Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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後日談です。


15話「束の間」

 

 

 池袋をオーバーライドし、ドミニオン内に大量の魔獣が出現する(はずだった)事件は終焉を迎えた。

 『池袋の夜』の(ドミネーター)であるメフィストフェレスが無力化される危機的状況ではあったが、終わってみれば人的被害も少なく、元凶たる天使(ドミネーター)の行動はお粗末と言っても過言ではなかった。

 それらの影で動いていた半魔たちの全貌を知る者は少ない。

 

 

 

 休日が明け、月曜日。湿気が増えるのに比例して、爽やかな半袖に身を包む生徒が増える季節。登校した彼らは教室にて、過ごした休日を語り合っていた。

 

「いやぁ、昨日は大変だったね! ワニがあんなに早く動くなんて!」

 

 意気揚々と昨日の出来事を語る泰輝。彼が語る出来事は実際の()()と違うものであった。

 

 サンシャイン水族館に運ばれる予定だったいくつかの生き物が逃げ出し、街で大騒ぎになったのだ。中にはホッキョクグマやワニなど人を襲うものもいた。

 建物内部に入り込んで店は荒らすわ電子機器を破壊して爆発させたなど、大事であった。

 

 

 

 ……というように事件は上書きされている。

 直接魔獣を目撃した泰輝も、ドミニオンが消えた後は「逃げ出した動物を目撃した」という認識に置き換わっていた。結論から言えば、彼は『昼の側(アンノウンマン)』のままだった。

 

 アンノウンマンが魔獣を目撃したという事実の消去。それらの情報操作は全てメフィストフェレスの絶大な力によるものだった。破壊された地面や建物まで修復されているのだから相当なものだと伺える。

 ……しかし、知らぬところで異形による犠牲者も出ていた。それら死者を蘇らせることまではさすがの彼にもできない。それら犠牲者は副次的に発生した爆発等に巻き込まれたということになっている。

 

 

 一方、真実を知るディルは……というと、死霊課の刑事たちにたらふく質問責めに遭ったのだ。

 死霊課の本部は桜田門にあるのだが、比較的魔物が多く事件が発生しやすい池袋でもすぐ対応できるよう、池袋警察署にもオフィスが特別設置されている。

 

 事件後に入室したそこで、ディルは()()()()()()以来の事情聴取を受けた。

 黒いオブジェの存在、それを調査していた半魔、ドミネーターである座天使ヘルマー……別段隠すような事もなかったので、ディルは正直に話した。

 手助けしてくれた仮面の道化師のことも。

 

 ボロボロの衣服や傷に関してだが、死霊課関係者である治癒術士が来ていたおかげで、外に出るには困らない程度となった。

 術士が女性だったこともあってか、恵那についた顔の傷は丁寧に治療され、痕など一切残らない完全な回復が施された。

 

 その後、迎えに来た班の皆と合流し、そのまま別れた。それが昨日のことだ。

 

 この事件は死霊課の刑事によって、主犯であるドミネーターが名乗った偽名から「クリニ=エル事件」と呼ばれるようになる。が、ディルたちがそれを知るのは後のこと。

 

 

 

「にしてもウチらが服屋でいろいろ見てる間にあんたらがそない変なもん見たとかずるいわ。人生でそんなん滅多に見れへんで」

「ずるいも何もあるかよ。こっちは死ぬかと思ったんだぞ。()()()()()()()()()なんてさ」

 

 これといったものと出くわさなかった爽帆の感想に、()()()()()返答する宗也。ノウンマンである彼に事件の上書きは発生していなかった。あの場で起こった出来事も全て覚えている。

 けれども、事実を言う必要など無いのだ。魔獣なんて存在しない。その方が今の平穏な日常は守られるのだから。彼はそれをよく理解している。

 

 

「ディル君もハゲタカに襲われて怪我するなんてついてないね」

「そーだな」

 

 顔や腕のところどころに絆創膏を貼った姿のディル。彼が思っている以上にダメージを負っていたため、取り調べの間の短時間では完璧に回復するまではいかなかった。彼が恵那に時間を割かせたのもあるだろう。

 

「でも私を守るために孤軍奮闘する姿はかっこよかったわよ」

「へー、やるやん黒装〜」

「あ、でもハゲタカって獲物が弱ってないと攻撃しないんだ。あれ、つまり流蘭院さんが狙われたんじゃなくてディル君が弱く見えただけ……ってコト?」

「草」

「雑魚に思われとるやん」

「お前らぁ────っ!!」

 

 ディルの猛る喚きが教室の窓から漏れる。ドミネーターとの激闘は「はぐれた恵那と屋上で合流したら逃げ出した()()()()に襲われた」という設定に打ち合わせておいたのだ。

 

 ぎゃいぎゃい騒ぐ爽帆宗也泰輝ディルの四人を他所に、一歩引いて見ていたアユミはどことなく違う雰囲気を感じたのか、恵那にひそひそと耳打ちで話しかけた。

 

「あの、恵那さん……黒装さんと何かありました?」

「!! ……べ、別に何も

(分かりやすすぎる……)

 

 アユミからそのような質問が飛んでくるとは一切思っていなかった恵那。

 口は閉じたまま口角だけが上がりきり、目はぱっちり開きつつ視線だけが下を向く。明らかにドギマギしている者の反応である。

 その様子に他の人間は気づいていない。

 

 

 

 それら喧騒も始業のチャイムで春ノ戸が入ってきたことでお開きになる。

 

「皆、たぶん話題になっていると思うけど昨日の池袋内での事故で怪我は……」

「ディル君がハゲタカの餌食に!」

「リア充行動の末路です!」

「あぁうん、大丈夫そうだね」

 

 「恵那と二人きり」という情報だけを又聞きした他の男子生徒たちによる怨嗟の声も混じる文言を軽く流す春ノ戸。しかし次なる野次は彼に向かった。

 

「ラーン先生! 近場に住んでるのに大丈夫だったんですか?」

「僕は妻と上野に行っていたから……」

「ヒューッ! デートですよこいつぁ!」

「惚気ですよねぇ? 惚気ですよねぇ?」

 

 チンピラのような文言を担任教師に浴びせていく生徒たち。春ノ戸は大きな溜め息を吐きながら「そうだよ」と肯定していた。かろうじて大人の余裕は崩していない。

 机に肘をかけながらその様子を見ていたディルは、遠い目でそれを見ていた。

 

(昨日半ギレだったから今日は比較的大人しいな……)

 

 昨日の事件後、『保護者』として春ノ戸は日下に呼び出されたのだ。デート中だったにもかかわらず!

 ディルは『とある事情』で監察処分中であるため、そんな彼絡みで呼び出された春ノ戸は「彼が問題を起こしたのでは」と気が気でなかったのだ。

 実際のところ、彼自身は問題を起こしていなかったものの、相当に無茶をしたことに変わりはなかった。そのため、妻と一緒にオフィスを訪ねた春ノ戸の顔は、笑顔ではあるものの口や目元がえらくひくついていた。プライベートの邪魔立てによる怒りと身を案じる心配とが複雑に混ざっている表情だった。

 

 そんな物を見た次の日なので、今なおクラスメイトたちに野次を飛ばされつつも平気な顔を通す担任に、ディルは少しだけ同情した。

 

 

 


 

 

 

 そして時間は夕方に移る。

 

 六限目が終わり、部活動に向かう者、塾へ向かう者、生徒たちは各々の理由で教室を後にする。

 

 無論、教室に残る理由もないディルもそうである。友人たちと行動することがない今日のような日は一人で帰宅。たまにアルバイト。それが彼のルーチンだ。

 

 

(……のはずなんだけどな)

 

「爽帆たちが言っていたんだけど、新宿駅にできたプリンの店がとても美味しいんだって!」

 

 路地を歩くディルの横にいるのは恵那。教室を出ようとしたところで捕まり、「何もないなら途中まで一緒に帰らない?」と流れで歩き始め、今に至る。断る理由もなかったが故のイベントだ。

 

「プリン……そもそも食ったことねーんだけどあれってゼリーとどう違うんだ?」

「え? 黒装クン食べたことないの?」

「そりゃ東京(こっち)きてから初めて知ったからな。孤児院だと作れるもん限られてたし……」

 

 違いを説明しようとした恵那だったが、ディルが過ごしてきた環境の違いを示す『孤児院』の単語に食いつく。

 昨日、日下がさらっと呟いた経歴の中にもあった過去(それ)を恵那は知りたがっていた。

 

「ねぇ、孤児院ってどんな場所だったの?」

「あー……なんだ、色んなとこから拾われてきた奴らが集まってなんとか生きてるとこ」

「……その、あまり聞かない方がよかったことかしら?」

「いや、悪いとこじゃねーぞ?! 皆いい人で、家族っつーか……そりゃ()()したときは悲しかったけど……」

「壊滅?」

「あ、取り壊されるときだよ! オレ見てたからさ!」

 

 暫しの沈黙。気まずい質問と回答をしてしまったが故の「何を言えばいいんだろう」という悩みが起こっていた。

 短いようで本人たちにとって長い思考時間は、先に何か思いついた恵那によって打ち破られた。

 

「そういえば黒装クンの翼、千切れてしまっていたけど……あれは治るの?」

「オレの変身は解いて体力回復したら治るんだよ。こーいうときは便利だなって思う」

「ふーん……じゃあ次ピンチになったら空を飛んで助けてくれるかもってことね」

「馬鹿言え、んなピンチがそもそもあってたまるか」

「えー? 『お前を守りたい(キリッ)』って言ったのに」

「それとこれとは話が別だろーが!」

 

 住宅街の道路で男女のはしゃぎ声が響く。

 

「にしても珍しいな。恵那が『夜の側』絡みの話をするなんて」

「あら、ただの興味本位よ。……それに」

「それに?」

「うふふ、内緒♪」

 

 そう言って恵那は人差し指を口に当ててチャックのように左から右へ動かす。

 

「オイ! そこまで言って何が内緒だ気になるじゃねーか!」

「ホントに些細なことなの! もう!」

 

 少し恥ずかしがる少女が何を思っていたのか、少年は気づく様子もなかった。そんな『些細』を楽しむ会話が続く。

 

 そして交差点に出たところでそれは終わりを迎えた。

 

「じゃあ私、あっちの方なの。また明日ね」

「おう。じゃあ明日な」

 

 「明日もある」という期待からか、あっさりと挨拶を交わし終える二人。

 手を軽く振り、交差点の向こうへ消える恵那を見送りディルは反対の方向へ歩き出す。

 

 ふと、胸に込み上げている充足感にディルは気づいた。

 誰かと会話して、何でもない話で盛り上がって。ツキ高に転入して半年近く、さらに言うならもっと前から、そんな当たり前を忘れていた。それを思い出して尚、ディルはそのきっかけたる恵那への気持ちを再認識していた。

 

(『夜の側』の話もしていくうちにどっかで()()()もしねーとな……)

 

 未だに消えぬ過去への想いを巡らせていく。その片隅に映った『とある事件』と『ギヴィング・デス』を思い出す。

 

(そういえばギヴィング・デスのヤロー、昨日は最後まで現れなかったな……)

 

 ドミネーターを口上とハッタリだけで圧倒していた地獄の道化師は行方が知れぬままだった。

 

(まさか逃げたか、それともあいつがドミネーター(ヘルマー)を倒したのか?)

 

 ビルから飛び降りた後、ヘルマーの追撃はなかった。日下に助けられ数分の内にドミニオンは崩れ始めた。となれば、その間に何者かがヘルマーを倒しているはずなのだ。

 しかし件の仮面道化師は神出鬼没。行方を探し聞き出すのが難しいことは彼自身一番よく分かっていた。

 

 何より、昔の礼を結局言えぬままだったのだ。ディルはそのことを少しばかり悔いていた。

 

 

 

 そんなことを考えている間に、自らの寝床……学生でも借りることができる安アパートが見えてくる。これといって人通りがあるわけでもない住宅地の片隅。

 しかしそこに見慣れない人物がいるのをディルは見逃さなかった。そしてその視線に気づいたのか、謎の人物は彼に話しかけてくる。

 

「やぁ! 昨日は大変だったね!」

 

 それは昨日、ディルの危機を救ってくれた半魔、黒倉(こくそう)アオイだった。

 

「なんでここいるんすか」

「ハハッ気になることがあったからね」

 

 「どういった目的で」ではなく「どうやってここを知った」が聞きたかったディルだが、この人物がメフィストと知り合いであることを考え、それに頭のリソースを割くことは諦めた。

 それよりも先ほどから道端で考えていた疑問、その候補の可能性に思い至り、ディルは質問を彼女にぶつけた。

 

「……もしかしてあの天使もどきを倒したのはあんたなのか?」

「天使もどき? あぁ! あのドミネーターか! んー……少し惜しいね。確かに攻撃は加えたけど、あくまで例のパワースポット潰しのついでさ。トドメはメフィストがゴックン、とね」

 

 あっさりと言った彼女の答えに、しかしながらその速度を目撃していたディルは腑に落ちるように納得した。

 

(あんだけの速さだったらそりゃそうだよな……変な誤解もしたまんま去ってったし。まさかそれ絡みのからかいで来たとかじゃねーよな?!)

 

「ハハハ! 別に彼女さんのことで来たわけじゃないよ!」

「かかかかの……ちっっげ────よ!! まだそんなんじゃね──────し!!」

()()?」

「うっ……」

 

 まるでエスパーのように考えていることを当てられてしまったディルは条件反射で言葉を返し、挙げ句の果てにボロが出て見事にアオイに揶揄われていた。

 

 ケラケラと笑う人生の先駆者に対応が疲れたのか、ディルは変な叫びで負担がかかった喉を休ませるべく本来の用件を伺う。

 

「で、何なんだよこっちに来た理由(わけ)は」

「ハハハ……」

 

 しかし、笑みをニヒルなものに切り替えたアオイが答えたのは、彼が想像だにしないものだった。

 

 

「キミは……『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)』の生き残りだろう?」

 

 

 その言葉を聞いた時、ディルは目を大きく見開いた。まるで信じられない物を見たような顔で。

 

 

 ビルの向こうで日が沈みきり、夜を告げる。

 冷たい風が、道路の上を駆け抜けていく。

 

 避けられぬ過去が、やって来た。

 

 




次回、過去編。
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