「ギア……シンジュク……?」
異様な名乗りをあげた少女に困惑するディルと恵那。
それもそのはず。『夜の側』に関する何かしらの存在であることは疑えど、『新宿』という単語をそのまま発するとは思いもしなかったからだ。
『ギア』……歯車を意味する言葉。
それを冠する名前だということは、この廃墟のようなドミニオンで重要な意味があるに違いない。
「ぎあね、おねえちゃんとおにいちゃん
「まぁ、覚えていてくれて嬉しいわ! じゃあ、聞いていい? あなたはどこから来たの?」
「
辿々しい幼児語に恵那はうんうんと頷きながら聞く。どうやら迷子として池袋署に連れていった後、警察官が新宿署まで連れていったのだろう。
「んでね、
「そうだったのね」
話を聞いた恵那は引っかかりを覚えた単語から推測した問いをぶつける。
「『あっち』と『こっち』ってどういうことかな? ギアちゃん……もしかしてここは別の世界なのかしら?」
「べ
「「!!」」
その言葉にはディルも思わず反応する。
「おいちょっと待てどういうことだ?! ここには人間がいねーのか?!」
「いないよ。じゅうねんぐらいまえから」
「十年も前……?」
目の前の幼稚園児程度にしか見えない女の子が、少なくとも十年以上の年を経ている事実にディルは困惑する。
「お前何歳なんだ……? てかどうして『こっち』の新宿はこんな廃墟なってんだ、つかこれどうやって帰るんだよ!」
出てきた情報が多かったがために自身もたくさんの問いを投げつけてしまう。焦りの色が見えている証だ。
「えと、んと……うぅ」
「黒装クン、一度に言い過ぎ。この子、意識はまだ見た目相応よ。ひとつずつ尋ねましょ」
「……っ、すまん。熱くなりすぎた」
冷静になるようストップをかけられ反省するディル。彼の代わりに恵那が質問を行う。
「ねぇ、ギアちゃんはどこに行きたいの?」
「い
「ペンギン……もしかしてペンギン像のことかしら」
「うん!」
恵那の推理は当たっていた。
新宿駅の「新」南改札から少し出ると、Suica*1のマスコットであるペンギンをシンボルとした『Suicaのペンギン広場』が存在する。そこにはSuicaペンギンのブロンズ像が設置されているのだ。
「じゃあまずはそこに行きましょ! 歩きながらでも話はできるし。いいでしょ黒装クン?」
「まぁなんも問題はねー……かな」
「決まりね。じゃあ駅は……あっちかしら?」
崩れた建物から恵那はおおよそに方向を予想した。彼女たちが地下口から出た先は想像以上に駅から離れていたのだ。
そして一行は歩き出す。
その様子を廃ビルから眺める者たちがいた。望遠レンズが光るも、その姿は影で見えない。
「……?」
ディルは斜め後ろを振り返る。気の迷いか、直感か。
視界に入る夕焼けは相変わらず強くビルを照らしている。沈みそうで沈まない永遠の黄昏。しかしその間から何者かがこちらを見ている感覚。
(さっきのロボットどもか……?)
大通りを百メートルは歩いたとはいえ、地上ではまだ誰とも遭遇していない。
しかし、ロボット群が機動力を有していると判明している以上、警戒を絶やさないのは当然だった。
「『こっち』の大通りは瓦礫だらけね……ビルが倒れてるってわけじゃないから駅まで見通せるってわけでもないし」
ギアと手を繋ぎながら前を歩く恵那。
この新宿は全体が廃墟化しているのみならず、道路や建物の位置は恵那の記憶となかなかに違っていた。
そもそも彼女は東京にやってきてからまだ数ヶ月。頭の中の地図は完璧というわけでもない。
改善されない状況を逸らすため、恵那はギアに話題を振る。
「……そういえばギアちゃん、さっき人間さんって言ってたけど、ギアちゃんは人間さんじゃないの?」
繋いだ手を振りながら鼻歌を歌う子供は無邪気に答えた。
「うん。ぎあね、この
「「……」」
さらっと吐かれる重要単語。
核を表す「コア」というワードと、この廃墟新宿の住人である証言、この二つからディルの頭には一つの推測が浮かび上がってきた。
「もしかしてこいつドミネーターか?」
「その可能性もあるけど、ドミネーターならこの子だけ外に出ていたってのはおかしくないかしら。例えば力を分け与えた存在がいるとか。半々の可能性もあるわね」
「確かに」
恵那のさらなる推理を聞きつつ、しかしディルの頭にはぽつんと疑問が浮かぶ。
(あれ? オレ恵那にドミネーターについて教えたっけ?)
しかしその疑問を幼い声がかき消す。
「
「んなっ」
その場で足を滑らせそうになるディル。
カップルですらまだだというのに、その先を言われて恥ずかしさと困惑が降ってこないわけはなかった。
「あら、そう見える?」
「ぎあのあーかいぶにね、『
「ふーん……だ、そうよ黒装クン?」
ディルとは違って動揺の色を見せない恵那が意見を問いかける。例のごとく揶揄いのサインだ。
「なんでオレに振るんだよ! ……オ、オレらはちげーよ。まだ高校生だし」
「
「ぅぁ……」
うっかりボロが出そうになるディル。
実際付き合ってはいないため正解ではあるものの、そこを狙って揶揄われるのはどうにもこそばゆかった。
「つーか何でそんなデータが……」
「あ! ぎあのおてての
ディルが聞こうとするも束の間、ギアは何か見つけたのか、恵那の手を離し駆け出す。
「待ってギアちゃん先に行っちゃダメよー」
慌てて追いかける恵那。ディルはそれをやれやれとした顔で追いかける。
「……ったく、言いたい放題言いやがって」
しかし、のんびりとした歩きに反するように彼の頭頂部の髪はピンと逆立った。
ギアが向かった先、そこは百貨店のビルだった。さすがに電気は
「おねえちゃん! これぎあのおからだのおてて!」
百貨店の入口でギアが建物全体を指すように言う。
そして時折挟まる部位を示す単語が恵那の中の『ギア・シンジュク』像をより明確にしていく。
「お体? もしかしてギアちゃん……」
「おててずっといったらぺんぎん
目的の場所に近づいていることが分かった子供は無邪気に奥へ走り出す。
入口からフロアの中へ。館内は暗闇となっている。子供だけでは転びかねない。
「待って、一人じゃ危な……」
追いかけようとする恵那。
だが、紅色の髪に柱の影から無機質の手が迫り────
恵那が振り向くより先に、その何者かに拳が叩き込まれた。
各種センサーを搭載したヘルメットがひしゃげ、割れる音を立てたかと思うと、その勢いを殺すことなく十メートルは先、暗闇の中へ何者かは吹っ飛んでいく。
走る自身の横を何かが飛んでいき、その先で叩きつけられる音を聞いたギアはぴたりと足を止めた。
そのまま真後ろ、追いかけていた恵那の元まで駆け寄る。
「っぶねー……」
半魔としての直感か、気づけば身体が動いていたディル。それが完璧な功を成していた。
硬い物を思い切り殴りつけたにも関わらず、拳に
すぐさま下がってきた恵那とギアを後ろに下がらせる。
「大丈夫か?」
「うん……それより何がいたの?」
あまりにも速いアクションだったため、恵那は何が起こったかすら把握できていないようだった。
「変質者だ」
ディルはそう一言述べ、吹っ飛ばした先をキッと睨む。
普通なら見えない暗闇。それは半魔でも同じだが、各種身体能力が強化されているディルはさらに暗闇で目が効く処置を施されている。
吹っ飛ばされた人型が膝に手をつきながら立ち上がる姿もはっきり捉えていた。
身にまとう装備は防弾チョッキにアサルトライフル、無線通信機器など、よく見られる人間の一般歩兵のそれだった。
しかしそれら各種装備の見えづらい部分……そこに書かれた文字が目に入った瞬間、ディルは即座に魔の姿へと変身した。
Mのアルファベットが三つ並んだ企業ロゴ。
(
恐るべき特殊部隊との遭遇だった。
BBTプレイ経験者の中には知ってる方も多いと思います。某企業です。