Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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引き続き会話パート。ディルは所長から情報を上手いこと聞き出せるのか?!


36話「懸念(後編)」

 

 

 池袋の路上。日が傾き始めた夕刻なれど、大都会の中において人の移動が衰える様子はない。

 

 その歩道上で、ディルの前に再び姿を見せたキラーアンデット製造所所長。その口には飴の白い棒を咥えている。

 ばったり鉢合わせただけであることが伺えた。

 

「げっ、なんたら所長」

「おいおい厄介なもんを見た反応してんじゃねーよ」

「実際厄介だろあんた」

「アヒャヒャ、違いねぇ。マッド(厄介)でなきゃ研究のネタは降ってこねーからな」

 

 引き気味の挨拶から、流れるように軽いジャブのような会話へと移行する。

 数日前に知り合ったばかりの半魔とはいえ、死線を潜り抜けた間柄。所長の変な人柄もあるだろうが、ディルにとって彼は不信を抱くほどではないと感じていた。何をしでかすか分からない(アホである)という点で相変わらず危険視はしているが。

 

「てかあのキラーアンデット(ゴーレム)とかツーちゃんとサンちゃん(メイド姉妹)はいねーのか」

「あいつらは研究所だ。ゼロツーのやつが部屋を掃除しろだとか機器のメンテしろとか五月蝿いからなー。そうだ、暇ならちょっと付き合えよ。近場のカフェにいいケーキがあるんだ」

「もしかしてあんた……抜け出してサボってんのか?」

「ンンンン知りませんゾ」

 

 

 そのまま、所長に連れ回されるようにディルもカフェの方向へ進んでいく。脅されたわけでも、勉強を後回しにしたいわけでもなく、「この男から何かが得られる」、()()()()感じたが故の行動だった。

 

 店に入り席に座ると、所長はすぐにメニュー表に手を伸ばしパラパラとめくり、ディルに手渡す。

 かと思えば、すぐさま店員を呼んでいた。

 

「ご注文は何にしましょうかー?」

「オレ様モンブランとチーズタルトで」

「えっ、あー……オレはお冷だけで大丈夫っす」

「かしこましましたー」

 

 流れるように注文を聞き終えた店員は店の奥に下がっていく。

 そして所長は、ディルの簡素な注文を聞いて口をぽかんと開けていた。

 

「……なんだよその顔」

「カフェに来てスイーツ何も頼まないとか頭大丈夫か???」

「うっせ。こっちはバイト学生だぞ。ぽんぽん金出るわけねーだろ」

 

 ディルは家賃と学費を保護者(もとい死霊課の某刑事や半魔である担任)から出してもらっている身。逆に言えば、それ以外の生活費はバイトで賄っている。そして先日に新宿で出費したこともあって、お金は抑えておきたかったのだ。

 

「こっちを連れてきたんだから逆に奢るぐらいしろよ」

()なこった。オレ様のお小遣いだって無限じゃねぇんだ」

「お小遣い制なのか……」

 

 くだらない話をする中、所長はどかりと肘をテーブルにつけ頬杖をつく。

 

「んで、何が知りたいんだ?」

 

 所長はとんちんかんな人物に思えるが、察しが悪いわけではない(察した上で我を貫くときは多々ある)。ディルが飲み食いせずにただカフェに付き添うはずはないと分かっていた。 

 

「どうせオレ様ならお前の知りたいことを何か知ってるとでも思ってたんだろ? オレ様の目は誤魔化せねーぜ」

「はぁ……。ったく、その通りだよ」

「大方、前に出てきたあの男辺りだろ。……言っとくが何も掴めてねーぞ」

「あんたならそのぐらいできて……えっ」

 

 答えが出ると思い用意した発言が見事にずれ、抜けた声が漏れ出るディル。思わず問い詰める。

 

「何も……ってあんたがか……」

 

 愕然とするディル。それもそのはず、新宿にてステルスやハッキング、改造に索敵……万能といってもいいぐらいの力を発揮していた所長が()()掴めなかったという事実は、情報に関して現段階でもう手の打ちようがないことを示していた。

 

「ざーんねんながら妙な情報ステルスが張られてる臭いんだよな」

「ステルス?」

「あむ」

 

 所長はいつの間にやら運ばれていたケーキを頬張りながら返事する。

 そして、ごくりと飲み込んだかと思えばフォークで突っつく身振りを交えながら説明をする。

 

銀河大百科事典(エンサイクロペティアギャラクティカ)に何も書かれてないわ新宿の監視カメラ全部にそれっぽいのは何も映ってないわで」

「あんただってステルス使ってたじゃねーか。なんで見つけられなくなるんだよ」

「バーロー、ステルス使うのと見つけるのは別問題だ。……仮にステルスだとしても違和感あるんだよな」

「違和感?」

 

 技術面の知識はさっぱりなディルは、とりあえず合いの手をうつ。

 

「直感だけどな、件の男周辺の情報パスが『隠されている』っつーより『無くなっている』っつーか」

「???」

 

 所長の言葉の意味────抽象的な話に、複雑な話が得意ではないディルの頭は疑問符だらけとなっていた。

 

 引き続きケーキを一口食べ、所長は話を変える。

 

「ま、()れは今ふぉ()うこう……」

 

 再びケーキをごっくん。

 

「……できそうにねー以上、次移っぞ」

「次?」

「まだ他にも調べてるものあんだろ?」

 

 そう言った所長の胸ポケットから、かつて見た謎ゴーレム・キラーアンデットがひょっこり顔を出す。

 

「なんだそのちっこいの」

「キラーアンデットΣ(シグマ)サーチタイプ。読心術を搭載した試験型だ」

「何でもアリかよ……」

「これ以外にも色々いるぞ。前回は連れてなかったが、研究所の助手には死体から造った異能者とかもいるしな。だいぶ昔まで遡るなら、オレ様の体細胞から能力ベクトルを筋力に変えた戦闘兵器を造ったことも……あいつはどっか行ったが。そもそも、ゼロツーどもも魂を拾ってきてあのボディに錬成し直したやつだしな。つーか……」

 

 ペラペラと所長は喋り続ける。

 

 トンチキな話に聞こえても、彼の言っていることに概ね本当だ。

 マッドサイエンティストと呼ばれる魔物は、自らの技術に嘘はつかない。正確には自らの信じる科学を(意識的にかはさておき)世界に焼き付けて法則化する力により、結果としてその技術は本当の事象になっているのだ。かの有名なニュートン力学も、ニュートンその人が決めつけたことで地球ドミニオンに定義づけられたという。

 

 とはいえディルの頭はそれらの情報を処理できる明晰さは無い。残念ながら、戯言感覚で半分聞き流してしまっていた。下手をすればノーベル賞も夢じゃない成果の数々を。

 

「とにかく、このサーチタイプがそれっぽい反応を示したんだ。ほらほら、言ってみろぃ」

 

(ってもそんなのあったか? ……あっ)

 

 所長に言われたことで、ここ数日の慌ただしさに埋もれていた()()()()()をディルは思い出す。

 自分が東京で探し続けている地獄の道化師を。

 

「あんたが言ったおかげで思い出した。……『ギヴィング・デス』ってやつなんだけど」

 

 ディルがそう言ったときだった。

 

「ブフォッ!!」

「ぐげぇっ汚っ!」

 

 所長が口に含んでいたケーキを霧吹きのように吹き出した。もちろん、その先にいたディルにかかったのは言うまでもない。

 そして口を拭く間もなく所長が語り出す。

 

「そいつ、青マントの道化師一派の一人じゃねーか!」

「青マント? 確かにそういう服装だったけど」

 

 他にも同じ青マントがいる。初めて聞く情報にディルはおそるおそる深掘りしてみる。

 

「その青マントの一派? ていうのは何なんだよ」

「あくまで通称だけどな。青マントに加えて青いシルクハット、そして全員が妙な仮面を被った一族っぽいらしい。さらに名前に『なんたら・デス』とつけてそれを模した死を提供する……ぉぇ〜、オレ様の苦手なポエミーなやつらだよ」

 

 見れば腹の立つような、上に向いた目のまま、改めて汚れた口を紙ナプキンで拭く所長。

 

「で、そのギヴィング・デスだが、名前の通り大金与えて豪遊やめれなくして破産とか、異能与えて暴走させて破滅とか、マルチ商法みたく現れて典型的な契約持ちかける……って感じで『夜の側(こっち)』だとけっこー有名だぞ」

「はぁ。だろーな」

「えっ、お前もう契約とかしちゃった感じ? 悪魔(デーモン)にクーリングオフは難しいぞー」

「……」

「……マジで?」

 

 ディルは否定しない。ギヴィング・デスに契約書を渡されサインした、といったことは無いものの、過去には情報の提供や隠蔽、果てには命を救われたことまで……すでに色々と与えられてしまっていた。何も取り立てをされてないのが怖いほどに。

 

 それを察した所長は合掌する。

 

「残念ながらすでに成された契約を破棄しろってのはいくらオレ様でもちょっと……」

「いやそうじゃねーから!」

「えっ、何? まさか恋人がいるかどうか調べてほしいってぇ? お前、それはいかんよぉ、この前の嬢ちゃん放っといて別の女、しかも悪魔と遊ぼうだなんて……」

「その、恵那(えな)に関係するかもって話だよ」

 

 おちゃらけた発言をした所長だったが、予想外にディルの思惑と重なってしまいきょとんとする。

 

「あー、あの嬢ちゃんにも関係する感じなのか。言ってみろ」

 

 『廃墟新宿』の件で所長は恵那を知っている。ケーキを口に運びながらディルに話を促した。

 

 ディルは語り始める。最近のゴタゴタで忘れていた、東京に居続けている目的を。

 

「恵那の顔、昔一度だけ見たギヴィング・デス(あの女)の素顔とそっくりなんだ。だから恵那とギヴィング・デスが同一人物なんじゃないかって……」

「は? ねぇな」

 

 秒いらずの否定。さすがに真顔で言われると思わなかったディルは面くらう。

 

「お前、オレ様がただの人間と魔物の区別をつけれないわけねーだろ。前のときにそういうレーダー持ってってたんだから。第一、あの嬢ちゃんがギヴィング・デスだっていうなら、MMMに囲まれたときに何かしら力使ってるはずだ。そもそも、どっちと先に知り合ったんだよ?」

「……ギヴィング・デスだ」

「だったらなおさら正体隠してお前に近づく意味が分からねぇ。リスクが高すぎる。式神とか自動人形けしかけて、影でくすくす見とく方がそれっぽいぞ。それにあの嬢ちゃんノウンマンだったじゃねぇか。反応楽しむんだったら無知を装ってる方がいいに決まってんだろ」

 

 怒涛の理屈づけが、これまで考えていたギヴィング・デスと恵那に対する疑念をブルドーザーのように取り払ってしまう。

 あっさりすぎる回答に、ディルは清々しさを通り越して寂しさを感じていた。

 逆に、所長は溜めて言わせたディルの懸念事が大したことでないと判明したからか、周囲にも聞こえるほどの大きなため息を吐いてしまう。

 

「はー、つっかえ。こんなことなら例のステルス男を後回しにしりゃよかったぜ」

 

 所長はだらんと首を後ろへ下げ天井を仰ぐ。彼のいい加減な態度は新宿で見慣れていたため、今さらといったところだ。

 

 しかし、ディルの心中はまだ何とも言えないもやもやを抱えていた。まるで、そこだけ()()()()()消えているように。

 

(いや、ほんとにこれだけか?)

 

 

 ディルが心の奥底から懸念を洗い出そうとしたときだった。

 

 

 

「おや、ディル君じゃないかぁ」

 

 

 ふと、横から声をかけられる。渋みのある男性の声だ。

 顔をそちらに向けると馴染みのある死霊課刑事がいた。

 

「あー、日下さん」

 

 夏だからか、いつもの黒ロングコート姿ではなく、スラックスと半袖シャツ。紺色のシャツが爽やかさを醸し出している。

 

「なんでここに?」

「窓から姿が見えたからねぇ。近況でも尋ねようかと思って。テストは余裕なのかぁい?」

「い、息抜き中っす……」

 

 初っ端から直近の危機について聞いてくる辺りに、彼の魔物としてのエゴ『からかいたい』が滲み出ていた。無論、ディルにとっては慣れたやり取りだったが。

 

「ディル君、今日は君一人で?」

「え? いや──……」

 

 ディルの目の前には所長がいる。対面にいる存在に日下が気づいていないはずはない。ディルはうっすらと所長に目を向ける。

 

 先ほどまで大きなため息を吐き存在感を発揮していた小男は無言。かつ、その手は「オレ様のことは黙ってろ」というメッセージ。いつの間にか発動させていたステルス装置で姿を隠しているのは明白だった。それでいて、体は席を離れようとにじりにじりとずり動く。

 先の話から、日下が接近していた段階で半魔だと気づいていたのだろう。どうして姿を隠そうとしているのかは不明だが。

 

 感づかれないように、ディルはすぐ様目線を日下の方に戻す。この間わずか五分の一秒。

 

「……ソロ活ってやつっす」

「ははぁ」

 

 ディルのとっさの言い訳。日下はなんとも言えない反応をする。

 

 

 しかし次の瞬間、中年男性にしてはえらく細長い指がくいっと動く。

 

 と同時に、半透明の鞭──半魔であるディルがなんとか目視できる程度の──が所長の座る場所に叩きつけられる。

 

「オッサン────?! 店内で何すんだあんた!?」

 

 突然として日下が魔物の力を使ったことに思わず声が出るディル。瞬時にアレナが展開されていたため、店内で他者の目がこちらに向かうことはなかったものの、即時戦闘行為(しかもディルが知っている限りの若干本気)を日下が行うとは思わなかったからだ。

 

 地元の樹神という立ち位置から訳あって死霊課に勤めることおおよそ百年近く*1。死霊課のベテラン中のベテランはステルスを勘だけで見抜いたのだ。

 

 

 しかし、魔力により構成された急造モノは肝心の獲物を捕らえるにいたらず。シートを叩く音が響くのみだった。

 

 そしてディルの叫びも束の間、魔力鞭をいつの間にか躱していた所長は天井に張り付いていた。まるで蛙のように。

 

「アヒャヒャヒャ! 間一髪ゥ!! 事情聴取はゴメンだぜ!!」

 

 彼が片方の手をパチンと鳴らすと、マントの中からペンケースほどの小型キラーアンデットが机に落下してくる。

 

 かと思えば落下する前に日下の魔力鞭がそれを捕らえる。

 

「使わせないよぉ」

「残念、囮だ」

「こっちのことかな?」

 

 いつの間にか、日下の後ろ……通路の隅に鎮座していた別の小型ゴーレムが鞭に絡めとられていた。

 ディルの反応が追いつかない察知とハッタリの効かせ合い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 日下が捕らえた二つの小型キラーアンデットを見せようとした瞬間、所長の鼻・口・耳から湯気のように煙が噴出する。

 

「!!」

 

「オレ様自身が煙幕となることだ」

 

 まるで爆発のように一瞬で座席一帯を覆った煙幕の中から所長の高らかな叫びが聞こえてくる。

 

「じゃあな黒装ディルゥ! 例の男はこっちでもまた調べとくぜ!!」

 

 木霊する捨て台詞。数秒もすると煙は晴れ、その頃にはすでにトラブルメーカーの影も形もなかった。

 

「逃したかぁ……」

「日下さん、あんた所長(あいつ)知ってたのか?」

 

 日下が来てから一分にも満たない内に終わったとんずら騒ぎ。いきなりの捕獲行動など、ディルはさすがに理由を聞いておきたかった。

 

「それなりにね。トラブルメーカーのマッドサイエンティストだよ。死霊課内で要注意人物として目立ってるさぁ」

 

 日下は「ほら」と言ってチラシのような紙を取り出す。公の指名手配書とは違う、都内近辺の『夜の側』の住人をピックアップした身内向けのリストだ。死霊課の新人向けの要注意人物資料といったところだろう。

 そして、その一部に所長の姿がバッチリと写っている。器物損壊、違法建築、ハッキング……etc。さすがに殺人などは記載されていないものの、どれもかしこも傍迷惑な行為だらけだ。

 

 

「……まだ遠くまでは行ってないか」

 

 日下は携帯端末を俊敏に操作すると店を出ようとする。死霊課の他の刑事に応援を頼んだのだ。

 

「悪いねディル君。オジサンは急ぎアレの捕獲に再チャレンジさぁ。あ、もしも変なことされてたら死霊課に報告しといてね」

 

 そう言い残すと死霊課刑事はバタバタと道路の方へ駆け出していった。

 

 

 後に残されたのは呆然と立ち尽くす高校生としっかりとケーキのみ片付けられた皿。

 

「……帰っか」

 

 所長から情報を引き出すためにカフェに付き添ったというのに、肝心の所長がとんずらしたのではいる意味が無い。そして……

 

 

 彼が食べたケーキの料金はちゃっかり未払いだった。

 

「あんのカス所長!!!!」

 

 ディルの生活費がまた少し減ったのであった。

 

 

*1
死霊課は1915年の「青蘭事件」を契機に発足された。日下はその頃から在籍している。なお、年齢その他は便宜を図って誤魔化してもらっているようだ。




ディルは律儀に払ってくれました。


そして所長ですが、この後死霊課刑事五名ぐらいに囲まれてもなんなく逃走しきっていたり。
……最終的に、研究所で他の面々にサボりの件でこってり絞られた模様。
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