Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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12話「コール・ネーム(6)」

 

 

 空は暗雲に包まれたまま。

 

 誰もいない花壇はやはりそのまま。

 

 まさか、一人でこんなところにいる羽目になるなんて。

 

 ……彼は来るのかしら。来たらいいな。

 

 

 少女は一人、願いを空の片隅に放った。

 

 

 


 

 

 

 即死トラップからディルを手助けしてくれたメタルウーマン。その正体は昼間出会った女性、黒倉(こくそう)アオイだった。

 

「え、ってかその姿ほんとにアオイさんすよね?」

「ハハッ。キミはこの声が信じられないのかい? これはキミと()()、変身した姿さ」

 

 バーニアを噴かしながら地上まで降りてきたアオイは手振りを交えて言う。その仕草は人の姿の時と何ら変わりないものだった。

 

「ってことはやっぱあんた半魔だったんだな」

「私はメフィストに頼まれてこの街に置かれていたその芸術品もどきを調べていたのさ。そしたら予定よりも早く起動しちゃってね」

 

 その原因が自分かもしれないとは口が裂けても言えないディル。

 

「今日はアンノウンマンも多かったからね。異形を片っ端から倒して、彼らを隠れるように扇動するのは骨が折れたよ。ようやくそこの瓦礫を破壊しようと向かったら、なんとキミが危機に陥ってたじゃないか。間に合ってよかったよ」

 

 そういえば、と街を歩いている人がほとんどいないことに今さら気づく。アオイが言うように、屋内に隠れているのだろう。

 被害が少ないことに歓喜しつつ、アオイが異形を倒していなければもっと増えていたらと思ったディルはぞっとする。クラスメイトたちにその牙が向かっている可能性があったのだから。

 そして、本来の目的も思い出す。

 

「そうだ、急がねーと」

「もしかしてハーフツインのあの子のところかな? 彼女さんは大事にね」

「は!? いや、ち、ちげーし!!」

「じゃ、私はこれから残りを壊しに行くよ。大丈夫、キミがドミネーターに向かうより速く終わらせるさ!」

 

 ディルに有無を言わせず自分の言いたいことだけを言ったアオイは、肩から突き出たスラスターを噴射。一瞬で魔天楼の向こうへ飛び去った。

 

「くっそ……変な誤解したまま行きやがった」

 

 実際にそうでないのはやまやまだったが、ディルが誤解を解いておきたいのはもっと違う理由があった。

 

 恵那が自分たちと離れてしまった理由の中には、自分の他愛無い発言があった。そしてそんな自分は、彼女に相応しい人間だと誤解される価値も無いと。

 

 

 だから────最低限、せめて交わした『契約(ゆびきり)』だけは守らなければ。

 ディルにとってそれが今一番為すべきことだった。

 

 

 目をキッと鋭くして表情を険しくすると、折りたたまれていた翼を広げた。そして通りから見えるサンシャインビルに向かって、ロケットのように急上昇する。

 一帯が見渡せる高さまで上がると、ビルの谷間に見えるレンガ色と緑の場所、さらにその中から色とりどりの花が咲く部分に目を凝らす。

 

 

 いた。

 

 (あか)髪の待ち人。

 

 

 スピードだけ飛行機並みになったパラグライダーのように、一直線に彼女の元へ向かう。

 

 

 轟音がしたからか、それとも強い気配がしたからか、花壇から空を見ていた少女も気づく。自分に向かって飛んでくる少年に。

 

 立ち上がり、その方向へ駆け寄る。

 

 やっと合流でき────

 

 

 

「させないヨぉ」

 

 突然だった。

 

 恵那の背後にぬるりと黒い瘴気が現れる。その海から姿を見せたのは異貌の道化師・クリニ=エル。

 

 異様に細長い指が交差される。空間を転移させる前触れの動作だ。

 

 探し始めてから幾許。面倒な厄介ごと数回。ようやく見つけた彼女をまたどこかに連れていかれる?

 その思念が頭に湧いた途端、ディルの速度は急加速する。

 

「させっかぁぁぁぁっ!!」

 

 恵那に向かって、真っ先に。

 

 ドミネーターの能力が先か、半魔の意地が先か。

 

 恵那は駆ける。その手を伸ばして。ディルもその手を伸ばし、互いの手が近づき────

 

 

 断絶。

 

 

 ぶつり、と千切れた黒い翼が屋上庭園に舞う。

 そして、ぱさりと落ちた一対の翼を除いて、そこには誰もいなかった。

 

 

 


 

 

 

 サンシャイン60のビル屋上。本来なら人で賑わう展望台スカイデッキも、クリニ=エルの策謀により誰一人いない状態となっている。

 高所の風音のみが聞こえる静寂の中、突如として人が現れる。氷の代わりに床を削るようなスケート着地の衝撃が屋上に響き渡った。

 

「──っ……あんにゃろ、区画ごとじゃなくて人だけに狭めて転移もできるのかよ」

 

 その両手に少女……恵那を抱えて現れたディル。背中の翼は見るも無惨に、根元しか残っていない。既の所で体だけ空間の中に飛び込み、合流をものの見事に成功してみせたのだ。間一髪である。

 

「だ、大丈夫なの……?」

「馬鹿言え、飛べなくなったぐらいだ。あれをぶん殴るのに支障はねーよ」

 

 そう言って目線を向けた先には、同じように転移してきたクリニ=エルがいた。

 

「二人同時に転移させるとは失策失策。されど無意味無意味。結局は全部始末するのですのよ」

「もうその脈絡のない口調には飽きたぞ。煽り耐性ゼロがよ」

「すぅ──っ……半魔如きがほざきよってぇ……!」

 

 クリニ=エルの怒りが秒で沸騰する。

 

 想定外のタイマン状態。オブジェは全て破壊できていない。普通に考えれば勝てるはずは無い。

 しかし、いくらドミネーターとはいえ、冷静でないのなら勝機はあるかもしれない。少なくともギヴィング・デスは翻弄できていた。

 それにオブジェは五つの内、すでに二つ破壊済み。弱り始めている可能性がある。

 

 ならば、と。多少煽ったところで準備体操完了。

 

(地獄の道化師相手に悠長な会話をしない!!)

 

 恵那を後ろに下がらせ、即座に前へのめり出る。

 

 

 翼が千切れているとはいえ、素の身体スペックだけでも破壊力は充分に足るのだ。

 

 相手の懐に潜り込む。速い。この時点で肘を下に向けて溜めの動作に入っている。クリニ=エルは空間操作能力を持つものの、直接戦闘は得意分野ではないのだろう。それは先のギヴィング・デス戦で明らかだった。接近に対処しようとした時には、既にディルの拳が上に向かって振り上げられていた。

 

「らあっ!!」

 

 軽快なアッパー音が屋上に響……かなかった。道化師の顎で少年の拳は勢いを止められていた。

 

(硬ったっ……)

残念(ざぁんねん)でぇしたぁ! 真名がバレない限り私はこのドミニオンでは無敵なんだよぉ!」

 

 口角が上がり切ったクリニ=エルが眼前のディルに蹴りを放つ。ひょろりとした脚から想像できないような鋭い一撃が、ディルの脇腹に炸裂した。

 

「ぐ……ぁっ!」

「そもそもパワースポットを少し壊したぐらいで私が弱くなったとでもぉ? 全部壊さなきゃ意味ねぇんだよなぁ! あの仮面女は小細工は得意だったけどぉ、私を削るような真似はしてこなかったねぇ……。『力の差』を理解(わか)っていたのさぁ。それに比べて、オークのように向かってくるなんて貴様はなんて愚かなことかぁ!」

 

 調子づいた地獄の道化師は、姿勢を崩した半魔をひたすら蹴る。その様は子供がネットに包んだサッカーボールを蹴るようだ。

 そして頭を掴み、屋上の壁に投げつける。半魔を叩きつけられた壁はガラスが割れるようにヒビが入った。

 

 そのまま力なくディルは床に倒れる。地面にゴロゴロと転がり横たわる様は、一半魔とドミネーターの力量差を顕著に著していた。

 

(やらかした……そもそもオブジェどころの話じゃねーぞ……)

 

 攻撃が効かない。すなわち、手の打ちようが無いことに内心の絶望感が高まっていく。これが数ヶ月前の彼なら、そのまま諦めていただろう。

 しかし今は違うのだ。ここで諦めたら……と視界の端、物影に映る美少女を見る。

 

恵那(あいつ)を守るやつがいなくなるだろーが!!)

 

 

 横たわる中、その思いに連動するようにポケットが振動していることにディルは気がついた。スマホのバイブレーション機能を鳴らす数少ない条件、おそらくは友人たちからの連絡だ。

 もしかしたら、とドミネーターの名前当てを頼んだが、本当に名前を掴んだのかもしれない。一抹の期待でも何でもいい。電話の主が彼らであることに期待して取るしかなかった。しかし……

 

(今は取り出して話すなんて悠長なことできねぇ。どうする……そうだ)

 

 横たわったまま恵那と目を合わす。彼女も何かを汲み取ったのだろう。そのアイコンタクトに道化師は気づいていない。そして……

 

 

 一瞬だった。ディルはスマホをカーリングストーンのように彼女の元へスライドさせる。

 さらにそれを感取られないように自身は折り紙のカエルがごとく、横たわった状態から体を跳び起こす。

 

「第二ラウンドだ。まだ生きてんぞ、かかってこいやヘボ道化師」

 

 まるで邪魔な小道具を外してようやく本気だとでも言いたげな表情。

 調子づいて気分がよくなっていたはずのクリニ=エルは一転、全く闘争意欲の衰えていない半魔に苛立ちは最高潮になる。

 

()()に蔓延る病原菌がぁっ!」

 

 

 

 一方、振動し続けるディルのスマホを拾った恵那は、着信元である彼の友人たちを見て一瞬の躊躇いを覚えていた。

 

 

 彼の中で優先度が高い友人たち。

 

 「最初に彼と触れ合ったのは自分である」のに、気づけばよく隣にいるのが彼らに代わっていた。

 

 そう、彼の性格を考えたら、きっかけさえあれば勝手に打ち解けていける。

 

 だから、その場所が欲しいと考えるのは、ただの嫉妬。

 

 もし、電源を切ってしまえば彼が頼るのは────

 

 

 しかし彼女は聡明だった。今やるべきことと個人の感情を切り離したのだ。通話コマンドに指でタップする。

 

『やぁディル君かい? ヒントを元に調べてるけど今……』

「流蘭院です」

『……おっと。ってことは無事合流したみたいだね』

「そうなの。ねぇ、堕天使の名を掴んだのでしょ? 早く。黒装クンがピンチなの!」

『おっと落ち着いてくれ! 流蘭院さんまでさっきのディル君みたいに、らしくないじゃないか! え〜と、今ディル君は怪物と戦っているのかい?! たぶんこの正体に関わる者だよね? あと少しで絞り込めるところだ! 残りの特徴を教えてくれないか? ふ、雰囲気とかでもいいよ!』

 

 泰輝の苦し紛れの一言。しかしそれは戦闘を見ていた恵那にとって、ヒントへの導線だった。チンピラドミネーターのセリフが彼女の脳内で再生される。

 

「『怒り』よ! 煽ればすぐ怒るの!」

 

 それを聞いた泰輝の脳内で、手がかりのパズルが組み立てられていく。

 

『もしかして……あの天使かな』

 

 

 


 

 

 

 建物内部のごちゃ混ぜになった通路群は深刻な事態となっていた。外の異形はアオイが減らしたとはいえ、内部はそうでないのだ。そのため、開いたアレナから別ドミニオンの異形がどんどん入ってきていた。それはがらんとしていた本屋前もそうだった。

 

「やべ……こっちの通路も増えてきてる……」

 

 ドアの無い店と通路を行き交うスケルトンやキメラたち。バリケードの隙間から様子を見ていた宗也は焦りを覚えていた。元々、事態が解決するまで身を隠そうと入った場所であり、追い詰められたときのことを想定していなかったのだ。

 

 変な音を立てないようにそーっと入り口から離れ、人々が隠れている奥のスペースに向かう。

 

「増えてきてますよ。やっぱ第二バリケード作った方がいいかもっす」

「本当かい? 入ってこられたら本当に逃げ場が無くなってしまうよ」

「確かにそれはそうっすけど……外行った友人が助けを呼んでます。今は気づかれないように努めるべきです」

 

 ノウンマンである宗也はドミネーターさえ倒されれば事態が解決することを知っている。そして、ディルがそれに向かったことも。

 他の人々をなんとか宥め、もう一人の友人に堕天使推理の調子を聞く。

 

「泰輝、どうだ?」

「今流蘭院さんからヒントが来たさ! 名前が思い出せなくて探しているところ!」

 

 これも違うあれも違うと、泰輝は神話解説書のページをひたすらにめくる。通話をかけっぱなしのスマホから『早く!』と音がする。

 

(佳境に入ったってとこかな)

 

 戦闘に関わるわけではない以上、ある程度は傍観的な考えになる宗也だったが、次の瞬間そう思ってもいられない自体に直面する。

 

「なぁ学生さん……入り口から変な音しないかい?」

「え?」

 

 隠れていた店員の一人が問いかける。それは入り口バリケードから聞こえる上下左右にガタガタ揺らす音。それは宗也の記憶に新しい。

 

「ちょっと待ってくれよ……このタイミングでやってくるなよ……」

 

 しばらくして音は絶え、しんと静まり返る。しかしこの流れも記憶に新しかった。

 

「ごめん、気のせいだったみたいだ」

「いや違います! これは……!」

 

 

 次の瞬間、バリケードを構成するガラス扉・長テーブルが爽快な両断音を立てる。

 吹き飛んだテーブルのパイプがカラカラと金属音を鳴らした。束の間の平穏を崩す音に、集中している泰輝以外全員の視線がそこに釘付けになる。

 

 入り口に立っていたのは、宗也たちがドミニオンで初めて遭遇した包丁頭の異形だった。

 

 話など通じなさそうな白目の無い眼球。それが何を見ているか、生態など知るよしも無い宗也たちでもそれは分かった。獲物は俺たちだ、と。

 

 逃げようか。否、入り口には他の異形もいる。さりとてただ止まっていれば、まな板の上の肉になりかねない。

 宗也は本と格闘する友人の肩を揺さぶり移動を促す。

 

「泰輝! 動くぞ!」

「もうちょっと待って。たぶんハ行の……」

「死ぬぞお前!!」

 

 銀色の刃がゆっくり歩いてくる。それを指揮官とするように異形の群れが突撃してくる。

 

 

 その場にいた人々は皆、死を覚悟したかもしれない。だが、それは予想だにしなかった助けにより覆される。

 

 歩きだした包丁、その首根っこがロープで吊り下げられたように止まったのだ。

 

「グォォアァ……⁈」

 

 唸るような声が疑問を訴える。何が自身の動きを止めたのかと。

 

 その答えは異形の後ろにあった。

 床から突き出た樹々と蔓が交互に絡み合い、まるで太い縄のように、異形たちを絡め取っていた。そしてそれらは意思を持つように害獣を締め上げていく。

 

 

 植物の怪物か? もしかして獲物を巡って争っているのか?

 

 そんな考えは杞憂であった。

 

 巨大な枝がひしめく通路の中を、中年男性が歩いてくる。羽織った黒コートがひらひらと靡く。

 

「こんな変なモンまで出てきてたなんて。オジサンも初めて見たよ」

 

「ディルの知り合いの刑事さん!?」

 

 それは午前中に警察署で会った刑事、日下だった。動けない異形たちを尻目に、宗也たちの近くまでのんびり歩いて来る。

 

「あぁ、皆さん安心してください。(わたしゃ)ぁ警察ですよ。この草木は私が動かしていますが、他の動いてるやつは……まぁ、すぐ掃除しますよ、えぇ」

 

 焦りも不安も一切見られない。右の口角だけが上がった胡散臭そうな顔。この男は本当に大丈夫なのだろうかと人々は思った。

 しかし、この場において宗也は理解(わか)ってしまった。このドミニオン内で動く刑事、特殊な力をもつ、そして何より()()ディルが世話になっていたという事実。

 日下が、警察庁の退魔組織『死霊課』のベテラン半魔であることを────。

 

 よくよく考えると、日下が警察署で話していたディルの身の上話も、『昼の側』の住人らしく誤魔化していたのだろう。知っている側からすれば、ディルの経歴にはどこかで『夜の側』に触れた経緯が挟まるはずなのだから。

 

 歩いて来た日下は、宗也の理解した顔を見て察したのだろう。

 

「あぁ、君は『知っている側』だったのか。じゃあ後ろの人たちへの説明は任せたよ。オジサン、これから()()()()をするから」

 

 

 


 

 

 

 サンシャイン60の屋上ではサンドバッグのように人を殴打する音が響き続けていた。

 ドミネーター相手に無謀な耐久戦を仕掛けたディルがひたすらに嬲られていたのだ。いくら強固な装甲であれ、何度も叩き続ければ脆くなっていく。頭の兜は角が折れ、装甲が剥がれた四肢は赤く染まった人間の皮膚が露出していた。

 

「そろそろ倒れろよぉ! 小汚い半魔がぁっ!」

 

(まだだ。まだ倒れるわけにはいかねー……)

 

 

 

「新屋敷くん?! 大丈夫なの?」

 

 通話中、騒動の音声が聞こえた恵那はさすがに心配せずにはいられなかった。ディルも限界に近い。泰輝の推理が状況を打開する最後の希望なのだ。

 

「そうだこれだ! もしもし流蘭院さん聞こえるかい? それの名前は……」

 

 呟かれる名前。それを聞き、恵那は今なお踏ん張るディルの戦闘現場へ向き直る。そして物陰から体を出すと、勝ちを確信しているドミネーターを指差し、言葉を突きつけた。

 

 

「あなたの名前は判ったわ。破壊の天使『ヘルマー』!!」

 

 道化師の黒い顔、そこに付けられていた白い星模様が消える。

 

「……────……ッ!?」

 

 




というわけでゲームであればクライマックスフェイズに相当するパートに入りました。
ボスと戦闘しているのが半魔一人なのが実際だとかなり無理ゲーなのですが、そこは小説媒体ならではの表現と思って頂ければ。
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