トンチキ四人組(?)を放置し、自分たちのシートへ戻った二人は再びパフェに手をつける。
「ったく……とんだ災難だったぜ」
「そうよ、せっかくパフェ楽しんでたのに……あっ」
少しむくれかけた恵那だったが、何かを思いついたかのようにスプーンで苺とクリームを掬う。そのままディルに向けて伸ばす。
「あーん」
突然の言葉にディルは困惑を隠しきれなかった。
「な、なんの真似だよ」
「『あーん』よ。もしかして黒装クンそんなことも知らないの?」
「知ってるっつーの!」
ニヤニヤ顔の恵那にムキになって返すディル。
無論、その意味を知らないわけではないが、問題は言うまでもなく……
(さすがに恥ずか死すぎる……!)
孤児院時代はもっと幼い子がされていた行為を十八歳の彼がされるというのは、公の場では耐え難いことだろう。
しかし恵那の目はディルを微笑ましく見つめる。ディルを揶揄うときの常套句ならぬ常套眼だ。
気持ちを無碍にできないことと、恥ずかしいものは恥ずかしいということ、それはそれとして好きな子にカップルのような行為をされてみたい、という三つの気持ちがせめぎ合う。まるで試されているかのようだった。
そして、意を決したようにディルは首を伸ばす。小刻みに震えながら。その瞼は恥ずかしさから自然と閉じられていた。
一方、ディルが目を閉じたのをいいことに、恵那は決して人前では見せない歓喜の表情をしていた。口を閉じたまま、高揚と堪らなさの両方が混じった目。
人目に触れにくい奥のシートだからこそ表した姿だ。
恵那はゆっくりとスプーンを運ぶ。
嗅覚が甘い香りの接近を感じ取る。もう口に入った? そう思い顎を閉じる。
空振り。
口に入りかけたところで恵那の腕が少し後退していたのだ。
「……オイ」
「ふふ、ちょっと遊びたくなっちゃって」
「がるるる────っ!!」
恵那の揶揄いにイラっときたディルは身も乗り出してスプーンにかぶりつく。反射的とはいえ、その様は子供のようだった。
そして、パフェのかけらが口に入ったことで、苺の芳醇な香りが口いっぱいに広がり鼻腔へ溢れる。
スプーンが抜け、その後に口がもごもごと動かされる。舌に伝わる苺の甘酸っぱさとそれを強調するクリームの甘さ。
「どう?」
賞味の感想を求める恵那。
「
返ってきたのはシンプルな感想。元々口達者ではない彼にはこれが限界であった。
その代わりか、甘酸っぱさに頬が縮こまるような、それでいて目を閉じざるを得ない表情が全力で美味しさを表現していた。目は口ほどに物を言うというが、この場合は顔全体がだろう。
その様子に恵那もどこか満足げだった。
だが彼女はまだ止まらない。
スプーンの持ち手をディルに向けて意味ありげな表情をする。その意味を全く察しないほど黒装ディルは愚鈍ではない……が。
「まさかオレがお前に……?」
「うん、そうよ♪」
人差し指の先が自分と彼女を往復した後に告げられる肯定の意。
『あーん返し』を要求されるとは一切思っていなかった彼の顔が
「ほら、早く早く」
ディルがしたように、目を閉じ口を開ける恵那。ちらつく舌はどことなくディルの心に背徳感と滾る何かを知らしめる。直視していると変になりそうな感覚だった。
とはいえ
勢い余って馬鹿力で突き出せば惨劇になりかねない腕を、そーっと。恵那の口にスプーンを移す。
半魔としての感覚がこのときに限って異様な過敏さを見せていた。スプーン越しに伝わる恵那の舌が甘味を舐め取る動作。
スプーンをゆっくり引き離すと、咀嚼に移る。
「ふふ、美味しいわね」
唇に付いたクリームを舌でぺろりと舐めとる恵那。その顔はあまりにも蠱惑的だった。
(だから!! そういう顔されたら、こっちが
叫ぼうに叫べない胸の内をディルは必死に抑えようと、空いたスプーンでパフェをひとつまみ。
なお、馬鹿力が滲んだのか、金属製のスプーンに歯形が付いてしまった。
カランコロンと店の扉を閉めたディルと恵那。正午を過ぎた時間帯。太陽の熱で蒸せられた湿気がまとわりついてくる。
「次はどこ行くんだったっけか」
パフェを堪能し終え、クーリングした二人は次の目的地の話に移る。
「ルミネ*1よ。黒装クンには私の服を見てもらいます♪」
「は? 服?!」
「あら、勉強を見る代わりに今日一日を差し出す取引じゃなかったかしら?」
「ぐっ……」
予想外の店行きに焦りが生じるディル。それもそのはず、女子のファッションなど何も分からないからだ。
話題を逸らす。
「にしても少し歩いただけで暑すぎだろ。なんで都会ってこんな暑いんだよ」
「だったら地下街通りましょ。まだマシじゃないかしら」
「そーだな」
ちょうど目に入った地下鉄、もとい地下街への階段を降りていく。
降りた先の通路は食事処がいくつも並んでいる。中には行列が並び混んでいる箇所も。
「昼だからここも人多いな……」
「黒装クン、こっちはどう?」
恵那が指したのはさらなる下への階段。人混みを回避するように二人でそちらに入っていく。
無意識に下がっていく階層。
「こっちのほう人少ねーな」
「お昼どきだから飲食店に集まるの。人混み嫌そうだったから」
「人混みそのものが嫌っていうか、邪魔されるのが嫌っていうか……」
「何を?」
「……」
ボロが出そうになったところで顔を逸らし黙認。恵那は分かっているのかいないのか、にまにまと笑っている。
さらに下って出た先はシャッターが降りて埃っぽい通路。それは地方の寂れた商店街のようだった。
他に歩く人間の気配は無く、照明もどことなく弱い。
「新宿にもこんな静かなとこあるんだな」
何の気なしに呟いたディルだったが、隣の恵那は神妙な面持ちだった。自分で誘導したルートのはずなのに、その景色に違和感を覚えたからだ。
「おかしいわ……『新宿』なのよ? ときどき改装工事があると言っても、ここまで人がいない区画あるわけないわ」
「っても池袋みたいにどこもかしこも異空間ってわけじゃねーだろ。都会は迷宮って言われてるし」
そうこう話しながら歩いていると、曲がり角の奥から音が聞こえてくる。金属同士が重なり合うガチャガチャ。
いくつも聞こえるその音に、ディルは普段の建築バイトで資材を運ぶ際の喧しさ、複数人で行動しているときの音を想起した。
「なんだ、作業員いるじゃねーか。やっぱここ工事区画だよ」
そう言った彼だが、次に見た存在を見てその発言を撤回する。
曲がり角から出てきた異質なシルエット。それらは人間でなかった。
二足歩行ではあるものの、その全身は回転するギアとモーター、油圧シリンダと配線が幾重に合わさったサイバネティックパーツで構成されていた。
油と鉄の匂いを漂わせる機動機械……ロボットの群れだ。
「!!」
「は?」
呆気に取られるのも束の間、ロボットのセンサーが二人を検知する音を発する。
それが聞こえた瞬間、ディルの身体は後方へ動いていた。恵那を両手で抱え、床を強く蹴る。脱兎の如し。
そしてそれを追うようにロボットたちの腕、そこに仕込まれた小銃が弾丸を発射する。
「まっずい!!」
直線を描くように飛んでくる銃弾。いくらディルの脚力であっても、音速を超える速さには届かない。
だがそこは肉体能力に特化した半魔。類稀なる反射神経でスライディング、低姿勢に移行した。頭上を弾丸が掠めていく。さらにすかさず壁を蹴り、T字路をバネのように曲がる。
さすがと言うべきか、ディルはこの間に恵那をロボット側には向けることはなかった。
「曲がりきればこっちのもん……」
真っ直ぐな通路でいっきに加速し逃げ仰るつもりだったディル。
しかし、ロボットたちの機動力は彼の予想よりも高かった。
曲がったばかりの角からギャリギャリと床を掻き鳴らす音が聞こえたと思えば、ロボットが急制動をかけてカーブしたのだ。
それら機動力は脚裏に仕込まれたキャタピラが担っていた。
「うっそだろ!?」
それを見たディルは足を速める。走りを緩めればたちまちに弾丸で蜂の巣、そして追いつかれ数の暴力で……後は言うまでもないだろう。
直線道を駆け抜けさらに曲がれど、キャタピラ音はまだ彼の耳を離さない。
「上を目指しましょ! 地上までは追ってこないはずよ!」
「分かった!」
とっさの恵那の助言。地下深部はともかく人がいる地上には来ないだろうという妥当な判断だ。
そして、それを聞いたディルは四肢を黒い結晶鱗で覆っていく。翼を背中から出し、魔獣化。
そしてその速度は上がっていく。
(一気に駆け抜けて撒く!)
人目に触れる可能性があるが、即解除すれば誤魔化せる可能性がある。今は迫る実害への対処が大前提だ。
そう思った矢先だった。
「うぇ〜ん」
魔獣化でさらに鋭敏になった彼の聴覚はその声を聞き逃さなかった。
走っている通路の先に子供がいる。迷子か? 他に人の気配は? 魔物か? 人か?
湧き出る疑問を熟慮する暇も無く、狭い通路から広場へと躍り出る。
噴水と白い床、割れた窓だらけのカフェが並んでいる中で幼い少女が一人、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっていた。
「あーもう! クソッタレ!」
駆ける足を床から離し、翼を広げる。そのまま幼子を片脇に挟み低空飛行へ。後方からの金属音はまだ聞こえる。
広場を瞬に見渡したディルはその勢いのまま、エスカレーターへ向かう。狙いはもちろん上のフロア、地上だ。
この間、抱き抱えられている恵那はフロアの様子をしかと目に入れていた。その異様さも。
(人がいない……?)
飛行するディルは広場からエスカレーターの先、さらに改札口が見えた箇所を飛び抜ける。
さらに広い通路を弾丸のように駆け、光が差す方向へ。
そして階段を一段とばすどころか、飛行による全段すっとばしで地下鉄の入り口から飛び出し、地面に降り立つ。
新宿のビル街だ。
────しかし、その目に映ったのは先ほどまで暑いと項垂れていたコンクリートジャングルではなかった。
ガラスは割れ、道路はでこぼこになり、瓦礫がそこかしらに点在、遠くに見えるビルには折れているものもある。
一言で廃墟、と言い表せるビル街はオレンジ色の夕焼けが差し込み、まさに文明が滅んだ後のような光景となっていた。
突然の異世界観。覚えのある感覚だ。
「ハァーッ、ハァーッ。また……このパターンかよ!」
拾った少女を降ろし、息を上げながらもディルは過去にあった魔物からの逃走劇を思い出していた。
人狼ウェアエバーによる路地裏内の脱出不能迷宮、座天使ヘルマーによる池袋の区画転移。それ以前にも色々あったかもしれないが、とにかく『襲撃を受けた』ということは『自分たちが魔物事件に巻き込まれた』と宣告されていた。
「大丈夫? ほら、ここも汗が……」
「あ。すまねぇ……」
姿勢を崩さないように首までしっかり腕を回していた恵那はハンカチを取り出そうとする。
が、そこでディルの顔と近いことに気がつく。
ほぼ同時かと言わんばかりの意識。目が合ったことで二人とも顔が赤くなる。
同じような状況は五月初めに恵那が転入してきた日、つまりウェアエバー戦でもあった。その際はなんともなかったはずだ。
しかしその間に起こった出来事と接する機会の密度により、以前と同じことでも妙な意識が発生しつつあった。
「え、えー……と。そろそろ私も降りて大丈夫よね?」
「お、おう。もう撒けたはずだし」
少しギクシャクしながら普通の立ち方に戻る二人。ディルの魔の姿も解けていく。
一呼吸置いて状況整理の会話を始めたのは恵那だった。
「まず、その子だけど……」
そう言って横にいる幼子を見る。
「もしかして、以前新屋敷君が連れていた迷子の子じゃないかしら?」
「そうなのか?」
あまり覚えがない顔をするディル。
確かに、黒い髪と高い位置で二つ結びにした髪型は幼稚園児ぐらいの子供にはよくあるものだ。むしろ恵那がよく覚えていたといった方がいいだろう。
まだ泣き跡は残っているものの、人と出会ったからか泣き止んではいる。
しかし、このような場所に幼子がひとり迷い込んでいる状況を恵那が疑問視しないわけはなかった。
何より、
恵那は次の行動に移る。膝を下げて目線合わせ。怖がらせないための会話姿勢だ。
「ねぇ、あなたお名前は何て言うの?」
微笑む年上の女性に少女は警戒の色を一切見せてなかった。頼りになる大人に見えたのかもしれない。
そして、無邪気な返事は恵那とディルを驚愕させた。
「あた
文明崩壊後のような廃墟新宿に迷い込んでしまった二人。
……ファッションショーできなくなっちゃいましたね。