Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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だいぶ期間が空きましたが、ぼちぼち更新していきます。


24話「新宿ワンダラー(1)」

 

 

 陽射しが眩しい。そう感じる少年の肌にじんわりとまとわりつく空気。それらは歩を進めるたびにとめどなくぶつかる。

 

 梅雨明けした東京は、猛烈に自己主張をする太陽のおかげで一斉に夏の様相を醸し出していた。コンクリートで覆われた道路の上では陽炎(かげろう)が揺らめき、ビル群は日の光を反射し合う。

 

 それは駅前から離れた住宅街でも同じであった。目白の街路樹は休日にもかかわらずセミが鳴き、煩わしさをヒートアップさせている。

 

「あっぢぃ……」

 

 汗を肩口で拭いながらディルは歩道を歩いていた。朝の涼しさもとうに消えた十時過ぎ。集合時間まではまだ余裕があった。

 

 今日は恵那(えな)と約束していたお出かけの日……つまりデートである。それも彼にとっては人生初の。

 

 とは言ってもそれがどんなものなのか、ディルはよく分かっていない。辞書で調べようが頼れる友人たち(宗也と泰輝)に聞こうが、返ってきたのはふわっとした意味だけ。

 ならば、と彼は「男女二人でお出かけする」という辞書通りの意味そのままに解釈し、深く考えないようにした。服装もTシャツとカーゴパンツ、上からシャツを重ねた普段と変わらないものだ。

 

(女の子と二人っきり? ハハッ、馬鹿言え、孤児院でもそーいう状況あったっての)

 

 ミントやカンナ、共に過ごした人たちと遊んだ昔の記憶を振り返り、これからの予定に心の中で強がろうとしたディルだったが……

 

(……一緒なわけあるかぁぁぁぁぁぁっ!!)

 

 あくまで家族同然に過ごしてきた人たちと、好意は抱けど()()ただのクラスメイトである女の子。抱く感情がそもそも違っているのに平気なフリをすることなど出来るはずはなかった。

 

 すでに気恥ずかしさが高まりつつある中、道路が開けてJR目白駅が見えてくる。

 

 本日の目的地は新宿駅、その中にあるスイーツの店だ。それに当たって普通なら集合場所を新宿駅にするところだが、今日はあえて二つ手前の目白駅となっている。

 

 その理由は二つ。

 まず一つは新宿駅の複雑性。ただでさえ普段行かない場所だというのに、この駅は改装が多いのだ。迷宮のようになっていると言っても過言ではない。行方不明になるという噂もあるほどに。それならば、下手にすれ違う可能性のある新宿駅よりも、二人にとって近場かつ分かりやすい目白駅の方が合流しやすいと彼らは考えた。

 そして二つ目は新宿駅の人通りの多さ。以前、池袋駅に集合した際、恵那は合流する前の道中でナンパされていた。同様に人が多い新宿でもそうなる確率は高い。そこで、少しでも人が少ない目白駅を選びナンパリスクを減らそうという魂胆である。

 

 ……とはいえ、目白駅も決して人がいないわけではない。駅前の広場に着いたディルは辺りをきょろきょろと見回す。

 本日は休日のため、池袋ほどではないがそれなりに人がいる。強いていうなら、住宅街の中にあるため奇異な人物──池袋でよく見かける半魔のような──を見かけないことが平和な証だ。本来、それがあるべき姿なのだが。

 

(やっぱ都会ってどこも人が多いんだな……)

 

 駅前広場を行き交う人々を横目に、その景色とかつての故郷を比べてしまったディルは、どことなく哀愁を感じていた。

 ここ一、二ヶ月の日々が充実しつつあるとはいえ、彼の人生の大半は孤児院で過ごしたものに覆われている。そのため、どうしても頭の隅からその思い出が消えないのだ。

 

 考えたところでどうしようもない過去に浸ったからだろうか、彼の目に映る人混みの中には懐かしい銀髪も見え──────

 

「…………!!」

 

 ぼやけていた視界にまばたきを入れて一新させる。その中に映った銀色、ディルはそこに焦点を当てた。十メートルほど先を歩く幼い背丈。ディルの肩にも届かない高さだろう。そして肩にかからない銀色のショートヘア、頭の上のヘッドドレス……それらは彼にとても懐かしい後ろ姿を想起させた。

 

 

 忘れるはずがない。

 

 そばにいながら何もしてやれなかった、大切だった存在。

 

 

 気づけばディルは駆け寄っていた。人の網をかいくぐり、手を伸ばし声をかける。

 

「カンナ!!」

 

 

 

 しかし、声に反応し振り返った目は少年が知っているそれとは異なっていた。物憂げな半眼こそ似ていたが、見つめる瞳は深い青ではなく輝くような黄色。

 

 かつての妹分・黒装カンナだと思ってディルが話しかけた女の子は、姿がよく似ている別人であった。カンナがいつも着けていたヘッドドレス、それとよく似た物をこの少女も着けていたのだ。間違えたとしても仕方はない。

 

 とはいえ、無我夢中だったディルはそこでようやく気づく。

 耳に視線を移すとそこはヘッドフォンのような機械部品で覆われていたのだ。さらに、服装は給仕者を表すクラシカルなメイド服。

 この二つの要素から、ディルはクラスメイトとの話に挙がったとある電化製品を思い出した。

 

 メイドロボ。

 

 人間を模した家庭用ロボットだ。大変優秀な人工知能を有しており、多くは使用人として活躍を見せている。十年ほど前から富裕層を中心に静かなブームとなったこの機械群は、今や日常に紛れていても違和感は無い。

 なお、話題の提供主は金持ちである泰輝だった。

 

 

 

 振り返ったメイドロボは首を傾げる。

 

「どなたデスカ?」

 

 少しカタコトとした喋り方に、ディルは困惑する。それはやはりカンナのものと違っていたからだ。

 

「あ、いや……よく似ていたから……」

「?」

 

 公衆の面前で別人、しかもメイドロボに声をかけてしまったことにたじろぐディル。聴衆の視線が集まってくる。

 

 そこへさらなる声がかかった。

 

「ちょっと、ワタクシの妹に何の用ですの?!」

 

 横からの金切り声。ディルがそろ〜っと目を移すと、そこには同じ服装をした別のメイドロボがいた。

 妹と呼ばれていた目の前のメイドロボより背丈は高いが、それでも成人女性と比較すれば低い。さらに、高い位置で二つに結んだ所謂ツインテールの髪型に、幼めの容姿にしては主張の激しい豊満な体。

 姉妹にしては髪色と服装以外は明らかに似ていなかった。

 

(メ、メイドロボって姉妹とかいるのか?)

 

 単一の存在だと思っていたディルは思わぬ親族の出現でさらにたじろぐ。

 

 一方、姉メイドは敵意のある目でディルを見つつ、手で払いのける動作をする。

 

「しっしっナンパはお断りですわ!」

「ちが、オレは……」

 

 ディルに言い訳させる暇も与えず、彼の前に立ちはだかった姉メイド。妹メイドはその後ろで不思議そうにきょとんとしていた。

 そして、姉メイドのツインテールと首の隙間からそのしぐさを覗き見たディルは、そこに懐かしさ(デジャヴ)を感じた。

 

(別人と思ったけど、やっぱ似てるな……)

「ちょっと! 聞いてますの?!」

 

 姉メイドは金属製のつま先を伸ばし顔をずいっと近づける。背が低い彼女なりの威嚇姿勢だ。

 しかし、後ろの妹殿に視線が集中しているディルに牽制は通用していない。

 苛立ちを露わにした姉メイドはぼつりと呟く。

 

「その目……サンちゃんによほどご執心のようですわね」

「……は? いや、その子が家族に似てて……」

「出ましたわ! ナンパ男の典型的セリフ!」

「だからちげーって!!」

 

 想像以上に噛み付いてくるメイドロボにディルは内心困惑していた。

 

(メ、メイドロボってこんなに感情的に話すのか?! ほぼ人間と変わらねーじゃねーか!)

 

「姉サマ、ナンパって?」

「ワタクシたちのようなキュートな女の子を言葉巧みに(かどわ)かす変質者の行為ですわ」

「オイ誰が変質者だ! そもそもオレは今日相手がい……」

 

 メイドロボたちの誤解を解こうと口を動かしたときだった。

 

 

ゾワッ

 

 

 背筋を這うような悪寒がディルを襲った。

 

 それはいつも『夜の側』にかかわるときの半魔的直感……ではなく、人間としてのよろしくない直感。

 

 悪寒を感じた背後に何者かがいる気配。ディルは恐る恐る振り向いた。

 

 

 

「待ったかしら?」

 

 満面の笑み、しかし決して喜の感情ではないだろう(オーラ)を発する恵那が立っていた。

 肩を出した白い半袖ブラウスと青いフレアスカートの組み合わせ。爽やかな装いだが、ディルはそれに目をやるどころではなかった。

 

「お、おいーす……」

 

 この瞬間、語らずともディルは状況がよろしくないことを理解した。

 

 ナンパだなんだと騒がれている中を本命の相手に目撃され、よくない結果を招く。宗也たちといっしょに視聴したアニメでも度々見られたシーンだ。

 

 それが今、現実に起こってしまっている。どう反応を返すか。ディルは頭をフル回転させて最適解を導こうとする。

 

(カンナに似ていたと言うか? いや恵那はカンナをそもそも知らねぇ! 道案内と嘘をつく? 嘘を突き通せるかっ! 初めて見たメイドロボにワクワクしました? なんでデート前に他のことでワクワクしてんだアホ!)

 

 案が思いついては却下されを繰り返すこと数十回。この間、わずか一秒。

 

 そして言葉が口から紡がれる。

 

「今来タとこロダ」

 

 あまりにも無理がある言葉だった。

 

「へぇ……」

 

 恵那の笑みは崩れない。しかし、心なしか目元から上が薄暗くなっている。

 

 連れがいたことを知った姉メイドもさすがに呆れきったのか、冷静さを取り戻し妹の手を引く。

 

「サンちゃん、行きますわよ」

「姉サマ、あの人は何だったのデスカ?」

「あれはきっとただの阿保ですわ。気にするだけ損ですの」

 

 そう言って姉メイドは妹を連れ改札口の方へ歩いていった。

 

 

 何故かこの一時のみ、夏の暑さは息を潜めたようにどこかへ行っていた。

 

 

(誰かオレを地面に埋めてくれ……)

 

 明らかな失態に、ディルは今すぐこの場から消え去りたくなっていた。

 

 

 とはいえ。

 

 無闇矢鱈に不機嫌を振り撒くわけではないのが流蘭院恵那という女子である。

 デート相手が集合前に他の女と話していたところで、その態度は平静そのものだった。それがディルの知っている「立ち回りが上手い」女、恵那だ。

 

「ところで──『か家族に似てた』ってどどういうことかし……ら?」

 

 否! 現実の彼女は予想外に言動が不審になっていた。

 

 いくら普段のディルの性格から不埒なことをするわけがないと分かっていても、デート前に他の女性と接している場面を目撃して動揺しないわけがなかった。動作として出ないだけマシなのだが。

 

 そして、恵那が口に出した言葉が「ナンパ男」や「変質者」でなく、「家族」だったことが混乱していた男の脳内に冷水を浴びせた。

 過熱していた脳神経が冷やされ、落ち着きを取り戻していく。

 

(──────あぁ、そうだったな)

 

 ディルは恵那の目をしっかり見据える。じっと、三白眼が鋭くなった。

 その仕草に彼女は一瞬だけ、どきりとした表情になる。

 

 ……が、ディルの目が真剣であることを感じ取り、彼女もまた冷静さを取り戻す。

 

「……昔、何かあったの?」

「あぁ。歩きながら話すわ」

 

 それが軽い気持ちでの発言でないことは明白だった。二人は駅内に入っていく。

 

「オレが孤児院出身ってのは聞いたことあったよな」

 

 いずれ言わなければならない自らの過去を語るとき、ディルはそれを「今だ」と感じたのだ。

 

 切符を取り、改札口を通り抜ける。

 

「孤児院で一緒に過ごした人ら、みんな死んだんだ──────」

 

 

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