King Exit ♯   作:ただの誰か

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エピローグ

聖ティアラ歴???年

 

私は館の掃除を終え、一人でその成果を眺める。出来る限り綺麗に保ってきたつもりだが、古びてしまっている空気はぬぐえない。もう何百年もここにあるのだ。無理もない。

かつてはボヘロスの中心部だったこの館の周りも、随分と寂れてしまった。いつの間にか僻地にある一軒家のようになってしまっている。時代の流れとは言え、少し寂しい。

 

今日ついに館の主が返ってくる。私が待ち望んだ日だ。

 

魔族達が世界に認知されてから、もう随分の時が流れた。彼らはいまもこの世界で生き続けている。世界の全てが彼らの味方になったわけではない。しかし、世界の全てが彼らの敵でもない。敵もいれば味方もいる。そう考えると、人間同士と変わらない。それであの人は満足してくれるだろうか……なんとか満足してほしい。世界の統一なんてことは、もう二度と出来る気はしない。ゲオルイースのときが特別だっただけだ。

 

そんな昔のことを思い返す。思えばあれから随分と長く待ったものだ。私の役目もやっと終わる。生き続ける理由ももうない。皆、私のことを覚えていてくれているだろうか。あの世に行った時のことが今から不安になる。

 

今でもつけている指輪をさする。彼も私のことなんてもう忘れてしまっていたらどうしようか。ずっと側にいるなんて言っていたのだから、そうなっていた時は無理にでも押しかけてやろう。そんなことを考えて一人で笑う。

 

私がバカな物思いにふけっている間に、館の扉が開かれる。

館の主が帰還したのだ。私の大好きだった聖女様だ。

あの時と変わらない姿をしている。それを見ただけで、私は少し涙がこぼれた。

 

「お帰りなさいませ、ボヘロス様」

私は彼女を丁重に出迎えた。

 

 

 

 

ボヘロス様は難しい顔でこちらを見ている。私をどうするべき迷っているのであろう。

 

「お前が待ってるって聞いてな。驚いた」

「はい、お待ちしておりました」

「リリィは買い物に出しといて正解だったな。大騒ぎになるところだった」

ボヘロス様の仲間も一緒に目を覚ましたと聞いた。彼女なら喜んで私のことを八つ裂きにしてくれたであろう。それもまたありだとは思ったが、私を裁くべきは目の前の人であるべきだ。

 

「……いかようにもしてください……」

 

私はボヘロス様の前で跪き、いつも腰に差していた黒い刀を差しだす。こいつとも長い付き合いだった。無茶な戦いもあったし、使いどころもなくさび付かせてしまうときもあった。今までよく私に付き合ってくれたと思う。

 

ボヘロス様が目を覚ました今、私が生きている理由ももうない。この場で首をはねられても良かった。しかし、優しいボヘロス様のことだ、もしかしたら私のことを許すなどと言ってしまうかもしれない。そうなったら、どうすればよいだろうか。姿をくらまして、誰にも気付かれない場所で命を絶とうか。そんなことを考える。

 

そんな私を見てボヘロス様が口を開いた。

 

「悪かったな」

予想していなかった言葉だった。殺すでも、許すでもない。謝罪の言葉だ。それは私のせいで眠り続けることになった被害者が出すべき言葉ではない。

 

「私のせいで……辛い思いをさせたみたいだ……」

まるで自分が悪いかのようにボヘロス様は言う。意味が解らない。

 

「なにを言ってるんですか!?あなたを殺そうとしたのは私です!悪いのは私だ!」

加害者は私だ。だというのになぜボヘロス様が謝るのか。

 

「預言書に従ってだろ?」

「そうです!預言書に従って私が……ボヘロス様を信じられなくなった私が……」

「信じさせてやれなかったのは私のせいだ……だから……ごめんな……」

そう言って武器も受け取らず、ボヘロス様は少ししゃがむ。跪いている私に目線の高さを合わせためだ。まるで優しい母親のような動作を私に向けてする。

 

「……なんで……」

私はもう頭が追い付かない。

 

「私があの本なんかより信用されていれば、お前だってあんなことせずに済んだ」

ボヘロス様は本当に自分に責任があるかのように語る。

 

「クラウラから色々聞いた。辛いこと……たくさんあったんだろ……」

「それはだって……私が悪かったから……」

「違う。悪かったのは私だ」

「ダメです!……そんなの……私が預言書を選んだんです……私が……始めたことなんです……」

私が選んで、私が沢山の不幸を築いたのだ。その最初の犠牲者がボヘロス様だ。そこから始まった。

 

そんな私に対して諭すようにボヘロス様は言葉を続ける。

 

「ダメなもんか……そもそも始まりはお前じゃない。そこが間違ってる……始まりは私なんだよ。私がボヘロスに攻め込んだ日。あれが始まりだ」

ボヘロス様は本当に悲しそうな表情でそう言う。

 

「……私がな……始めたんだ……私が考えて、私が指示を出して、私が先陣をきった……だから、その後起きたことは全部自業自得さ。悪いのは私だ」

「あなたは悪いことなんて……」

「したさ……たくさんした。お前だってあの時死んだ人間たちを見ただろ。焼かれた街だって知ってるはずだ……悪いやつなんだよ。私は…………被害者はお前の方さ……あの日からずっと辛い思いをしてきたんだろ?」

ボヘロスさまはそんなことを言う。悪いやつなどと言い、自分の罪を上げ連ねているが、私にはやっぱり優しい聖女様にしか見えなかった。

 

「子供なのに無理もして……やりたくもないのに私を襲って……そこから私が起きるまでずっと頑張ってきたんだろ?」

なんでこの人はこんなにも優しいんだろうか。私はもう、まともに目を合わせることもできない。

 

「だから……お前はそろそろ自分を許してやれ。私が許すんじゃない……自分で自分のことを許してやれ」

そう言って、ボヘロス様が私の体を優しく抱きしめる。

そんなことをされると、私は涙を止められなくなる。

さっきまで自分の罪を清算しようなどと思っていたくせに、恥知らずな私はそのままボヘロスさまの胸に顔を寄せ子供のように泣きじゃくる。

 

私の罪に寄り添ってくれた人がいた。

私の罪を理解してくれた人もいた。

それで十分救われていた。

 

それなのに、ボヘロス様の腕の中で泣くことを止められない。『お前は悪くない』そんな言葉を真に受けてしまっている。

 

何百年も生きたというのに、今になってなんでこんなにも情けないのか。感情を抑える方法なんて熟知している。汚い仕事だって沢山してきた。この日のために、とっくに人としての生なんて捨てたはずだ。だというのに、私は今感情のままにボヘロスさまに泣きついている。まるで子供のようだ。いや、子供そのものかもしれない。ずっと押さえつけていた子供の時の感情があふれてしまっているように思う。

 

この人は優しすぎる。本物の聖女様なのだから、それも当たり前だ。今になってそれを痛感する。

 

そして、そんな人を信じられなかったのもやはり私なのだ。

 

私はボヘロス様の腕の中で泣き続ける。安堵の涙なのか、後悔の涙なのか、もう自分にもわからなかった。

 

 

「……それでも……やっぱり私は自分のことを許せません……」

泣ききって落ち着いた私が言う。数百年思い続けたものだ、そう簡単には変わらない。それでも、存分に泣いた後は少し晴れやかな気分だった。

 

「そうか……じゃあ、これから少しずつ許してやれ」

ボヘロス様はそう言って笑う。優しい笑顔だった。

 

「いえ、私は……」

「これから死ぬなんて言うなよ」

断ろうとした私の言葉をボヘロス様が遮る。

 

「私が生きている間くらい付き合え。ただでさえ知り合いも少ないんだ。この時代の勝手もわからないしな」

「それは他の者が……」

「お前がやれ。いかようにしてもいいんだろ?」

そう言われると私は断りようがない。困った笑みを浮かべる。

 

その姿を見て、ボヘロス様は私の腕を取って立ち上がらせる。立ち上がってから見たボヘロス様は少しだけ意地悪そうな作り笑いになっていた。自分では精一杯悪そうな顔でもしているつもりなのかもしれないが、随分と可愛らしい。

 

「こっちは長いこと眠ってたんだ。色々と話を聞かせろ」

話を聞かせろ。そう言われたら思い浮かぶことはたくさんある。魔族達のこと、ゲオルイースのこと、ナージェジタ皇帝や昔の仲間たちの話がいいだろうか、私は少し頭を悩ませる。

 

「まずはあいつのことから聞かせてくれ」

ボヘロスさまが言う。

 

「誰のことですか?」

私が聞き返す。

 

「青い帽子のガキの話だ。いい仲だったんだろ?」

なぜボヘロス様が意地悪そうな可愛い笑みを浮かべていたのかわかった。最初から決めていたのだろう。

 

私はつけている指輪の感触を確かめる。

彼との時間は私が過ごしてきたこれまでを考えたら、一瞬のような出来事だった。そして、その一瞬は今でも私にとって大切な宝物だ。

 

「のろけ話になりますよ?」

私は笑顔で返す。それを見たボヘロスさまは満足気にうなずいた。

 

どうやら、あの世に行くのはもう少しだけ遅れそうだ。今でもあなたが私のことを見ているなら、文句の一つも言っているかもしれない。悪いとは思っている。代わりに私はあなたとの時間がどれだけ大切だったかを語ってあげる。だから、それでしばらく我慢してほしい。そんなことを心に思う。

 

 

 

そうして、私は語り始める。

大切な、思い出の話だ。

 

 

 

 

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