Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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だいぶ月日が経ってしまいましたが更新を再開していきます。


35話「懸念(前編)」

 

 

 都内、どこかの施設────。

 

 重厚感漂う黒の絨毯が敷き詰められた応接室。高級ソファや観葉植物、掛けられた絵画からそこが上流階級の場所だと窺える。

 

 幅の広い執務机、その奥にある椅子に座るは中高年の男。それに相対するは猫背気味の小男。

 

「──つまり、我々に『そいつ』を確保してもらいたいということですな?」

「その通りだ。君たちの実績は知っている。しっかりと依頼を遂行してくれれば私も文句は言わんよ」

 

 座りながらもふんぞり返るような態度の男は、背もたれに体を任せ顎を少し上に上げている。

 『依頼者である自分こそが上だ』。言葉にせずとも、目はそう主張していた。

 

 この不遜な態度を取り続ける中高年……藤原(ふじわら)景成(かげなり)は、国会議員の一人である。

 かの平安貴族、藤原氏の血を引く家柄の出身であり、その血筋で政治家に上り詰めた男だ。しかし、『夜の側』にも影響力があるかと言われればそうでもなかった。

 

 日本最大の公的退魔組織は警察庁長官官房資料編纂課……すなわち死霊課だ。類稀なる人脈と交渉術を持つ長沢遼が仕切るこの組織に、藤原議員は「大物貴族の血筋である国会議員」というだけで手を加えることはできなかった。

 しかし公的退魔組織は死霊課だけではない。『夜の側』でも発言力を持つために、この男は他の大物議員に取り入った。そして彼らの後ろ盾となっている組織、公安部情報処理課*1の存在を知ったのだ。

 それからあらゆるコネと権力を用いた藤原議員はついに『くろがね』*2の第二部隊に命令を下せる地位にまで登り詰めた。

 

 この男が常に不遜なのはそういった経歴と滾る野心からであった。

 

 

 

 一方の小男は、猫背で前にのめり気味の首を上下に揺らし頷く。その動きは赤べこのようだ。何度も雇われてきた経験からなのか、()()()()()依頼主にはこう反応しておけばいいという染み付いた動きだった。

 

「ご安心くださいませ。特別な『助っ人』も用意しております。では、近いうちにターゲットを持って参りますゆえ」

 

 小男はクククと小気味良い笑いを浮かべ、部屋から退出していく。両開きの高級扉が開き、そしてまた閉じられる。

 

 

「……」

 

 執務机の男とはまた別、壁際にいた人物が気配を現す。

 引き締まった体を機動隊服が覆っている。腕を組んだまま壁にもたれかかるその男は無言のままだ。しかし、猛禽のような鋭い目尻と、光れば『白く』輝くだろう薄いグレーの瞳は執務机の男を捉えていた。

 

「何か言いたげだね駕山(がやま)君」

 

 視線に気づいた藤原議員は駕山と呼んだ部下に言葉を投げる。

 

 しかして男の口は黙して語らない。

 

 

 『くろがね』第二部隊隊長、駕山。

 彼はJABF*3から引き抜かれた精鋭だ。

 寡黙であり何を考えているか分からないが、任務遂行率はトップクラス。まるで魔物を根こそぎ狩り切らんばかりに。

 

 しかし先日、独断で渋谷のとあるドミニオン(廃墟新宿)の諜報活動を行い、挙げ句の果てには一部半魔に目撃されたという。『くろがね』は隠密をもってよしとする暗殺部隊だ。未だ魔物の世界で全く知られていない部隊が露見しかけた責任は大きい。

 そのため、駕山はしばらくの出撃停止処分が下されていた。

 

 

 相も変わらず口は動かない男に、議員は呆れて手を払うしぐさが出る。

 

「今日は引き取りたまえ。件の任務は彼らに引き受けてもらう」

 

 藤原議員の言う「彼ら」とは、先ほど部屋を出た小男とそのチームのことだ。

 彼は野望を成就させるため、()()()を欲している。そしてそれを捜索するため、今は動かすわけにいかない駕山に代わる人材……傭兵を雇わざるを得なかったのだ。

 

「……承知しました」

 

 納得したのかどうか、その態度から推し量ることはできない。しかし依然として仏頂面のまま、駕山は部屋を退出した。

 

 そのまま廊下を進み、待機していた部下の一人と合流する。

 

「隊長、次の作戦予定は?」

「待機だ。命令あるまでな」

「承知しました」

 

 

 


 

 

 

 東武鉄道北池袋駅前。住宅が立ち並ぶこの区域の一角にある雑居ビル。

 そこには旅行代理店を装った『夜の側』の賞金稼ぎ連合(ギルド)・『ハンターズ・ブラッド』、その池袋支部が存在している。

 昼と夜の境界を乱す者に賞金をかけ解決に当たらせるこの組織には、依頼人とバウンティハンター(半魔たち)、そのどちらもが訪れる。

 

 そして、そんな雑居ビルの周りには多くはないが人通りが増えることも明白。そこに目をつけた事情通が、ハンターたちの利用を見越した酒場を作るのも自明の理であった。

 そんなわけで、ハンターズ・ブラッドの裏通りにある酒場・『ラフメディ』は十年ほど前から賞金稼ぎ半魔の溜まり場となっている場所だ。それ故に、多くの情報を得やすい場所でもあった。

 

 

 ……ところで、そんな酒場の空気に似つかわしくない学生がぽつんと一人、カウンターに座っていた。

 

「なーんも手がかりが掴めねぇ……」

 

 黒髪の少年、黒装ディルは先日新宿にて自分たちを襲撃した男が何者なのかを調べていた。

 新宿で協力関係にあった半魔の一人……キラーアンデット製造所所長。ふざけた言動と見た目でありながら、切れ者ではあった彼を、かの眼光の男は実力で上回っていた。そして、そいつの正体が自らの故郷と家族を破壊した仇だったという事実。

 

 テスト期間が近いというのに、ディルの頭の中は雑念どころではないそれらノイズに埋め尽くされていた。彼の頭は複雑なことを考えるのが苦手。そこで、少しでも仇について調べて頭を楽にしておかないとテスト勉強どころではなかったのだ。

 それに、今の自分の力では仇を取るどころか返り討ちに遭う、ということもひしひしと感じていた。数的優位があったのに、『あの』所長が即時撤退を決断したのだ。ディルもさすがに単独では勝ち目がないと見ていた。

 

 そういうわけで、ディルは日下刑事から教わった敵性存在への基本対処『まず敵を知ること』=情報収集を実践していた。

 

 

 ……しかし結果はこの通り。何も掴めず仕舞い、惨敗であった。

 

 当然だろう。ディルは池袋に来てせいぜい半年程度、かつ『夜の側』での交渉など全く嗜んでないのだから。

 

「おや、聞き込み作戦はもう終わりかい?」

 

 カウンターで項垂れていたディルにバーの男性ウェイターが声をかけた。

 さらりとした金髪の端正な容姿。服装こそバーテンダーらしくしているが、漂う気品は酒場の雰囲気から少し逸脱しているようにも思われる。

 

「ぁーい……手ごたえゼロっす……」

 

 へにゃりとカウンターに伏す少年は意気消沈の呻きを漏らす。

 ディルはこのウェイターと数日前に『ラフメディ(ここ)』で知り合った。

 しかし、情報収集しようと来店しては毎度撃沈する様子を見かねてか、励ましの言葉を投げてくれて、そこから日常会話を交わすぐらいの仲になっていた。

 

「君も懲りないね。高校生だったらこんな場所に来るより、他のことをした方が楽しいだろうに」

 

 グラスを磨きながら、ウェイターは気さくに言葉のボールを投げる。

 

「オレにとっては重要事項なんすよ。……本当に」

 

 キャッチした言葉に対し、ディルが投げたのは重い決意のジャイロボール。

 それを聞いたウェイターはやれやれとため息を、しかしてその目は理解の眼差しをしていた。半魔の賞金稼ぎ、それもその生態(生き様)をよく見てきたが故の、呆れと尊重が混ざった目でもある。

 

 しかし彼はディルよりも上の大人。張り詰めすぎた半魔たちが()()()()()()も多少ながら知っていた。老婆心が働く。

 

「とはいえ、ここは裏社会の住人たちが(たむろ)する場だ。君のような学生はあまり出入りしない方が望ましいさ」

「わーってはいるんすけど……」

 

 歯切れの悪い返答。

 自分の社会的立場を望むなら来ない方が良い。しかしそうすれば自分の望み(エゴ)は叶わない。年若い半魔にありがちな板挟みだ。年経た半魔にないというわけではないが。

 

 それほどまでにディルにとって「仇」の存在は焼け付いていた。

 

 

 見かねたウェイターは話題転換を図る。

 

「それよりツキ高は今、期末テスト直前じゃないかな?」

「う……!」

 

 が、むしろディルのメンタルには強烈な一撃としてヒットした。

 

 本来、ディルがここ『ラフメディ』に情報収集に来たのは、「とっとと自らの仇を調べ尽くして勉強に集中しよう」という魂胆からだった。ついでに言うと、苦手なテスト勉強からの逃避心も少なからずあった。

 彼なりに正当な目的があり、それを上手く説明できればよかったのだが、そこは口があまり上手くないディル。指摘が強烈なボディーブローとなったショックから何も言い返せない。

 口を四角に開けたまま、来るか分からない仇の男よりも確実に来るだろう危機(テスト)のイメージに顔が青ざめていく。

 

「とりあえず、今日はこのぐらいで退散しておくんだね。グラウンドから米粒を探すような調査より、家に帰ってひたすらノートに書きこんでいる方が有意義さ」

「……そうするっす」

「そうそう、僕は下に三人の弟妹(きょうだい)たちがいるんだけどね」

「はぁ」

「末の妹が今年高校に入ったばかりなんだ。もし会うことがあれば僕の仕事ぶりでも伝えておいてくれ!」

「オレ三年だから接することたぶん無いっすよ」

「フフ、だからこそじゃないか。君が留年したら伝える機会が」

「じゃあ帰って勉強しやーす」

 

 ウェイターの軽い煽りを華麗にスルーしディルは『ラフメディ』の扉を閉じた。薄暗い酒場から打って変わり、初夏の青空と日差しが目に入ってくる。

 

 そして、道路を歩き始めると少しじめっとした熱気が体にまとわりつく。

 人と会話して気が紛れたからだろうか。ディルの気分はさっきより清々しく、その歩みは軽くなった。それは間違いなかった。

 

 

 

 ふと、ディルの脳裏に数日前の出来事がよぎる。

 恵那とのお出かけ、所長一家との邂逅、ドミニオン『廃墟新宿』での激戦、帰還直後に『白い眼光』の仇と遭遇。そして路地裏で亡霊……魔神ディノキア、に取り憑かれたこと。特に最後の出来事による影響は、自分が自分でなくなる可能性もあった重大事案だ。

 

 歩きながら、魔神の言い残した言葉を思い出す。

 

((されど、オレはお前の中にいるぞ……。お前がその身を明け渡す時までな……))

 

 あれ以来、ディルに声は聞こえない。

 元々は死に体の亡霊。かろうじての力で意思表示をしただけで、もはや他者を乗っ取る力などないのかもしれない。それどころか、あれは最後の足掻きでありそのまま消滅した……そんなことをディルは考える。

 

(……だったらいーけどな)

 

 自らに言い聞かせるように都合のいい想像をかき消す。

 

 ディルは魔物の無法さを知っている。特に悪魔(デーモン)に類する魔物がどんなときに働きかけてくるのか、仮面の道化師(ギヴィング・デス)の行いで理解はしていた。

 

(気を強く持て。油断大敵、油断大て……)

 

 頬を両手で叩き、気合いを注入したときだった。

 

 

「あ」

 

「ん?」

 

 路地裏からひょっこりと背丈の小さな少年が出くわす。

 その服装はちょうど数日前にしっかり記憶に印象づいたものだ。紫色のサンタ帽とマント、各部に装着したベルトとチェーン。

 

 最近知り合った魔物の中でも特に無法だった存在……

 

 

 キラーアンデット製造所所長とエンカウントしました▼

 

 

*1
隠蔽と利用、諜報活動を主とする高圧的かつ閉鎖的な警視庁公安部の対魔物部局。死霊課は警察庁(全国の警察機関を監督する機関)の管轄なのに対し、公安部は警視庁(東京都を担当とする警察機関)の管轄である。一応、警視庁の上に警察庁が存在する図式になるが、この退魔組織は上述の体質かつ大物議員が後ろ盾としているので下手に手を出せないのが実情だ。

*2
公安部が秘するサイボーグ部隊。様々な組織から引き抜かれた精鋭揃いであり、あらゆる書類に記載されていない完全秘匿暗殺部隊である。

*3
自衛隊の退魔部隊。魔物を処理できるなら街や民間人ごと消滅させることも厭わない。その上で武力は日本最大であるため、魔物からすれば関わり合いたくない疫病神や災厄のような存在である。




情報収集判定で何も得られなかったが、イベントシーンには続いた模様
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