King Exit ♯   作:ただの誰か

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3話 港町

海が見える。大陸では珍しい景色だ。

「海……海よ!」

「そうだね」

マキシマス北端の港町。二人の旅人は海を眺めていた。

 

「すごい!大きい!本当に向こうまでずっと水じゃない!」

「そりゃそうだろう。海なんだから」

「あなた、随分テンション低いわね」

「いやだって僕もう見慣れてるし」

「私ははじめてよ」

「だから?」

「一緒にもっとはしゃぎましょうよ」

「いや……はしゃぐって?」

「とりあえず海よ!」

グイーネは駆け出し海に向かって走る。ブルーは苦笑いを浮かべながら後に続く。

「冷たっ……あとなんか変なにおいする!なにこれ!」

靴を脱いだグイーネはパシャパシャと海辺を走りはしゃぐ。子供のようであった。その姿を見て、ブルーは少し安心感を覚える。これほどまでに楽しそうにしているのは、久しぶりであった。

 

しばらく前にマキシマスに入って以降、グイーネのメンタルはあまり良くない。あからさまにカラ元気な時もあれば、気落ちしている姿もよく見る。そもそも、そのような姿を見せなかっただけで、再会したときからずっと傷ついたままだったのかもしれない。

 

(なら……少しは心を開いてくれてるのかな……)

弱い部分を隠さないでもらえることを、ブルーは肯定的にとらえた。

 

海に反射する光に合わせて、金色の髪が揺れる。

すらりと伸びた手足に、華奢な肩、少女のあどけなさを残した顔つき。それらに光が混ざり合い、幻想的にさえ見えた。

 

ブルーはその姿をしっかり記憶に残そうと見つめる。

「見てばかりいて……どうしたの?」

一人ではしゃいでいたグイーネが聞く。

「いや……君は綺麗な人になったなって」

ブルーはそんな風に応えた。

顔を真っ赤にしたグイーネはそのあとなにも返せなかった。

 

 

 

 

 

「美味しい……なにこれ……」

「そうかそうか。うまいか。嬢ちゃんもどんどん食べな」

日も暮れた夕食の時間。海辺の食堂で出される料理も、グイーネにとっては始めてのものばかりであった。内陸の人間が海産物を食す機会は少ない。あっても鮮度の落ちたものばかりだ。新鮮な海産物で作られた料理はレベルが段違いである。グイーネの反応に気分が良くなったのか、店の主人も愛想よく料理を提供する。量も質も、これまでの旅のものとは比べ物にならないほど豪華になった。

 

食事のあとも、気分が良くなった店主は饒舌だ。

 

「俺は魔族と戦争やってた頃、帝国の皇帝様にも飯を振舞ったことがあるんだぜ」

「すごいわね……本当?」

「本当に決まってるだろ。あのころはまだ殿下だったがな。……まぁ、落ちを言っちまうと、あちこちの戦場とび回って兵士と同じもん食ってたからなんだがな。あの時代に炊事していたやつは、たいてい皇帝に飯を振舞ってたことになる。俺もその一人」

そう言って店の主人は誇らしげに笑う。

 

「皇帝はすごかったぜ……あの人がきた戦場はただの一度だって負けなかった。一人で人魔の群れに切り込んで、指揮していた魔族を討ち取ったなんて話もいっぱいあるぞ」

「あれ……眉唾話じゃなかったのね」

「全部が本当とは思わねぇけどな。でも出てきた戦場で一度も負けてねぇってのは本当だ」

「あの戦争で……そんなこと出来るの?」

「事実だからしょうがねぇ。もちろん勝てる戦い以外出なかったってのもあるんだろうがなぁ……それでもやっぱりあの人が戦場に立つと違ったなぁ。兵士と一緒に飯を食うような人だったし。士気も高かった。それに加えて一騎当千の腕前。魔族どももビビッて戦意がた落ちでボロボロなんてときもあったぜ」

 

皇帝ナージェジタは魔族との戦争で一度も負けなかった。参戦すれば必ず勝利に導いた。本人の戦闘力、人望、作戦能力。どれもずば抜けていたと言っていい。ゲオルイースたちが残滓を討ち取るまでに、人類がなんとか持ちこたえることが出来たのも、彼の功績である。

 

「そんなこともあったのね……」

それはボヘロス中心でレジスタンスとして戦っていたグイーネには不思議な話であった。圧倒的と感じていた魔族も負けることが多くあったとは、グイーネの体験から考えると違和感しかない。

 

「しかしまぁ……あの当時の兵士には慕われてたが……今じゃ嫌ってる奴も多いなぁ……ちょっとやりすぎだったからなあの人」

ナージェジタの魔族殲滅への執着はすさまじいものであった。その巻き添えになって死亡した人間も数多くいる。これほどまでの短期間に魔族を殺しきれたのは彼のおかげだ。しかし、その苛烈な行動には批判も付きまとった。

 

「あいつは!魔族を口実に政敵を殺したかっただけさ」

 

会話の途中で、端の席で食事をしていた男が割り込んできた。

 

「何が奴隷の解放だ先帝殺しめ。我ら貴族が国を支えていたことも忘れよって」

みすぼらしい恰好の男は声を荒げる。

皇帝ナージェジタを恨んでいるものは、先ほどのような人たち以外にもいる。奴隷解放により失脚することになったものたちだ。

 

皇帝が奴隷制度の廃止を訴えたのはいくつか理由がある。その中でも一番大きな要因は先帝打倒のクーデターに参加したものの多くが奴隷だったということだ。魔族との同盟を結ぼうとした先帝を倒すという大義名分が彼にはあったが、実際にクーデターを成功させるような戦力は保有していなかった。そのため、奴隷に解放を約束し、戦力として使用したというのが歴史には記されている。奇しくも、魔族とまったく同じことをして、彼は今の地位を手に入れた。

 

戦後、皇帝ナージェジタが発表した奴隷制度廃止の影響を受け、落ちぶれるものも多くいた。それらも現皇帝ナージェジタへの恨みを募らせたが、彼を実際に失脚させるほどの力はもはや残っていなかった。

 

「まぁよい……いずれ議会で働きかけ、やつを失脚させてやるさ……」

そのみすぼらしい男は、少し普通ではないように感じた。その後も一人でぶつぶつとなにか語っている。

 

「……薬物中毒か」

ブルーはその姿を見て呟く。

「あぁ……たぶん元貴族さまってとこかな」

「薬物って?どういうこと?」

納得しているブルーと店主にグイーネが尋ねる。

 

「魔族と先帝との同盟が結ばれそうになった頃、とある薬物が帝国を中心に流行ったことがあるんだ。そいつの製造法は今じゃ消失したんだけど、似たようなものを作ろうとする連中は後を絶たない。そしてそれを求めるものも」

「……使うとどうなるの?」

「今流行っているのは、自分に都合のいい夢が見れるやつ。もちろん違法なものなんだけど、最初は本当に薬として作られたらしい。安眠用にさ。それがあんまりにも出来が良かった……継続的に使っていると、現実と夢の境が分からなくなる……そっちの人はたぶん、まだ自分が帝国の貴族であると思い込んでるんじゃないかな」

 

 

ブルーがその男を眺めながら説明していると、癇に障ったのか二人のほうに近づいてくる。

「おいそこの男なにを見ている……」

「なにも見ていないさ」

ブルーは立ち上がる。薬物中毒患者の相手などしていられなかった。

「見ていた……お前は貴族の私を見ていた……謝罪しろ」

男の言動は支離滅裂だ。やはり普通の状態ではなかった。

「……そうだな……そっちの奴隷を寄越せ。そうしたら許してやろう。私が使ってやる」

下卑た目で、男がグイーネのほうを見る。

「彼女は奴隷じゃない」

「奴隷だろ?そうにしか見えない……」

「違うと言っているだろ」

「お前も奴隷解放論者か?奴隷は永遠に奴隷さ」

「付き合っていられないな……」

ブルーは男を軽く突き飛ばした。みすぼらしい男はそのまま床に倒れたまま起きてこない。覗き込むと、何やら寝息まで聞こえる。今度こそ本当に夢の世界に行ったようだ。

 

「すまない。不快な思いをさせた。さっさと立ち去るべきだった」

そう言ってブルーは座ったままのグイーネに振り返る。

グイーネは顔を地面に落とし、体を丸めている。

 

「グイーネ?……」

そう言って手を伸ばし触れようとした。

その手が、グイーネの手によってはじかれた。

グイーネの顔が見える。怯えている表情であった。罪悪感などを語る時とも違う、ただひたすらに怯える少女がそこにいた。

 

「ご、ごめんなさい……」

グイーネはその表情のまま店の外に駆け出す。

 

一連の出来事にブルーは頭を働かせる。

そうして、すぐに察することができなかった自分を恥じた。あれほどまでに、そのことについて怒りを覚えたはずなのに、なぜ、自分はあの男をすぐに殴り飛ばさなかったのか、あんななんでもないような言葉をかけてしまったのか。

 

「さっさと行ってやりな」

店の主人に言われ、代金も払わず店の外に出る。まだ背中が見えた。すぐに彼女を追いかける。

 

(なんで僕はこんなにもバカなんだ……)

魔族に奴隷と呼ばれ汚された時代があった彼女のことを、なぜすぐ思ってやれなかったのか。

 

 

 

真っ暗な砂浜で、グイーネが体を丸めて座っている。日の光のない海は、吸い込まれそうなほど暗かった。

ブルーは少し距離をとって横に座る。なんて言葉をかけるのが正解かわからなかった。

 

「ごめんなさい……急に私……」

グイーネが先に口を開く。弱弱しい口調だ

「違う、君は悪くない…………なにも察せられない無神経でバカな僕が悪い……」

「…………あなたは優しいわ……そんなあなたの手を取れなかったのは私のせい……」

言葉の後には、すすり泣く声が混ざる。

 

「あんなやつの言葉で色々思い出しちゃうなんて……あなたの手でさえ……怖くなっちゃった……」

魔族の奴隷として生きた時間がフラッシュバックした。裸で見世物にされ、嬲られ、使われたときの記憶に怯えた。超獣相手にさえ怯みはしなかった女が、ただの浮浪者の言葉に怯え切っている。

「以前はこうじゃなかった……一人で旅をしていれば……変な言葉をかけられる機会なんていくらでもあったわ。でもなにも気にならなかった。しつこい相手は蹴り飛ばしてやった……私は強いんだもん……なのに……今は弱い……あなたと一緒に旅をしてからどんどん私は弱くなっていく……」

この旅の中、彼は優しかった。大事にしてくれた、励ましてくれた。そんなに優しくされると、奥底に隠していた気持ちがあふれ、止められない。グイーネは、自分がこれほどまでに弱いものだとは知らなかった。

 

「……私は綺麗じゃない……」

あのときはその言葉を言われてうれしかった。それなのに、今は苦しい。

「…………汚れきってて……綺麗じゃないの……」

そう言って、グイーネはまた身を守るように体を丸める。

 

ブルーは抱きしめてしまいたかった。そのまま彼女を自分のものにしてしまいたい。誰かに汚された記憶なんて忘れさせてしまいたい。そんな欲求にかられる。しかし、触れることすら恐怖する彼女に近づくことは出来なかった。

だから、精一杯思いが伝わるように、言葉にした。

 

「僕はいつか君に再会したら……悲しいことから守ってあげたいと思ってた」

「……」

「そのために強くなろうとした。街も百周できるようになった」

「……」

「いざ再会した君は僕よりずっと強かった。野盗もモンスターも君に敵いはしない。争いごとになれば大体守ってもらっているのは僕のほうだ」

「……」

「でも……君の心くらいは守ってあげたいと思ってる。傷ついた君の心くらいは……だからさ、もう一度言うよ」

「……」

「君は綺麗だ。過去になにがあっても。この先に何があっても。……君は綺麗だよ、グイーネ」

思いだけの理屈のない言葉だった。本心だけを言葉に込めた。

それに応えるように彼女の涙はしばらく止まらなかった。最初に流していた涙とは少し違う、安堵の混じった涙だった。

 

 

 

 

落ち着いた二人が先ほどの店に戻ると、店主がちょうど店じまいをしているところだった。

「代金払いに来たよ」

「いいよ、いいよ。変な客が絡んじまったせいだしな。迷惑料と思ってくれ」

「……そうはいかない……」

「ありがとうおじさん!」

 

ブルーの言葉を遮り、グイーネが即答する。無料と言われて飛びつくあたり、いつものグイーネらしくはあった。目は充血して泣いたあとは見て取れるが、多少の落ち着きは取り戻しているように見える。

 

「お嬢ちゃんも元気出たみたいだな……悪かったな今日は」

「おじさんのせいじゃないもの。気にしなくてもいいわ」

「すまねぇなぁ……あんなでも、腹すかせてるとなっちゃ食わせないわけにはいかない」

 

店主の言葉に二人は少し感銘を覚える。個人の善意というものの美しさを感じられた。

 

「まぁ俺はもう閉めるよ。明日も早いし……あんたらもあんま盛り上がらず早く寝ろよ。お休みのキスくらにしときな」

そう言って店の奥へと入っていく。最後に余計なセリフのせいで先ほどの感銘の印象は上書きされた。

 

 

二人は夜道を歩く。海から聞こえる波の音が心地いい。

 

「私は弱くなった……」

先ほどとは違い、穏やかな口調でグイーネは語る。

 

「すぐ動揺して……不安になって……恐ろしくなって…………きっとあなたのせい。あなたが優しくするから……甘えてしまうんだと思う」

「ゲオルイースだって優しくしてくれるだろ」

「ダメよ。あの子には弱いとこ見せたくないわ。妹みたいなものだもん」

「今でもお姉さまなんだね君は」

「当たり前でしょ。永遠に私はあの子のお姉さまなんだから」

そう言って二人で笑い合う。

 

「……あなたの前でだけは……甘えてもいいかな……弱くてもいいかな……」

「いいよ。もちろん」

「今は甘えるのも下手かもしれない。怖がって全部はあなたに見せられない……それも、少しずつ増やしていきたい」

 

夜道には誰もいない。二人だけの世界が続く。

そこで、グイーネは足を止めた。ブルーが合わせて振り返る。振り返った時には背伸びをしたグイーネの顔が近くにあった。

浅くお互いの唇を重ねる。子供の遊びみたいなぎこちなさだった。

すぐに体は離れる。

 

「だから……今日はここまで…………お休みの……キス…………」

恥ずかしそうにグイーネが笑う。整った顔つきに、美しい金髪がなびいている。彼女は綺麗だとブルーは改めて思った。

 

また、二人して夜道を進む。

 

(やっぱり僕は彼女のことが好きだったらしい)

再会し、そのことを確かめることができたのが嬉しい。ブルーはそんなことを思った。

 

 

 

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