Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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思ったよりも長くなりそうな過去編二話目。あと二、三話ぐらい続きます。


17話「黒き装甲の子供たち(2)」

 

 

 ある日の夜中のこと。ふと、ベッドの上でディルのまぶたが開く。

 

(おきちゃった……)

 

 昼寝をしすぎてしまったわけでもなく、翌日に楽しみのイベントがあるわけでもなく。単に眠りが浅かったのか、唐突に目が覚めたのだ。

 窓から光は見えない。月明かりの無い曇り空が映っているだけだった。

 

 もう一度眠りにつこうとまぶたを閉じること五分。眠気は彼の下から去っていた。

 

(フリックさんまだおきてるかなぁ……)

 

 横になるだけで夜を過ごせるほど暇への耐性はないディルは、『研究』で起きているかもしれないフリックの部屋へ向かうことにした。同室の子供たちを起こさないよう、ゆっくりとベッドから降りる。

 

 静かな廊下。中には他の部屋からのいびきらしきものも聞こえるが、些細な程度だ。

 

 歩みを進めていくと声が聞こえてくる。フリックの部屋からだ。他の職員か、それとも電話か。

 

 こっそり聞こうと歩みをさらにゆっくりにする。近づくたびに声がはっきりしてくる。部屋の扉は閉まっている。電話中であるなら終わるまで待った方がいいのだろうか。そう思い扉に耳を当てる。

 

「……現状、『魔の因子(フェクテア・デザイア)』が暴走する事態は発生しておりません。あとの懸念材料は定着しきった数年後に起こる魔獣化ぐらいかと」

『そうか。ならその調子で経過を観察したまえ』

 

 誰かと話していることがディルには分かった。しかしそれが何の話なのかは分からない。

 

「お言葉ですが、何度も申し上げているように、解毒薬はこちらで保管できないのですか?」

『申し訳ないが、『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)』は単体でも最高戦力になり得るものだ。万が一他の組織に奪取されよう物なら、保有戦力図が一気に変わる。それを防ぐためにも自壊作用は残しておかなくてはいけない』

 

 十歳に満たないディルにとって、それら難しい言葉の羅列は聞いていて退屈なものだった。

 次第に眠気が戻ってくる。

 扉越しにもうじき通話が終わりそうであることが分かったものの、睡魔の誘惑には抗えずディルは自室に戻っていった。


 

 


 

 

 

 三年が経過した。

 

「あーあ、ルリさんたち行っちゃったなー……」

「そりゃいつかはこうなるって分かってたろ。あの人らもずっと子供じゃねぇんだし」

 

 孤児院の丘を下っていく上回生たちを見送りながら会話するディルとミント。

 この日は二人よりも年上である上回生三人が孤児院を卒業したのだ。卒業した彼らは都に近い高等学校へ進学するらしい。

 

 ディルは十二歳。以前よりも幾許かは物心がつき、去っていく人々を見て複雑な感情を覚えるようになっていた。

 それを見たカンナが彼の服をぎゅっと掴み話しかける。

 

「ディルにぃもどこか行っちゃうの?」

「えっ……うーん。オレ将来の夢とか何もねーしな。でもいずれ……」

「あの人らは同じ歳だから一緒に卒業したって話だ。アタイらも通信課程で一年二年ここで過ごしてから一度に卒業ってのもできるぜ」

「さっすがミント姉! 物知り!」

「馬鹿言え、自分の今後に関わってるくることなんだ。調べて当然だろ」

「じゃあ私が『卒業』するまでみんないて。お願い」

「え」

「やれやれ。なんだかんだカンナが一番強情だな」

 

 先の分からない未来への不安。それは歳下の者が一番感じていたのかもしれない。他の皆と比べておとなしかった彼女は特に。

 

 

 数日後、上回生たちが乗ったバスが事故に遭い、彼らが亡くなったことを皆は聞く────。

 

 

 


 

 

 

 さらに三年が経った。

 

 麓の中学校から孤児院までの林道。そこには、道を駆け抜けるディルの姿があった。未舗装の田舎道を樹々の間から漏れる日差しが照らす。

 

 道を走る中、人とすれ違う。鮮やかな青い布を羽織う女の子。顔は帽子で隠れてよく見えないが、背丈はディルとあまり変わらない。年の近い女子と接することには慣れているため、純粋に服装の珍しさで視線が動いた。

 

(珍しい子だな……マジシャンってやつかな?)

 

 通り過ぎた人影に一瞬思いを馳せるが、すぐに帰路をまっすぐ向き直し林道を駆けていく。

 

 林道を抜け、草原が繁る丘に出る。踏み固められた土は、一本道として丘の上の孤児院へと続いている。坂道が続けど、ディルの足は勢いが衰えることはない。

 

 

「ただいま!」

 

 威勢のいい挨拶とともにディルは孤児院のドアを勢い良く開けた。

 音に誘われてエントランスに他の子供たちがやってくる。

 

「ディルくんおかえりー。ちゅうがっこうおわったのー?」

「おうローリエ。終わって爆速で走ってきたとこ。あれ? ミント(ねえ)は?」

「ミントちゃんはおひるごはんたべたあとに樹のうえいったよ」

「てことは、まーた洗い物サボったな」

 

 ミントは中学校を卒業後、孤児院を発たないように通信教育を受けながら過ごしていた。フリックの研究の手伝いをするという目的があったからだ。無論、小学生に当たる歳下の子供たちの世話も兼ねている。

 

 ディルはドアに向かってUターン。外の月桂樹にずかずかと歩いていく。ミントがサボると、子供たちの中で今や二番目の年長者であるディルにツケが回ってくるため、彼が癪を飛ばしたくなるのも致し方なかった。

 

 いくら年数が経とうと、ミントのお気に入りの場所が月桂樹の枝の上ということに変わりはなかった。何かストレスを抱え込んだときに枝の上で麓を眺めるのはもはや彼女のルーチンだったのだ。

 故に、いないときはそこを当たれということをディルもよく分かっていた。

 

「オイ、ミント姉! 洗い物の当番ぐらい守れって……」

 

 大樹の横でうずくまる彼女を見たディルは口が止まる。

 

 

 腕が黒く染まっている。

 

 

 樹から落ちて怪我でもした? 違う。

 

 石の欠片がごとく光沢が、魚の鱗のように幾重に散らばっている。まるでおはじきをたくさん重ねたみたいに。

 

 しかし腕、さらには足までを覆うその『黒』だけなら何か塗っただけとも思えたが、頭のバンダナを突き出た角が異常事態であることを表していた。その口からは吐いたような血の跡。

 

 ミントは魔獣化しつつあったのだ。

 

 猛烈に嫌な気分がディルに押し寄せる。

 身近な存在が人でない何かに変わりつつある様子に、恐怖と不安、絶望……あらゆる負の感情が列を成して寄りかかってきたのだ。ドミノ倒しのようにコトリ、と。

 

 

 

 次の瞬間、ディルは心臓が強く波打つ感覚に襲われる。

 

(何だ? 体がざわざわする……)

 

 両手を見る。汚れの無い薄ピンクの皮膚。

 しかし、そこに黒い模様が写ったかと思うとそれは結晶のように形を浮かび上がらせる。かと思えばその結晶はとめどなく増殖していく。

 

「ぁ……あ、ぁ……あアァァ……」

 

 手から腕に、足先から膝上に、頭にも結晶が生み出され形を成し、彼の体を覆っていく。まるで第二の皮膚と言わんばかりに。

 

「あアァあぁああああああアアアァぁああ!!

 

 湧き上がるような苦悶の叫びが丘に響く。体の内側からせせり出すような衝動。震え、吐気のせめぎ合い。開いたままの口から唾液が垂れるが気にしていられない。

 

 背中が疼く。皮膚の下にある『何か』が外に出たいと暴れ狂う。

 

 

 やめろ。そこから先は戻れなくなる。出るな。頼むから()のままで────

 

 

 糸が切れるように、精神の緊張が限界を迎えた。

 

 すると、『何か』が背中を突き破り現れる。

 それは自身の体など軽く覆ってしまえそうな黒い膜のような翼。

 

 そして燃え盛るような体のざわめきは消火されたように落ち着いていく。

 

「なんだ……よ。これ……」

 

 黒き装甲の魔獣が、目覚めた。

 

 

 


 

 

 

 壁に何かが強く叩きつけられる。膝を崩しているのはフリックだ。その右頬には赤い腫れができていた。

 

 彼の正面に立っているのは拳を強く握り締めたディル。魔獣化をなんとか解除できたものの、体の一部に黒い結晶は残ったままだった。

 結晶が装甲のようになっている手ではなく、人間と変わらないもう片方の手で殴りつけたのはせめてもの温情だった。

 

「オレ達を……騙してたのかよ!?」

「……」

 

 彼らが魔獣化したのは、とある計画のためだった。

 

 

 

 『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)』。

 

 メルキセデク社*1の傘下企業・レイヴン製薬*2が行っている研究計画。

 様々な手段で集められた魔物の欠片を抽出、錬成した『魔の因子(フェクテア・デザイア)』と呼ばれる結晶を、人間の子供に植え付け、教育し、魔物に覚醒させて尖兵とする。

 

 いわば、『人間を魔物の兵士にする』計画。

 

 黒装孤児院はこの計画のための施設だった。各地で魔物としてのポテンシャルを秘めた子供を選抜し、入所するときに『魔の因子』を胸部に植え付けていたのだ。

 子供たちを薬草(ハーブ)と見なし、卒業……いわゆる魔物として覚醒した暁には黒い装甲の尖兵として摘み取る。決して表に出せない意味が込められていた。

 三年前に亡くなった上回生たちは高校に進学したのではない。覚醒寸前、部隊として組織されるために、メルキセデクへ誘致されていたのだ。それもバスの事故(他の組織の襲撃)で台無しにされたのだが。

 

 

 

「何も答えないなら別にいい」

 

 黙ったままのフリックへの苛立ちから、彼は後ろを向いてドアへ向かう。

 

「けど、あんたなんか……嫌いだ……っ!」

 

 部屋を出る去り際にディルが吐いたのは、かつてない強い拒絶の言葉だった。フリックを睨んだ目も、強い怒りを宿していた。

 そして、ドアが叩きつけるように強く閉じられる。

 

「いいのかよ、フリック」

 

 隅で聞いていたミントが話しかける。彼女はディルと違い、魔獣化は解けていない。結晶のような装甲が多く残ったままだった。

 

「……」

 

 フリックはまだ答えない。見かねたミントは後ろに隠し持っていた何かを取り出した。

 

「日記、丁寧な字じゃん」

「ミント、君は相変わらず要領がいいね……」

「まぁな」

 

 彼女が持っているのはフリックの日記。装丁は剥がれ、茶色く色褪せたページが見える。

 

 

 

 フリック・アドワルソンが教壇を降りたのはレイヴン製薬に招致されたからではない。正確には、教壇を()()()()()()に招致されたのだ。彼が降りていた理由は単純なものだった。

 

 魔物に教え子たちを殺されたのだ。

 

 地方のスクールにいた彼の教室は、彼が席を外した数十分の間に惨劇の場へと変えられた。

 

 心を痛めた彼は絶望し、外に出なくなった。

 さりとて、優秀であることを聞いていたレイヴンのエージェントは彼に囁いた。

 

『子供が自ら戦えるようになれば、死なずに済むぞ』

 

 子供が自らの力で戦えるようになれば、大人がいないときに魔物に襲われても対抗できる。

 その考えに取り憑かれ、フリックは『夜の側』への片道切符を手に取った。

 

 そして、各地から集めた孤児に『魔の因子』を植え付け、孤児院で育て続けていた……

 

 

 

日記(これ)を見せときゃ多少は情状酌量してくれたかもだぜ。よかったのか?」

「君たちを蝕んでしまったことには変わりないよ」

「そうかい。まぁ……拾われるときに根こそぎ計画を聞いたアタイと違って、ディル(あいつ)は何も知らずに過ごしてきたからな。そりゃ裏切られたって思うわけだ」

 

 事情を知り尽くしていたミントはフリックにせめてものフォローを入れる。

 しかしフリックは頑なに自身を責める。

 

「……ミント、その日記を読んだのなら分かるだろう? ディル君は本来ここにいないはずの子供だってことを」

 

 日記の中にさらに書かれていた事実。拾われる孤児たちには条件があった。それは『魔の因子』への適性、すなわち魔物としての適性だ。

 ディルは分析の結果、その数値は基準値を満たしていなかった。

 

 本来なら別の民間孤児院などに放逐されていたところを、フリックは「それでも」と黒装孤児院(ここ)で引き取ることにしたのだ。

 

「見捨てておけなかったんだろ? 自分の小さい頃と似てたから。だから名前を与えて、ここでみんなと過ごさせた」

 

 幼少期のフリックも虐待を受けていた。その後様々な人に助けられて今に至ったのだ。

 

「……彼には生きる意味を見出して欲しかった。それを見届けたかった」

「でもそれはお前の押しつけ(エゴ)だ」

「そうだ。だから、私は願望(エゴ)の報いを受けなきゃいけない」

 

 そう返答したフリックの頬は、教え子の手痛い一撃で赤く腫れ続けていた。

 

 『卒業』の時期が近づいていた。

 

 

*1
魔物を捕らえて解析した技術で発展した暗黒メガコーポ。詳細はサプリメント『ディケイド』p33に記載されている。

*2
実はメルキセデクと同じく『ディケイド』p33に記載されている。メルキセデクグループのバイオテクノロジー・製薬部門を担っている。




ちなみにディルが本気でフリックを殴っていたら、例え魔獣化していない腕であっても頭を粉砕するぐらいの威力でした。あぶな……
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