Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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ヘルマーは本作において独自解釈をしています。参考資料が少なすぎるので……。


13話「コール・ネーム(7)」

 

 

 本屋の入り口で縛り上げられている数多の怪物たち。

 店内で少年に説明を託した死霊課刑事は、その手を怪物たちに向ける。あまり頑強に見えないシワだらけの指。それらをぐいっと上に動かす。

 

 人差し指、中指。その度に蔦樹(ちょうじゅ)の一本一本が異形を捻るように締め潰していく。

 スケルトンの骨が砕け、キメラの体が二つに(わか)たれる。

 

「おーおー、やっぱり()()()()だよねぇ」

 

 ものの数動作、それだけで大方の異形が殲滅された。

 

 しかし最後の一匹……包丁頭は極めて頑強なのか、絞められてもまだその命を保っていた。さらにはその頭を勢いよく振り回し、自身を締める枝を切断した。

 

 

「学生さん、刑事さんは大丈夫なのか?! 頼みの樹が怪物に切られちゃったぞ!」

「いや……大丈夫っす」

 

 宗也は確信していた。「この人はまだ本気を出していない」と。そして……

 

 

「グォォオオアアア!!」

 

 解放された包丁頭は意外なほど身軽に着地すると、足をバネのように縮める。誰しもが「その包丁頭で跳ぶのか」と疑うだろう。頭突きの構えだ。

 

 溜めた力で前方へ跳躍。日下へ一直線に向かって行く。その速度は人間である宗也たちの目では捉えられなかった。

 

「よいしょっと」

 

 だが、それよりも速く日下の指が切るように横に動いた。それに連動するように、向かってくる巨大ナイフも触れることなく真横に吹き飛ばされる。『何か』で異形にストレートナックルをかましたのだ。

 頭も含めれば三メートル近くある巨大人型怪物が、次々と本屋の棚を薙ぎ倒していった。

 

 土煙が巻き起こる中、日下は宗也たちの方へくるりと顔を向ける。

 

「じゃあ完全に動き止めますんで、そこで待っててくださいなぁ。すぐ終わりますんで……おっと」

 

 そう言った日下の後ろで何かが弾かれる音。その場に金属音を立てて円弧状の刃が落ちた。

 

「へぇ。そんな攻撃もするんだねぇ。でもオジサンには通用しないなぁ」

 

 そうつぶやく彼の背後には薄い透明な壁ができていた。

 

 

 魔力壁。一部の魔物が魔法を行使するために用いるエネルギー、魔力を操作して壁のように固める、それだけのシンプルな技だ。

 故に、応用した際の力は()()()()()()()()()()

 

 

 土煙が晴れて、(日下には効かなかったが)頭部に隠していた刃を発射した包丁異形の姿が露わになった。

 

 瞬間、円柱状に形成された魔力壁が四方八方から異形を殴打した。あまりの威力に、太いレーザーで撃ち抜かれたように体は貫通し、横から叩かれた包丁は砕け、脳髄は弾ける。血と臓物が飛び散り、異形は一瞬にして完全絶命した。

 

「終わったんですけど、グロいから処理終わるまで見ないようにしといてくださいなぁ」

 

 余裕綽々のけらけら笑いに、その場にいた人たちは自然と安心の息が漏れ出た。

 

 

 そして、宗也は改めて確信した。これでもまだ「本気を出していない」ということに。

 

「あ、そうだ。ディルくんはいないようだけど、()()()()()()のかな?」

 

 真の死を迎え、塵のように消失していく異形をよそに、日下は宗也に質問した。

 

「え、あぁ、そうだと思います」

 

 自然な流れで「ドミネーターの元へ」という意味の解答になった。宗也がノウンマンであることを完全に理解した上での質問であった。

 

「じゃあオジサンも向かうかぁ。あ、そうそう。この辺りの怪物は倒しておいたから、あとは適当に過ごしておいて。()()()()()()()だろうし」

 

 残った人々への対処も終え、日下は本屋の入り口、もとい外へ出るためのアレナへ向かっていった。

 気づけば彼が倒した異形の群れも、出てきた蔦樹も綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「宗也君! 僕が推理している間に何があったんだい?!」

「お前はさぁ……」

 

 ドミネーターの真名を伝えて、ようやく事態に気付いた泰輝が駆け寄ってきた。それに呆れつつ、宗也は日下の恐るべき手腕に感嘆していた。

 

 

 


 

 

 

 破壊の天使ヘルマー。

 ユダヤの伝承における地獄に潜む九万の破壊の天使、その内の一体とされている。ヘマとも伝えられるそれが司るのは『怒り』と『家畜の死』。

 

 

 恵那が宣言したその名称を聞いたクリニ=エル、もといヘルマーの額に汗が滲り出る。

 額と目の白い星模様が消えた顔は表情がどんどん歪んでいく。先ほどまでの高笑いの顔から、怒りと焦りを含んだ顔へと。

 

「貴様ぁ……っぐぼべっ!!」

 

 間髪入れずにヘルマーの顔が下から突き上げられる。顎に大きく入った拳のアッパー。ディルによる反撃の一手だった。

 

「どうやら『ヘルマー』で合ってるみたいだな! こっからはこっちの攻撃ターンだ!」

 

 魔獣の中には名前や概念が大きく影響する者もいる。伝承が元となる天使や悪魔などは顕著な例だ。話における弱点や攻撃は人々に伝えられ、認知が広がり、「人にこう思われているんだ」という自我(エゴ)の核となる。そして最も突かれたくない部分にもなり得るのだ。

 

 真名が明らかになったことによる動揺、そして攻撃が効かないと思っていた半魔──それも威力に長けた──が猛攻を開始したことでドミネーターたる天使は押されていく。

 拳、足、肘、膝、頭突き、あらゆるケンカ殺法が叩き込まれる。

 

(あれだけ痛めつけたのにこの動き様ぅ?! なんなんだこいつはぁ!)

 

 ヘルマーがか細い指を動かそうとする。空間を動かす前触れだ。

 しかしディルはそこにブレードを放ち、指の動きを食い止める。エネルギーがぶつかり合い、衝撃の余波が辺りに散る。

 

「言っておくがてめーの本当の目的も分かったぜ!」

「!!?」

 

 恵那が真名を突きつけたことは、ドミネーターの弱体化以外の事実を明らかにした。

 それはオーバーライド直前、黒いオブジェに触れた唯一の者であるディルだけが幻視した複数の光景。

 

 街に蔓延る魔物たち。

 様々な退魔組織の出動。

 そして天から降り立つ大量の天使たち。

 

 ヘルマーが「堕天使」ではなく「天使」と言われていたことで、ディルはそれらの意味を完全に理解したのだ。

 

 

「このドミニオンから魔獣を溢れさせて、天界が地上を浄化するきっかけにするんだな!」

 

 そう言うと同時に、左足を勢いよく回した蹴りがヘルマーのみぞおちに入る。その勢いは止められることなく、ヘルマーを吹っ飛ばした。

 

 床を滑りながらも受け身を取った天使はゆらりと立ち上がる。

 

「……っふ、ふふふはは。アーハッハッハッハ!! その通りだともぉ!」

 

「私は第一圏の座天使(トロネ)ヘルマー! お前が言った通りさぁ! 魔物どもが蔓延り薄汚くなった地上を掃除し、(しゅ)が新たな創世を行うための礎とするんだよぉ!」

「やっぱりな、オレが見たのはオブジェの中にあったてめーの計画想像図ってわけか……。そのために人間ごと巻き込むとか、それが天使の言うことかよ」

 

 ディルは皮肉を言ったつもりだったが、対するヘルマーは意にも介さぬ下卑た笑みで返答する。

 

「ンンン〜? 人間共も畜舎で疫病が出たらまとめて殺処分しているじゃぁないかぁ。それと何が違うんだぁ? 人間共は主や天使(われわれ)が愛玩する家畜さぁ。そしてこの地球は飼育場! なのにも関わらずお前たち魔物共が蔓延りもはや病舎だ! だから掃除だ! あらゆるドミニオンから異形を呼び出し溢れさせれば地上の奴らでも駆逐しきれまい! その時こそ、偉大なるウリエル様*1が降臨なされ、地上を更地にするのだぁ!!」

 

 目的も見破られヤケを起こしたようにヘルマーは次々と手の内を曝け出す。自我(エゴ)の強いドミネーターらしい自己主張の瞬間だった。

 そして、その自己主張の片鱗を見破った者もここに一人。

 

「そう……だから『掃除(clean)』と天使によくある『エル』で『クリニ=エル』なんて名乗っていたのね」

 

 恵那がぽつりと呟く。

 

 それを聞いたヘルマーは眼球だけがぎょろりと動く。今までとは違う血走った眼にその場の空気が一変する。

 

 影が、恵那を覆った。

 

 

「!!」

 

 その手で少女を屋上の床に押さえつけた天使は人型を留めていなかった。宙に浮く細長い胴体と床の間には、怒りを体現するような燃え上がる車輪が四つ。浮遊するその金属は数え切れないほどの眼がひしめき合っている。

 特徴的だったほっそりとした腕は胴体からそのまま生えているものの、長さも直径も身体同様、段違いに大きくなり、背に生える黒い翼がかろうじて天使であることを象徴していた。

 

 真の姿を表したドミネーター。その姿はまさに本来の意味での『異形の天使』だった。一つ目だけが残る頭部が恵那を睨みつける。

 

「ソノ通リダ小娘ェ……貴様ガ真名ヲ当テナケレバ、我ガ計画ハ上手クイッテイタノダァ!」

 

 巨大な眼球は離れた場所の半魔にも向いた。

 

「小僧ォ……コイツハ人質ダァ。動クナヨォ……オ前タチ半魔ハ人間ナシジャァ生キラレナインダロォ? 動ケバドウナルカ……分カルヨナァ?」

「黒装……クン……」

 

 ディルを見つめる少女は「気にせずやって」と目で訴える。しかし少年は冷静ではいられない。

 

(守れ。契約だろ)

 

(でもこのままだと敵の思うツボだぞ)

 

(守れよ守れ守れ守れ守れ守れ守れ────)

 

 強い葛藤。それに終止符を打ったのは恵那だった。

 

「私は大丈夫だからこんなのやってしまって!」

「黙レ」

 

 悪魔(てんし)の爪先が恵那の頬を払うように掻く。つぅー……と赤い線が生じた。

 

「貴様ニハ一度ナラズ()()()邪魔ヲサレ……」

 

 その時だった。

 

 

 

 ブツン

 

 文字通り、何かが切れるような音。

 

 

 その場にあった物は何も切れていない。

 

 その場にいた者が、()()()

 

 

 

 次の瞬間、ヘルマーの眼球に拳が叩き込まれていた。

 屋上を覆えそうな程大きな体躯が一瞬にして、柵を突き破り屋上から吹き飛ばされる。

 

「ギャ……グゲッ……何ィ?!」

 

 当のドミネーターも何が起きたのか全く理解できなかった。

 

 周囲には他の魔物はいない。押さえつけた女は動けるわけもなし。まさか痛めつけた半魔が自分の眼で捉えられないほど速く動くわけが……

 

 あったのだ。

 

 ひしゃげた顔の眼を再生させながら、車輪の眼で屋上を見直す。

 

 もし、怒りが炎のように外から見れたなら、それは獄炎のように恐ろしく黒い炎だっただろう。

 

 周囲の瓦礫が浮き、床にヒビが入っていく。そして屋上からビルの下へ伝わっていく振動。

 黒装ディル(グラビテイカー)の魔物としての片鱗、重力異常が限界値にまで到達していた。

 口は大きく開き、獣のように唸り声を上げる。拳を振るった後の前傾姿勢で彼は立っていた。

 

 魔獣のエネルギーたるエゴ。今のディルは一瞬ではあるが、それが極限まで高くなっていたのだ。

 かつて戦った人狼の『電光石火』とも違う、黒い雷撃とも呼ぶべき突撃。

 

「黒装……クン」

「後ろに下がってろ」

 

 恵那の声を聞いたことで、ディルのおぞましき雰囲気は鳴りを潜めた。彼女に撤退を促し、ドミネーターを見据える。

 

 

 

 瞬時に恐るべき力を発揮した魔物。聡明なドミネーターなら様子を見るだろう。

 しかし、ヘルマーは怒りを司る天使。一方的に殴られて反撃しないなど一切あり得なかった。

 

「キッ……貴様ァァァァァァッ!!」

 

 翼の揚力とは別に、天使の神力とでも言うべきエネルギーで体を浮かせたまま、姿勢を整える。次に、異様に細長い体をバネのように縮ませ、弾丸のように急加速させた。敵のいるサンシャインビルの屋上へ突撃する。

 

 

 迫る巨大天使。その突進は司る怒りのエネルギーを全身に纏っていた。喰らえばディルとて、もう立てないだろう。

 だが、不思議と彼は恐ろしさを感じていなかった。何故だか分からないが、もはやこのドミネーターを脅威と感じていないのだ。

 

 

 両手を後ろに伸ばし、膝をかがめる。

 

 タイミングを見計らえ。

 

 ……

 

 今だ。

 

 

 完璧な跳躍。ヘルマーがその手を叩きつけるよりも前に出て、その懐に入り込む。

 胴体はガラ空き。伸ばした両手のブレードに『白い闇』が纏わる。そしてそれを交差させるようにディルは振り下ろした。

 

「地獄で滅びろ!」

 

 X字のように刃がヘルマーの胴を斬り裂いていく。まるでスライサーのように、留まることなく、天使の体が上下に分たれた。

 突進の勢いは消えない。バランスを崩した怪物の上半身は屋上を通過し、上空に投げ出された。

 

 

 この異形化形態は、直接戦闘に向いた形態であるが故に、人型形態で扱えた空間操作能力が使用できなくなる、という致命的欠陥があった。破壊の天使らしく、大量の魔物を一気に殲滅する場合にはこの形態で問題ないのだが。

 

 しかし、ディルのように単体で超パワーを発揮する同型の魔物にはポテンシャルが発揮できない。怒りに囚われ形態移行しなければもっと有利に立ち回れたかもしれないのだ。

 

 

 今さらになってようやくその事に気づいたヘルマーだが、宙を舞いながらあることに気づく。

 倒すべき半魔がすでに翼を失っていることを。

 さらに自身に生えた翼。空中戦、もとい遠距離からであるなら、一方的に攻撃できることを。

 そして自身がその攻撃手段を持っていることも。

 

 分たれた上半身の翼を羽ばたかせ、屋上から距離を取る。下半身は憎き半魔の『白い闇』に喰われ、消失していく。上半身の切れ口はかろうじて取り払った。

 

 かの恐るべき『虚無』に仕える『死神(ヴォイド)』たちと同じ攻撃能力をもつ憎き半魔。そいつは屋上から未だヘルマーを見ていた。

 だが、空を飛べない以上、もはや攻撃を届かせることはできない。代わりにこちらは攻撃をし放題。

 下卑た目で狙いを定め、巨大な眼球の先に光が集約されていく。それは一度強い閃光を放ったかと思うと、自身の胴体よりも太い光線を放った。

 

 しかし、迫る光線を前にディルが動揺する様子は無い。

 ゆっくりと左手を前に、右手は支えるように左の手首を持つ。そして、左足を前に、腰をかがめ、呟く。

 

「グラビティ……バリア」

 

 大きく広げた左手に衝撃が走ったかと思うと、その少し先端から球状に、ディルたちを包むように防壁が形成される。

 地球ドミニオンで定義された物理法則の一つ、重力を模した特殊能力。

 本来なら翼がこの重力制御能力を支配しているが、それが千切れた今、最もイメージを具現化しやすい手でそれを操作するしかなかった。そして、エネルギーの消費も甚だしくなってしまう。

 

 放たれた光線が近づいていき、防壁に直撃した。エネルギーの衝撃がビルを揺らし、余波で屋上展望台の望遠鏡やイスが吹き飛ばされていく。

 しかし、まるで透明アクリル板のような防壁は、揺れこそすれどひび割れることは無かった。

 

 

「ナ、ナニぃ!?」

 

 多くの魔界の軍勢を撃破した光線が止められていることに、ヘルマーは困惑した。

 バリアを張りながらも不動のままの半魔。その目はただ前方を見据えていた。

 

 ヘルマーはその目と視線がかち合う。ぞっとする感覚。

 

(アリ得ナイ。コイツハタダノ半魔デハナイノカ?!)

 

 ドミネーターである彼には理解できなかった。

 

 それまで教室で誰とも接さず過ごしてきたディルだからこその孤独を。

 だからこそ、やっとできた友人、そして最初に自らを受け入れてくれた存在(えな)への絆が人一倍限界を突破させていたと。

 

 

 しかし、ディルを崩すことはできない光線でも、その下……屋上の床にとってその破壊力はあまりにも高かったのだ。

 亀裂が入った床は次第に瓦礫となって巻き上がっていく。そして臨界点となったエネルギーがバリアの後方、恵那のいる床ごと弾き飛ばした。

 

「きゃぁぁぁぁっ!!」

 

 彼女を受け止めるはずの柵も瓦礫と一緒に吹き飛ぶ。そのまま恵那は放り出され、フロアの端から消えてしまう。

 

 それに気づかないディルではなかった。直後に光線が途切れたのを確認した彼は、即座に後方へ体を翻し恵那が落ちていった方へ向かう。

 

 

 急ぎ二撃目の力を溜めていた邪悪な天使は、ニタリとした笑みを口の代わりに目で浮かべた。

 

 

 散々邪魔をされたのだ。挙げ句の果てに体の半分をもっていかれるなど。最大の絶望を味わせてやる。

 まずはビルの端に着く寸前で足だけ狙い撃つ。動けない状態であの小娘が落ちていく様を泣きながら眺めるがいい!

 

 

 悪魔となんら変わりない悪辣さ。怒りのエゴはここまで歪んだ怪物(ドミネーター)を生み出すのか。

 背中を見せる隙だらけの半魔に、光線の照準たる瞳が向けられる。

 

 

 

 ところが、ヘルマーの集中を逸らすようにその後方、眼下に広がる街の何処かで爆発が起こる。二つも、だ。

 

「ハ?!」

 

 呆気に取られた化物天使が振り返ると、代わりと言わんばかりにブルーの金属光沢を放つ半魔がその背後に回り込んでいた。

 

「イツノ間ニィ?!」

「やぁ! キミがドミネーターかな?」

 

 声の方へ再び振り返るも、その場には残像も残っていない。高速で飛翔する半魔……黒倉(こくそう)アオイの姿をヘルマーでは捉えられなかった。ディルが出した全力、それ以上の速度を彼女は()()()()出せるが故に。

 

 銃口の無いハンドガンから魔力による牽制射撃。翼を端から撃ち抜いていく。ヘルマーは対応できない。

 

「何よりも(はや)く! それが私さ!」

 

 ヘルマーをその速さで翻弄した直後、その左手にスナイパーライフル大の銃が出現、一体化させる。そして右手は銃身に添えられ、脚部バーニアは直立姿勢を制御するモードへ移行する。

 

 あっという間の狙撃態勢。だが、ヘルマーに動きを許すような真似はさせない。チャージはすでに終わっていた。

 

「ハイスピード・エクスショット!!」

 

 銃口からレーザーと見間違えんばかりの魔力弾丸が放たれる。

 その発射反動に空が歪む。雲が離散する。

 

 

 迅速(じんそく)のバルバトス。

 

 アオイの魔の名である。あまりにも疾い機動力と、それを活かした異次元の狙撃能力が、かの狙撃の名手たる悪魔・バルバトスを彷彿とさせたことから呼ばれている。

 

 

 悪魔と形容される狙撃が天使に放たれるとはなんたる皮肉だろうか。

 

 弾丸は飛翔するヘルマーの中心をあっという間に貫き、尚も勢いが絶えぬまま数百メートル先の地上で爆発を起こした。

 大きなダメージを負ったヘルマーだが、まだ致死には至らない。ドミネーターとしてのエネルギーが膨大な再生力を発揮しているのだ。

 

「マダダァ! 我ガパワースポットハマダ三ツ残ッテイルゥ! アレガアル限リ我ガエネルギーハ無限……」

「おっと、残念。今壊したのでラストさ」

 

 決定的なタイミングで突きつけられた事実。

 アオイが出現したときに起こった二つの爆発がパワースポットたるオブジェを破壊したものだと、ヘルマーは今さらになって理解させられる。

 そして先ほどの一撃は、()()()でオブジェを破壊するよう計算して放たれていた。この事件以前から在処を調査していたアオイだからこそできた芸当だ。

 

 次から次へと行動が破綻させられるヘルマーは、もはや所構わず怒りをぶつけんと、無い口から喚くような雑言が出る。が、アオイは全く気にしない。何故なら()()()()()()()()()()()()()()

 

「ダ、ダガ……エネルギーガ尽キナイ限リ、ドミニオンノ主導権ハマダ我レノ物……」

 

 

『それはどうですかな?』

 

 

 地獄の底から響いたような、かっかした声。

 それを聞いた途端、ヘルマーの身体は電池が切れたおもちゃのように動きが止まる。怪物の体、天界にとっては神聖なる戦闘ボディの表面が、汚い汗に覆われていく。

 

「何ダ……ナンナンダヨォ……?!」

 

 座天使とは思えない恐怖による情けない声が空中に響く。

 その途端、ディルに切断された胴体の切り口から影が伸びる。それは油で勢いを増す炎がごとく拡がり、巨躯のヘルマーをも見下ろすほどの瘴気となる。

 

 その影にヘルマーは見覚えがあった。

 脂でぺっとり立てられ角のように見える髪、尖った耳、細長い触角のような口髭。これらの特徴を併せ持つ()()()()()()を池袋で知らぬ者はいない。

 

『わははははは、吾が輩を封じる物が無くなった以上、茶番はこれでお終い。落とし前をつけさせて頂きましょうぞ!!』

 

 メフィストフェレスのシルエットが巨大なアギトとなってヘルマーに向かう。

 

「ウワ……ァ、ワァ……ウワァァァァァァァァ!!!!」

 

 それが、ヘルマーが残した最期の言葉だった。

 

 

*1
サプリメント『アドヴェント』p24に記載されている人物。七大天使の一人。主戦派の最右翼にして、隙あらば地上での最終戦争を行う大義名分を求めている。




ボスは倒されましたが、ヒロイン落下中。さぁ大変。
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