「お疲れ様っしたぁ──っ!」
池袋内某所。鉄骨とコンクリートの破片が散らばる工事現場の一角で、ヘルメットを脱いだ作業員たちが手荷物を持って散っていく。時刻は夜の十時。帰路に向かう労働者の群れの中には
彼は高校の授業料、住んでいるアパート代までは支援してもらっているが*1、食費や水道代といった諸々の生活費はアルバイトをすることで賄っているのだ。元々あまり物欲が強くなく娯楽品にあまり手を出さないのもあってか、高校に通いながら週に数回の労働だけでもやりくりはできていた。
そして、そのアルバイト先がこの『
そのため、他の従業員からの評価はアルバイトの身ながら悪くなかった。高校での立ち位置とは真逆である。とはいえ、その高校での立ち位置も最近改善しつつあるが。
「そんなわけで俺が三年のときもあの先生は同じ問題出してたワケ」
「マジすか。じゃあ余裕だったってことすね!」
「それがよ、教頭に何か言われたのか次の年からまるっきり違う中身に変わってなー……」
ディルは現場班長である社員と世間話をしていた。この社員はツキ高の卒業生であり、時たま昔の話などをしてくれるのだ。そして、区内の噂話にも詳しい。
「そんでさー、最近SNSで流行ってる心霊写真撮るやつあるじゃん?」
「あー、クラスでも話題にしてるやついたっすね」
教室内で耳にしたその話は、新宿内の路地裏でカメラを回すと心霊写真になるというもの。半魔であるディルはそれが何らかの魔物……おそらく本物の幽霊*2が出てしまっているであろうことは容易に想像できた。しかし、それによる被害があったという噂もない。
(さしずめ、ただの徘徊霊ってとこか……?)
「おっと、明日は『お楽しみ』なんだったな。こんなとこで駄弁ってないで帰って明日に備えな」
「だぁーっ! た、ただの店巡りっすから! お、お疲れさまっしたぁ!」
デートをからかわれたディルだったが、照れ隠ししつつもさらっと挨拶を交わし帰路の方へ歩き出した。
街灯に照らされた夜道。目白の地は閑静な住宅地が広がるとはいえ、東京二三区の一角。夜空は都会の光で星を隠されていた。濁ったような暗さに覆われた空を眺めては歩を進めるディル。さすがに時間が時間であるため、彼のような学生は他に見当たらない──────……はずだった。
(ん……?)
通路の向こう側を歩いてくる人影。その服装にディルは見覚えがあった。
(あれ確かうちの学校の制服だよな。こんな時間にほっつき歩いてるやつもいんのか)
耳を出した茜色のセミショートヘアをした女子生徒である。彼女は無表情を貫いたまま、道の片側を無機質に一定感覚で歩く。無論、絡む気など一切無いディルは邪魔にならないよう、その反対側を歩く。
そのすれ違い様のことだった。
「「────────!」」
体に響いた見知らぬ感覚。まるで何も無い暗闇で自分以外の音が返ってきたような心地。
その感覚はディルのみならず、すれ違った女子生徒も同じだったようだ。言葉で表すなら、まさに『共鳴』。
次の瞬間、二者は瞬時に腕を振り上げる。その感覚が本当に正しいのか、目の前の人物はそれを確信させる
そして次の行動──魔獣化はより速かった。ディルの四肢を無から精製された黒い甲殻が即座に覆い、手から生えたブレードを相手に振りかざす。無論、少女も応戦する。
刃と刃が交差する軽快な金属音が辺りに響いた。
「……!」
魔の姿となったディルは相手の獲物に驚愕していた。普段なら大概の攻撃を片手だけでガードできる。しかし、今回の敵はそんな一筋縄でいくような相手ではなかった。少女が呼び出した刃……一際大きな剣は両刃で抑えなければ両断されかねない。それほどの力が込められていた。
その剣はシルエットこそ西洋剣のそれだが、横面は異様に平たく生物のように開いた目がこちらを凝視している。まるで生きていると裏付けるかのように鍔も有機質の指と鉤爪が幾らか生えている。
その姿はまさに『魔剣』と呼ぶに相応しいものだった。
そして、柄から生えた触手が剣の使い手である女子生徒の腕を飲み込んでいる。女子生徒が剣を振るっているのではない。剣が女子生徒に
『魔剣』と呼ばれている魔物は、魔剣を扱う使い手を指すこともあれば、使い手の精神を支配し振るわせる魔剣そのものを指すこともある。
ディルは後者だと勘ぐった。おそらく魔剣が本体なのだろう。しかし今は、最初に感じた『共鳴』の正体を確認することの方が大事だった。
視線を移す。少女に纏わりつく触手へと。その形成過程は細かい結晶片の集合、つまり自らの生体装甲のそれと同じだったのだ。
「てめー……何者だ?」
「それはこちらが言いたいことです」
睨み合う二体の魔物。刃にかける力を緩める様子は両者共に見られない。踏ん張りを込めるアスファルトの地面がジャリ、と音を立てる。
一分にも渡る睨み合い、その緊張を解いたのは魔剣の方だった。
均衡が一定時間続いた後に剣の押す力を徐々に弱める。そうすることで、視界の均衡を維持しようとするディル側の無意識が働き彼の力も徐々に弱まったのだ。まるでディルの性質を
「……? ……ッ!?」
知らぬうちに剣を押そうという力が弱まっていたことに気づいたディルはすぐさま後退する。相手が手練であることを感じ取ったからだ。
魔剣を持つ少女が口を開く。光の無い目に変化は見られない。
「質問です。あなたのその力は一体どこで手に入れたのですか?」
「言うか。どこの回し
「そうですか。では、はい」
そう言うと女子生徒は制服のポケットから月影高校の生徒手帳を取り出す。
「私は
「……は?」
表情筋が死んでいるような真顔から発せられた「ピチピチ」「JK」という言葉。状況とはあまりにも不釣り合いなそれにディルが呆れ声を出すのも無理はなかった。
しかし呆れている場合ではない。
「てめー……
「アンノウンマン……?」
「おめーのその
ディルの言っていることに首を傾げていた『音無慧那』は数秒の後、頭に感嘆符を浮かべて答える。
「あぁ、この体のことでしたか」
そう言うと、彼女は片手で持った剣をもう片方の手に振り下ろした。
「!!」
血飛沫が周囲に散らばり、住宅地の路地が赤色で染まる……はずだった。
しかしそうはならなかった。確かに、二、三滴の赤い液体は垂れたものの、それらは黒い粉末のように風化し消滅していく。そして、切断された手の断面からは黒い結晶が覗いていた。そこから元の形に手が形成されていく。千切れた部位の顛末は赤い液体と同じだ。
「
そう言って再生した手でピースサインをする音無慧那。その顔は口角を上げることすらしない無表情のまま、であるためにシュールな状況を生み出していた。
ディルはあんぐりと口を大きく開けたままだ。単一で動く完全自立した魔剣というものは聞いたことがなかった上、その魔剣の構造が自分の甲殻とほぼ同じだろう事実、それら二つを同時に見聞きしたことで頭に重い負荷がかかっていた。
真顔のままキャピキャピとした単語を入れてくるのもそれに一役買っていただろう。
そんな状態のディルを動かしたのは音無慧那からの質問だった。
「あなたも感じたのではないですか? 私とあなたが同種の力を持っている、と」
「…………────!」
ディルが感じた既視感、それを相手も感じていたという事実は、拙い彼の知識群から一つの説を結論づけた。
ディルの力の由来たる『
そして、元となった欠片の多くはすでに死亡した魔物から採取されたものだ。
つまり、欠片の主がまだ生きている場合もある。
「まさかてめーは……!」
「私の
そう……
この魔剣こそが、ディルの『
音無慧那は剣を下ろす。攻撃の意思が無いことを示すサインだ。
そうされてしまえば、関係者であることを知ってしまったディルは下手に攻撃できない。
「こちらの身分は先ほど言った通りです。次はあなたのことをお話ししてください」
真顔のまま説明を要求してくる慧那。相手も説明をしたのだ。こちらも言わなければ筋を通せないだろう。ある意味、ディルに最も効果的な理詰めだった。
「黒装
「あぁ、なるほど。名前を聞いて理解しました。やはり私の一部が元となっている魔物でしたか。昔、戦闘時に一部が欠けた記憶がありますが……あなたにはその破片が植え付けられていますね。ある意味、造られた存在の私と同じです」
「??? どういう意味だそりゃ」
疑問を呈したディルに慧那は自らの製造経緯も含めて語り出した。
「私を生み出したのは魔神。その魔神がさらなる武装として自らの一部から錬成したのが私、『
その名前を聞いたとき、ディルは自らの名前の真なる由来を理解した。
フリックはこの魔物から精製した『
「かの魔神はつい数ヶ月前に滅ぼされましたが……あなたの気配がかの魔神に似ていたのでてっきり復活でもしたのかと」
「だから共鳴した瞬間、斬りかかってきたわけか。いや待て、なんで持ち主を斬りにかかってんだ、そもそもなんなんだよ、その魔神とやらは」
疑問点が一気に膨れ上がったディルは慧那に質問責めをする。彼女はそれに対し、一つずつ説明を行っていく。
「『ディノキア』。外世界のとある邪神の眷属にして、最強の戦闘力を持っていた魔神です。その憎悪と執念は凄まじく、ぶっちゃけていうと『世界を滅ぼしてやる!』みたいな傍迷惑な魔物です。力だけなら下手なドミネーター以上なのがまた厄介でして」
砕けた言い方を交えつつ説明する慧那。その顔は相変わらず無表情のままだ。
「確か大昔に魔界にも攻め入って大暴れしたとか。そのときの配下がポカやらかしたせいで封印されたらしいですけど。で、持ち主が封印された私は彷徨い、人間社会に混ざって気がついたら半魔として過ごしていました」
ディルも魔界ドミニオンの存在は知っていた。デーモンと呼ばれる魔物はたいていがそこの出身なのだ。無論、ディルもディノキアとやらもそうであるように、出身が魔界以外のデーモンもいるにはいる。
「ところが数ヶ月前に復活して、東京をふっ飛ばそうとしたんです。そのために私とヨリを戻そうとしてきて……やれやれ困った振り手でした」
「唐突に変な関係性みたく言うな」
「HAHAHA。とはいえ、居合わせた半魔の皆様の助力でディノキアは倒されました。起きたてで激しい運動はよくない例でしたね。……といったところで平和な日々を過ごしていたら、よく似た気配のあなたと遭遇して今に至るわけです」
ぽん、と両手を合わせて話を締める慧那。その表情が変わることは最後までなかった。彼女はこの真顔こそがスタンダードなのだ。
「まぁ、だいたい分かった。どうせ聞かれるだろうし次はオレの……」
「いえ、それには及びません。先ほど刃を接したことであなたの思考をだいたいはインストールしたので。拾われたこと、改造されたこと……」
「!!」
突然の告白。ディルがどこまで話せばいいかを思案していた中で、この少女はそれら全てを把握していたのである。
「なんでわざわざ名前とかを聞いて来たんだよ!!」
「ただの確認です。あと、聞いておいた方が人間らしい応対なので」
「コイツ……ッ」
ディルはようやく理解した。この少女は、彼のように人間が魔の側へ踏み出した半魔ではない。人間とは肉体も精神も全く違う魔の者が、社会に迎合すべく人間らしく振る舞おうとしている半魔だと。
同じ半魔でも、春ノ戸や日下がなまじ人間臭いだけに、ディルは魔物が本来そうであることを忘れていた。
そして、思い出したように慧那が一つ付け加える。
「そういえば明日は
捨て台詞を吐くと、彼女は元々歩いていた方向へ去っていく。
ズレた思考回路の半魔をディルは唖然としながら見送るしかなかった。
(変な
少ししてから、ディルも歩き出す。さすがに時間も時間なのだ。明日の本命に遅れるわけにはいかない。
その傍らで、頭の隅を先ほどの情報が覆っていた。自分のルーツたる半魔が身近にいたこと、そして彼女の口から放たれたさらなる大元の存在。
後にディルは後悔することとなる。このとき彼女からもっと詳細を聞いておけばよかったと。
何故、自分がディノキアと同じ気配だったのかを──────。
次回はようやくドキドキデート編です。