前から期間空きましたがモンハンにうつつ抜かしてたとかそんなわけがががが
日の朱色が消え夜を告げられた住宅街の一角。
電灯に照らされ二人の半魔が相対していた。
片方は他所様の塀にもたれかかり、片方は道の真ん中で呆然とした表情をしていた。
「あんた……何を言って……」
「言ったままの意味さ」
開いた口が塞がらない半魔──
ディルが『
その事実を知っているのは、死霊課の一部面々と春ノ戸のみ。彼らが口外した? いや、それに関しては無いだろう。飄々としている日下すら守秘義務は完全に通す。
そうなれば考えられる可能性は限られる。
「あんた……まさか」
「『レイヴンのエージェント』だと言ったらどうする?」
刹那、住宅街に金属が衝突するような甲高い音が響く。
地にいたはずの二つの人影は、人間の目では捉えられない速度で家々の遥か上空に飛び上がっていた。両者ともにその姿を人外たる魔へと変貌させて。
(今ここで抹殺する! メルキセデクにまで流れたら終わりだ!)
レイヴン製薬は大企業メルキセデクグループの傘下だ。そしてメルキセデクは『夜の側』で知らぬ者はいない特殊部隊『
『
(
必死の形相と全力の飛行でアオイに腕を振りかざす。
しかし……
「ハハハハハハ!! 遅い遅い遅い! それじゃあ私は捕まえられないな!」
ブレードが届く瞬間を狙ったかのように、アオイは的確に距離を離す。
基本速度があまりにも違いすぎるのだ。ディルがかつて出した全力、彼女はそれを何気なく発揮できるのだから。
(クソッ煽りやがって!!)
速度が上であるくせに
だが、それは以前の爆発を引き起こすには程遠かった。その上で彼から冷静さだけを引き剥がしていく。
「おやおや? その程度かい? 私が『レイヴンのエージェント』
挑発めいた評価づけにディルの青筋はさらに際立つ。露見された敵意の無さに気づくことができなくなるほどに。
「るせぇ! 落ちやがれ!」
ディルは怒りのままに腕を横に振るが、相も変わらず空を切る。
「やれやれ、煽りすぎちゃったかな。……少し落ち着いてもらおうか」
声のトーンを変えたフルフェイスはふっとその場から消える。
「!?」
相手が高速で移動していることは分かる。しかし、それまで自身の付近を飛び回ることに慣らされてしまったディルは周囲……少なくとも百メートル内から気配が消えたことに困惑せざるを得なかった。
(消えた? クソッ逃げられた……。あの
住宅街の上空で羽ばたきながら立ち尽くす半魔。しかし敵がいなくなったと油断するには早すぎた。
さらなる上空から光の線が放たれていたというのに。
ディルが気づいたときには、極太の光線が彼を地上に叩きつけていた。
公園の砂場。その砂が舞い上がり人一人分がすっぽり埋まるようなクレーターが形成された。
「ぐっ……何が……」
仰向けになりながら呻くディルだったが、その眼前に銃口が突きつけられていた。アオイはディルの遥か上空からショットを放ち、彼が地面に叩きつけられた直後にはすでに地上に降りていたのだ。
「勝負あり、といったところかな。あぁ、周りのことなら気にしなくてもいいよ。アレナは張っているからね」
いくらディルでもこの状況から反撃、または逃亡ができないことぐらい分かっていた。相手は速さと火力を兼ね備えた熟練の戦闘兵だ。
「オレをどうするつもりだ」
「どうする気もないさ。まさか、
「…………は?」
ディルは混乱する。
「何言ってやが……」
「ん? 分かりにくかったかい? 私はレイヴンのエージェントでもなんでもないよ」
「…………え?」
彼の混乱は継続している。目の前の女性はレイヴンとは関係ないと口走ったのだから。
しかし、それなら彼女が発した『
すかさずディルは反論する。
「んなわけねーだろ! 『
「いるのさ。
「あの襲撃で生き残ったやつがいたのか……?」
「……やはり、廃墟になっていた理由があるんだね。その襲撃とやらの生き残りはいないさ。残念ながら」
アオイのその言葉にはいつもの軽薄さは無い。むしろ、どこか感傷的であるようにさえ感じるものであった。
そして昔のことを思い出したような彼女は自らの正体を口にする。
「私は『
それを聞き、ディルの中で忘れていた記憶が思い出される。
ルリ、セイジ、ベニの上回生三人組。ディルやミントよりも年上だった彼女らはリーダー格のルリを筆頭に、スタッフの大人たちを手助けする頼れる先輩たちだった。少なくともディルにはそう見えていた。
そんな彼女たちは高校進学で同時に孤児院を卒業した後、事故で三人とも亡くなったと聞いていた。
「ベニさん……ベニさ……ん……?」
ディルはアオイの昔の名前を聞いて首を傾げる。
少なくとも彼はベニという人物の名前を、うすらぼんやりとだが覚えている。しかし記憶の中にある人物像──引っ込み思案でおどおどしていた長髪の猫背女性と、目の前の──今は全身軽鎧に包まれているが、変身前のオシャレに気を遣う短髪のイケメン女性が、同じ人物には到底思えなかったのだ。むしろ、今のアオイはトリオのリーダー格であったルリに近いまである。
首を傾げて疑問符を浮かべ始めた少年の姿を見たアオイはもう大丈夫だろうと、魔獣化を解いていく。それに呼応するようにディルの魔獣化も解けていく。
そして事情を説明し始めた。
「色々複雑な話なんだけどね。掻い摘んで話すと、私は実際死んだのさ。異世界で蘇っただけで」
「は?」
「いわゆる異世界転生というやつさ。この場合召喚の方が正しいかな?」
「えっ、はい? 魔界とかそこらのドミニオンじゃなくて……?」
「おや、キミぐらいの世代はそういった題材の作品によく触れている、と聞いていたのだけどそうじゃなかったのかな。私が召喚されたのはよくあるファンタジー魔法文明のような世界さ」
「な……実際してんのかあんな世界が!?」
ディルが数回に渡って困惑したのも無理はなかった。『夜の側』に潜む魔物たちも、全ての魔物の存在を信じているかと言われれば大概がノーであるからだ。
例えば、閉鎖的で迷信深い吸血鬼たちの多くは、宇宙という存在は知っていてもエトランゼと呼称される魔物、すなわち宇宙人の存在を信じていない。同様の事例として、技術の産物であるロボットの魔物は妖精を認識できないがためにその存在を切って捨てている、など。
いくら魔物とはいえ知性体。自分たちの常識範囲外の者まで信じきれるわけではないのだ。
そしてそれはディルもそうだった。死霊課のデータベースで多少の種類を知っていても、それに載っていない魔物はいくらでもいるし、ましてや自分がつい最近触れ始めた娯楽作品に出そうな存在が実在するとは思うわけがない。
余談だが、宗也によって勧められ彼がどハマりしている特撮作品「
「ま、あそこでの冒険もなかなかに大変だったさ。魔導封印兵器とやらの使い手を任されて世界の危機に立ち向かわされたりね。でも世界を救ったら元の世界に還されるルールみたいだったよ。
「待ってくれよ。あんた、『
「あぁ、それなら大丈夫さ」
そう言ってアオイは首にかけたネックレスを一振りさせる。
「さっき言ってた魔導封印兵器『エイル』。私の変身の元さ。召喚された私は『
「そんな例外アリかよ……」
「話を戻そう。私はこっちで過ごすうちに一つの懸念に至ったのさ。キミが知っているかは知らないけど、私やセイジ……そしてルリ。私たちが死んだ事故はただの事故じゃなくてレイヴン……もといメルキセデクに兵力が加わるのを恐れた別の組織の仕業さ」
その話を聞いた途端、困惑気味だったディルの表情が一変する。レイヴンにも敵対勢力はやはり存在するのだと。
魔物の組織勢力図はあまりにも複雑に絡み合っているのだ。
「だから私は名前を変えたのさ。とはいえ名字の読みが同じままなのは、自分でもどうなのと思ってしまったけどね」
「じゃあ雰囲気を変えたのも……」
「それは召喚される直前……ルリに託されたからかな。『生きて』って。忘れないようにしたのさ。彼女を真似ることで」
その言葉は、奇しくもディルが託された言葉と同じだった。
「ま、私は元々背も高いし可愛いスタイルがあまり似合わないタイプだったからあの子を真似て結果的によかったけどね! そんなわけで私はフリーランスの半魔として、のらりとくらりと生きるようになったのさ!」
最後の最後に笑い飛ばすような口調で悲嘆を一瞬で消し去ったアオイ。
「さて、私の話はこれで終わり。ここまで話したんだ、キミのこと……いや、孤児院がどうなったのかを聞かせてくれるかい?」
「あぁ……」
ディルはもはやアオイへの不信が完全に消えていた。陽気な声で飛ばした一瞬の悲嘆の中に、かつて孤児院で見た彼女の姿を思い出したからだ。
そしてディルは砂場のクレーターから立ち上がり話し始める。孤児院が襲撃されたあの日から今に至るまでを。
「そうか……。もう、あの場所は無いんだね」
掻い摘んだものではあるが、ディルから話を聞いたアオイは少しだけ感傷に浸った。その上でもっと直接的に現場にいた目の前の少年への気遣いを優先する。
「ごめんね。思い出したくないかもしれない記憶を呼び覚まして」
「いや、大丈夫っす。また、どこかで
「他のやつ……あぁ、あの
アオイが想像したのは恵那だと容易に推測できたディル。しかし、いつものように恥ずかしがって否定する真似はしないことから、彼がこの問題を真剣に考えていることが伺えた。
「さて、確かめたかったことは確かめた。そろそろ私は行くよ。ごめんね、時間を取らせて!」
「最初っからマシな言い方してくれたらこんなことせずに済んだんすけど」
砂場にできたクレーターを埋め直しながらディルはぼやく。
「ハハハ! これはもうクセみたいなものさ。グッバイ!」
そう言ってアオイは手をひらひらさせながら歩いていく。それと同時に彼女が発動させていたアレナの消失をディルは感じた。
すっかり日が沈み夜の世界となった公園にぽつんと残ったディル。彼もまたアパートの方向へ再び歩き始める。
(いつか……
歩を進めながら、半ば呪いのような決意をディルは自身に言い聞かせていた。
孤児院での日々を話すだけなら大した問題ではない。懸念事項は後に出会ったギヴィング・デス……素顔が恵那とよく似ている魔物の存在だ。
『恵那の正体はギヴィング・デスなのではないか』
転入初日に抱き、頭の中で蓋をし続けていた疑念がちらりと姿を見せた。しかし、今のディルにとってその疑念は煩わしい。彼女が人間であると信じたいのだ。
何故か?
恵那がかの地獄の道化師なら……これまでの出来事全てが、彼女の手のひらで踊らされていたことになってしまうから。
そうなったとき、世の全てが信じきれなくなりそうでディルは嫌だった。
それに、恵那とギヴィング・デスが関係なかったとしても、「魔物と似ている」と言われて気分が良い人間などいるはずがないのだから。
「…………うがーっ! 考えてられっか!!」
ネガティブな思考が脳を支配しそうになったところで、ディルの単純脳細胞が反抗した。
(あの仮面道化師に今度会ったら、前のお礼伝えて仮面引っぺがして問い詰める! これで全解決だ!)
いつ現れるかも分からない存在に、ディルは無理矢理実力行使するというあまりにも頭の悪い予定を立てた。
するとどうだろう。先ほどまで考えていた彼の中のモヤモヤが引いていく。単細胞の勝利だった。
そして、戦闘を行ったうえに考えごともした頭と体はカロリーを要求するサインを出していた。空腹だ。
『新宿駅にできたプリンの店がとても美味しいんだって!』
ふと、小一時間ほど前に帰り道で恵那が発した言葉を思い出す。
(今度、いっしょに行くのも悪くないな……)
普通の人間らしいちょっとした幸せ。それを求めている今の自分に安堵しながら、ディルは住宅街の真ん中を歩いていった。
『
例:ディル(イノンド)→ Anethum graveolensといった具合に。
さて、ディルの過去周りが明らかになったところで一章は〆となります。次なる二章では一体何が待ち受けているのか……?