Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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クライマックスフェイズです。


32話「新宿ワンダラー(9)」

 

 

 DBAー03*1。所長が造った自動人形『Archer(アルシェ)』シリーズの三号機にして、姿は幼くキュートなメイドロボ。

 

 『Archer(アルシェ)』シリーズは、その心魂機関(ゴスペルエンジン)に単一の強力な魂を必要とした。どれも生前の記憶を持ち越しているわけではないが、その性格や在り方は出来上がってからの彼女たちに色濃く現れる。

 

 そして三号機の心魂機関(ゴスペルエンジン)、そのベースとなった魂は、かつて『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)』計画のために造られた一人の少女が元となっていた。

 ただただ周囲の人物たちに守られるだけで、何も恩返しできなかった魂。しかし、それは強力な魂を求めていた一人のマッドサイエンティストが注目したことで新たな生を歩み始める────

 

 

 

 サンちゃんは新たに接近してきたMMMを、その手に持つタワーシールドで殴りつける。幼い見た目からは想像できないような怪力がMMMの突撃用シールドを難なく叩き折った。

 

「別のメイドロボだと?! いつの間に現れたのだ?!」

 

 α(アルファ)ツーからの伝令により、弾丸が炸裂した後に突撃した上位MMM・αエイト、ナイン、テン。

 

 確保ターゲットである今は行動不能となったメイドロボ、同じくターゲットであるギア・シンジュクのコントロールユニット、その横で端末を操作する小男、学生らしき少女。

 その奥、改札口付近では部隊長含む三人と戦闘中のゴーレム。

 

 この内、ゴーレムを除くペンギン像付近の半魔はビルにいるαツーからの射撃によりダメージを負っているはずだった。

 しかし突撃した先では誰も倒れていなかった。それどころか、全くの無傷。

 

 バリアでも貼ったか? そう予想した最中、突如目の前に小さなメイドロボが出現したのだ。

 全くの不意打ち、しかもそのパワーは一般のメイドロボを遥かに凌駕していた。

 

 

「数的有利はこちらにある! 鬼や人狼を相手取る時と同じ行動を取れ!」

 

 αエイトは追従するナイン、テンに指示を出す。

 制圧のつもりが逆に鎮圧されては元も子もない。慎重な対応だった。

 

 

「ねぇ、MMMがみすみすサンちゃんに殴られていたけどあれってもしかして……」

 

 所長と一緒にペンギン像の影で弾避けする恵那。所長は彼女の推測に、聞くまでもなくニィッと答え合わせを始める。

 

「その通りだぜ。例のステルスを、降りてからゼロスリーにだけずっと作動させてたのさ。連中はゼロツーの情報しか知らねーはずだからな。いい騙し討ちになったぜ!」

 

 タブレットにつけたキーボードをカタカタしながら所長は大変に悪い笑みを浮かべる。それはゲームで対戦相手をいかにハメるか考え、実行できたときの子供のようだ。

 

 

 後方に行かせまいとするサンちゃん、それを撃破すべく陣形を維持するMMMたち。

 

「盾を破壊する! 高振動ブレード用意!」

 

 状況突破のため、αエイト含む三名は背部ユニットから展開式の刀を取り出す。

 刃から振動波を放出し高硬度の物質すら切断する恐るべき兵器だ。

 

 αナインが破壊すべき盾を狙いブレードを振り下ろす。

 当たればバターのように両断されるだろう。当然、サンちゃんにその知識は無い。だが……

 

 

 振り下ろした刃は盾を両断することなく食い止められてしまう。

 

「な……にっ」

 

 シールドから放出される層のようなエネルギー波。それがブレードの振動波を食い止めていた。

 

 

 エナジーシールド。

 実体物質でないかつ、流体であるエネルギーを操作し非物質バリアを生み出す外宇宙(エトランゼ)技術だ。

 そしてその出力は搭載エネルギー量に比例する。

 

 ならば永久機関である心魂機関(ゴスペルエンジン)と直結しているサンちゃんの場合どうなるか?

 

 答えは言わずもがなだった。

 

 硬『物質』切断用のブレードでは文字通り歯が立たない。

 桁違いなのだ。心魂機関(ゴスペルエンジン)の出力は。

 

 

 そしてMMMの動きを食い止めたところでサンちゃんの反撃機構が発動する。

 

「パイルブレイカー」

 

 シールド本体の中心が開き、中から直径二十センチもの金属杭が飛び出す。

 

 異次元格納(by所長テクノロジー)により、盾に入っていると思えないメートル級の破砕器がαナインの胴体をブレードごと粉砕した。

 

「…………」

 

 衝撃により後方へ吹き飛ばされるサイボーグ片。

 

 しかしその隙をαエイトは見逃さない。

 シールドの無い左側に回り込んだ彼は本体を狙う。盾が絶対防御であれ、攻撃に当てなければ意味は無いのだ。

 

心魂機関(ゴスペルエンジン)は貴重だが、射撃型のだけでも確保すれば上出来。今は脅威であるこのメイドロボを確殺する!)

 

 急所である心魂機関(ゴスペルエンジン)目掛けて高振動ブレードの刺突が放たれる。

 

 

「……! あ、あり得ないッ!!」

 

 無情にも、味方の犠牲が生み出した隙は意味を為さなかった。

 

 αエイトの攻撃もまた、サンちゃんの盾に防がれた。

 

 盾は右腕に装備していたはず。ならば反応速度を上げて反応? (エナジー)シールドの範囲を広げた?

 

 どれも否である。

 

 攻撃を防いだのは左腕の盾。

 ツーちゃんが砲塔を出現させるのと同じように、瞬間的に二つ目のシールドを出現、装備したのだ。

 

 

 『魔界汎用陸上護衛艦DBAー03』……あらゆる角度から護衛対象を護るために所長がつけたその名は、文字通り状況を問わず防御能力を発揮できる。

 

 片腕が使えないような状況でも、だ。

 

 なお、本来の戦艦体を等身大艤装化ユニットとして小型にしたのがこれらシールドである。DBAー02をも超える超巨体はさすがにここでは出せないため、今回は見送りとなっている。

 

 

 そしてαエイトが攻撃による隙を晒したことで、機械的に反撃が飛んでくる。

 

「パイルブレイカー」

 

 再び放たれる抹殺兵器。

 

「ぐぅぅぅぅぅう!!」

 

 αナインの惨状を間近で見た彼はかろうじて急所への直撃を避けた。しかし、ブレード含む右肩が持っていかれる。

 

「こちらαエイト! 下がる! 射撃班、援護射撃を頼む!」

 

 白兵戦闘の続行は不可と認識したαエイトは後方へ下がる。無論、足と左腕は動くため戦闘は続行する。装備を射撃型に切り替えて、だ。

 

 その時間をαテンが稼ぐ。牽制と撹乱を兼ね、盾が届かない絶妙な位置からハンドガンでの攻撃を繰り返す。

 さらにビルに潜む射撃班からの攻撃。ここまでされれば、攻撃は全て弾けど、反撃に回れない。

 

 これがディルなら問答無用の突破攻撃で薙ぎ払えるだろう。

 しかしサンちゃんの幼女OS(頭脳)にはそこまでの経験値が積まれていない。時間は稼がれる。

 

 

「んにゃろう、ビルに潜んでる奴らが面倒くせーな……おいゼロツー! 早くそれどうにかしろ!」

「だーかーら! 無茶言うなですの! サンちゃんみたいなパワー型じゃないんですのよ?!」

 

 転移準備を行なっている所長、行動不能のツーちゃん、ローディング中のギア、そして一般市民の恵那。

 実質非戦闘員四名を抱えたまま、陣営がMMM精鋭部隊と渡り合えているのは奇跡に近い。

 

 だがそれも終わりが近づいていた。

 

 

「グエ-シンダンゴ」

 

 隊長であるαワン、そしてスリーとフォーを迎撃していたキラーアンデットが行動不能となったのだ。

 

「ゴーレム制圧。未確認タイプだ。サンプルとして確保するぞ」

 

 四本の腕の内、三本が切断されαワンが所持する拘束用遺物(メッシュウォール)によりキラーアンデットは雁字搦めにされてしまった。

 

「げぇぇぇ! キラーアンデットが落ちた!」

「マズイですわよ!」

 

 焦りの色を隠せなくなっていく二人。

 

(大丈夫なはず。そろそろ……)

 

「メイドロボ以外の半魔を抹殺する」

「「Roger.」」

 

 手が空いた三人が動きだす。

 

(そろそろ……)

 

 広場の床が振動する。

 

 

「来た」

 

 恵那が呟く。

 

 

 その直後、広場の横下……線路群の向こう側の屋根が勢いよく吹き飛び、何かが突き出る。

 

 瓦礫を散らばせながら上空に舞い上がる一つの影。

 上昇による加速の勢いが低下したところで、それは背中から生えた悪魔の翼(デモンズウィング)を大きく広げた。

 

「そこかぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 轟くような叫びを上げた半魔・黒装ディルがいくつものフロアを突き破って現れたのだ。

 

 ペンギン広場の場所が分からない彼は、唯一聞いていた「駅の外側にある」という情報から逆説的に「外に出れば場所が見えるはずだ」と判断したのだ。

 

 実際その通りで、壁を突き破って外に出れば、彼の単純細胞でも場所の特定は容易だった。

 

 

 広場でのMMM以外にも、ビルから漂う潜伏兵の気配。

 皆の危機を直感したディルは瞬時に今やるべきことを理解した。

 

 駅上空よりも百メートルは高い空からMMMのいるビル部分に向かって、()()()()が置かれる。

 

 視認できない現象操作。そして、飛行していた彼の速度が落ちるように急加速していく。

 かつて、レイヴン製薬のバリア付きビルを突き破った隕石(メテオ)だ。

 

 

「件の半魔を確認! こちらに向かっ……」

 

 通信を言い切る間もなくビルのフロアが大爆発を起こす。

 

「なっ……αファイブ応答しろ!」

 

 流星の突撃を真下から目撃した隊長の呼びかけ。しかし聞こえてくるのは装置破壊によるノイズのみ。

 

 危機的状況変化。異能者、吸血鬼、宇宙生物……様々な魔物との交戦経験があるこのαワンですら、このような破壊規模の魔物は見たことがなかった。

 

 隊長はせめてもと、確保対象であるペンギン像へ向かおうとする……が。

 

 ビルから豪速球のように直線軌道で着地する黒翼の半魔。その衝撃で床が弾け、瓦礫が舞う。

 

「今、恵那を狙ったな?」

 

 その瞬間、黒いもやのようなオーラが炎のように噴出する。目はかっ開かれ黄色の眼光がMMMを睨み付ける。

 

「くっ!」

 

 怯む(ひま)などない。

 αワンは即座にメッシュウォールを放つ。

 

 飛びかかるディル。

 眼前で展開される超硬質防御壁。

 

 だが無意味。広がった壁は、彼の(ブレード)により粉砕される。

 

 じわりと纏わった『白い闇』……ドミネーターの身体すら喰らう恐るべきエネルギーには超古代の技術(テクノロジー)すら何の意味も為さない。

 

 頼みの綱すら瓦解したαワンは、培われた防御反応……とっさの回避を試みる。人狼相手にも立ち回れる、経験の成せる技能だ。

 

 

 しかし遅い。

 

「地獄で滅びろ!」

 

 絶大な腕力と翼の斬撃がαワンを襲う。

 

 エリート部隊? 恐るべしプロフェッショナル?

 

 知ったことではない。この部隊長とやらは恵那に殺意を向けたのだ。

 

 その引くほどの特大感情が(エゴ)を増幅させる。

 遺物(オーパーツ)ごと両腕を切断。強化繊維も弾けるほどの胴体への打撃。そしてヘルメットとマスクで覆われた頭へトドメの拳が放たれる。

 

 完全な粉砕だった。

 

 

「こちらαスリー! このままでは壊滅だ! 撤退する!」

 

 部隊長が見るも無惨に撃破された様子を見たスリーは全隊員に連絡する。

 横にいたαフォーと手に入れたキラーアンデット(サンプル)の一部を回収し元来た改札口へ向かおうとするが……その足が止まる。

 

 

 


 

 

 

「こちらαシックス! こちらも囲まれ……て、撤たギャ」

「……ザザザ」

 

 別のビルに潜伏していたαシックス、セブンからの通信ログを聞いたビルからの狙撃手、αツーはマスクの下の顔面が蒼白となっていた。薬物処置による血圧コントロールすら無意味になるほどの恐怖。

 

 ビルに何かが潜入している。

 

 広場で戦っている半魔たちでは無い。

 

 それが何なのか、彼はうっすらと分かってしまっていた。

 

 『お体』の中にいた部隊の総数は三十二。その内、十名のハイα(アルファ)隊で広場を制圧する予定だった。

 残りのβ(ベータ)隊……おそらくほとんどは黒翼の半魔に壊滅させられただろう。では残りは?

 

 αツーは、その答えが今迫っている足音の主()()によるものだと分かってしまった。

 

 αシックスとセブン、そして今広場にいる残りの隊員にも迫っているそれは……

 

 終わりを悟ったαツーの背後から、無数の銃弾が放たれた。

 

 

 


 

 

 

 サンちゃんを撹乱するαテン。時間稼ぎのはずだが、ビルの射撃班に動きがない。

 射撃装備に切り替えているαエイトに目をやる。

 

 そこで目にしたのは倒れ伏す姿だった。地面を伝う薬液と血が混ざった体液。銃弾による損傷だ。

 

(何が……)

 

 意識が逸れた時だった。

 

「終わりデス」

 

 隙を把握したサンちゃんの肩から、突如バズーカ砲が出現する。

 

「!!!!」

 

 盾が当たらない位置だと油断していたαテンにその砲撃は放たれる。

 

 爆発。その中では、MMMのサイバネティクスボディが溶けた鉄と炭の一品に変わり果てていた。

 

 サンちゃんはツーちゃんと同じ魔艦。砲塔ぐらい装備されていて当然なのである。

 では何故出していなかったか。それはこの瞬間、敵に予想外の一撃を加えるため────……ではなく、単に今まで忘れていただけだった。

 状況打破のために幼い頭脳で色々考え、結果として辿り着いたのだ。

 

 もし、彼女が経験豊富な戦士(ソルジャー)であったなら、もっと早く勝負はついていた。

 

 

 そして、何故か倒れていたαエイトに目をやるサンちゃん。その視線はさらに奥の、彼らが突入してきたフロアへ向かっていく。

 

 そこにいたのは、地下で遭遇したロボット群だった。

 

 

 撤退をしようとしたαスリー、フォーが足を止めたのも同じ。

 改札口を通過してくるロボットたちを見たからだ。その数およそ三十以上。

 

 ビルに潜伏している隊員もこれらによる数の暴力にやられたのだ。

 

 その銃口はスリーとフォーに向かい、銃弾が放たれる。

 

 ガトリングのごとく何百発も撃たれてはエリートMMMと言えど、どうしようもない。

 あっという間に肉塊とも鉄屑ともつかぬ何かが二つ出来上がってしまった。

 

 

 そして、この光景を見たディルは焦りを感じていた。

 

 広場の出入り口全域にいるロボットの群れ。後ろのツーちゃんは行動不能、そしてビル内からも感じるいくつもの気配。圧倒的不利だ。

 

「アッヒャッヒャ! そう固くなるなよ」

 

 ディルの肩に所長がポンと手を置く。

 

 いつの間に背後にいたのか。いや、そんなことは彼にとってどうでもよかった。

 この局面にもかかわらず、所長の表情には全くの焦りが見られない。

 

「もしかして……」

 

 ブリーフィング前に所長が恵那に聞かれ答えた言葉を思い出す。

 

『いうてハッキングとは言うなよ。一部ならまだしも……』

 

 一 部 な ら ま だ し も

 

「その通り! ギア(がきんちょ)を通してハッキングしたのさ!」

 

 ギア・シンジュクの体内で免疫に当たる警備兵。ロボットたちこそがその役割を果たす存在なのだ。

 

 『廃墟新宿』の転移準備をする都合上、ギアの回路信号系にアクセスする必要がある。

 それならばと、広場にたどり着いた段階で作業開始、MMMとの数的不利を覆すべくこの新宿に何百といるロボットたちを、ここに向かわせていたのだ。『お体』が途中から動きを止めていたことも入り込む余地になっていた。

 

「だからアイツらが攻撃してくるなんてことは無い。安心しな」

「た、助かった〜……そうだ恵那は大丈夫か?!」

 

 一瞬座り込みそうになったディルだがすぐさまダッシュ。勢いで所長が回転させられる。

 

「私なら大丈夫よ。そこの可愛らしいメイドさんが守ってくれたから」

 

 恵那は駆けつけたディルに抱えられながら、貢献者を指で示す。

 

「どうもデス、()()()()。みっしょんこんぷりーとデス」

 

 なんてことはない呼び方でディルに任務完了報告をするサンちゃん。無表情のままVサインを繰り出す仕草は、感情に乏しい自動人形らしい仕草だった。

 

 

「ていうかコレ早くどうにかしてくれません?」

 

 事態解決に喜ぶ一行の中、身動きとれない檻の中でツーちゃんはずっと(うめ)いていた。

 

「おー、それならほいっとな」

 

 所長はいつの間にか手に持っていたαワンの遺物(オーパーツ)から、シャワーのように液体を噴霧する。切断されたはずだが、それも(なお)っていた。

 

「中の物質を弄って発射する(ガン)だ、そこを改造すれば分解もこのとーり」

 

 噴霧された物質によりツーちゃんを拘束していた網目の檻がさらさら崩れていく。所長の調整の賜物か、ツーちゃんに影響は無い。

 

 そして彼の後ろでは同じように拘束されていたはずのキラーアンデットも解除されピンピンしている。天才の早業だ。

 

 

 二名のやり取りによりディルの意識がそちらに寄せられる。

 

 一方、恵那は彼女の魂が黒装カンナであると伝えるか否か迷っていた。

 ちらりとサンちゃんに目を向ける。輝くような黄色の瞳と目が合う。

 

 恵那の意思を感知したのか、されど彼女は無言のまま首を横に振る。

 

(要りマセン。黒装サン(あの人)には黒装サン(あの人)の今、黒装カンナ(この魂)は今サンちゃん(ワタシ)として生きていますノデ)

 

 その意思を尊重した恵那は黙っておくことにした。

 

 

「そうだわ、ギアちゃんのコントロールは?」

 

 そもそもの目的であった『お体』の支配奪還。MMMを殲滅したとはいえ、彼女が元の状態にならなければ所長の転移プログラムは発動しない仕組みなのだ。

 

「Suica適用範囲は全域に到達しました。ギア・シンジュクの同期プロセスを終了いたします」

 

 ペンギン像が発光しだしたかと思うと、その光からギアが再出する。機械的な瞳が愛らしい子どもの目へと変化して。

 

「おかげでぎあは『い(しゅ)』にかえれま()た! ありがとうご(じゃ)いま()た!」

 

 その声はいっしょに行動していた幼子に戻っていた。

 

「よかったな。もう迷子になるんじゃねーぞ」

「うん! あほにてんい(ちゃ)れなければもんだいないので()!」

「あれ? 今オレ様馬鹿にされた?」

「元凶なんだから妥当ですわ」

 

 ツーちゃんからの容赦ない指摘。

 これはその通りで、そもそも彷徨うことになったのもMMMとの遭遇も、全部この男が『廃墟新宿』を地球ドミニオンに転移させたからである。

 

 とはいえ、ちゃっかり得るものは得ている。

 ツーちゃんとサンちゃんの合体機構、その元となる「ギア・シンジュクの全体データ」というあらゆる組織が欲しがる情報を……。

 

 

「ねぇ、ギアちゃん」

()い?」

「ここに一人でいて寂しくないの?」

 

 ふと、何を思ったのか恵那は尋ねる。

 それに対し、ギアは惑うことなく口を動かした。

 

「もとのばしょ(ちょ)にはにんげん(しゃ)んが(ちゅ)くないけどいるので()! ……だから、彷徨う駅、ギア・シンジュクは寂しさを感じません」

 

 幼児語から変化し、芯の通った発言をした幼子は見た目以上にしっかりしているように恵那には見えただろう。

 それを聞いた彼女は安心したように、少し微笑む。

 

 

 恵那とギアのやり取りがひと段落したところで、ディルは所長に質問する。

 

「迷子も届け終わったけど、結局元の新宿に帰るのどーすんだ?」

 

 実を言えば、ディルは『廃墟新宿』が元のドミニオン……並行世界Aに転移するとまで聞いていたが、自分たちが元の新宿に戻る方法は聞いていなかったのだ。頭の中の勝手なイメージではワープするとでも思っていたようだが。

 

「転移始まったらドミニオン境界が曖昧になる。そのタイミングで潜りぬけたら帰れるぞ。ちなみにここの境界部は地下鉄の通路だな」

「では目的も果たしたことですし帰りませんこと? ワタクシ、服装が汚れてるので早くお洗濯したいですわ」

 

 ツーちゃんは服をぱんぱんと叩き土埃を落とす。

 しかし所長は首を傾げてとんでもないこと言い放った。

 

「転移ならもう始まってんぞ。そのままここにいたら帰れなくなるから注意な。ちなみにあと三分」

「「……は?」」

 

 

 発言の後、ペンギン広場から凄まじい速度で飛び立ち、そのまま眼下の大通りへ落ちていく一行。

 

「うぉぉぉぉぉぉおい!? なんでそんな重要なことを先に言わねーんだ!!」

 

 脇にサンちゃん、ツーちゃんを抱え、恵那を背中におぶったディルは着地、全速力で駆けていく。

 それに追従するキラーアンデット、と唯一残った一本腕で抱えられる所長。

 

「まぁ残されたら残されたで頑張りゃ次元航空で帰れるからな。何年かかるか知らねーが」

「これだから長命マッドサイエンティストは!」

 

 

「おねぇちゃんたちばいばーい! げんきでねー!」

 

 ペンギン像の上に座りながら手を振るギア。

 恵那もまた、ディルにしがみつきながら彼女に手を振る。

 

 その姿がどんどん離れていき、地下街への階段に入ったところで見えなくなった。

 

 

 地下通路に足音が響く。

 

「あと一分デス」

「やばいやばいやばい! こっちで合ってんだろな!」

「あー、こっちに境界があるはずだぞー」

 

 焦るディルに対して、所長はタブレット端末をタップしながらのんびり応答する。

 

 続く地下街の通路。角を曲がっては階段を下に、再び直進しては曲がり。

 

「残り十秒ですわ!」

「やばばばばうぁぁぁぁあ!! まだだだなのかよぉぉぉぉっ?!」

 

 リミットのせいで口がおかしくなるディル。だが、所長は冷静にアンサーを返す。

 

「いや、もう『いつもの』新宿だぞ」

「へ?」

 

 それを聞き、急ブレーキをかける。

 衝撃で背中にしがみつく少女の弾力が伝わってくるが、下手に狼狽えると転んで大事故になるためディルは鋼の精神で耐え抜く。

 そして完全に静止。

 

「い、いつの間に……」

「そういうもんだ。ドミニオンの境界ではある種のオーバーライドがかかるのさ」

 

 所長はキラーアンデットから降りてゆっくり角を曲がってくる。

 

 やはり並んでいると奇妙な絵面だ。人の多い階に移る際はステルスをかけ直しておくよう言っておくべきだろう。

 

 そう思いながらディルも魔獣化を解く。境界付近でアンノウンマンがいたら大変だった事案だ。

 

「行きもそうだったけど、相変わらず人がいねーな……」

 

 ディルは電球の薄い通路を見て、ぼつりとつぶやく。

 

 

 しかし。

 

 それに疑問を感じた所長は別の端末画面を覗く。

 

「あん? そんなわけが……()()()()()()()()()?」

 

 違和感に気づいた所長。

 

(……まさか)

 

 タブレットのレーダー精度を最大にする。

 

「おいお前ら!!」

 

 前を歩いていたディルたちに呼びかけようとする。

 

 画面に映る敵影。だがそれに気づいたということは……

 

 ディルたちが振り返った時だった。

 

 

 背後に現れた人影が所長の胸を貫いた。

 

 

*1
Défense Bouclier Archer 防御・盾・射手の三つの単語の頭文字である。




ワンダラー(Wanderer)とは、「彷徨う者」を意味する。


『廃墟新宿』からようやく帰還。
……しかしもうちっとだけ続くんじゃ。
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