Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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池袋オーバーライド事件(仮)、これで完結です。


14話「コール・ネーム(8) 」

 

 

 ヘルマーの攻撃により崩れたサンシャイン60の屋上。

 破壊の衝撃により床が瓦礫と化し吹き荒れ、落ちていく。その中には恵那もいた。

 

 そして、彼女を追って破片舞う屋上、高さ二四〇メートルの高度からディルは紐の無いバンジージャンプを決行した。

 

 

 


 

 

 

 気づけば体が勝手に動いていた。

 

 翼は千切れた。身体も満身創痍ってやつだろう。落ちたらさすがに死ぬかもしれない。

 

 だけど。

 

 今、ここで恵那(あいつ)が落ちていくのを放っておけるわけがなかった。

 

 なんで?

 

 『守る』って『契約(ゆびきり)』したから?

 

 ……一瞬そう思ったけどなんか違うな。

 

 恵那(あいつ)はいつもオレを揶揄(からか)ってきて。

 

 そのくせ妙にオレに期待する素振りを見せて。

 

 たった一か月程度しか過ごしてないのに、オレの記憶にちらちら映ってきて……

 

 

 あ……そうか。

 

 オレは恵那(あいつ)のことを──────。

 

 

 そう自覚したとき、無意識のブレーキは無くなっていた。

 

 もはや躊躇う必要はない。

 

 

 強く()()を叫んだ。

 

 

 


 

 

 

 落ちていく。

 

 

 彼の翼はぼろぼろでもう飛べない。

 

 さすがに来ないわよね。

 

 私()()()のために来たら、彼も落ちて死んじゃう。

 

 

 ……でも、『来てくれたら』と期待してしまう自分がいる。

 

 馬鹿みたい。

 

 「私を『守る』こと!」なんて(かこつ)けて『契約(ゆびきり)』させて。

 

 『友達』よりもっと特別な存在になれるって期待してたの?

 

 名前すら呼んでもらえないのに。

 

 

 落ちていく。

 

 

 

 

恵那(えな)ぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 

 

 あ──────。

 

 彼の声が、聞こえる。

 『()()()』とか『()()』じゃない。

 明確に呼んでいた、私の名前。

 声の方へ視線が向く。

 

 その先で、ボロボロの彼が私に手を伸ばしていた。

 

 

 落ちていく。

 

 

 彼の、心に。

 

 

 


 

 

 

 瓦礫と共に落下していく恵那、そしてそれを追うディル。

 そのまま落ちれば恵那が先に地面と衝突するだろう。ならば追いつく。辿り着いてみせる。

 彼に瓦礫を跳び回るなんて器用な真似はできない。だから、横で共に落ちる瓦礫を蹴って下に加速した。蹴りの威力に耐えきれず瓦礫が砕ける。

 

 距離が一気に縮まる。

 

 呼び声に反応して手を伸ばした恵那に、ディルは傷だらけの黒い手を伸ばす。

 

 一五〇メートル下に見えるサンシャイン通りのコンクリート地面。頭から落ちれば二人とも砕け散るだろう。

 

 あと少し。届け。

 

 ディルは残ったわずかな力……重力操作能力を発動させる。

 落下速度のエネルギーに相反するほどのエネルギーはもはや無い。それでも、ほんの僅かでも速度を落として()()()引き寄せることができればいい。

 

 伸ばした手のひらに亀裂が走る。装甲の欠片が弾け、速度に置いていかれるように上空へ散っていく。

 それと同時に、恵那の真横に到達する。

 

 「なんで落ちてきちゃったの」と半ば呆れたように笑う彼女と目が合う。けれども決意は変わらない。

 

(させない)

 

(死なせない)

 

(せめて恵那だけでも)

 

 自らの体を下に向け、ディルの腕は恵那を強く抱きしめる。

 

 

(ぁ──────)

 

 

 抱きしめられた少女の気など、彼にとって知ったことではない。

 地面との直接衝突。半魔であるディルはまだしも、人間である恵那は絶対避けなければならない事案。そのために自身を盾にするつもりなのだ。

 

 落下の速度は増していく。

 

 地面まで残り七〇メートル。

 

 五〇メートル。

 

 三〇メートル……

 

 

 

 衝突する。

 

 コンクリートを叩き割るような重く遠方まで響く音──────

 

 

 

 ……は鳴らず、代わりに聞こえたのは幾重もの葉っぱを揺らす軽く柔らかな音だった。

 

「……え?」

 

(何が、どうなって?)

 

 疑念が湧いた少年は閉じていた目を開く。

 周囲に広がる緑の景色。植物の葉だ。よく観察すると、その隙間から昼間見た大通りの看板なども見える。

 自分たちが引っかかっている枝から下を見た。

 コンクリートを突き破り生えている巨大な樹木。その生い茂る枝葉が二人を受け止めていたのだ。

 

 

 ディルが恵那を掴んだ時、地面には何もなかったはず。何故こんな樹が?

 

 疑問に思ったディルだったが、胸の中で抱かれている恵那が視界に入ると、そちらに意識が割かれる。

 

「大丈夫か?」

 

 声をかける。頭を埋めていた彼女はゆっくりと顔を上げる。

 

「うん。大丈夫」

 

 そう返事した恵那の顔に、特段無理をしている様子はない。強いて言うなら少し顔が赤くなっていたぐらい。あれだけの高さから落ちたのだ。心臓が爆速で動いてもおかしくない。

 それよりもディルは彼女の右頬についた赤い傷に視線を向けていた。

 

 あの時、一瞬だけ発揮した超速度の一撃。あれだけ動けたのなら、こんな傷がつく前に動いていれば、と彼の心を後悔の念が襲っていた。

 

「ごめん……」

 

 魔物としての爪が砕け、露出した人間の指でディルは恵那の血を拭う。

 

 恵那はただそれを受け入れていた。自分の微小な傷よりも、もっとたくさんの傷がついたディルの方が酷い有様だったから。

 取り払うことはできない。そこまでして、自分を守ってくれた彼の意志だから。

 

「……なぁ」

 

 自らの血で汚れが少し残ってしまった頬から手を離し、ディルは話し始めた。

 

「『もう守る必要ねーな』なんて言ったけどさ」

 

 聞こえた昼間の言葉。その詳細な事実を告げられるかもしれない恐怖に、恵那は肩をびくっと震わせた。

 

「訂正だ。これからもオレはお前を守りたい」

 

 告げられたのは真逆の言葉。それはディルが自分の意志で口にしたことで、決意の表明にもなっていた。

 

 そして、それは恵那が今一番聞きたかった言葉だった。

 傍から離れてしまうかもしれない、自分を必要としないかもしれない。そんな不安が押し流されるように。

 

「うん……」

 

 肯定の返事に迷いはない。その目には少しだけ涙が浮かぶ。悲しさからではない。心からの嬉しさからだ。

 

 一方で、恵那にクリーンヒットした言葉はディル本人に思わぬ影響を与えていた。

 

(よーく考えたらこれめちゃくちゃクサいこと言ってねーか?)

 

 恥ずかしさという自傷ダメージだった。

 

 ディルの目線が横に逸れ、しかして変に思われていないかを確認したい欲求は抑えられず、ゆっくりと恵那の顔へ向く。

 

「……」

「……」

 

 吐息が肌で感じられるほどの距離。

 ここで、二人は互いの顔が近いことにようやく気がついた。

 

 落下直後の放心状態で話していたからか、今の今まで気づかなかったのだ。

 そして、落ちたときほぼそのままの姿勢でもあったため、身体も程よく密着していた。

 

 二人とも頬から顔全体、ひいては耳までが紅潮していく。

 ディルが顔を真っ赤にすることはこれまでもあったが、恵那はいつもの澄ました顔が消え、今までしたことのない顔となっていた。

 

 何か話そうにも極度の緊張で、互いに何も言葉が出てこない。

 

 

 

 十秒近い沈黙を打ち破ったのは、樹の下から聞こえた声だった。

 

「おーい、仲睦まじいのはいいけど、そろそろ降りてきてくれないかなぁ。オジサンそろそろこの樹、撤去したいんだけど」

 

 声に反応して振り向いた眼下には、こちらを見上げる日下刑事がいた。

 ディルの存じぬ宗也たちの救出劇に関わっている日下の植物を操る力。落下する少年少女を目撃した彼が、離れた場所ながら落下点に巨大樹木を出現させていたのだ。

 

 

 ところで、今までのやり取りも見られていたかと思ったディルは、それまでの沈黙で抑えられていた羞恥が爆発する。

 

「オ"ッ"サ"ン"!! 見てんじゃね────よ!!」

 

 半ばヤケクソ気味に叫びながら、ディルは恵那を抱えて根元に飛び降りる。

 直後に、巨木は(しぼ)むように消える。

 

 彼女を下ろすと、かろうじて保っていたディルの装甲は瓦解、風化していく。

 

「ったく、もう限界寸前だ……」

「そのようだねぇ。実に見事な『キャッチ』だったよ」

 

 一部始終を見ていた日下はニヤニヤと笑う。神木の精として数百年は過ごしている彼にとって、大変にうら若い彼らは見ていて飽きない存在なのだ。

 そして、永く活動しているが故に、周囲の変化にも敏感だった。

 

「お、街が元に戻り始めてるねぇ。誰かがドミネーターを倒したのかな」

 

 ところどころ区画が入れ替わっていた街の風景が、ぐにゃりと歪みながら元の整然としたコンクリートジャングルに変わっていく。

 

 騒動の元凶(ドミネーター)が真の悪魔(ドミネーター)に飲み込まれたことを彼らは知らない。強いて言うなら、それを解放した半魔が飛び回っていたことを日下が把握したぐらいだろう。

 遠くの方に飛び去っていくブルーの流星を見失った彼は、話題を転換させた。

 

「さて、事件の顛末を聞かせて貰わないとなぁ。一度、署までご同行願えるかな?」

 

 刑事ドラマで散々聞いたような台詞を吐いて、日下は当事者二名を確保する。

 

「うげぇ、もう帰らせてくれよ……」

「おやおや、街が完全に戻ったとき、どんな事件として上書きされるか分からないんだ。変なパニックに巻き込まれたくはないだろう? それに、君たちそんなボロボロで通りを歩けるのかい?」

 

 魔物事件に慣れているベテランの勧告でディルは「あっ」と現状に気づく。

 衣服は千切れてボロボロ、身体の至るところに受けた傷と出血で酷く汚れた姿だ。彼ほど酷くはないが、恵那も瓦礫と土煙で破れと汚れは確認できる。何より、縦に入った右頬の傷は嫌でも人目を惹きつけてしまうだろう。

 ディルは渋々承諾をする。その姿からは、ものの数分前の力強さは全く感じられず、萎びた若芽のようにげんなりとしていた。そんな彼を見て、恵那はくすくすと笑う。

 

「……なんだよ」

「別に? ふふっ」

 

 彼女もまた、数分前の弱々しさはどこへやら、お淑やかに微笑むいつもの姿に戻っていた。

 

 

 そして、先導する刑事に付いて移動を始めた二人。心なしか、その距離は今までよりも近い。

 

 

 夏至の訪れが近い六月初頭。

 夕刻が近づいているにもかかわらず、未だその存在を主張する(ひかり)は半魔たちを照らしていた。

 

 




日下(……え、この子ら付き合ってないの?)

次回は後日談です。
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