Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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池袋で遭遇する変な人はたいてい半魔だって?!

……そうかもしれない。


8話「コール・ネーム(2)」

 

 

 かつて恵那とディルを襲撃した二匹の人狼。

 一匹はディルが完全に滅ぼしたが、もう一匹は行方をくらませていた。

 

 獲物を付け狙う肉食獣への危機感、それを抱いた恵那はディルに自身を守る要求をした。

 かといって何も予兆がない日々。もう諦めたのではと思う一方、忘れた頃に襲撃が起こるのではとディルは日々拭いきれずにいたのだ。

 

 そのため、彼はそういった調査に関して、その道のプロである死霊課……さらに言うならツテのある日下刑事に、個人的な調査を頼み込んでいた。

 

 

 その日下から入った報告(メッセージ)。その内容は、件の人狼がすでに真の死を迎えている、というものだった。

 

(もしや……さっき会うまで忘れてたろオッサン!)

 

 心の中でボヤきながら、メッセージの詳細を読む。

 提供元は有力な情報屋かららしい。全力で逃げる人狼の目撃情報。路地裏に近づいたところ、そこには何もおらずあったのは()()が燃え尽きた跡のみ。

 その現場で日下はわずかに残った灰と魔力の痕跡を発見。知り合いの科学者に分析を任せていたところ、人狼のものと判明。それがディルの戦った現場に残っていたものと一致したのだ。

 いずれからもエゴの反応が無かった。魔物が完全に死亡していることを示す典型例である。

 

 つまり……

 

恵那(あいつ)を付け狙う魔物はもういない……)

 

 

 しかしディルは早合点していた。人狼がそのような姿に変わり果てた理由、それが何なのかまだ分かっていないのだから。

 

 

 


 

 

 

 池袋には観光スポットとして有名なものがいくつもある。しかし、パンフレットなどでも知られぬ隠れた名物もまたいくつもあった。

 そこで、ディルたちはグループワークのテーマとして、それらを調査することにしたのだ。とはいえ、目星は大まかにつけており、あとは実物を見るという形式なのだが。

 

 そういったわけで、最初に彼らがやってきた場所は西池袋公園。池袋駅から西にすぐ近く、つまり先ほどの警察署をUターンしただけの場所にある。

 

 時刻は十時。夜間はカラーギャングが(たむろ)し治安が悪いが、今日は休日。散歩で歩く人も見かけられるのんびりとした雰囲気だ。

 

「ここの名物って何なんだ?」

「まさか寝そべってるホームレスとか言うんじゃないよな……?」

 

 困惑の言葉が出たディルと宗也。先陣を切る爽帆(あきほ)が目指す名物が分からないためだ。それが何なのか聞かされていないのもあるだろう。

 

「アタイはたぶん()()()じゃないかな……と思います……」

 

 爽帆の目指している()、それがなんとなく予測できたアユミが答える。

 

「「あの人?」」

 

 冗談でホームレスといった矢先、名物が人と言われさらに困惑を重ねる二人だったが、ディルの方は脳裏で何かに笑われる感覚を覚えた。

 

(西池袋公園……名物の人……)

 

 ぼんやり考えていた時、先頭の爽帆の足が止まった。

 

「着いたで! たぶんここにおるはずや!」

 

 彼女が指差したそこは公園内の植樹林。その樹々の間で、妙な存在感を放つダンボールハウスが鎮座していた。

 

 

「ホームレスの家だ……」

 

 本当にホームレスだとは思っておらず困惑する一同。そしてうすら悪い感覚に襲われていたディルは、記憶の片隅でぼんやりとしたシルエットが浮かびあがっていた。

 

(まさか、ここにいるのって────!)

 

 奈落の底が「おいで」と手招きするかのような、身の毛がよだつ感覚。

 

 ダンボールハウスの扉の役割を果たす幕が手でぬるりと上げられた。

 

「おやおや、今日は見物人が多いですな」

 

 幕をくぐって出てきたのは燕尾服の珍妙な男性。まるで触角のように細く長く伸びた口髭は、ある種のチャーミングポイントにもなっている。

 

 そしてその姿を見てディルは確信した。

 

(じ、地獄の太公メフィストフェレスじゃねーかっ!!)

 

 

 

 メフィストフェレス。

 魔界のデーモンたちの派閥『刹那派』の顔役であり、池袋のあちこちにあるとされるアレナの管理人。『最強の魔物が見たい』という願望(エゴ)のために、池袋の地下にあるというコロッセオで日々魔物たちを闘わせるブックメーカー。

 池袋の魔物で彼を知らない者はいないとされる。この街に来てから半年程度のディルで()()知っている超大物だ。

 

 

 

「おっはよーメフィさん♪ この子ら以前ウチが言ってたクラスの子ら」

 

 軽快にあいさつする爽帆。

 

「おぉ、爽帆殿でございましたか。いやはや、このような朝から来訪頂けるとは至極恐悦の至り」

「え、えーと……太田、この人何者なんだよ」

 

 初めて見る髭の男性が何者なのか分からない宗也、泰輝、恵那の三人(とディル)に爽帆は説明を始めた。

 

「この人はメフィさんやで。最近仲良くなったウチ一推しのトークプロやねん。チンピラもファンになるほどやで」

「いえいえそんな滅相もない。吾が輩は悪魔メフィストと名乗っております。この通り、しがないホームレスでしてな」

 

(そんな燕尾服着たホームレスがいるかぁ──っ!)

 

 ディルは心の中で盛大に叫ぶ。

 

「ほぅ! メフィストさんですか! もしやお話に登場したりするあのメフィストフェレスをリスペクトしてですか? かの悪魔は巧みな弁舌をもっていたってところとか」

(いや目の前にいるのが本物! 本物のメフィストフェレスだって!)

 

 いくら泰輝がサブカルから神話や伝承に詳しいとはいえ、よもや本物がそこにいるとは思ってもいないだろう。

 

「吾が輩はただのホラ吹きですぞ。しかし皆様のような若者に存在を知っていただけるとは、かの悪魔もどこかで笑っているに違いありますまい」

(今心の中でそうだろうな!!)

 

 言おうに言えないツッコミを抑えるディル。表情を崩さないよう堪えるのに精一杯だ。

 そんな彼の苦労など知らない爽帆が本来の目的について話しだす。

 

「あ、そうそう。メフィさん、今日来たワケなんやけどな。ウチら学校のグループワークで池袋の隠れ名物調べとんねん。で、ここら辺の有名人のメフィさんにインタビューしよかな(おも)てんけど」

「ほう……まさか吾が輩もそこまで知れ渡るようになるとは思いませんでしたな」

 

 

「しかし只今客人を迎えておりましてな……」

「えっ、そうなん? それは悪いことしたなー……」

 

 断りを入れるメフィストと残念がる爽帆。しかし下がるムードを再燃させるように、その後ろのダンボールの家屋から人がスッと出てくる。

 

「まぁまぁメフィスト。私よりもこの可愛い仔猫ちゃんたちを優先してあげて」

 

 胸元を少し開けたシャツに青いジャケット、タイトなパンツスタイルにペンダントやピアスがつくことで軽薄かつ爽やかな印象を与えていた。

 ディルたち男子勢とあまり変わらない背丈のはずなのに、スラっとした身なりが頭身の違いを顕著に示していた。何よりも……

 

「イケメンやん!!」

 

 目にハートが浮かんでいてもおかしくない爽帆の反応、しかして彼女が発した言葉の意味は皆が実感していた。

 

 その()()の容姿はそれほど整っていたのだ。

 

「女の人……だよな?」

 

 ディルは思わず口が開いた。「かっこいい」と形容できる存在のはずなのに、ボディラインは男性のゴツゴツとしたものよりも女性のそれだったからだ。恵那や爽帆ほどではないが、胸元の膨らみもそれに拍車をかけていた。

 視線に気づいたのか、彼女はディルに言葉をかける。

 

「……おや? キミはえらく情熱的な視線を向けてくるね。いけない仔だ……

 

 そう言うと女性はディルの顎をクイッと上げる。近づいた顔から香水の香りがふわりと流れ、鼻腔を刺激する。

 一瞬、たじろぐディルだったが、自身の背後から黒い視線を感じ取った。

 

「黒装クン……?」

 

 恵那の顔は微笑んではいるものの、目は笑っていなかった。そして、ディルが振り返るよりも先に、その言葉に気づいた目の前の女性が接触を解いた。

 

「おっとごめんね私としたことが。彼は特にからかい甲斐がありそうで」

「それに関しては同意します。私が()()知っていますので」

「オイ待て。人をおもちゃ扱いすんな」

 

 からかわれることに抗議したディルだったが、そこに意識を割いたせいで恵那が強調した部分に気づくことはなかった。

 そして女性がここにいる事実が、思考を次の考えへと移行させていた。

 

(でもメフィストフェレスといるってことは、この人も半魔なんだろーな)

 

 『夜の側』の話はノウンマンである恵那や宗也の前ならまだしも、そうではないクラスメイトの前ではできない。ディルはぼんやりと思うだけに留めておいた。

 

「しかし、いいのですかなアオイ殿。調査の方も大詰めだというのに」

「私の用件は急を要することではないから大丈夫さ。それに……」

 

 アオイと呼ばれた女性はディルを再び一瞥する。

 

「キミ、さっき珍しい名前で呼ばれてたね。確か……『こくそう』」

「そうっすね」

「奇遇だね! 私も同じ名字さ!」

 

 それを聞いてディルは一瞬ピクリと反応するが、すぐに爽帆が放った次の発言で掻き消える。

 

「え、おねーさん黒装(こいつ)と同じキラキラ名字なん?」

 

 爽帆の発言に「ん?」と疑問を浮かべる表情をしたアオイ。

 

「私の名字は『黒』に『倉庫』の倉で『黒倉(こくそう)』さ。キラキラしたものではないと思うのだけど……もしかして彼は違うのかい?」

「オレのは『黒』に『装甲』の装で『黒装(こくそう)』っす」

「へー! 珍しい名字もあるもんだね! そうだ、しっかり言っておかないとね。私の名前は黒倉アオイさ」

 

 それを聞いたディルは(まぁそうだよな)と落胆する。そもそも、彼と同じ名字が()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 話がひと段落したのを見計らってか、あまり発言していなかったアユミが口を開く。

 

「あの……そろそろ本題の方に移りませんか?」

 

「「「あっ」」」

 

 

 


 

 

 

「いや〜、にしてもアオイさんカッコよかったな〜。『各地を渡るメイクアーティスト』やって!」

「女性でありながらあの紳士的振舞い……感嘆せざるを得なかったね!」

「いやそれよりメフィさんの吸血鬼の話の方がすごかったろ。なんだ、あの完全に死んでから再生怪人みたいに復活させられたりメカ化したりクローンがいたりとか」

 

 西池袋公園を後にし、道路でわいわい盛り上がる一行。『悪魔メフィスト』にインタビューを終えた後、女性陣は『黒倉(こくそう)アオイ』に簡単なアレンジメイクを施してもらい、男性陣はメフィストに面白小話をしてもらったのだ。

 

「見て! ただでさえかわいいパッチーがさらにかわいく!」

 

 アユミに施されたオレンジチークは一見地味な彼女の印象を、少しだけ明るく変えていた。

 

「ほー、印象変わるもんだな」

「普段小柄でおとなしい八宮さんであるが故に活発な印象を与えるとギャップ萌えが発生するね。元々彼女は体育でも敏捷性が〜……」

 

 男性陣が素直に褒めていたのもあってか、アユミは恥ずかしがりながらも嬉しく照れていた。長く伸びた彼女のアホ毛も心なしか跳ねている。

 

「なぁなぁウチは?」

「プラス三点」

「元々が明るいから劇的な印象変化はないね。だけどそれが悪いということはなく、長所をさらに伸ばしていくという観点で見るなら十分戦略として……」

「思ってたリアクションと違う……」

 

 

 会話する四人の後方、ディルと恵那も並んで歩いていた。彼女も意味もなくディルに目を合わせていた。

 

「……なんなんだよ」

アオイさん(あの人)にメイクして貰ったの。分かるかしら?」

「? いや特に変わってねーだろ」

「もぅ……」

 

 ディルにデリカシーというものはなかった。そもそも、些細な乙女心への気遣いができるのならもっとクラス内で上手く立ち回れるものである。

 

 しかし伝えることの機会は逃さない。それが黒装ディルという男である。前四人との距離が空いてると見るや、小一時間ほど前に得た情報を即座に話し始める。

 

「そうそう、最初の日の人狼、すでに死んでるみたいだぞ。知り合いの半魔が調べてくれた」

「……あら、そうなの?」

「ああ、だから()()()()()()()()()って」

 

 「いつも」「四六時中」「警戒する」「気を張る」「怯えなくていい」

 足せる言葉はいくらでもあったが、色々と言葉を並べても伝わりづらいだろう、ディルはそう思い、できるだけ言葉の数を少なくした。だが──────

 

 

 

 その言葉を聞いた少女の顔は、とても喜んでいるように見えなかった。

 

 一瞬だった。

 

 悲しげな、事実を受け止めきれない表情。

 

「そう……」

 

 呟きの後、恵那はくるりと振り返りいつもの笑顔に戻る。

 

「じゃあ今日は心配せずに街を歩けるわね!」

 

 見間違いかと思わんばかりの表情転換に、先ほどの顔は気のせいだとディルは思ってしまった。

 

 自分の正体を知っても怯まなかった子が、こんな程度で悲しむなんて思っていなかったのだ────

 

 

 

「もう少しで十二時だし、そろそろ例の中華屋行こうぜ」

 

 後ろにいる二人にも聞こえるような宗也の掛け声で、一行は昼飯処に向かうのだった。

 

 

 


 

 

 

 中華(ちゅうか)菜苑(さいえん)秋水(しゅうすい)。池袋駅から東、サンシャイン60通りにある中華料理屋である。

 

「ぎゃあああああああ誰だオレの餃子こんな辛くしたやつうううううう!!」

「え、すまん俺辣油(ラーユ)入れすぎたか?」

 

 火を噴く高校生の横で恵那は澄まし顔をしている。さすがに笑いを堪えきれなかったのか、さらに隣のアユミがぷるぷると震えながら呟く。

 

「こ、黒装さん、この人です……」

「! ちょっとアユミ!!」

「お前お前お前ええええ!!」

 

 それはそれは賑やかな昼食であった。

 

 

 


 

 

 

 腹ごなしをした一行はそのままサンシャインシティへ向かう。アミューズメントなどの娯楽が豊富なこの巨大ビルディングで、遊びと調査を兼ねるつもりであった。

 

「見て! ヘンテコオブジェや!」

「新進気鋭のアーティストが作品紹介の一環で置くことがあるのさ。駅近くの芸術劇場とのコラボかもね」

「もしかしたら後でプレミア付くってやつか?」

「それはグッズの場合だなー」

 

 道中で新発見したスポットももれなく記録。

 

 

 


 

 

 

 サンシャインシティ雑貨屋にて。

 

「見てくれディル君! まぎ☆すたの未配信のOVAがあるよ!」

「マジで?! あっ、クソッ高い……」

「いやここで僕の家の経済力を発動! 買える時に買う(チャンスを逃すな)!」

 

 

「えなたん? どしたん……?」

「……え、あらそうかしら? 気のせいよ」

 

 

 


 

 

 

 巨大ショッピングモールには珍しくもない吹き抜けのある通路。狙いの品を購入し、そこの中継ぎにある休憩スペースもとい円形ベンチに戻ってきた二人。

 

「あれ、恵那(あいつ)……と太田と八宮は?」

「お前らがOVAと睨めっこしてる間に服とか見に行ったぞ。概ね、ファッションショーして帰ってくるってとこだろ」

「それは悪いことをしたね……」

「いや、元々ここで服見たいって言ってたしな。せっかくだし休憩しとこうぜ。歩きっぱで足疲れたし」

「だな」

「だね」

 

 

 座席が円状になっている円形ベンチ。そこでスマホを覗いたり戦利品を眺めるなど、三人はのんびりと過ごす。

 

「……ほんと色々あるなここ」

「そりゃ繁華街の中心だからな。てかディルは近場に住んでるのにここ来たことなかったのか?」

「ないっつーか……興味がなかった、ってのが正しいかな。友達もいなかったし」

「フフ、ということは僕らの存在が君を新天地へ連れてくるきっかけになったということかな」

「言い方キモいけど合ってんな……。実際、お前らもそうだし、太田や八宮もあんまオレに躊躇せず話してくれるからなー」

 

 これまでクラスメイトとの交流が全然無かったディルにとって、友人たちとの外出というものは非常に刺激的だった。

 半魔として街を駆ける時とは雰囲気も何もかもが違うのだ。

 

「……そういや気になったんだけどさ、お前流蘭院さんだけ名前で呼ばないよな」

「……へ?」

 

 何のことかをよく分かっていないディルの代わりに、理解を示した泰輝が解説を始める。

 

「確かに。ディル君が流蘭院さんを呼ぶときはどれも『おい』や『お前』だ。他の女子()は名字で呼ぶのに。……ディル君、これは彼女に対して失礼なんじゃないかい?」

「だって『流蘭院(りゅうらんいん)』って文字数多くて言いづらいじゃねーか」

「じゃあ俺ら呼ぶみたいに下の名前で呼べばいいじゃん」

「あー……確かに……?」

 

 宗也に言われてディルは彼女への呼び方に疑問を抱いた。

 

(宗也とか泰輝はふつーに下の名前で呼べてるのになんで恵那(あいつ)は呼べてねーんだ……?) 

 

「フッ……下の名前で呼ぶことに躊躇いがあるなら無理にしなくてもいいさ! 僕らの年頃は異性を意識するぐらい普通だろうからね!」

 

 それを聞いたディルは頭の中で鐘を木管を鳴らされたようにハッとする。

 

(まさか異性ってだけで無意識にブレーキがかかっていたのか?)

 

 泰輝の発言、そしてディル自身の自覚は、アクセルをぐいっと踏みつけたように思考を急加速させた。脳内をジェットコースターのようにテンパったトロッコが駆け抜けた。

 

(正体を知られたから『契約(ゆびきり)』しての……なんかアニメとかで共犯者になるからどうのこうのが、確か本で吊り橋効果とかなんとか、教室でもからかわれたりするけどまさかそれを嬉しがってたのかこのオレが?! 体育の時に目で追ってたのもまさか……)

 

「あー……気になって聞いただけだし、何も考えてなかったってんなら気にすんな。無理に変えろって話じゃねぇし」

「そーか……」

 

 宗也の静止でようやく頭の沸騰が止められたディル。

 

 

『そう……』

 

 ふと、昼前に恵那が見せた表情を思い出した。気のせいだと思いたいディルだったが、脳裏にしっかりと焼きついていたのだ。

 

(分かんねぇ……恵那(あいつ)の心も、オレの心も……)

 

 考え事に疲れたディルは、両手で顔を覆いながら後ろにもたれかかった。……と言いたいが、背もたれなどない円形ベンチは彼の背中の勢いを止めてくれない。そのままベンチの内側に頭が垂れる。

 眼前に映る黒い光沢。そこには道中に一行が見かけたオブジェが鎮座していた。まるで枯山水の置き石のごとく。

 

「あ、昼飯の後に見たオブジェの仲間、ここにもあったのか」

 

 煮沸した頭と連動して熱くなりかけた体を冷やすべく、だらんと横になったままディルは腕を伸ばした。オブジェにピタリと置かれた手がその手触りを伝えた。ひんやりとした石とも金属とも言える感触。

 

 

 それと同時に、身体を駆け巡るような電流が走った。

 

「!!」

 

 ディルの頭の中に見たこともない光景が残像のように現れ、消えていく。

 

 街に蔓延る魔獣たち。

 様々な退魔組織の出動。

 そして天から降り立つ大量の天使たち。

 

 

(今のは、一体……)

 

 現象が落ち着いた後、ディルはそれらへの思い当たる節を考えたが、目ぼしい記憶は見当たらない。

 じゃあ何なんだ、と目の前のオブジェを訝しんだその時だった。

 

 

 ズ……ンッ

 

 

 空が歪むような衝撃。まるで何者かがこの池袋の『雰囲気』を喰らったかのような空気の変遷。

 

「──────ッ?!」

 

 次の瞬間、地響きのように床が揺れ始める。

 

「な、何だこれ!」

「きゃぁぁぁぁ地震よ!」

 

 人々が立つことすら困難になる揺れの中、半魔の身体能力でかろうじて立っていられるディルは周囲を見渡した。

 

(揺れている……いや違う! ()()()()()()()動いている!?)

 

 舞う埃や葉が宙に浮いたままスライドする。それが建物や地面と平行に動くことが理解の決め手だった。

 

(ど、どーなってやがる!)

 

 揺れが次第に弱まり、そして完全に治まる。その頃には元々見ていた景色は別の物へと変貌してしまっていた。

 建物が崩れたわけではない。かといって元の姿のままでもない。

 オフィスの一フロアぐらいの広さの空間が、まるで四角いキューブのように切り取られ、ブロックのように組み合わせられていたのだ。

 

「なんだ……これ」

 

 自分たちがいる場所もその内の一部であることに気づいたディルだったが、ガラス扉を通して見える奥の景色はさらに混迷を極めていた。

 

 エレベーターの扉がレストランの入り口に、また別の階段の下は屋上庭園とつながっているではないか。

 

 まるで無作為に色々な場所をつなげたと言わんばかりの光景。こんなことが可能なのは魔物以外に他ならない。

 すぐ側にいる友達二人。ノウンマンである宗也はともかく、泰輝は何も知らない普通の人間だ。

 宗也とアイサインをしたディルは一瞬、目を閉じる。そしてすぐ、片腕を大きく天に向かって伸ばす。

 

(アレナ……展開!)

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「ディル君、それ何のポーズだい?」

 

 

(あれ────?!)

 

 

 この異常空間が魔物によるアレナであるなら、と上書きを試みたディルであったが、特に変化はなかった。

 アレナの主が彼以上の力量なのか? ディルはそれも考えたが、弾かれるどころか、手応えそのものが感じられなかった。まるで一介の半魔程度ではどうにもならないと言わんばかりに。

 そもそもこの異常空間は池袋一帯に及んでいる。アレナの規模は路地裏や小さな小屋、はたまた大通り一帯を覆う程度だが、今のこれはそんなものを優に超えているのだ。

 ディルの中で最悪の答えが頭をよぎる。

 

(まさか……)

 

 

 

 アレナを超える大規模アレナ、『ドミニオン』。

 

 そしてそれを支配する魔物を超えた存在がいることを。

 

 

 

「池袋が『オーバーライド』されてやがる……!」

 

 




BBTプレイヤーはご存知、池袋の顔(と言っても過言ではない)のメフィストフェレス。すごいおじさんなんですホント。
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