Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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帰るまで油断してはならない。それが魔都・東京。


33話「新宿ワンダラー(10)」

 

 

 所長の胸から突き出た鋭利な刀身。その切先から赤黒い液体が垂れ、落ちる。

 

「あー……」

 

 やらかしたと失敗を憂うような表情になると同時に、所長は口から血をごぼりと吐く。

 

(この男、オレ様に気づかれず背後からとはなー……)

 

 刃が抜け、所長がその場にどさりと倒れた。

 

 背後に立つ刃の主……その背丈は少なくともディルより高い。彼の知る限りだと、日下刑事や春ノ戸先生より高いだろう。

 引き締まった体をMMM同様の軍服と歩兵装備で固めている。大きく違うのはその色が鉄の焼き肌のような鈍い青緑色であること。

 その男は、鋭い目尻でディルたちを一瞥した。

 

 色素の薄い『白』の眼光。人を人と見做(みな)さないような冷徹な視線。

 

 

 それを見た恵那は腰が抜けたようにその場にへたれ込んでしまう。

 

「く、くろがね……」

 

 押し殺したように漏れ出た彼女の所感。それが装備のカラーを表す黒鉄(くろがね)色であるとディルは気づき、同時にある言葉を思い出す。

 

『キーワードは"くろがね"よ』

 

 かつてギヴィング・デスが提示した、孤児院を襲撃した敵に関しての情報。それが記憶のパズルを組み上げていく。

 

 かつて孤児院が壊滅した時、フリックの首に刃を振った男。

 見えていたのに、落ちゆく自分では手を出すことすら出来なかった、苦い記憶がフラッシュバックしてくる。

 

 それが今、視界の男と完全に重なった。

 

(間違い……ねぇッ!!)

 

 

『貴方も魔物なら生き甲斐(エゴ)を燃え上がらせなさい。復讐心を駆り立てて』

 

『仇を討つ予定はあるの?』

 

 ずっと前に投げられた言葉、そして今日かけられた質問。

 心の奥底でずっと眠ったままだった仇敵への憎悪が、まるで井戸水のように汲み上げられていく。

 

 足を強く踏み込む。

 

 (殺す)

 

 音速の飛び込みを行おうとした、その時だった。

 

 視界が突如として白い煙幕に包まれる。

 

「!?」

「ヴァカが! さっさと逃げんぞ!」

 

 胸を貫かれたはずの所長が煙の中から飛び出てきた。とはいえキラーアンデットに引っ張られる形でだ。

 その口からは血が垂れている。

 

「なっ?! でもたかが一人……」

「てめーは本当に馬鹿か! 他にも仲間が(せま)ってんだよ! オレ様はともかく少なくとも()()()()は死ぬぞ」

 

 そう宣言した所長はディルのみならず、横の恵那やメイド姉妹にも目をやる。特に恵那はかつてない『恐怖』の表情をしていた。

 所長のそれが()()()()()()()()()()と分からないほど、ディルは愚かではなかった。

 

 さらに状況を決定づけるかのように複数の足音が聞こえてくる。

 

「……ッ!」

 

 恵那を即座に抱え、ディルは通路を駆けようとする。

 続いてそれに連れられるようにツーちゃんサンちゃん、そしてキラーアンデットが所長を引っ張る。

 

 

「対魔物用ステルスか」

 

 煙に遮られた景色の中、男は呟く。

 

 いつの間にか足元から消えていた紫帽の小男。それが科学技術に長けた半魔であると推測するのは容易かった。

 

 しかしとて。

 

「そこか」

 

 男の全身が動く。

 

 

 

「────マズイッ!」

 

 身を翻すようにその場で回転した所長。それによる蹴りが、隣を走るツーちゃんを前方へ飛ばす。

 

「な、なにするんですのーっ!」

 

 いきなり蹴られたことに文句を垂れようとしたツーちゃん。しかしその暇すら与えないかのように、キラーアンデットが彼女を抱えて走る。

 

「なっ……」

「行けや! オレ様のハイパー殿(しんがり)をあとで聞かせてやるぜぇ!」

 

 高らかに叫ぶ所長の声がどんどん離れていく。ツーちゃんの目にはその姿が見えていた。

 所長の左足が体と離れていることを。そしてその横に立つ白眼光の男を。

 

 ゼロツーを斬ろうとした男の刃を所長は間一髪でカバーリングしたのだ。その代償に足は斬られ、彼が逃げることは叶わなくなった。

 

「へへ……どーだあんちゃん。オレ様のステルスを見破った褒美だ」

 

 強がる所長だが、男は一切それに気を留めない。

 

「逃さん」

 

 男が逃げる一行を追いかけようとした時だった。

 

 所長の腕が粘土細工のようにクローアームへと変形し、男の足を鉤爪のように掴む。

 すかさずMMMから獲得した遺物(オーパーツ)・メッシュウォールを放つ。ディルたちと男の間にあっという間に壁が形成されていく。

 

「行かせねぇが?」

 

「なら死ね」

 

 刃が振り下ろされた。

 

 

 


 

 

 

 通路内に複数の兵がやって来る。その装備色はどれも黒鉄色だ。

 

駕山(がやま)隊長、ご無事ですか」「あぁ、何ら問題はない」

 

 数箇所に返り血を浴びている駕山(がやま)と呼ばれた男。一戦闘あったのだろうが、全く疲弊の色を見せていなかった。

 その返り血をじわりと漏れ出た『白い闇』が消失させていく。

 

「逃げられたか……」

 

 その下では血まみれの肉体が横たわっていた。そこに動きは、無い。

 

 

 


 

 

 

「シャドウバンデスナ」

 

 アレナであろう領域を抜け、キラーアンデットは人に見られなくするためのステルスを纏う。

 出た場所は都営地下鉄の改札口。店も点在し、新宿らしい人通りに帰ってきたのだ。

 

 しかしディルたちの空気は重かった。

 

 邪魔にならない程度の壁際に移った直後、ディルは壁にもたれかかってしまう。連戦かつ移動の疲れによる限界だった。

 しかし自身を顧みるよりも大事な人に声をかけた。

 

「恵那……大丈夫か?」

 

 惨劇を直に見てしまった彼女へのケア。

 これまで彼女が見た魔物の戦闘と違い、(少なくとも見た目は)人間が殺される場面を見るのは初めてだ。しかもそれが話を交わした人物なのだから。

 魔物の世界が『命のやり取りである』という事実の再認識、それは心理的負担が大きいはずだ。

 

「ふぅ……大丈夫よ」

 

 一度深呼吸して返事した恵那。それでも額には汗ばんだ跡が残っている。

 不安そうに来た道を眺める。

 

「追って……こないわよね?」

「大丈夫だ。こんだけ人がいる場所なら、たぶん」

「ワタシのレーダーには敵性反応無し、デス。所長の反応モ」

 

 安心のために言ったつもりが、余計な一言を追加してしまったサンちゃん。無言が続く空気だが、人のざわめきが音をかき立てていく。

 

 しかし、ドミニオン内で賑やかしのような戯言を言っていた阿保(あほ)には到底敵わなかった。

 

所長(あいつ)、自己中のカスのくせに土壇場で身を張りやがって……」

 

 散々引っ掻き回されたとはいえ、ただのトラブルメーカーではなかった。要所要所で彼の技術力に助けられていたのも事実だったからだ。

 

 とはいえ、ディルは今日所長と会ったばかりの人間だ。それよりも、と横にいるツーちゃんやサンちゃんに目をやる。

 

 彼女たちにとって、所長は自分たちを造った親に当たる存在だ。それが命を張って逃してくれたのは色々とつらいはず。

 孤児院壊滅時に同じ状況を経験したディルだったが、かけるべき言葉は上手く浮かんでくれなかった。

 

 

「バカ……」

 

 壁に手をついていたツーちゃんだったが、すくりと立ち直したと思えばいつものツンケン顔に戻っていた。

 

「確かにカスはカスでしたけれど、あれでも理論派の科学者ですわ。あの場ではあれが最適解だと踏んでの行動。ならばワタクシたちはその意思を汲んでやるべきですの」

「だ、大丈夫なのか?」

 

 強がりで立っているのか、心配したディルは声をかける。

 

「い、言っておきますけど、ワタクシはあんな男にこれっぽっちも感謝なんてしていませんからね!! ……ま、まぁ情がないといったら嘘になりますが

「そうだぜ。そういう情があってこそ(エゴ)の増幅や行動におけるパターン増加があるってもんだ。一部の連中はそれをやれ『非論理的だ!』とかなんだ言うけどさー」

 

 所長はこそっと言った彼女の感情を肯定する。

 

「…………ん?」

 

 さらっと混ざっていた声に、首を向けたツーちゃん。さらにはディル、ひいては恵那まで。

 

「え、なんで……」

「あん? 何がだ」

「『何がだ』じゃありませんわよこのおバカ! っていうか何ですのそのケロッとした顔は!」

 

 最後に見たボロボロの状態から一転、一切の傷が無い姿でそこにいた所長にツーちゃんは文句をぶつけていく。

 所長は何食わぬ顔で理由を説明する。

 

「アッヒャッヒャ! オレ様は天才だからなぁ!! 研究所に分体も用意してたのさ。んであっちのボディがやられたから意識移して、ワープでこっち来た」

 

 人智を超えたテクノロジーによる精神転移。この男が只者でさないことを証明する新たな要素だった。

 

「このカス! ワタクシの心配を返しやがれですわ!」

 

 漏らしたデレを聞かれたことで、ツーちゃんは今日一番の赤面となっていた。そして苛立ちをぶつけるように所長へサソリ固めを決める。

 

「アビャビャビャ!!」

 

 何とも言えない悲鳴が上がった。

 

 

 


 

 

 

「はぁー……ほんとやれやれですわ」

 

 ひと段落して、技を解除したツーちゃん。所長の体があらぬ方向に曲がっていたが、損傷はなかった。

 

「なぁ、あの男は何だったんだ?」

「不明だ。少なくとも、オレ様に感づかれず不意打ちかませる時点で相当だな。どこの所属かも分かんねーし」

 

 所長ですら知らないという男。しかしディルが見るのは二回目だ。より明確にその姿は頭に叩き込まれることになった。

 

 口には出さずとも瞳の奥に炎が宿る。それに気づいてるのかいないのか、所長は言葉をかける。

 

「ま、ああいうのには遭遇しないのが一番だ。下手にやり合っても死ぬだけだからな!」

 

 実は()()()()()()()()()()()()()である彼からの遠回しな警告だった。

 

「さて、と。そろそろ帰っか。データのバックアップも取っときたいし」

 

 所長は伸びをして呼びかけた。

 

「ゼロツー、帰ったら焼き魚と卵焼き作って」

「ちょっと! ワタクシの家は別ですわよ!」

「細けーこと言うなよ。どうせメンテナンスで研究所(うち)に寄るんだし」

「それならしっかりとしてもらいたいものですわね!! 今回みたいに雑なのは許しませんわよ!」

 

 あれだけのことがあったとはいえ、相変わらず口喧嘩をする二人は疲れの色が見えない。

 一家に含まれないディルと恵那に向かって彼らは向き直る。

 

「今日は世話になったな。ま、せいぜいオレ様の記憶の中に留めておいてやるぜ」

「どうしてアナタはそういうひねくれた言い方しかできませんの全く……。こちらからも礼を言わせていただきます。アナタ方の助力に感謝致しますわ」

「姉サマに同じく。本日はありがとうございマシタ」

「シマイニオナジクカンシャイタス」

 

 サンちゃんとキラーアンデットも合わせてお辞儀をする。

 思ったより真面目な四人の挨拶を受けて、ディルは少し慌てたように返事を返す。それに追従して恵那も挨拶をする。

 

「い、いや! こっちこそ世話になったっていうか……ありがとな」

「私も礼を言うわ。ありがとうございます。それに色々知れたしね」

 

 ディルの知らない場面でカンナの魂(ディルの妹分)が生きていると知れた恵那はどこか満足げだった。

 横にいる本人は何のことだかと首を傾げていたが。

 

 

 そして一行は地下街通路で分かれる。

 その中でも、サンちゃんは姉に手を引かれながらディルたちに真顔のまま手を振り続けていた。

 

「じゃあ(電車の)ホーム向かおうぜ」

 

 所長たちとは正反対の方向へ歩きだすディルと恵那。しかしディルの脳裏に突如所長の声が響く。

 

(あ、そうそう。お前レイヴンの実験体だろ)

 

「なっ……」

 

 振り向き問い詰めようとしたディル。しかし次に聞こえた言葉がそれを食い止めさせた。

 

(おっと、今話してるのはテレパスだ。周りには聞こえたくない話題だろ?)

 

「どうしたの?」

「あ、いや……結局あの所長の名前分かんなかったなーって」

 

 本当である。それっぽい嘘は苦手だが、本心であることなら誤魔化すに際してディルは使えるようだ。

 

「ツーちゃんさんだって知らないって言ってたし誰にも分からないんじゃないかしら。ほら、『名前は捨てた……』みたいな過去があるのかもしれないし」

「いや、あのキャラでそれはねーだろ」

 

 誤魔化しは成功した。恵那との会話の一方で、頭に響く声に応答する。

 

(どうして分かったんだ?)

(オレ様は天才だからな。サーチする機会なんていくらでもあったさ。そもそもの発端は、お前がオレ様のステルスを見破ってたとこさ。っても気配察知まではできてなかった辺り、完全じゃあない。当然気になって調べるさ)

 

 大方、所長の目は通常の人間と見えているものが違うのだろうとディルは推測した。

 実際、宇宙人である彼の目はセンサーのように色々な物が見える能力を持つ。物質的側面以外にも、辿ってきた歴史や名前も。

 

(お前の魔獣化の仕方から分析は簡単だったさ。とはいえ、その(もと)が知る魔物ぞ知る超ド級魔神……ディノキアだったのは驚きだ。厳密にはその魔剣のだがな)

 

 絶大な力の欠片が強力な直感──ステルスの看破まで繋がっていたことを所長は完璧にリサーチできていた。

 そしてそれを見越して警告が言い渡される。

 

(気をつけな。アレの力はそんじょそこらのとは違う。()()()()()()

 

 最後に言葉を残し所長の声は聞こえなくなった。

 

(言われなくても分かってるっての)

 

 堕ちるわけにはいかない。もういない人たちに『生きろ』と言われたのだから。

 

 

 

 そして、地下街の階段から地上に出た二人。外はすでに薄暗く、休日の終わりを告げていた。

 

「変わった人たちだったわね」

「人っていうか半魔だけどな」

「言葉の(あや)よ、もう! ……こんな時間になっちゃったわね」

 

 時間を確認する。すでに七時を越えていた。

 

「……なんか、ごめんな。また魔物絡みの事件に巻き込んじまって」

「ううん、仕方ないわよ。別に貴方が原因ってわけでもないんだし」

 

 謝罪にフォロー。実際、ただ巻き込まれただけである以上、ディルがどうこう謝る必要はなかった。それでも……

 

「いや、せ、せっかくのデートだからもっと楽しませたかった……っとか」

 

 赤面しながら必死に絞り出したような言葉。気恥ずかしさが少し逸れ気味の目線から読み取れた。

 

「……そうね。確かにもっと色々遊べたわよね。服見てもらったり、あぁそうそう。黒装クンを着せ替えさせる案もあったのよね」

「オイ待て。なんだそれは」

「うふふ。だから、また今度行きましょ!」

 

 恵那は微笑む。その顔にディルは救われたような気になり……

 

「そのためにも黒装クンは期末テストを乗り切らなきゃね!」

 

 落とされる。

 

 血圧が乱高下するようにディルは白目を剥いていた。これからしばらくは遊びに行く暇など無いお知らせなのだから。

 

「もう、そんなに気を落とさないで……あら」

 

 恵那のスマホが着信音を知らせる。

 

「兄さんだわ」

「兄貴いたのか」

 

 今まで聞いたことがなかった恵那の家族の存在。確かに、ディルとは違い普通の家庭であるはずなのだ。

 届いたメッセージの内容を読んだ恵那は急ぐようにスマホを仕舞う。

 

「呼ばれたの。ごめんなさい! 反対方向だからちょっと急ぐわね!」

 

 そう言って彼女は反対の方向へ駆け出す。

 家族の存在は大事だ。それをよく分かっているディルが彼女を止めることは無い。

 

 しかし少し行ったところで恵那はディルの方へ振り返る。

 

「また、明日ね!」

 

 笑顔。ディルもまた手を振り挨拶。

 

「おー、また明日」

 

 高揚する気持ちになりながら、彼は不思議と落ち着いていた。

 

(青春……ってやつかな)

 

 宗也から借りたアニメ・漫画の雰囲気を思い出し、少し笑う。

 

 

(オレも帰ろう)

 

 そう思い、駅の切符売り場に寄った時だった。

 

 現在所持金:八三円。

 

 財布の中を覗いた彼が見たのは瀕死の財政状況だった。

 

 デートに普段通りの姿勢で挑んだがために、普段通りの「そろそろ引き出しておくか」な財布状況であったのだ。

 

 

 新宿から目白まではおよそ五、六キロ。帰れなくなるなんてことは一切無い。

 

「歩く……かぁ」

 

 アパートまでの帰路を歩くディル。行きと比べ、疲れが溜まり足取りは軽くない。けれども黄昏時から少し経った日差しの消えた時刻。歩きやすい気温にはなっていた。

 

 とはいえ、一人暮らしである彼は帰り着いた後にやるべき家事が待っている。晩飯にシャワー、さらには馬鹿なりにテスト対策も進めていかなければならない。

 

(あんまだらだら帰るのもよくないし……)

 

 疲ているとはいえ、道をとぼとぼ歩く方が時間の無駄だ。いっそ早く帰って寝た方がいいだろうと思い、少年は少しばかり歩みを早める。

 

(こっちの方が近道だったよな……)

 

 直感で路地裏に入り込む。この街で細い路地に入ることは、魔物の襲撃がありえるため知っている人間(ノウンマン)ならまずやらないことだ。

 しかし、ディルは戦闘力の高い半魔。普段やらないことでも、「時短になるなら」と入る余裕ぐらいは残っていた。

 

 

 

 だからこそだろうか。

 

 その、()()で入り込んだ先が……。

 

 いや、必然だったのかもしれない。

 

 

 ディルは路地の奥が異様に暗いことを感じ取る。

 

 歩みが次第に遅くなる。

 感じたのだ。そこに、()()がいることを。

 

 臨戦態勢に移ろうとする。だが────

 

 

 直後、かつてないほどおぞましい寒気に襲われる。

 

(な、なん……だ……?)

 

 目の少し先、そこからゆらりと(うごめ)く黒い『もや』が現れる。

 

 実体は無いのだろう。しかしディルが感じたその存在感は、今まで見たどんな魔物、果てはドミネーター以上のものだった。

 

 そして、『もや』から声が聞こえてくる。

 

「我が名は……」

 

 明確な言葉。しかし次の言葉でディルの目は開く。

 

 

()()()()()

 

 

 その名前は聞き覚えがあった。

 

音無慧那(あの女)が言っていた魔神……!)

 

『知る魔物ぞ知る超ド級魔神』

 

『とある邪神の眷属にして、最強の戦闘力を持っていた魔神』

 

 とかく強力であることは聞いておれど、「倒された」という情報も聞いている。

 

 じゃあ何故ここにいるのか?

 

 ディルは学校で聞いた噂話の幽霊の存在を思い出す。

 

(噂で聞いていた徘徊霊……まさかこいつだってのか?!)

 

 おそらく、肉体は滅んだものの、強烈な未練(エゴ)により魂だけの存在、すなわち幽霊となって現世に留まったのだ。

 それがどんなエゴかは不明だが、慧那の話から碌でもない魔物であることだけはディルでも想像できた。

 

(逃げねーと……!)

 

 身を翻して来た道を逆へ行こうとする。だが、それよりも速く、暗闇とも言える『もや』の黄色い眼光が瞬いた。

 

「お前の身体を……寄越(よこ)せ──────!!」

 

 ディノキアを名乗る『もや』はディルの頭上、ひいては体全体を一瞬にして取り囲んだかと思うと、それらが一斉に彼の体内に入り込む。

 

「──────ッ!!」

 

 まるで外側を食い破るように中に入られる感覚。それが身体の至るところで発生する。

 

「がっ……ぐっ、あっ……ぐぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 精神が引きちぎられそうになる。肉体になんら損傷は無いのに心臓が異常鼓動を起こし、血管が浮き立つ。喉の奥から吐きそうになる一方、脳内では様々な記憶がフラッシュバックし高速で駆け巡っていく。

 

(叩き潰せ)

 

(殲滅せよ)

 

(滅ぼせ)

 

 そして、『もや』が消えたかと思えば、限界を迎えた身体はぱたりと地面に倒れ伏した。

 

 

 しばらくの静寂の後、少年はふらふらと立ち上がる。……が、支えきれなかった体の重みで路地の壁にもたれかかってしまう。

 

「ハァーッ……ハッ……ぐぅっ」

 

 頭が割れるように痛む。連動するように、胸の『魔の因子(フェクテア・デザイア)』も疼く。

 

((クックック……ここまで波長が近しい半魔がいたとはな。かろうじて意識は守ったようだが……))

 

 ディノキアの不気味な笑いが脳裏に響く。

 

((されど、オレはお前の中にいるぞ……。お前がその身を明け渡す時までな……))

 

 そう言い残すと、亡霊はその気配を消失させる。

 

 周囲に黒い『もや』はもう見えない。しかし、ディルは身体の奥底でせせら笑う何かがいることをうっすらと感じていた。

 

 これがどういう状態なのか。

 ディルは理解できた。『できて』しまった。

 

(最悪の気分だ……)

 

 そう……

 

 

 亡霊(ディノキア)に取り憑かれたのだ。

 

 




新宿を彷徨う者。それは幼いコントロールユニット、迷い込んだ半魔たちでもあり、そして亡霊のことでもあった。

『廃墟新宿』編、これにて完結です。


●BBTプレイヤー向けの補足
黒装ディル
ブラッド(ルーツ):エトランゼ(増殖体)/デーモン(()()()()()

アマルガムとは、何らかの理由で人の融合してしまったデーモンを表すルーツである。
ほとんどはデーモンとしての人格が肉体を支配すると言う。ほとんどは。

本来、ディルは魔神の力を持つ増殖体ぐらいの説明感覚だったが、ディノキアに取り憑かれたことである種の人魔融合体となってしまった。
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