目白駅のホームから電車内、二つ先の新宿駅まで話は続いた。その間、恵那はただじっと聞き続けていた。
自分が捨てられた子供であること、孤児院で拾われ育ち、魔物となったこと、そして全て失ったこと。
口下手な彼らしく辿々しかったものの、だいたいの過去は口に出した。
『次は新宿、新宿。お出口は左側です』
車内アナウンスが鳴り、二人は立ち上がる。共に無言だ。
(自分から言い始めた話だけど、やっぱデートで言うべきことじゃなかったよな……)
少しの後悔。
(でも、抱えたまんま今日一日過ごせる気しねーし……)
「嘘も方便」ということわざがあるが、ディルにとってそれは必ずしも正解ではなかった。取り繕うのが苦手な以上、正直に話した方がこれまでの経験上マシだったのだ。
重苦しい空気が続く中、列車がホームに着き、扉が開く。多くの乗客が降りる中に混じって二人もホームに降り立った。
とはいえここは新宿。改札口へ向かう人混みが二人をまとめて押し流そうとする。
「あっ」
一瞬の油断。横にいたはずのデート相手が視界から消える。
(待って、これ以上気がめいるようなこと重ならないでくれよ……!)
火で炙られるような焦燥感に襲われたとき、その手が握られる。
手品のように、いつの間にか前へ出ていた恵那の手だった。
先陣を切るように前を進む彼女は、おぼつかないような足取りの少年をしっかりと牽引していく。
そして、階段を降りて邪魔にならない場所でようやく恵那は立ち止まる。
「……」
「あの、さ……」
申し訳なさそうに口を動かそうとするディルだったが、そこに恵那の指が当てられる。
「ずっと、話したかったんでしょ?」
核心を突くような指摘。口に蓋をされた少年は頷くことしかできない。
「むしろ合点がいったの。あんなに戦い慣れしていたことに。……ねぇ、ひとつだけ聞かせて」
指を離す。
「仇を討つ予定はあるの?」
それは悲しみと絶望でディルがずっと忘れていたモノ、人によっては生き甲斐たらしめる鍵だ。
「何も考えてなかった。あの直後は何もかもどうでもよくなってて」
「今は?」
その問いに、心の倉庫で置きっぱなしだった憎悪に火がつく。
「もし、元凶が今ものうのうと生きているなら……」
そこまで言ったところで、ディルはハッと横にいる恵那の表情に気づく。
どことなく不安気な目。その理由は視線の先……獄炎を宿したかのような黒い光、ディルの目だった。
自分がしていた無意識の表情がどんなものか、ディルには分からなかった。しかしそれが人に畏怖を与えている。それを察する能力ぐらいはあった。
「やめだやめだ。んな物騒な話してたらこの後のパフェも苦くなるだろーが」
「……ごめんね、変なこと聞いて」
気遣いをしなかった自分を恥じるような表情。そんな彼女の頭にディルは手をポンと置いた。
「少なくとも仇討つためにどっか旅に出るってことはねーよ」
せめてものフォローを加える。……が、女性の頭を勝手に撫でたことに加え、その臭いセリフがダブルパンチとなって恥ずかしさを加速させた。
「あ、いや、今のは髪がサラサラしてそうだな〜とか、てか、全然そんな変なつもりじゃなくて!!」
ワタワタと下手に取り繕おうとするディル。しかし、その手足の動作が却って不審具合を上げていた。客観的評価ではマイナスポイントだ。
しかし、恵那はくすりとしたかと思えば大きく笑いだした。
「ふふっ、アハハハ! そうよね、黒装クンはそんなことより留年回避の方が大事だもの」
「あっ、ぐぇぇ」
そもそも、今日デートへ至ったのは、彼のあまりにも悪い成績とそれを見かねた恵那が勉強を見る、という取り引きをしたからだ。
「今日はたくさん遊んで、
「あーはいはい……分かりましたよ……」
調子を取り戻した恵那は浮き足立つように前へ歩き始める。ディルもそれに付いていく。
(……少し、くっつけちゃった)
前を行く少女は気づかれないように、唇に触れた指を自らの口に当てた。
駅から五十メートルも離れていない通りの一端に目的の看板はあった。
「ほら、見えてきたわ! 『えとせとら』の看板!」
「あの看板、テレビで変な着ぐるみが紹介したんだっけか」
「そう。元々口コミで広がりつつあったのが、それで一気に広がったの」
他愛無い話をしている内に二人は目的の店の前に到着した。行列はできていないのか、これ幸いとドアを開くと、上に取り付けられたベルがカランコロンと鳴った。出迎えの合図だ。それと同時にクーラーで冷えた爽やかな空気が漏れ出る。
(やっと涼める……)
中に入ると、穏やかな陽光を感じさせるモダンライトが二人を出迎えた。
店内は外観から想像するよりも広く、昼前ということもあってかすでに先客は多い。カフェとファミレスを出して二で割ったような奥ゆかしさがそこにはあった。
そして、二人がウェイターに案内された先は店の奥側のシート。人目をあまり気にしなくても良いというのはディルにとって都合が良かった。
座るとさっそくメニューを取り出す。
「で、噂のプリンパフェとやらはどれだよ」
「これよこれ」
恵那が指差した先には「特製プリンフルーツパフェ」の文字が書かれてあった。色とりどりの果物が乗せられたパフェの写真と共に。
「プリンどこだよ」
「あら、頂上にあるとでも思ったの?」
恵那が指をチッチッと横に揺らす。
「中で層みたいに重ねてるの。ここがクリームでここにカラメルが〜……」
解説を重ねる恵那の言葉をふんふんと聞くディル。彼にとってこういったデザートは全く未知の領域なのだ。
「詳しいな」
「当然! だってせっかくのパフェなのよ。『
普段とは違い、えらく上機嫌な声色。数十分前の空気が嘘のようだ。
その様子にディルは安堵を覚えていた。
そして、注文を頼んでおよそ十分が過ぎた頃。そのメニューはテーブルに到着した。
「ようやく来たわね! さ、早くスプーン持って! あ、待って。先に写真撮らなきゃ!」
恵那のはしゃぎ様は止まらない。テンションが普段よりも高くなっているとディルはひしひしと感じた。
「黒装クン、スプーン持ってる?」
「持ってんぞ」
「じゃあそのままでいてね」
そう言った後、恵那はスマートフォンのシャッターを押す。
「オッケー!」
「太田らにでも送んのか?」
「そう!」
てきぱきとスマホの操作を終えた彼女は意気揚々とスプーンを手に取る。
苺やマンゴー、キウイなどのフルーツを生クリームとチョコチップが飾り立てるパフェ。その量は明らかに一人分ではない。恵那の提案によりシェア前提の量が注文されていたのだ。
しかしそれに目を輝かせていたのは他ならぬ恵那である。
「いざ!」
スプーンで生クリームを大きく掬い、口に運ぶ。満面の笑みが溢れる。
「お前もしかして……こういうのすごく好きだったりすんのか?」
「
スプーンで生クリームを頬張りながらきょとんとする恵那。それは普段の彼女からはあまり考えられない仕草だった。
口に詰めたものをゆっくり飲み込んだ後に行った返答は……
「うん!」
点数をつけようがない満点にさらなる上乗せボーナス二倍。満面の笑みはディルの心を強く打った。先ほどからの上機嫌も全てこのパフェが楽しみだったからだろう。
それを踏まえても、普段人前で愛想良く振る舞っている時と比べ、あまりにも無邪気なのだ。そのギャップにディルは愛らしさを感じずにいられなかった。
とはいえシェア前提のパフェ。食わねば自分の分もないことを思い出す。ディルもスプーンを手に取り皿へ移そうとするが、後ろから騒がしい音が聞こえてくる。
「アッヒャッヒャ! 苺は頂いたぜ!」
(後ろの席うるせぇな……)
耳障りな笑い声。すでにいた客だろうか。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
混む時間帯だから変な客がいてもおかしくない、という前提を頭に入れ直し再びパフェに目を移す。しかし……
「アヒャヒャヒャ!」
「アヒャヒャヒャヒャ!!」
(うるせ────────っ!!!!)
繰り返し続く騒音にさすがのディルも向かっ腹が限界となった。せっかくの甘味を堪能するどころではない五月蠅さ。
騒ぎ声の主がどんなやつなのか、確かめてやろうとディルはシートの後ろへ首を向ける。
そして、ディルの顔は呆然とすることとなる。
座っていたのは小学校高学年から中学一年生ぐらいの少年だった。
騒ぎ声通り、その服装は異様だ。頭には紫色のサンタ帽を被り、ロングコートとズボン、ブーツに金属チェーンやベルトなどの装飾をジャラジャラと付け、包帯を巻いた首には禍々しく光る紅い水晶のネックレスをかけている。肩には帽子と同じ色のマントが羽織られ、トドメと言わんばかりに顔は刺青らしき模様が描かれている。
間違いなくカタギの人間ではないと思わせる姿だが、それでもディルの心象としては、『イキりにイキっているガキ』だった。
とはいえ、それだけなら散々修羅場を潜り抜けている彼にとって大したことはない。
問題はその隣に座る大きな人影だった。相撲取りが座っているのかと言わんばかりの幅を取るそれは、そもそも『人間』ではない。
全身を土色で覆い、円錐を逆さまにしたような胴体から、昆虫のような二本足と蛇腹のような腕に爪が付いた四肢。平たい胴の頂上には盛り上がったドームのような頭部。そこにはまるで鬼のような二本の角が横から生えている。なお片方は折れていた。
(魔 物 だ コ レ)
明らかに魔物であるそれ……例えるなら、ロボットのような金属質でもなく、埴輪のような愉快さを放ちつつ、ゴーレムをも超える可動性……を見たディルは困惑を隠しきれなかった。
(ど、堂々とパフェを食べてる……)
あまりにも異様な光景を目の当たりにしたディルは、何も見てないと言わんばかりに首を前へ戻した。
「……本当にどうしたの?」
明らかに首を下げて身を縮めているディルを心配した恵那。一方のディルは小声で返答する。
「オレの後ろの席がなんかやばそうなやつだ……」
「後ろ?」
少し首を伸ばす恵那だが、遠目に眺めたところで首を傾げてディルに尋ねる。
「子供がはしゃいでいるだけ……じゃない?」
「え?!」
不思議そうな顔をする恵那を見て、再び振り返るディル。
やはりとして、よく分からない魔物は鎮座中だ。今度はクラッカーをボリボリかじっている。
(もしかして
考えてみれば他の人間がおかしな反応は見せてないのだ。そしてノウンマンである恵那にすら見えていないことから、後ろの魔物は人間には見えない特殊な細工を施している、とディルは推測した。
魔物は相変わらずパフェを啜っている。
(たぶん隣のガキも『
予想外の存在に困惑したディルだが、実害は無いと踏んだのか恵那の方へ向き直る。
「何か見えてるの?」
「あー……たぶん大丈夫なやつ。それよりパフェ食べよーぜ」
方針を固めて目の前のことに集中しようとする。
だがその決意を新たな要素が掻き乱す。
「ちょっと! ワタクシの苺が無くなっているじゃありませんの!」
ディルの耳に入ってくる聞き覚えのある高飛車な声。
「はぁ〜? 知らんなぁ〜?」
「どうせアナタが食べたんでしょう!」
(も し や)
白目を剥きながらディルは再び後ろへ振り向く。……というより振り向いてしまった。
そこには目白駅で遭遇したツインテールの銀髪メイドロボがいた。紫帽子の少年とやかましく言い争いをしている。
(あっ)
そして、その横にいたショートヘアの妹メイドロボと目が合う。間抜けにもディルの口はあんぐりと開いたままだった。
「姉サマ姉サマ」
姉の袖を引っ張る。
「何ですの?」
「あれ。一時間前に会ったナンパの人デス」
妹メイドはディルを指差す。ただの興味本位の質問だったが、硬い表情と呼称のせいで姉メイドにはマイナス印象が取り付けられた。
妹が見られていることを嫌がっていると勘違いした姉は、言い争いを中断しディルに噛みつく。
「また出ましたわね!! なんでさっきからこうも立て続けに!」
「だからちげーって! ここに相方が……」
指を後ろの恵那に向けようとするもそこには誰もおらず、すでに横へ移動していた彼女は姉メイドへ微笑む。
「今は 私の だから」
その目は笑っていなかった。
同性であるメイドはそこに凄まじいまでの『圧』を感じてしまう。思わず怯んでしまい、そそくさとテーブルのシートに避難する。
「オ、オホホ……ワ、ワタクシ、麗しいカップルを邪魔するつもりではございませんでしてよ」
一方、ディルは恵那が腕を強く抱きしめていたことにより、動けないでいた。
この『動けない』というのは、彼女の力の強さを示す意味ではない。思春期男子には大変刺激が強い二つのマシュマロで圧迫され思考がフリーズしていたという意味である。
(デッ……ヤワ……)
しかしすぐそばに(パフェを啜っているとはいえ)魔物がいる状況、硬直し続けている場合ではない。ディルは背筋と肩の力を抜き、すぐ動けるように意識も集中させる。
だがシートに座る小僧から飛んできたのは予想を上回る態度だった。
「なんだ? ゼロツーの知り合いか? 言っとくがオレ様はギガスイーツパフェの堪能に忙しいんだ、土下座しても味見させねーかんな」
初対面とは思えない尊大で生意気な発言。
「……」
これにはさすがの恵那もどう反応を返せばいいか困っていた。
正面に座った姉メイド──ゼロツーと呼ばれていた──が怪訝な目でツッコミを入れる。
「馬鹿ですの? 普通の人がわざわざ他の客にせびるわけないでしょう」
「バカっつったなてめー! バカって言う方がバカなんですー」
「はぁぁぁ?! じゃあそっちも言ってるじゃありませんの!」
「オレ様はいいんですー。天才だから!」
「はい典型的な馬鹿発言ですわ。紙一重とはこの事ですわね」
「んだとォ!!」
口を動かし始めて数秒、ぎゃいぎゃいと口喧嘩を始めた『ガキ』と『メイド』を見て、恵那とディルは無言で互いの顔を見た。
「黒装クン、戻りましょ」
「そーだな」
恵那には見えていないだろう『ガキ』の横にいる魔物は、ストローを差したまま未だにパフェを堪能している。ご丁寧に、容器上層のクリームは綺麗に掬い取られていた。
口喧嘩する人型よりもマナーがなっているのが明らかな魔物とはこれ如何に。
姉メイドの横にいる妹の方は、無言のまま二人に軽いお辞儀をする。
その動作に、ディルは別人とは分かっていても『かつての妹分』を想起せずにはいられなかった。