奥まで歩かされた。

扉の前でずっと黙っていた彼女が口を開いた。

「あのあと……いい旅だった?」

私はその質問に「はい」とだけ答える。

いい旅だった。人生で一番幸福な時間だったと思う。きっと彼にとってもそうであったはずだ。

彼女は私の回答を聞いて、少し笑った。そうして、すぐまた元の人形のような表情に戻る。

 

扉が開かれる。

私は息を飲み、部屋へと足を踏みだす。私が入ると扉は閉じられた。案内した彼女は中に入らないようだ。

 

部屋は私室であるように見えた。敷き詰められた本棚、リラックスするためのソファー、高価そうな酒瓶。綺麗に整えられてはいるが、生活している空間なのは見て取れた。

 

中には二人の人間がいた。ピンクの髪の男性、現皇帝ナージェジタだ。それと金髪の女性がいる。女性のほうはおなかが大きい。そういえば、王妃が妊娠したという話を旅の途中で聞いた気がする。

 

皇帝が女性のほうに小さく声をかける。それを聞き、女性のほうは、さらに奥の部屋へと移動していった。

 

この部屋には私と皇帝の二人が残される。

 

皇帝は喋らない。椅子に腰かけたまま、私をただ眺めている。息苦しい空気だった。今にも押しつぶされそうだ。私は彼にどうされようと文句が言えない。それはいい。ただ、彼が何もかもを投げ出して私に復讐し、歴史がまた変わることが恐ろしかった。今となっては、私は死ぬわけにもいかない。

 

しばらく黙ったあと、皇帝が口を開いた。

「あいつ……貴様になんて言っていた?」

 

あいつというのはブルーのことであろう。そう判断して私は答える。

 

「あなたに会いに行けとだけ……あとこの刀……」

「違う、違う」

私の言葉を皇帝が遮る。

 

「貴様個人に対してだ。二人で旅をしていたんだろ?」

その言葉を聞き、私は少し固まる。皇帝の言っていることがすぐに理解できなかった。しばらく考えて、やっとそれが男女の関係という話だとわかる。

 

「……彼は……愛してるって……言ってくれました……」

かしこまなければいけない相手だというのに、私は恥ずかしがりながら返す。その返事を見て皇帝が笑っている。

 

「くっくっく……ほら見ろ。何がわかりませんだ。やっぱり好きだったんじゃないか」

皇帝は随分愉快そうだ。彼とかつて何か話したのかもしれない。

一通り笑ったあと、皇帝が私を見る。随分疲れているように見えた。

 

「貴様が生きてると聞いてな……八つ裂きにでもしたくなるのかと思った……」

「……違うんですか?」

意外だった。ゲオルイースとの関係上殺されはしないにしても、それ相応に痛めつけられるくらいは想定していた。

 

「恨みはある……が……こいつを読むとな……」

彼は目の前に机に一冊の本を投げ出す。タイトルは『King Exit』。私と魔族の長が彼に押し付けた預言の書だ。

 

「少しでも逃げようとすると……歴史は必ず絶望に変わる……呪いだなこいつは」

皇帝はこの本を呪いと言った。私もその通りだと思った。これは呪いだ。最悪の未来を見せ、私たちに決断を迫らせる。私はボヘロス様を討った。皇帝は殺戮者の汚名を背負った。そうしてこの歴史ができた。それが一番マシとこの本に示されたからだ。

 

もしかしたら違ったのかもしれない。違う選択肢をとっても本の通りになったとは限らないのかもしれない。夢で見たような誰もが幸福な世界がありえたのではないか。そう思わない日はない。

 

しかし、私たちはそれを選ぶことはできなかった。そして、これからもきっとできない。絶望という未来を見せられるのは、やはり呪いなんだと思う。

 

「貴様に同情してやれるのなんて余くらいのものだ……余だけが貴様の苦悩をわかる……余の妻も、貴様の男も、これだけは真には理解できん……」

本の話を聞くのと、本の持ち主にされるのでは違う。皇帝の言いたいことはわかった。

 

彼も魔族達もこの本の話を聞き、希望を繋ぐために死んでいった。自分たちを犠牲によりよい未来をと思ったはずだ。私と皇帝の体感は違う。この本の持ち主とされ、未来を信じられない自分のせいで誰も彼もを地獄に付き落とした。そうとしか思えない。

 

「……これからは共犯者だ。働いてもらうぞ」

共犯者という言葉を聞き、私はうなずく。あとから押し付けられた皇帝には申し訳ないが、私たちには相応しい言葉だと思った。

 

「それで……今回はゲオルイースの手紙を預かってきているだろ」

「はい、これです」

預かった封筒を手渡す。皇帝は適当に封筒を開き手紙を読み笑う。

このことも預言書には書かれている。内容は私も皇帝も最初から知っている。

 

「あいつ本当に皇帝の余にこんな手紙を書いたんだな」

笑いながら皇帝が言う。

 

内容は意訳すると

『私はそのうち大陸の南を治めるから黙ってみていろ。最終的には大陸全部の王になるからよろしく』といった感じだ。

 

しかし、彼女がそのような手紙を書くくらいには、皇帝は慕われているのだとは思った。私が知らない時代にも色々なことがあったのだろう。

 

「まぁあいつは成し遂げるだろうな……もしかしたら貴様も裏でなにかしなけりゃいけんのかもしれんが……」

彼女の障害を排除する。未来の私の仕事としては十分にあり得た。

 

「それで……あいつに大陸を統べる大王になってもらうのはよいとして……その次のことも考えねばならん」

「……次?」

「あいつがが大王になってこの本を発表するのがキシェ歴の995年……その5年後には次の魔王がくる。そこまでの未来はわからんからな」

1000年に一度降臨する魔王。かつてはおとぎ話でしかなかったが、魔族が現れた今となってはその伝説が真実なのも間違いない。

 

「最初のこの本の歴史と今の歴史が微妙に違っているのは知っているな?」

最初の『King Exit』。かつて書物の王や、ボヘロス様が読んでいたものと、今の『King Exit』では内容が異なる。というより最初の『King Exit』になんとか寄せようとしているのが私たちの今の歴史だ。

 

「はい、最後の魔族が死んだのも……960年……ラシュヘイトだったと思います」

おそらくブレスカースが生きていたからではないかというのが、私の見解だ。大きな影響としてはそれが一番であった。

 

「そうだ。そして、本来の歴史では、ゲオルイースはそこで王の盾を手に入れている」

「……それって」

「もう、存在せん……この影響がどう出るかはわからんがな……しかし、その歴史ではゲオルイースは王の紋章に加えて、剣と盾を揃えている」

「……三つ揃って真の力を……みたいな伝承もありますよね?」

私も古い書物でそのような話を見た気がする。ただのおとぎ話のはずだったが、今となっては重大な問題だ。

 

「だからもしもの対策を考えねばならん……今のうちにな……」

そう言いながら、皇帝が立ち上がる。

 

「貴様はひとまずゲオルイースの周りにいろ。必要なときは足のつかない使いを出す」

話はもう終わりだという風だった。

 

「わかりました……では、帰る前にこの刀をお返します。彼……ブルーに頼まれました」

私は跪き預かっていたボロボロの刀を差し出す。

皇帝は私に近寄りそれを受け取ろうとしたが、少し考えたあと止まった。

 

「……貴様が持っていろ……魔族からの戒めだ……噛みつかれるなよ」

皇帝はそんなことを言った。

 

改めて、私は手にあるその刀を眺める。妖刀の類なのはなんとなくわかっていた。刀の中に意思を感じる。半ば敵意のようにも思えた。なら、私には丁度いいかもしれない。

 

私をしっかり見張っておいてほしい。今度は逃げ出さないように。全てをうまく成し遂げられるように。

 

 

 

 

 

 

 

聖ティアラ歴??年

 

数十年ぶりに訪れた皇帝の私室は以前よりも雑多になっていた。収まりきらなくなった本は積み重ねられ、飲みかけのボトルは机に置かれたままだ。床に埃がたまっていないのを見るに、誰かが掃除はしているのだろうが、皇帝の私物には手を付けられないといったところであろうか。

 

「妻に先立たれてからはな……少し散らかっている」

部屋を見る私の目線に気付いたのか。皇帝が恥ずかしそうに言う。随分と老いた声になった。実際、老いているのだから仕方がない。

 

「いつ以来だ?」

「……魔王が現れたとき以来でしょうか」

「そうか……随分と前だな。なるほど、余も老いるわけだ……」

皇帝が笑う。歳を重ねるということにも楽しみがあるようであった。

 

「貴様は変わらんな」

「……はい」

私は紋章の力で蘇ってから、何一つ変わっていない。何も変わらないまま、ただひたすら世界の歯車として働いている。汚い仕事もしてきた。きっとこれからもそうだ。世界のために生きて働き続ける、それが私の役目だ。

 

「ゲオルイースの葬儀にも出なかったな……」

「……遠目では見てましたよ。それが精一杯です」

彼女ももう亡くなった。世界を統一した大王も老いには勝てない。私は表立った葬儀には参列しなかった。彼女との付き合いは最後まで世間には秘密だ。それに、彼女とは生きている間に多くのことを語り合えた。悔いはない。

 

「そういえば彼女、最後まで心配してましたよ。皇帝のお孫さんがスティアラに付きまとってるって」

「うん?余が聞いた話とは違うな……孫にはスティアラのことをよろしく頼むと言っていたと聞いたが」

二人で話を出し合い笑う。今となっては確かめようもないが、どちらも本心と言ったところだろう。気難しい父親みたいなものだ。

 

「皆先に逝ってしまったな……」

皇帝が呟く。

 

皇帝とかつて共に戦った者たちはもういない。皇帝自身まさか自分が一番長生きするとは思っていなかったであろう。

 

「余もそのうち死ぬ……悪いな……共犯者などと言っていたのに、先に抜けさせてもらって」

それを言われたのも随分昔の話だ。確かに私と皇帝は共犯者であった。歴史を騙すための共犯者。ゲオルイースにもそのことを告白したのは、『King Exit』を書き終えたあとだ。あの時も色々大変だった。

 

「気にしないでください。共犯なんて言ってくれましたけど……主犯は私です」

皇帝はその役目を後から押し付けられただけだ。そして、その歴史を最初に選んだのは間違いなく私だ。

 

「だから……生き続けますよ……ボヘロス様が起きるまで」

ボヘロス様は今でも眠り続けている。私は彼女が目を覚ますまで、世界を見守らなければならない。それが私に与えられた役目だ。そう思っている。多くの人たちが死んでいった、皇帝も歴史をなぞり切った。それも全て、いつかボヘロス様が起きた時に幸せになってもらうためだ。その時を迎えるために、私は生き続ける。

 

そんなことを言った私を見て皇帝が少し笑う。もしかしたら、未来でボヘロス様と私が再会したところでも想像していたのかもしれない。

 

「100年……平和な時代がどれだけ長く続いたとしても……そのくらいだろうな……ゲオルイースの威光もそれより先は続くまい」

ゲオルイースは世界を統一して見せた。彼女の死後もその理念の元、各国は協調して歩みを進めている。しかし、その歩みがずっと続くとは私も思わない。多くの人がいて、沢山の国がある。きっとまた争いは起きる。

 

「そうやって……何もかもが過去になる……ゲオルイースのことも、世界が一つだったことも、かつて魔族という存在と争っていたことも……全てがおとぎ話になる」

偉大な大王の歩みも、かつての悲惨な戦争も、いつかは過去の話になる。

 

「そうしていつか……誰もが全てを忘れた時……魔族達は歴史の表に出れるのだろうな」

皇帝の言う通りな気がした。いつか生き残った魔族達が歴史の表に出るには、何百年とかかるのだと思う。時間以外に解決する方法などないのだ。

 

「はい……私はそれを見届けます」

その覚悟はできている。私を知っている人たちも皆いなくなる。私が知っていた人たちも消えていく。それでもいい。私と言う人間はとっくの昔に死んでいる。今の私は、言うなれば世界の使徒だ。世界のために働き続ける、そのためだけの存在。それでいいのだ。

 

「貴様だけが背負い込むこともない。余の子孫や、友たちの子孫がやってくれる……それをほんの少し手助けしてくれるだけでいい……その時に生きているものたちを信じてやってくれ」

そう言いながら皇帝は笑みを浮かべる。

 

人を信じること。それがどれだけ難しいか皇帝も私もよく知っている。人を信じられずに私たちはかつて預言書に従った。だからこそ、今ではより人を信じたいと思うのかもしれない。

 

「いつか……余の子孫たちはきっとうまくやるさ……その時に必要なものもな、色々用意してみたんだ。まぁ、これらが世に出るのも、何百年先かわからんがな」

皇帝は書類や手紙を並べる、いつか魔族が世界の表舞台に出た時に開示されるものであろう。

 

中に一つ目を引くものがあった。一冊の本だ。

 

「これ……」

私はそれを手に取り、パラパラと眺める。中身は魔族達が現れたところからはじまり、どのようにして生き延びることになったかが、伝記として書かれていた。少々演出が派手すぎる部分や、私情の偏っている部分が気になったが、概ね歴史の裏側の通りと言える。多少の脚色は書いたものの特権と言ったところであろう。

 

「よいだろ?ゲオルイースのやつが書いた伝記に散々振り回されたからな。余も書いてやった」

皇帝は随分と愉快そうだ。なにに対する意趣返しかはよくわからない。強いて言うなら世界に対してだろうか。そんなことを思うと私も少し可笑しく思えた。

 

本を閉じてタイトルを眺める。

 

『Demons Roots』そんなタイトルが表紙には刻まれていた。

 

 

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