Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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40話「Re:コール・ネーム(4)」

 

 

 ディルがファルディアと戦っている時と同じ頃。別館三階の第二被服室。

 

 流蘭院恵那は停止した空間の中で同じく停止したアユミを観察していた。

 

 アユミの猫目をじいっと覗き込んだり、アホ毛をツンツン。

 しかし石像のように彼女は動かない。

 

「……意識も止まってそうね」

 

 空気が変わった感覚。横にいた友人や騒がしかったはずの吹奏楽部の演奏が止まる状況。

 『夜の側』の住人たちが使用するアレナに包まれたのだろう、そう推測した恵那。

 

 

 どうするべきか。現状、アレナを張った存在が不明であることを考えれば下手に動くべきではないだろう。

 

 窓から新校舎の方を見る。

 一階で人同士が動いている。取っ組み合いだろうか。しかし恵那はその片方の姿を見間違うはずがなかった。

 

 ディルだ。

 

(動かない方がいい。動かない方がいい……)

 

 心に自制を効かせようとする。

 

 しかし体は動きだす。

 

 

 

 半魔である春ノ戸すら停止するアレナの中、恵那は恋焦がれる男の元へ駆け出した。

 

 

 


 

 

 

 ディルとファルディア、その拳の応酬は続く。むしろ、最初よりもその激しさは増していた。

 

 しかしディルの心内、焦りは留まるところを知らない。

 

(こいつ……スタミナお化けかよ……!)

 

 怒涛のラッシュを続けるファルディア。ディルは途中で体力の温存を考えてガードばかりになっていた。

 そこからしばらくするが、ファルディアの甲高い叫びも、拳の連打も止む気配がない。

 

(このままじゃ完全に押し切られる……)

 

 意を決したディルは残った体力に賭けて攻めに転じる。

 防御のために消失させていた腕のブレードが再構成されていく。そして、そこに『白い闇』が纏わっていく。

 

 人狼や座天使すらバターのように切り裂く必殺のエネルギー斬撃。

 

「ここだ!!」

「!?」

 

 ディルの一閃。連打中のファルディアが拳を引く一瞬を狙ったカウンタースラッシュ。

 

「ぐぎぎぎ……」

 

 しかしファルディアも腕に光のオーラを纏わせ胴への致命傷を防ぐ。クライシス星人が用いるとされるクライシス粒子によるガード強化だ。

 

「だりゃああああっ!」

 

 血飛沫が舞う。

 

 剣撃の勢いにより弾け飛ぶ二者。ファルディアは窓ガラスを割って中庭の方へ飛んでいく。

 しかし飛ばされた先ですぐさま受け身。体勢を直す。

 

「アヒャヒャヒャ……やるじゃねえか。なんだそれ? 噂に名高い()()のオーラかなんかか?」

 

 その左腕にはしっかりと刃の跡……出血が見えていた。クライシス粒子による強化があったとはいえ、腕ごと切断されるのを防ぐのに手一杯だったのだ。

 

「……」

 

 同じく体勢を立て直したディルは答えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『白い闇』を常に纏わせ攻撃すれば絶対的有利なのは明白。

 しかし、先ほどから身体に感じつつあったダルさ。特に腹部。

 

(まさか……)

 

 

 ぐぅぅ……

 

 

 空腹。

 

 

 

 クリニ=エル事件や廃墟新宿での戦闘……いずれも食後に巻き込まれたものだ。栄養補給は事足りていた。

 

 しかし今回は違う。

 

 午前中いっぱいは、補習という不得意なお勉強で下手をすればいつも以上にカロリーを消費しており、その上でファルディアと全力の殴り合いを十数分。

 

 本来の時間なら、すでに正午は超えている。エネルギーが切れていてもなんらおかしくはない。むしろ、無意識に放出されていたアドレナリンのおかげでよく保ったところだろう。

 

 もはや『白い闇』の常時放出は難しい。

 

 

 

 そんな理由など知る由もないファルディア。むしろ、先のディルの一振りで戦闘欲はさらに高まっていた。

 

「アヒャヒャヒャ!! 気力も充分! そろそろ()()を使うぜえ!!」

 

 窓を通した中庭から甲高く叫ぶ封印兵器。

 それがすーっと空中へ上がり、ディルの視界から消える。

 

 

 間違いなく逃げて恵那を探しに行くチャンス。

 

 しかしディルの本能は「駄目だ」と叫んでいた。

 

 

 窓側の壁を飛び越え中庭に入る。

 頭を上に向けファルディアを見る。

 

 

 頭上で片腕を空に掲げていたファルディアはその先に光り輝くエネルギーを集約させていた。

 所長によりクライシス星人の要素を混ぜられている彼は、その特性であるクライシス粒子を操ることにも長けている。

 それによって自身の発するクライシス粒子を巨大な光球へと変貌させていく。それはまさしく車二つ分ほどの岩石。

 

「くらいやがれぇぇぇぇっ!! 千年(せんねん)隕石(いんせき)っ!!」

 

 上空で振り上げていた腕を下へ、連動しエネルギー塊がディルに向かって放たれる。

 

 

 これこそディルが感じた、逃げるわけにいかなかった理由。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 即座に腰を屈め飛行の構え。背中の翼が広がり、ディルの体が飛翔する。その腕の刃に『白い闇』を纏わせて。

 

(斬る!)

 

 投げつけられた巨塊に向かい、腕のブレードを縦に振る。

 

 硬い。だが、あらゆる魔物のエゴを喰い尽くす『白い闇』はクライシス粒子とて例外無く滅却する。

 ……使い手の出力に応じてだが。

 

 先の軽減された一振りよりさらに力を込めた一撃は『千年隕石』を叩き斬った。

 

 割れた二つのエネルギー塊は空間に喰われるように消失する。

 

 

 

 だが────

 

「千年隕石っ!!」

 

「なっ……」

 

 追撃。斬った直後のディル目掛けて、もう一発のエネルギー岩が放たれていた。

 

 

 

 千年隕石。

 

 浮遊して高所からエネルギー岩を叩きつける技。この技はファルディアにとって必殺技でもなんでもない。()()()()()()()

 それこそ、白兵戦を得意とする彼が遠距離の敵を小突くために開発した程度の。

 さらに、高所から撃つというのも技っぽいからという安直な理由。別に地上からでも、水平方向にでも、どこからだって撃てるのだ。

 

 

 

 二撃目を斬ること(あた)わず。

 隙だらけだった身体に『千年隕石』がクリーンヒットする。

 

 エネルギー岩はそのまま中庭の地面にディルを押し潰した。

 

「がっ……!」

 

 叩きつけられ、全身を強い衝撃が襲う。頭から手足、指の一本に至るまでローラーで轢かれたような圧力がかかる。

 

 

 千年隕石は直撃時の硬さこそ岩石のような物質と同等だが、その直後に流体エネルギーとなって霧散する。

 しかしそれはエネルギー。触れるだけで衝撃がのしかかるという罠のような性質があった。

 

 

 しかし地に臥せている場合ではない。フラつき始める身体に鞭を入れ、ディルはかろうじて膝を立て直す。

 

 しかし、

 

「まだまだあっ!!」

 

 連続で投げつけられる隕石。疲労もあるが、何より今のディルには遠距離からの攻撃に為す術がない。瞬間的に音速が出せる魔物にとって射撃武装など不用、それが仇となった。

 

 二撃目。

 

 三撃目。

 

 全身を襲う強い衝撃が繰り返される。

 

 

 強いて言うなら、外に出たおかげで被害は中庭だけ。それだけでも校舎内にいる春ノ戸やアンノウンマンを巻き込まずに済んだ価値がある。

 

 

 岩石の雨が止む。

 

「怯ませたところで突撃いいいいっ!!」

 

 ()()を終えたファルディアは空中から地上へロケットのように急降下。狙うはもちろん弱った半魔。

 

 

(近づいてきた!)

 

 接近するのなら反撃のチャンスがある。

 

 ディルは残り少ない力で『白い闇』を纏わせようとする────が。

 

 

 

 ガクリ、と手足どころか体全体が落ちるような感覚。

 

 

(頭、まわ────)

 

 

 言葉もでてこない。

 

 

 

 低血糖。

 

 空腹時にさらなるエネルギー消費を行ったディルは、全体エネルギー量が危機的状況になっていた。

 普通の人間なら、そうなった場合に脂肪や筋肉を分解してエネルギーに……といった体の作用があるのだが、ディルの場合あまりにも消費していたエネルギーが大きすぎた。

 

 

 ところでだが、強烈な自我(エゴ)によって無尽蔵なエネルギーを誇る魔物には、実のところ飢えも寿命も存在しない。

 

 じゃあ何故ディルは空腹などという一見下らない危機に?

 

 実は、多くの魔物が生まれ育った世界、価値観、周囲との関係で「自分はこういうものだ」という無意識の規定をしている。

 例を挙げるなら、人間だって古代の時代には平均寿命が三、四十代だったとされているが、現代では七、八十代ぐらいまで伸びている。これは「医療の進歩」という世界律の押し付けで種全体の寿命が底上げされたからだ。

 また、吸血鬼(ヴァンパイア)は不老不死の典型だが、吸血によって吸血鬼となった人間も同じく不老不死となる。これは吸血でその人間の『無意識』を塗り替えているのだ。

 だから(上の吸血鬼は例外だが)多くの魔物には寿命があるし、そのおかげで世界が魔物だらけにはなっていないのである。

 

 ディルも同じ。人間から魔物として覚醒した彼は、考えや価値観の基本は()()として過ごした部分に依る。

 

 むしろそれがあるからこそ、彼は完全な魔物ではなく半魔として人間社会に溶け込めているのだが。

 

 しかし今はそれが(あだ)となっていた。

 

 

 迫るファルディア。彼のロケットのような頭突きを喰らえばディルもさすがにもう立てない。彼もそれぐらいは把握できていた。

 しかし身体の疲労、エネルギー切れから迎撃する力が無いことも。

 

 

(クソッ、こんな形で倒され……)

 

 思考力の低下、焦り。絡みあった要素がディルの考えをマイナスに寄せていく。辿り着く先は絶望。

 

 

 

 

 そのときだった。

 

 

((ククク……ここで終わりたくは無かろう?))

 

 

 ディルの頭に響いてくる声。

 

(この声……まさか……)

 

 実体はないはずなのに傍にいるかのように聞こえてくる声。身体に取り憑かれているからこそ生じる気味の悪い感覚だ。

 

(魔神ディノキア……!)

 

 滅びの邪神の眷属にして最強最悪の魔神。その力で数多のドミニオンを滅ぼしてきた天災。

 そして、その身の一部から絶零魔剣ディルブレア=音無慧那を創り、彼女の一部がディルの『魔の因子(フェクテア・デザイア)』となった。

 

 つまり、ディルの力の根源。

 

((ククク……言ったはずだ。オレはお前の中にいるとな……))

 

 

 ディルはようやく思い出す。

 以前、カフェでキラーアンデット製造所所長に聞こうとしていた、もう一つの懸念を。

 

 すなわち、取り憑いているこの『ディノキア』なる魔神をどうするべきかについて。

 

 

(くそっ、なんであのとき忘れてたんだ!)

((お前の記憶にマントを被せたのさ。霊力のな。そしてオレは息を潜めていた))

 

 ディノキア自身によるネタバラシ。自身の存在を極端に小さくすることで、思い出させないようにする技。幽霊だからできる精神干渉でもあった。

 

(だったとしてもあの所長が見逃すわけが……それに音無ともさっき会話したのに)

((あの研究者の探知に引っかからなかったのは、お前の波長にオレがよく馴染んでいたからだ。ククク、感謝するぞ。……とはいえ、さすがにかつての我が武器(ディルブレア)は気づきかけたがな))

 

 悪辣な笑いを交えながら語りかける魔神の亡霊。黒いモヤのような不快な気配は、囁きながら形のない指を頭上に指し示す。

 

((まぁそんなことはどうでもいい。このままではお前、死ぬぞ?))

 

 その先には迫る封印兵器。

 その速度は限りなくゆっくりだ。スローモーションで動画を再生しているように。

 

 もちろん、実際のディルはもはや魔神と会話できるほどの体調ではない。

 

 今、ディノキアと会話しているのは脳内ではなく、魂同士でだった。

 

 それはすなわち、時の流れが違う精神世界への突入を示していた。

 ファルディアが突撃してくる一秒足らずの中、悠長に話ができているのはそれが理由。

 

 

 しかしディルは諦めの念に覆われてしまっていた。

 

(っても体はもう限界だ。もうあれは止められねぇよ)

((フン、まさかこの程度の敵に対して諦めているのか。あまりにも情けない))

(言ってろ。足掻くにはもう力が……)

((お前に、()()()()()()()()()()()。さすればあのような魔物、一捻りだ))

(!? 誰がお前に力なんか……)

 

 ただでさえ何をしでかすか分からない魔神(デーモン)から突如降ってきた提案。

 しかも借りたが最後、身体がウィルスのように乗っ取られるかもしれないし、負担がとてつもない可能性もある。

 ディルは躊躇して当然だった。

 

((クックック……別に毒は入ってないさ。しかし何もしなければお前は殺されるだろうな。死にたくなければ使え))

 

 魔神がつぶやくと、精神世界のディルの前に黒い『もや』が現れる。最初にディノキアと遭遇した時のそれと同じだ。具現しやすい霊力のイメージとして出したのだろう。

 

((それと、周りへの被害を顧みないような封印兵器(こいつ)が、この後どれほどの破壊をもたらすかを考えるんだな))

 

 それを言われるとディルはもはや躊躇っているわけにはいかなかった。脳裏に恵那の顔が浮かぶ。

 

((言い忘れていたが、それはあくまでお前の疲労を和らげる程度のものだ。そこから先はお前自身のエゴ次第。せいぜい、自身の『黒』に飲まれないようにしておけ))

(ふざけんな。制御できるに決まってんだろ)

((ならいいさ。オレはお前が『継承』するに相応しい器か、見極めなくてはいけないからな……クックック))

 

 魔神は嘲笑うように精神世界から消える。

 

 そして、スローモーションだったファルディアの接近速度が元の速さに戻っていく。

 

 意を決したディルは黒い『もや』に手を伸ばした。

 

 

 

 

「終わりだああああっぶぉごぶっ?!」

 

 隕石のようにダイブするはずだったファルディア。

 しかしディルに当たる直前、ピンボールのように横方向へ強く吹き飛ばされる。中庭から再び新校舎へ、壁を突き破って。

 

 

「ぺっ……何が……」

 

 血を吐き捨て、校舎の中から殴りつけられた方をファルディアは見る。

 

 

 中庭に立つメルキセデクの秘蔵兵器。

 俯き地面を向いていたその少年、その腕には黒い『もや』が揺らめいていた。

 

 しかしその『もや』は腕を伝って胴、全身へと広がり纏わっていく。

 

「!」

 

 視線の先の半魔に異変が生じたことをファルディアは即座に感じ取る。

 

 初見の状態。雇い主からも聞いていない未知の何かだ。警戒をしつつ、再び攻勢に移ろうとする。

 

 

 

 が、その目の前に──────

 

(速いっ?!)

 

 黒い瘴気を纏った怪物が、ファルディアのすぐそばまで接近していた。

 先ほどまで、いや遭遇直後を遥かに超える速度。

 

 しかしそれに対応できない封印兵器ではない。

 獣のように流麗な打撃を封印兵器は拳で直に打つ。互いの手が弾ける。やや押されたのはファルディアの方だった。

 

「アヒャヒャヒャ!! それでこそ闘い甲斐があるってもんだぁ!」

 

 即座に、弾かれた右手とは逆の左手でアッパーカットを繰り出す。

 カンマ一秒の反射速度。異常な闘争欲求によるカウンターがディルを捉えた。

 

 

 ……はずだった。

 

 いや、確かに拳は鳩尾(みぞおち)に当たっている。

 しかしめり込まない。先ほどまでのディルの堅さを優に超えているのだ。

 

「!?」

 

 そしてその間に僅かな硬直が発生する。加えて、至近距離であるという条件。

 

 悪魔と化しつつあった半魔の目は据わっている。

 

 

「滅べ」

 

 

 ョリ

 

 

 鈍く深々と軋むような音がファルディアから響く。

 

「ごっ……ぐぶ……っ」

 

 瘴気をまとった半魔の拳がファルディアの鳩尾に突き刺さった。思わず口から吐き出される血痰。

 

 それが床に付着しないうちに、抜き出された手刀──さらにもう片方も加えて──が怯んだファルディアに一斉乱打を開始する。

 

「ごっ、がっ、ぐっ……」

 

 顔面から胴体、全てに満遍なく拳が叩き込まれる。防御などできるはずがない。

 

((ククク……クッハッハッハ!! そうだとも! それがお前の力だ! さぁ、ここからどうする……))

 

 ディルの心に語りかける魔神。ディルは特段返答しない。

 ただ無心で、目の前の敵性存在を容赦なく叩くのみだ。

 

 一撃。二撃。三撃。

 殴打、蹴り。

 繰り返して殴打殴打、膝蹴り、殴打……

 

 しかしファルディアもそのまま殴られ続けるだけではない。

 一瞬の隙から連続で攻撃を受け続けているとはいえ、彼は封印兵器。クライシス星人由来の浮遊能力で一気に後ろに引き下がった。教室二つ分ほどの距離だ。

 

「少し油断したがまだまだあ! もっかい千年隕石(これ)で……」

 

 巨岩を避けるには狭すぎる廊下内、水平に放つべく腕を前に向けようとしたファルディアだったが……

 

 その目の前には既に悪魔がいた。

 

「は?」

 

 距離を離したときにくっつかれていたわけではない。

 ファルディアが千年隕石を放つと見えたや否や、即接近したのだ。

 

 単純に桁外れの速度。つまり、今のディルは(はや)すぎた。

 

 

 そして、ファルディアが見たときには()()がもう腕を振りかざしていた。

 それはそのまま、容赦なく封印兵器の顔面に叩きつけられる。

 

 

 仰け反るように叩きつけられたファルディアが床に、そして威力を受け止められないまま床は割れ、大きく歪む。瓦礫が舞う。

 

 

 そこに立っていたのは、もはや怪物であった。

 

 

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