King Exit ♯   作:ただの誰か

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2話 マキシマス

グイーネの体が血まみれで横たわっている。私が何回も刺したからだ。

「……いたい……いたいよ……」

そう泣き声をあげて丸まる体に、また新しい刃物を突き刺す。相変わらずこちらからの声は届かない。今日の出来事があっても耳を貸さないなんて、恥知らずもいいとこだ。いや、今こうやって生きてることそのものが恥なのだ。さっさと死んでしまえばいいのに。イライラしてくる。

「……助けて……誰か……」

性懲りもなく、また誰かに助けを求めている。再会した男にでも言っているのだろうか。だとしたら、本当におめでたい。また殺してやりたくなる。

 

私の怒りは収まることなんてない。私の声を聞け。そうすればもっと酷い悪夢を与えられるのに。

 

 

 

 

 

 

「グイーネ!おい!起きろグイーネ!」

「っっっ!?」

 

グイーネはベッドから飛び起きる。息は荒れ、顔色も良くない。隣では、ブルーが心配そうに見つめている。

 

「大丈夫……か?すごくうなされてたけど」

「……心配しないで……よくあることなの……ごめんね。起こしちゃった?」

「いや、僕のほうは構わない……それより、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。もう慣れてるから」

 

そう言ってグイーネはベッドから降りる。今日から旅に出るのだ。のんびりしているわけにはいかなかった。ブルーは相変わらず心配そうにグイーネを見つめている。

 

「いつまで見てるの?着替えたいんだけど」

「あ……ご、ごめん」

しかし、こういわれるとそれ以上見続けるわけにもいかなかった。

 

2人は手早く身支度を済ませて、宿を後にする。最初の行き先は北にあるマキシマスである。

 

 

「とにかく安全なルートで行こう。北への道中に紛争はないけど野盗なんかはいるしね……ちょっと遠回りになるけど一度ここから東に抜けて……そこから主要な街道に出よう」

「なに言ってるの?ただでさえボヘロスまで遠回りしていくんだから最短で行かなきゃ」

「君の心配もわかる。帝国本国が動いたら大変なことになるって言うんだろ。しかし、まだ本腰で動くような気配はない。そもそも大軍動かすなんてすぐできることじゃないんだ……それに、こういう時こそ安全に行くのが一番早く済むんだ。街道沿いは整備もされてるし、休憩に適した場所もたくさんある。馬車も通ってるしね。イレギュラーが重なればそっちのほうがよっぽど時間を食うんだから……」

「話が長い」

ブルーの話をばっさり切りながら、グイーネは一枚のコインを取り出す。

 

「まさか、表裏とかじゃないよな」

「もちろんそうだけど」

「運任せなんかどうかしている。仮に君が最短で行きたいとしても理屈で語るべきだ」

「あなた屁理屈合戦してたら日が暮れちゃうわ。それこそ1日のロスよ」

 

そう言いながら、グイーネはコインをはじく。きれいに垂直に打ち合がったコインは手の中に吸い込まれた。

 

「……裏」

仕方ないと言った口調でブルーが指定する。

グイーネは笑顔で手を開く。出てきたコインは表であった。

 

「決まりね」

「……仕方ない……」

「あら?おとなしく従うのね」

「ここでイカサマだの水掛け論をしてたら、それこそ時間の無駄だ」

「よくわかりました。褒めてあげましょう」

グイーネが楽しそうに茶化す。寝起きのときの顔色の悪さはもうない。ブルーはそれだけでもよしとした。

 

「それじゃあ出発しよう。最短でいくにしてもなるべく安全にね」

「そんなに、心配しなくてもいいわ。私だって無茶したいわけじゃないんだから」

 

こうして、マキシマスまでへの旅が始まった。

 

 

 

 

 

魔法大国マキシマス。かつては帝国の属国の様相が強かったこの国は、現在は開かれた国として、多くの魔法を求めるものたちで溢れている。ただひたすら個人で魔法を探求するもの、派閥を作り国家運営の主導権を握ろうとするもの、魔法を利用して一儲けをたくらむもの、表面上の争いこそ見えないが、国内の情勢は混沌としている。主義主張のぶつかり合いも多く、この国が一つにまとまるには多くの年月がかかるのは間違いなかった。

 

 

そんな国に、二人の旅人が足を踏み入れた。

ボロボロの装備に、俯きながら歩く姿、いかにも疲労を蓄積していますといった風貌であった。

 

「やっとついたわね……まさかここまで険しい道のりになるなんて……」

「君が野盗のアジトに盗みに入らなければもう少し楽だった」

「大層に飾ってる宝箱に無粋な武器しか入っていないとはね……」

「君が変なダンジョンに寄らなければもう少し楽だった」

「あんな立派なダンジョンのくせに、古くなって全部朽ちてるとは思わなかったわ……」

「君が超獣の爪を削りとれば高く売れるなんて言いださなければもう少し楽だった」

「硬かったわねぇ……あの爪……欲張らず羽むしるとかにしとけばよかった……」

 

険しい道のりを歩んだ結果。結局二人は遠回りしたのと変わらない日数をかけて、マキシマスにたどり着いていた。

 

「何回も死にかけたぞ」

「結果的に生きてるなら問題ないでしょ?……それに、毎回あなたの命を救ってあげたじゃない」

グイーネの腕前は超一流を自称するだけのことはあり、ブルーよりも数段上であった。追ってきた野盗を蹴り飛ばし、ダンジョンの罠は華麗に潜り抜け、超獣に追われても冷静に逃げ切った。

それなりの腕でそれに付き合ったブルーはそれこそ何回も死にかけた。

 

「あなたの装備も悪いわ……格好つけてやってるその二刀流、あってないでしょ」

ブルーの腰にある、二本の剣を指さす。

古びたボヘロス製の剣と、ボロボロの黒い刀。それらを自在に操るような腕前を持ち合わせていないのは見てとれた

 

「いいんだよこれで」

「でもたまに一本しか抜いてないときもあるじゃない。使いこなせないんだから一本捨てたらどう?」

「これは、世界最強の称号を授かった剣たちだ。捨てられない」

「そんなオンボロ2本に?……だれが授けたのよそれ……」

「…………こ、皇帝……」

それを聞いてグイーネが「嘘だ」と笑う。笑われたブルーのほうはなにも言い返さなかった。

 

 

「しかし……紋章の力とやらは思いのほか役にたたないな。もっと楽できると思った」

話が紋章のことに移る。

「あれはよっぽどの状況じゃないと発動しないみたい。ゲオルイースだって監獄のときに使ったきりだもの」

「よっぽどって?」

「魔族と戦うときじゃない?……たぶん。私たちも良くわかってないのよ」

「……まぁいいよ……その紋章のおかげで君はこうしてるんだろ?」

「そうよ。だから、けち臭いこと言わないでもっとポンポン力を貸してほしいものだわ」

「今回窮地に陥ったのはほとんど君の私利私欲だしね。貸す義理ないんだろ」

「人間すこしは私利私欲があったほうが自然なのよ」

「…………僕はいつまでも君が自然にいられることを願うよ」

「……あなたなんか突っ込みが変よ?疲れすぎた?」

「……かもしれない……」

 

二人は肩を並べて、喋りながら歩く。とにかくいまは休みたかった。疲労困憊の状態で宿を探す。

 

『そのような服装のかたはちょっと……』

『帰れ貧乏人』

『魔法使い?違う?じゃあ無理』

『女の子だけならいいよ。儀式で使うからちょっといろんな体液頂戴』

『そちらの男性かただけでしたら是非。儀式で使うわけでないんですけど奥のジェントルマンたちと体液を交換してもらえたら』

…………

 

「相部屋ならいいよ。もう一人客いるけど」

色々と断られた結果、路地裏にあるぼろ宿にたどり着いた。相部屋ということであったが、もう一人の客は外に出て不在である。二人は一通りベッドにへたり込んだあと、交互にシャワーを浴びる。出てきたのがお湯ではなく水だったことには、多少の不満を覚えた。

 

「にしてもバラエティにとんだ断られ方したわね……」

「世界中の魔法使いが集まるって言うからね、今のマキシマス。だから、こんなボロ宿しか空いてない」

「ボロ宿でもいい……もうベッドがあるだけでいいわぁ……」

グイーネは自分のベッドに顔をうずめる。

 

「……しかし……大丈夫か君?」

「なにが?」

「深く眠ると。見るんだろ嫌な夢」

「あぁー……」

 

グイーネがうなされる姿をブルーはもう何回も見た。最近はろくに睡眠がとれなかったので、そういう機会も減ったが、まともに休める状態になれば、また再現することは予想できた。

 

「……大丈夫……所詮夢の話だもん。寝ないわけにはいかないしね……」

「……君がそう言うなら……いいよ」

 

ブルーは喋りながら部屋の椅子に腰を掛ける。グイーネの方向からでは背中しか見えない。

 

「…………ただ……大丈夫じゃなくなったら言ってほしい。きっと、僕にできることはないんだろうけど……それでも……」

 

グイーネはその背中を見つめる。その言葉を聞いて、すこし気恥ずかしさを覚えつつも、表情は穏やかであった。

 

「恰好つけるときは、人の顔をちゃんと見なさいよ。恥ずかしがっちゃって」

自分の気恥ずかしさは隠しつつ、そんな風に茶化した。

二人とも語ることをやめる。しばらく、穏やかな時間が流れた。

 

このまま心地よい時間に浸ろうとしたそのとき

 

「あの~……そろそろよろしいでしょうか」

 

見知らぬ少女が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

ふたりの目の前には幼い少女がたっていた。三角帽子をかぶり、いかにも魔法使いですといった風貌だ。

 

「すすすいません……イチャイチャしてるところをお邪魔してしまって……」

「べ、別にイチャイチャなんかしてないわ!」

「君が相部屋のお客だね。話は聞いてるよ」

 

二人はそれぞれ違う反応を見せた。顔を赤くしているのは先ほどまで、茶化していたグイーネのほうである。

 

「済まない、気を利かせず話し込んでしまって。君も腰を掛けなよ」

「あ、ありがとうございます」

ブルーに促され、少女も腰を落ち着ける。手元にはなにやらいくつもの道具が見える。

 

「外に出ていたみたいだけど……なにか用事でも?」

「ははは……私貧乏なもんで……ちょっと路上で商売を……」

「商売?何か売ってるの?」

「いえ、モノを売ってるわけじゃありません。占いです」

 

そう言って少女は色々と道具を取り出す。水晶だのカードだの少々胡散臭く見える。

 

「でもダメでした……そもそもこの国、魔法使いばかりだから占いなら自分でするわ!ってな感じの人ばかりなんですよね……」

「それはそうだろう」

少女は肩を落として自分の財布を見つめる。かなり厳しい財政状況らしい。

 

「そうだ!お兄さんたち占いしません?自分で言うのもあれですけど、その辺のやつより全然上ですよ私」

 

その誘いを聞いて、会話の流れを見ていたグイーネが割り込んできた。

「ダメよダメ。占いなんてインチキなんだから」

挑発するように少女を見ながら言う。

「大体こんなのはそれっぽいこと言って、怪しいツボ買わせるための手口なのよ」

「違います!占いは魔法を応用するれっきとした学問なんです!もちろんすべての未来が見えるわけではありませんが、その人の人生の方向性みたいなのを予測するには、有効な手段なんです!」

少女はよっぽど心外だったのか、勢いよく反論する。幼い魔法使いは随分煽られることの耐性がなかった。

 

「そんなこと言われてもなぁ信じきれないし~……そうだ、私が試しに付き合ってもいいわよ」

「だから私は占ってあげると……」

「違うわ……あなたが占ってあげるんじゃなくて、私が占わせてあげるの」

「……つまり無料でやれと」

「だって私は無理にやらなくてもいいし~……やっぱりインチキだったなって思って寝るだけだし~」

「……なんて卑劣な…………わかりました!ただし二人目は代金いただきますからね」

 

そう言って少女は占いの準備を始める。グイーネはその間に「ちょろいわねあの子」とブルーに耳打ちした。見ればわかるというふうに彼はため息をついた。

 

 

 

少女とグイーネが向き合い、何やら怪しげな動作が繰り返される。その姿がかれこれ数十分。何度か同じ動作が行われてもいる。少女は難しそうな顔でうなっているが一向に語りださない。

 

「ねぇ?まだなの……?」

「すいません。なんかあんまりうまく出なくて……」

「ちょっと前にもそれ言ったじゃない」

「す、すっごい複雑なんですよ、なんかお姉さんが」

「そりゃ私の人生はちょっとねぇ……もういいわ、難しいなら。適当に変なこと言われるよりマシ」

 

そう言ってグイーネは立ち上がる。

 

「あなたはどうする?」

「そうだな……僕も一応やってもらおうかな。また時間がかかるかもしれないし、君は厨房で飲み物でも入れてきてくれないか。たしかお茶は勝手に飲んでいいって言ってた」

「……わかった。あんまりその子甘やかしちゃダメよ」

 

そう言ってグイーネは部屋から出ていく。

今度はブルーと少女がお互い向き合う。

 

「これ」

二人分の占いの代金が差し出される。

「……え?」

「取っときなよ……お金困ってるんだろ」

「いいんですか?」

「いいよ。その代わり、さっきの彼女の結果を聞かせてよ」

「……いやあれはたぶん間違いか、失敗でうまく出てなくて……」

「それでいいから。聞かせて」

 

ブルーに問い詰められた少女は、しばらく迷う。随分言いにくいという表情だ。

 

「お姉さんの結果は……見たことないくらい最悪です。なんというか最悪以外言いようがないです。これから先……ちょっとだけ幸せな時期があったあとはずっともう地獄の底スレスレの低空飛行と言いますか……」

 

それを聞いたブルーはしばらく考え込んでから、口を開く。

 

「ちょっとだけ幸せな時期があるんだ」

「そうですね……ちょっとだけ……」

「そうか……ありがとう」

 

そう言ってブルーは立ち上がる。

 

「彼女には言わないでくれよ」

「言いませんよ。どうせ私のほうのミスでしょうし……それに私が言うのもなんですけど、絶対じゃないですからね未来なんて」

その言葉を聞きブルーは黙り込む。いまの言葉でなぜ黙り込まれたのかわからない少女は慌てて言葉続ける。

 

「お兄さんはどうします?さっきは不甲斐ない結果でしたけど」

「僕はいいんだ」

「でも……お代はもらってますし」

「……本当に……いいんだ……。お代は隠しといてよ。彼女に怒られる」

 

そう言ってブルーは自分のベッドに戻る。しばらくするとお茶を入れたグイーネが戻ってきた。

 

「あれ?あなたのはもう終わったの?」

「終わったよ」

「……ふーん結果は……」

「すべてうまくいくだったよ」

 

そう聞いたグイーネは怪訝そうな顔で、部屋に残ったふたりを見比べる。涼しい顔をしているブルーと気まずそうな少女。わかりやすい状況ではあった。

 

「財布見せて」

「……先に謝る。僕が悪かったけど、あの子から返してもらえというのはなしで」

「わかったわ。その方向で。お金渡すならせめてちゃんと占ってもらいなさい」

「でも、君だって途中でやめた」

「私は無料だったし……え?もしかして二人分だしたの?」

 

そこからしばらくグイーネの説教が続いた。はたから見ている少女は随分楽しそうにしていると思った。

 

 

 

「お二人はどちらに行かれるんですか?」

「私たちはボヘロスに向かっているわ」

お茶を飲みながらの雑談はやはり旅のことについてになる。

 

「ボヘロスっていますごく大変なんじゃ……」

「そうらしいの。だからこの目で確かめにいくの」

「なんで、そんなまた」

「彼も私も出身がボヘロス。母国のことだからね……他人事じゃない」

「はぁ……そうなんですか……母国ってそういうものなんですね」

「……あ、ごめんなさい……あなた……」

「いいですよ。拾われ子なんて別に普通です」

この世界には、親を失って孤児になったものはたくさんいる。自分の母国がどこかも分からないなんてこともよくある話だった。

 

「それに私はいい人たちに拾ってもらえましからね。気にしないでください」

少女は笑顔で答える。本当にいい出会いに巡り合えたことわかる表情だった。

 

「それで、あなたはどこに向かってるの?」

「私はボヘロスよりもっと南の小国群に向かっています」

 

その言葉を聞いてふたりは少し固まる。小さな旅人が向かうには、あまりにも以外で、自分たちとは関係が深い場所であった。

 

「それは?……どうして」

恐る恐る聞くグイーネに、少女は元気よく答えた。

 

「私は!ゲオルイースさまをお助けにいくのです!」

 

 

憧れのゲオルイースが南の辺境で活躍しているらしいと聞いたので、自分もその手助けをしにいく。少女の話は要約するとこんな感じだった。

その他にも、あることないことゲオルイースの逸話について語っていたが、随分妄信的なその内容に、グイーネは苦笑いするしかなかった。今は距離をとっている自分自身がゲオルイースについて語るわけにはいかない。

 

「お二人はボヘロス出身なんですよね?ゲオルイースさまも小さいころボヘロスにいたとお聞きました。とくにお兄さんは同じくらいの年頃ですよね?知り合いだったりしませんか?」

少女のほうも、見た目的に年齢が近そうなブルーに話を振る。グイーネの今の見た目では年代が下すぎているように感じたらしい。

 

「……そうだね……そういえば昔、少しくらいは遊んだことがあるかもしれないな」

「すごい!すごい!まさかこんなとこで、ゲオルイースさまのお友達に会えるなんて!」

「そんな……友達っていうほどじゃないよ。向こうは覚えてないんじゃないかな……」

「それでも昔のゲオルイース様を知っているんですよね?どんな人だったんですか?」

「どんな人って……普通の女の子だったと思うよ。いつも少し年上の女の子の後ろにくっついて走ってて……それでよく転んでた」

「……ゲオルイース様が……転ぶ?」

「転んでたよ。彼女、街で一番運動がダメだったし」

「そ、そんなはずは……だってあの英雄ゲオルイース様ですよ?」

「英雄だって子供の頃はあるさ」

「ほ、ほかには何か!」

「他の話だったら……」

 

しばらく、少女に対してブルーは昔のゲオルイースについて語った。いまの立派な女性像からはかけ離れた存在に、少女は興奮している。

それを見ながら、グイーネも笑っている。本当に楽しそうな笑顔だ。平和で幸福な幼少期の話は、彼女の心にもその温かさを思い出させた。かつてあったあの時代、まるでそこに戻ってきたように感じている。今の彼女は間違いなく幸せな時間にいた。

 

 

 

 

 

 

 

最悪だ最悪だ最悪だ。グイーネは最近とても楽しそうだ。今日なんて一段と幸せそうだ。彼がよくない、彼はとても彼女に優しい。彼女に優しくされる価値なんてないことを教えてあげたい。なぜ私の声は届かないのか。私は腹いせにグイーネの体を嬲る。ナイフを刺して、臓物をかき混ぜ、最後に体の中から捨ててやる。

「あああああああああああ!!」

そうすると、彼女はとてもいい声で泣く。その声を聞くと私は少し溜飲が下がる。まぁちょっとだけだ。いくら泣いたって許す気なんてない。どうせ誰も許してくれない。許す必要なんかこれっぽちもない。それがこの女だ。

彼にはきっとわからないんだ。早く教えてあげられたらいいのに。

 

 

 

 

 

 

いつもの悪夢を見ている。グイーネは痛みに喘ぎながら思う。

相変わらず誰かが自分を痛めつける。それだけがわかる。それしかわからない。

 

グイーネは荒い息をしながら体を起こす。

「大丈夫か?」

 

朝日はまだ登り切っていないなか、ベッドのすぐそばでブルーが心配そうに見つめている。

「ほらこれ」

そう言って水の入ったグラスを差し出す。「ありがとう」そう言ってグイーネはグラスを受け取る。水を口に含むとうるおいが体に染み渡る気がした。息を切らした体にはありがたかった。

 

「……あの子は?」

「まだぐっすり」

同室の少女は気持ちよさそうにまだ寝ている。馬鹿みたいに幸せそうな顔だ。昨日の話を聞いてゲオルイースについて夢を含らませているのかもしれない。

「……よかった……あなたは?」

「僕もさっき起きたとこ」

そう言うブルーはもう身支度を済ませたあとだ。随分前から起きていたことが見て取れる。水を用意して、わざわざ待っていたのだろう。

 

「…………私は大丈夫だって……」

「今起きたとこだ。気にするな」

「……この水は?」

「たまたま僕が飲もうとしただけ。だから気にするな」

「そう……じゃあ気にしない…………けど……ありがとう」

 

たった一杯の水でグイーネの顔色が良くなる。心配され、行動してもらえることが、とてもうれしかった。悪夢の出来事は、もう記憶の底に追いやられた。

 

 

 

 

「それじゃあ。行ってくる」

「やっぱり私も……」

「絶対にダメだ。留守番していろ」

ブルーはグイーネを宿に残して出かける。消耗品などの買い出しのためだ。有り金を使い切った前科のあるグイーネは宿に残される。相部屋の少女も起きてきて、出発の身支度を始めていた。

 

「あなたも、もう出発するの?」

「いえ、もう少しいます。せっかくですからお兄さんにも挨拶したいですし」

喋りながらも、片付けを続ける少女。昨日行った占いの道具も鞄に詰め始めている。

 

「あっ……ちょっと待って」

「なんですか?」

「あなた、昨日二人分の代金もらったでしょ」

「ダメですよ。もう返しませんからね」

「返さなくていいわ。代わりにまた占ってよ」

「う~ん……お姉さん相手はちょっと……」

「違う違う、私じゃない。彼のほうよ」

 

再び占いの準備をして二人は向き合う。

 

「先に言っときますけど本人がいないんじゃ、たいしたこと見れないし、精度も悪いですからね」

「別にいいわ。当たるも八卦当たらぬも八卦ってやつでしょ」

それから数分、なにやら色々とそれらしい動きをした少女が語り始める。

 

「そうですね……お兄さん、何かお姉さんに嘘をついてますね」

「……え?まさか……」

「そんな真っ青になって不安にならなくてもいいです。悪意とかじゃないと思いますよ。むしろすごく好意的な感じ」

「……好意的って……」

「そんな真っ赤になって恥ずかしがらなくても……」

「……ちょっと見ないで」

 

しばらくして、グイーネが落ち着く。

「まぁ……ちょっと思い当たる節はあるわ」

「そうなんですか?」

「照れ屋なのよ、きっと。昨日あなたにお代を出したときもそうでしょ」

今朝のこともそうであったのだろうとグイーネは思う。優しい嘘をつかなければ、恰好をつけられないのだ。

 

「なるほど、確かにそんな人ですね。お姉さん比べたら照れ屋でもないですけど」

占いをしてくれた少女はそんな風に返した。

 

 

「あなたの占い……当たるのかもね」

「ふふん。我ながら結構自慢です。たまにあたり過ぎて師匠がビビッてたくらいです」

「その師匠に占いを習ったの?」

話題は少女の師匠の話に移る。少女は喋りながら旅支度をはじめる。

「いえ……師匠はこの手のことは全然しませんでした。しないどころか、かなり嫌ってましたね。『未来なんて見るもんじゃない』って。人も寄り付かないド田舎で変な研究してる謎の師匠です」

「変な研究?」

「それがよくわからないんですよねぇ……教えてくれませんでしたし。なんかイカみたいなの弄ってるとこ勝手に覗いて、滅茶苦茶怒られたのは覚えてます。家の周り百周走らされました」

「変わった人ね……じゃあ結局誰に習ったの?」

「これは師匠に預けてもらう前にいたとこの人たちに教えてもらったのを、我流で磨いたものです。え~っと……関係的には師匠の親戚のおじさんとそのお弟子さんって感じです」

「じゃあ、その人たちも優秀だったんでしょうね」

「すごい人たちでした。優しくて、強くて、かっこよくて……あの人たちに拾ってもらったのが私の人生最大の幸運です。師匠のとこで修行して、私もいつか肩を並べるのが夢でした」

「……その人たちは?」

「色々あって亡くなりました……」

「……そう……なの」

少女の言葉にグイーネは申し訳なさを感じた。

「詳細はいまも良くわかっていないんです……私は師匠のところにいましたし……亡くなったと聞いたのも。随分あとのことでした」

「……」

「悲しかったです。大切な……本当に大切な人たちでした。今でも正直話してて泣きそうです……でも私もあの人たちに負けないように頑張ろうと思って。師匠のとこでいっぱい勉強していつかあの人たちみたいに、人の役に立てる魔法使いになろうって……」

「……立派ね。あなた」

「そうです。私は立派な魔法使いになるのです」

そう言って、目に涙を溜めながら少女は笑った。本当に立派な少女だとグイーネは思った。

 

そうこうしているうちに、ブルーも戻ってくる。反対に魔法使いの少女は出発の準備を整えていた。

 

「もう行くのかい?」

「はい、出発します。ゲオルイース様に会ったら今回聞いたお話を、たくさんしたいと思います」

「そうか、まぁよろしくしてやってくれ」

「もちろんです。お兄さんたちのこともよろしく言おうと思います……そういえばお名前は?」

名前を聞かれて、ブルーは一瞬困る。自分の名前はともかく、グイーネの名前は出すわけにはいかなかった。

 

「ふっ……旅人ってのは名乗らないものなのさ……青い帽子の男と金髪の女とでも言えばいいさ……」

苦し紛れに、恰好をつけて意味のない言葉を並べる。

 

「旅人ってのは名乗らない……そういうものなんですね!」

少女はそれを受け入れた。この年頃の娘にはこれがかっこいい言葉にでも聞こえたのかもしれない。

 

「ふふふ……わかりました……それでは私も名乗りません……いつか!私はゲオルイースさまの片腕として世界に知られるはずですから!」

「うん、そうだね……」

うまく行き過ぎて、ブルーは少し困惑して返す。

少女はバッと背をむけ、勢いよく歩き出す。彼女からすれば、それが精いっぱいのかっこいい動作なのだろう。

 

「今は亡きベローさまたちに代わり!私がゲオルイースさまをお支えするのです!」

 

そう言って少女は宿から飛び出していった。彼女の旅路は夢と希望に満ち溢れているのだろう。

 

「騒がしい子だったね」

ブルーは見送りながら笑いをこらえる。しかし、隣にいるグイーネからは笑いは漏れない。

「グイーネ?」

反応のないグイーネの顔を覗き込む。そこには不安を隠せない表情の彼女がいた。

 

 

 

 

少女が旅立ったあと、グイーネは黙ってふさぎ込んだままだ。それに合わせてブルーも黙っている。

 

「……ごめんなさい……ちょっと混乱しちゃって……早く行かないとね……」

グイーネは暗い顔のまま荷物をまとめ始める。彼らももう旅立つ予定であった。

 

「いや、それが北のほうに向かう馬車が今日はないそうだ。だからもう一泊しようと思う。宿代ももう払った」

「…………嘘よ……」

人の出入りが多い国の中心部だ。夜にもなっていないのに、馬車が出ていないなんてありえない。仮になかったとしても少しでも歩いて進めばいい。ここまでは、野を越え山を越え歩いてきた。

 

「本当だよ」

「……嘘つき……」

 

優しい嘘が、今のグイーネには少し辛かった。

そうしてしばらく、また沈黙が続く。グイーネはふさぎ込んだままで、ブルーは一向に喋らない。

とても長い沈黙のあと、グイーネが口を開いた。

 

「……ベローと3人の魔法使い……」

「……知ってる」

かつて、ゲオルイースの腹心として働いた魔法使いベローとその弟子。残滓を倒し、世界を救った立役者である。その後、ラシュヘイト王国の騎士団が壊滅する事件があり死亡している。その陰謀を起こしたのはグイーネの体を操っていた魔族である。

 

「彼女は別れ際にベローと言った……」

「そうだね」

「……たぶん……あの人たちに拾われたんだと思う」

「……」

「……ベローたちを殺したのは私……」

「あぁ……」

「……あの子から、大切なものを奪ったのも私……」

グイーネは自分の罪としてそれを思い出していた。

「しかし、違うだろ。やったのは君の体を操っていた魔族だ」

「……それでも私は見えていたのに……止められなかった……魔族の融合に打ち勝った人だって世界にはいたっていう……それこそ、ゲオルイースの父親みたいに……私は勝てなかった……」

真実かどうかは確認されていないが、魔族の融合で蘇った人間のなかにも心を奪われなかったという伝説はいくつも存在する。魔族の策略の範疇であるともされているが、傷ついた人々の心にはそのような伝説も必要であった。

 

「……それに……」

グイーネは苦しそうに言葉を続ける。

 

「もしかしたら……私は本当にゲオルイースに嫉妬していたのかもしれない……あいつが言ってたように……私と同じように、彼女も傷つくべきだって……そう思ってたのかもしれない……」

「そんなことは……」

「あり得ないってあなたは言ってくれる……ゲオルイースもそう……でも……私は言いきれない……私が彼女の不幸を願うなんて絶対にないはずなのに……それなのに……私は……あり得ないと言いきれない……」

 

それは彼女の本心からの言葉であった。監獄の事件以降、彼女はゲオルイースと距離置いている。もちろんそれは、自分という不都合をゲオルイースの周りに匂わせないためだ。ただ、それ以外の思いがないわけではない。

 

ゲオルイースは彼女にとって間違いなく親友だ。話しているときはもちろん楽しいし、力になってあげたい気持ちに嘘はない。しかし、後ろ暗い気持ちはどうしても残っている。彼女と融合した魔族は、ゲオルイースから全てを奪った。世界に不幸もばらまいた。そして、その魔族はグイーネの記憶を持っていた。奪われ、汚され、踏みにじられた記憶だ。そのときの恐怖を、苦痛を、絶望をグイーネはいまでも思い出せる。その記憶を使って語ってみせたのだ。私と同じようにゲオルイースも傷つくべきであると。

 

そのことがいつまでも頭の中から消えない。楽しく話しているときも、真剣に一緒に悩んでいるときも、辛い記憶が頭の片隅にこびりついていた。

 

「……ゲオルイースはきっと……本当にもう恨んでいない……もし、あの子に本当のことを伝える時がきても、目一杯私を庇ってくれるんだと思う……でも、私は……」

 

ふさぎ込んだままのグイーネの体が震える。自分の存在が許されるのかさえ、不安であった。

 

「……僕は君を許すことはできない……その話において、僕は当事者たちじゃない」

ブルーがグイーネに近づき、ふさぎ込んだグイーネの手を握る。両手でしっかりと、何かに祈るような握り方だった。体と一緒に震えていたグイーネの手に、ぬくもりが伝わる。

 

「でも、今の君のことは手助けできる」

手が強く握られる。本当になにかを祈っていたのかもしれない。

 

「過去のことは変えられない……なら……今、出来ることを精一杯するしかないんだ……何をしたって、一生許されないのかもしれない。それでも、許されるように努力するしかないんだ。……だから、一緒に今正しいと思えることをしよう。正しいと信じれることを……生きてるなら、それしかないんだ」

 

出てきたのはなんの解決にもならない、子供だましのような言葉だ。しかし、そのような言葉と、手に感じるぬくもりだけでグイーネの震えは止まった。いまの不安な気持ちが消えたわけではない。それでも、震えは止まっていた。

 

「それにさ……」

「……」

「もし君が、本当になにかしてしまったとしても、僕は君の味方をするよ。もし……もし仮にだよ。仮に世界中から君が憎まれたとしても……僕は君に味方する……」

大げさな言葉にグイーネは面をくらう。しかし、不自然には聞こえなかった。

昔の記憶が蘇る。あれはもう子供の頃の話だ。

 

 

あの日、珍しくグイーネとゲオルイースが喧嘩をした。

「お姉さまなんて嫌い!」

 

ゲオルイースの誕生日会での出来事だ。

話は明確にグイーネに非があった。用意されたゲオルイースへのプレゼントを先に勝手に開けてしまったのだ。別になにかをとろうと思ったわけではない。ただ、中に入っているものがどうしても気になってしまったのだ。幼いグイーネにはその気持ちが抑えられなかった。

 

泣きながら出ていくゲオルイースに子供たちはみなついていく。皆グイーネを非難していた。それも当然ではあった。

残された部屋にはふさぎ込んだグイーネと青い帽子をかぶった男の子がいた。

 

「グイーネが悪いですね今回のは」

「おじさまがあんな大層な宝箱用意するのが悪いのよ……あれ本物よ?気になるじゃない」

「気になったからと言って開けいいわけじゃありません」

男の子は偉そうな口調で語る。いまのグイーネからしたら鬱陶しかった。

 

「お説教ならあとで他の人から聞くからあっち行きないよ」

「お説教なんてするつもりはありません」

「……じゃあなんでここにいるよ」

「ゲオルイースにはみんながついています。君は一人だ」

「……だから?」

「君が悪かったとしても、一人きりは可哀そうだ」

そんな言葉にグイーネは笑いだす。

「はははっ……なにそれ?もしかして、私のこと好きなの?」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

反論しようとする男の子の言葉を遮って、グイーネは立ち上がる。

 

「なんかあほらしくなってきちゃった。謝ってくる」

「…………そう?じゃあ一緒に行くよ。出来る限り弁護する」

「頼むわ。弁護士」

 

その後、グイーネとゲオルイースはすぐに仲直りできた。お姉さまが大好きなゲオルイースのほうが大きな声で先ほどの言葉を謝罪していたので、弁護士の出番はなかった。

 

 

そんなことが遠い昔にあった。

グイーネは少しだけ笑顔になってこう言う。

 

「ねぇ……やっぱりあなた、私のこと好きだったでしょ」

「……」

今回は反論の言葉はなかった。

 

 

そんな姿をグイーネの心の底にいる誰かが見ている。そして誰かはまた怒り狂っていた。

 

 

 

 

被害者面の恥知らずの体を少しずつ切り傷む。グイーネという女の身体だ。もはやどんな鳴き声をしているのか聞く気にもなれない。昨日も最悪だと思ったが、今日はもっと酷かった。自分は反省している可哀そうな子の振りをして、男に慰めてもらっている。反吐が出る。

彼が悪いわけではない、彼は優しくていい人だ、それを騙しているこの女に腹が立つ。こいつがいつまでも私を理解しなかったらどうしよう。不安になってくる。

そうならないように、念入りに切り刻もう。起きた後もしっかり思い出せ。私のことを。

 

 

 

 

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