Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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思ったより長くなりましたが、これにて過去編終了です。


20話「黒き装甲の子供たち(5)」

 

 

 背中がふかふかに包まれている。背中だけじゃない。足先から頭まで全身が、だ。そこで体が横になっていることに気づいた。

 瞼を開ける。孤児院の木目とは違う石膏ボードの天井。

 

「どこだ……ここ」

 

 ディルが目を覚ました場所はどこかのオフィス、そこに設置された仮眠室だった。整然とされた床や配置された机。普通の人間なら当たり前に感じるそれらは、オンボロの孤児院で過ごしてきた彼にとって見たことのない景色だった。

 

 起き上がろうと体を起こしたとき、手元にジャラリとした音の違和感。右手と左手を繋ぐ金属の鎖……手錠がかけられていた。

 

「!?」

 

 手錠は拘束用の器具。そして寝ている間に自分を拘束する必要性、最後の記憶がレイヴン製薬の付近の屋上。

 それらが組み合わさり、ディルは最悪の可能性に思い至った。即ち、『レイヴン製薬に捕まった』ということ。

 

 そう思ったとき、彼の行動は早かった。ここから逃げ出すべく、仮眠用のベッドから飛び出した。衣服は剥かれていない。好都合だ。そして邪魔な手錠を破壊すべく力を込めようとした時だった。

 

「おっと、壊すのは遠慮して欲しいなぁ。備品もタダじゃなくてねぇ」

 

 仮眠室に入ってきたスーツ姿の男と鉢合わせた。

 

 背筋はまっすぐではあるものの、こけた頬と目の下のシワからディルよりも数十歳上の人物だと分かる。暗い青をした藍色の髪は前がばっさりと垂れているのに対し、後ろ髪は一つに括られていた。

 

 胡散臭さを強める垂れ目を見て、ディルは直感的に「こいつとマトモに取り合ってはいけない」と感じた。

 即座に突破しようと試みる。が……

 

「動いたら首が切れるよ」

 

 いつの間にか喉に当てられた透明と何ら変わりない刃。()()で形成されたその刃はディルの急所をいつでも捉えられる位置に浮遊していた。前に少しでも進んでいたら、自らの速度で頭と胴は真っ二つになっていただろう。

 

「あんた、一体……!」

「まぁ落ち着きなよ。ここに他の組織は来ないからさ」

「てめーらレイヴンのとこに他の組織が来るわけっ……」

「何を勘違いしているのか知らないけど、ここは警察署さ」

「え」

 

 何としても逃亡したいディルの警戒を解いたのは中年男性の冷静な言葉だった。

 警察署。孤児院にいた頃に交番という存在は知っていたが、署までなるとイメージは全く掴めていなかった。そして、目の前の男が刑事だということは想像に易かった。

 

「……にしてもレイヴン、ねぇ。近場にいたからまさかとは思ったけど、ホントにあそこ絡みかぁ」

 

 男の口ぶりから面倒くさがる心情が溢れていた。ディルはレイヴン製薬の社会的立ち位置をなんとなく把握し始め……違和感に気づく。

 ミントから『昼の側』と『夜の側』の区別ぐらいは聞いていた彼は、レイヴンが表向きにはただの製薬メーカーであることを知っている。それを厄介な目で見たこの刑事はつまり……

 

「あんた……まさか、魔物を知ってんのか?」

 

 ディルは恐る恐る尋ねた。それを聞いた刑事は動きを止めたかと思うと、その身に纏う気配を一変させる。

 

「おやおやぁ、知ってしまったね君ぃ。知られたからには消えてもらおうかぁ」

 

 それはディルの目におぞましきものとして映っただろう。眼光と上がりきった口角しか見えない顔と、括られた髪が草木の怪物のようにざわめく悪魔(デーモン)のような姿。

 ディルが歯をぎりと噛む表情を見た男は風船が縮むように元の胡散臭い気配に戻る。

 

「もしオジサンがその手の者だったら君、今ので終わってたねぇ。こういう場合下手に喋らない方がいいよ。ボロが出るから」

「あんた、ほんとに何者なんだよ……」 

 

 二転三転と撹乱され疲れた表情を見せたディルに男はようやく身元を明かす。

 

「私は警察庁資料編纂課、『死霊課』の刑事さぁ」

「しりょうか……?」

「驚いた。死霊課も知らないのか。いろいろ聞きたいけど……まずはこちらのことを知ってもらった方がいいか。オジサンに付いてきなぁ」

 

 男はそう言うと歩きだし、同時にディルの動きを止めていた透明な刃は消失する。逃げるチャンスが生まれたと一瞬思ったディルだが、すぐその思考を放り投げる。「次にそれを行えば今度こそ本当に首が飛ぶ」、前の男はそれを実行できる力があると彼はしっかりと理解していた。

 

 ディルは中年刑事に付いていき仮眠室の外、書類棚だらけのオフィスへ出たと思ったらさらに別の一室に向かわされる。

 

 大きめのデスクが用意されている快適そうなガラス張りの部屋。そこにまた別の男性が座っていた。ディルを連れてきた刑事と年は近そうだが、その黒髪には白髪がいくつか見えていた。

 

「長沢さーん、連れて来ましたよぉ」

「あぁ。ようやく目が覚めたのか。かなり長かったな」

 

 その男性は飄々とした横の青髪中年と違い、一見普通に見えるがその目には鋭さを宿している。

 

「私は長沢(ながさわ)(りょう)。ここ、『死霊課』の課長を務めている」*1

「長沢さん、この子死霊課も知らないんだってさ。ちゃちゃっと説明しちゃってくださいなぁ」

「日下……お前さては変に疑念をかける真似をしたな? ……まぁいい。我々は警察の中で対魔物事件を捜査する部署だ。とはいえ、()()()()()()()を封殺する組織じゃない。俺たちの仕事は事件の収拾だ」

 

 癖のない落ち着いた喋り方は、ディルの単純な脳細胞に説明を浸透させていく。

 死霊課の仕事──魔物を排除するのではなく、人間社会との境界を維持する行動。それを話し終える頃には、ディルに宿っていた警戒心は消えていた。

 

「さて、次は君について聞かせてくれないか。我々はそれを聞いた上で有効な策を考案したい」

 

 交渉術にかけて、彼の右に出る者はいないと言われる長沢。その彼に懐柔されていることをディルは気づかない。

 

 そして彼は話し始める。自身の生まれ、孤児院で過ごした日々、魔物への覚醒、多くの犠牲……そして、地獄の道化師に命を救われたことを。

 

「……『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)』の生き残り、か」

「長沢さん、ありゃあ確か陣海(じんかい)君あたりが突き止めた案件じゃありませんでしたっけ?」

 

 実は、死霊課でもその計画は確認されていたのだ。レイヴン製薬が孤児を集めて何かを画策している、というところまで。しかし、摘発に向かった時にはすでに黒装孤児院は壊滅していた。

 

「それが一年ほど前だな。生き残りはおらず、レイヴン製薬の方でも計画は凍結されたと聞いていたが」

「私としちゃあ、手助けした地獄の道化師(デーモン)ってのが気になりますな。痕跡も全部消して命まで助けてくれるなんて怪しすぎますからねぇ。君、怪しい契約でも結んでない?」

「知らねーっす……」

 

 ギヴィング・デスに関してはディルの方が詳細を聞きたいぐらいだった。実害はなかったとは言え、彼の心は散々に掻き回されたのだから。そして、助けられた以上、その礼を言えずじまいだったことがずっと胸に引っかかっていた。

 

「何にせよ、君の事情は把握した。今後のことを考えよう。しかし君はまだ未成年だ。私としては鳴沢(なるさわ)学園への編入を勧めたいところだが……」

「鳴沢学園?」

「池袋にある全寮制の『魔物の学校』さ」

 

 鳴沢学園。

 池袋の南に存在する、強固な塀で囲まれた学校。アンノウンマンの存在しない閉じられたドミニオンであり、一言で言えば魔物(もとい半魔)を人間社会に適応させるための学校だ。*2

 ここに入れば、外部からの下手な干渉は受けないだろう。逆に言えば、卒業するまで外に出ることはできない。

 

「どうかな。悪くない話とは思うのだが……」

「断る」

「……ほう」

 

 ディルの下した決断は拒否だった。

 外に出ることは出来ない。それは怨敵と恩人、それらを探す彼の目的(エゴ)を遮るものだ。

 

 しかし、その心内を読むように日下と呼ばれていた刑事はディルに語りかける。先ほど彼を脅した時の悪魔と変わらない気配で。

 

「君、もしかしなくても社会に迎合しようという気があまり無いだろう? 己の目的を優先したいがあまりにねぇ。そんな()()を野に放つ訳にはいかないんだなぁ」

 

 何をしでかすか分からない「単体で最高戦力」と評される魔物兵器の解放。それを止めるために脅しをかけるのは死霊課刑事として当然だった。

 しかしそれでもディルは怯まない。日下から目を逸らさずに堂々と自分の言葉を述べる。

 

「オレには探さなきゃいけない奴がいるんだ。それを……曲げるわけにはいかねぇ」

 

(例え今、この場でやり合うことになっても)

 

 ディルの目は真っ直ぐに日下を捉えている。互いの魔の気配で空間が歪む。

 一触即発にもなりかねない雰囲気の中、交渉を得意分野とする長沢が口を開いた。

 

「そうか。君がそういう考えならば我々もその方向で対応しよう。探し人がいるのなら、情報が集まりやすいこの池袋に留まる方が()()()だ。そうなると、自然と街に馴染める身分も必要だ。一般の学校に通う、とかな」

 

 さらっと出された効果的提案。ディルがうすらぼんやり考えていた放浪がてらの情報集めより、何十倍もマシだろう。

 むしろ長沢はこれを狙っていたのかもしれない。『ギヴィング・デス』という謎の魔物への情報手段として彼を登用すべく。

 

「そのためにも、君がどの程度の力量なのかを把握したい。というわけでだ。日下、教育係はお前がやれ」

「え。……長沢さん、私も暇じゃあなくてですねぇ……」

陣海(じんかい)やツキ高の(はる)()を育てあげた奴が何を言うか。それにお前が以前の報告書をすでに完成させていることは知っている。催促されたら出すつもりだっただろ」

「うへぇ……」

 

 気の滅入るような声を上げる日下。それまで教育した人物たちの例から、身分証などの書類作成や転入手続きまでが仕事に入っているのは目に見えていたからだ。

 中年刑事はディルの方をくるりと向き直って言う。

 

「三日。君に色々叩き込む猶予は三日だ。いいね?」

 

 その形相には脅しの意味も含まれていたが何より「仕事を増やしたくない」という強い焦りも見てとれた。

 魔の気を纏ったその時より必死な顔に別の意味で気圧されたディルだが、返事しようとして呼び方が無いことに気づいた。

 

「それはいいけど、名前ぐらい言ってくれよ」

「何だ日下、お前また下手に情報を出すまいとしていたのか。だから胡散臭く思われるんだぞ」

「あ〜……へいへい、どうせこれは性分ですよぉ。私は日下(くさか)(らん)死霊課(ここ)では課長補佐官やったりもしてますよ、っと」

「そっすか」

 

 少年の生意気な返答に日下はかつての教え子の姿を思い出していた。

 

(最初の頃の春ノ戸君みたいだな。このスレた感じは……)

 

 

 


 

 

 

 死霊課と繋がりのある日本政府直属の退魔組織『神宮警察』。死霊課の隊員の訓練も対応するこの組織の都内管轄区域で、ディルは日下による「人間社会適応」の短期集中講座を受けていた。数日とはいえ、寝食の場もあり、人目を気にせず教え込むのにそこは最適だった。

 

(へぇ……「レイヴンでは『素質が無い』のに拾われた」って言ってたけどこれは……)

 

 訓練用のターゲットを次々に破壊するディルを見て、日下は彼の魔物としての素質をひしひしと感じていた。

 

 さらに、本来鳴沢学園に入るような半魔はエゴの制御……すなわち人の姿を取ることが難しいものなのだが、彼はそんなことを一切感じさせない。

 思えば、最初に仮眠室で目覚めた際も魔の姿に変わることは一切無かったのだ。人間社会に不慣れな魔物、または魔の力に目覚めたばかりの人間でも、こういうコントロールはすぐにできない。

 

(一戦してみたけど、多少の隙はあれ戦闘力も問題無し。エゴの制御もできているし、なにより()()()常識がある)

 

 日下は冷静にディルの評価をつけていく。

 片田舎の孤児院で育った割には人間社会の常識を、さらにいえば計画用に育てられた子どもにしては人間らしい感情をしっかり持っていた。

 

(育てた担当者の賜物だねぇ……)

 

 日下は、ディルの善性を培った今は亡き教育者に敬意を表さずにいられなかった。

 

 なお、真の問題がこの後に控えているとも知らずに────。

 

 

 


 

 

 

 日下の短期集中講座は意外なほどスムーズに進んだ。多少抜けているところがあったとはいえ、人間社会に溶け込むには充分な程度の素養があったからだ。

 そして三日目。宿舎の部屋に一人の若い男性が入ってくる。

 

「失礼します。春ノ戸です」

 

 鮮やかな赤紫色の髪を、高めの位置に括った中性的な容姿。その前髪はどことなく日下に似ている。

 

「おっ、春ノ戸く〜ん、ちょうどいいところに、高校教師としての力を貸してよぉ」

「え……?」

 

 春ノ戸が見たのは、机に向かってひいひい言いながら国語や数学などの問題を解いている少年の姿だった。

 

 

 


 

 

 

「……で、この数式にxを当てはめればイコールで繋がるんだよ」

「おっ! おおぉっ! すげー! そういうことか!」

 

 月影高校に転入するにあたって、ディルは勉強の復習をさせられていた。齢十七、換算すれば高校二年生に当たる彼は中学卒業程度で止まっていた勉学の追い上げを迫られたのだ。

 しかし、ここで元々の成績が壊滅的であることが災いした。日下でもさすがにどうしようもできず、監察役になる予定だったツキ高の教師の春ノ戸を、急遽引き会わせたのだ。

 

「日下さん、彼が話していた例の子ですか?」

「そうそう、この子さぁ。姿のコントロールはばっちりだよ。まぁ、見てわかる通り単純が過ぎるところがあるけどねぇ」

「おいオッサン何つった!」

 

 三日間で、ディルにとって最初が良くなかった日下の印象も変化していた。

 意外にも人付き合いの良い人物だと判明したことで、会話にツッコミを入れる程度には話せるようになっていた。

 

「くそっ……なんでここにきて勉強で苦戦させられなきゃいけないんだよ」

「ハハハ、どこにいってもそういう筆記作業は付きものさぁ。あ、いっそ死霊課に来るかい?」

「やだね! 忙しすぎるだろあそこ! あんたが片手間に別の作業してたの知ってんぞ」

「妙に鋭いとこあるな君ぃ……。春ノ戸君、そんなわけで転入後はがんばれ保護者担当」

 

 日下からの無茶振りを受けた春ノ戸は少しため息を吐きつつ、机に唸る少年と目が合うと手を頭に軽く置いて撫でる。

 

「大丈夫。ゆっくりやっていこう」

 

 少し控えめな笑みで、しかし焦らずに促そうとするその姿に、ディルはとある姿を思い出す。

 

(似ている────)

 

 孤児院でずっと育ててくれた家族のような存在、フリックの面影を。

 

 少し泣きそうになる目の涙を奥にしまい込み、通しておきたい礼儀を貫く。

 

「これからよろしく……頼むっす」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 

 


 

 

 

 さらに数日が経過し、諸々の手続きを済ませたディルは月影高校の門の前に来ていた。

 

「ここが、『昼の側』の居場所か……」

 

 未知の場所への憧れを抱いた目はまだ知らない。

 これから気づくことになる己が名前の特異性と、『都会』の人間たちの特異性を。

 

 

 そして、()()の少年は校内へ歩きだした────。

 

 

*1
公式NPCの一人。BBTの基本ルールブックp52に記載されている。『死霊課』の課長にしてネゴシエーションと西洋魔術を使いこなす、死霊課と関わった者なら知らぬ者はいない人物。

*2
詳細はサプリメント『ドミニオンズ』p124に記載されている。




というわけで過去編でした。

次回の単話で一章は終わりの予定です。
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