Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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バッドステータス:暴走


41話「Re:コール・ネーム(5)」

 

 

 廊下の床に生成された小規模クレーター。その作り主である黒装ディルは目が据わったままであった。

 

 その視線の先、ディルは半埋まりになったファルディアを無言で持ち上げる。頭を鷲掴みにしながら。

 

 ファルディアは動かない。

 ぷらりと垂れ下がった腕。腹部から流れる血。先の貫手による致命傷に加え怒涛の猛攻撃を受けた彼に、もはや意識はなかった。

 

 彼を掴む悪魔は、その背の翼をぐわりと広げた。鋭利な切先が狙いを定める。

 完膚なきまでにバラバラにする構えだった。

 

 もはや勝負はついているというのに。

 

 

((ククク……そのまま破壊の修羅と化すか。どうやら()()()()だったようだな……))

 

 意味ありげな発言をするディノキア。

 しかし、ディルの精神はもはや何も聞こえていないし、考えてもいなかった。

 

 魔神の力に飲まれまいと考えていたディルだが、ディノキアが渡した霊力は本当にただのエネルギー、つまり疲労しきった身体への栄養補給剤でしかなかった。

 しかし一気にコンディションが戻った状態で、「ファルディア(こいつ)を倒さねばならない」という考え(エゴ)に頭が支配された。その結果、身体の全神経はリソースを全て戦闘本能へと移行した。

 彼の意思そのものは? 最悪なことに、突然の休眠状態に陥ってしまった。

 

 

 もし、これが日下やアオイのような熟練半魔なら、意図的に制御できただろう。

 

 だが、ディルはスペックこそあれ、そういった肉体に依らない器用さは持ち合わせていない。

 

 

 それはもはや獣……いや、魔物の獣、魔獣だった。

 

 

 

 

「黒装クン……?」

 

 

 魔獣の耳に音が入る。

 

 ゆらりと顔がそちらに向く。

 

 

 紅い髪の人間だ。

 

 

 


 

 

 

 廊下を走る。別館の階段を降り、一階の渡り廊下から新校舎へ。

 

 その最中、渡り廊下から見えた中庭の激戦。

 

 彼は追い詰められていた。見たことのない人間のような魔物に一方的に攻撃され、反撃もできていない。

 

 近い状況自体はクリニ=エル事件でもあった。でも、遠目から見る限りそれとも違っているような気がして……

 

 そう思ったときだった。

 

 迫る人型の魔物を彼が一瞬で弾き飛ばしたのは。

 

 その手に宿っていた黒い何か。

 

 黒い霧のようなそれを見たとき、私はとても怖くなった。

 見開いた目で無言で動く様がまるで『虚無』のようで。

 

 

 そのまま彼は校舎に入っていった。あの魔物に追撃をするのだと思う。

 

 

 渡り廊下を駆け抜け新校舎一階、廊下の角を曲がると、すでに決着はついていた。

 

 わずか十数秒。その間に彼の黒い霧は全身に広がっていた。その中で黄色い眼光が(まばゆ)く。

 

 

「黒装クン……?」

 

 サンシャイン60や新宿で、私のために怒りを燃やした時とはよく似て違う雰囲気に、つい名前が溢れてしまった。

 

 私に気づいたのか、彼はこちらを向いた。

 

 向いたけれども、きっと()()にではなく、ただ音に。

 

 

 彼は掴んでいた魔物を捨ててこちらに体を向ける。そして、私でも分かる腰を屈めての攻撃体勢。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 普通なら考えられないこと。でも、きっと今の彼は黒装クンだけど黒装クンじゃない。

 

 止めなきゃ。でも、あんな状態の彼に何ができる?

 

 呼びかける。

 

「黒装クン!」

 

 好意的な反応は返してくれなかった。むしろ、大きな声はしっかり聞こえたのか、床を蹴って動いた。こちらに向かってくる。

 

 疾風迅雷のごとく、廊下の奥側から私のいる反対の端までを突き進んでくる。

 

 

 ダメ。これだけじゃ。もっと……もっと彼の心に……

 

 

『下の名前で呼ばれるときの方が反応早いってことですよ!』

 

 

 アユミの言葉がリフレインする。

 こんなときに。

 

 いえ、むしろ()()()()()()()()()()だった。

 

 

 言ってみなさいよ私。

 

 気恥ずかしさ? そんなこと思ってる場合?

 

 何でもいいの、彼が反応してくれるのなら。

 

 呼吸を整えるなんて余裕も時間もない。

 

 ただ、勢いに任せてお腹の底から声を出した。

 

 

「ディル!!」

 

 

 


 

 

 

 奇しくもその音は、昔彼と過ごしていた()()が呼ぶときとそっくりだった。

 

 

((ほう……))

 

 魔獣の中から様子を見ていた魔神は何か感心めいた反応をする。もちろん、それを認知する者は誰もいないのだが。

 

 

 そして、飛びかかる魔獣は恵那に喰らいつかんとする寸前で、その体を僅かにずらした。

 

 恵那の真横を通り過ぎる図体。そのまま後方、数メートル先へ着地する。

 

 黒い怪物は四つ足の着地姿勢を維持したまま、ゆっくりと恵那の方へ頭を上げていく。

 

 

「え……な……」

 

 

 こぼれる言葉。

 それに合わせてか、黒い『もや』が消失していく。

 

 そして、力が抜けるようにディルはその場に倒れ伏す。

 

「黒装クン!」

 

 つい慣れた名前の方を呼んでしまうも、そんなことは気にせず駆け寄ろうとする恵那。

 

 

 その光景を見たディル──────の瞳に別の影が映った。

 

 

「こんにちは」

 

 

 恵那の背後、カーテンがまとわりつくように突如として青い影が姿を現していた。

 

「────?!」

 

 マントとシルクハット、そしてその素顔を隠す悲嘆と歓喜の仮面。

 間違いない、ディルの記憶にしっかりと刻まれている地獄の道化師。

 

(ギヴィング・デス────?!)

 

 突然の出現に困惑を隠せないディル。当然だ。なにせ、「恵那が実はギヴィング・デスなのではないか」という疑念そのものはまだ消えていなかったのだから。

 だが、ひとしきり暴れた後の反動か、ディルは体を動かすことができない。目を大きく見開くだけだった。

 

 そして、ギヴィング・デスはその腕を恵那の首へと回す。

 

「────んっ!?」

 

 ふわりと浮いたままの道化師は恵那をも浮遊させる。その体を引っ掴んだまま。

 

「て……めぇ……!」

 

 怒りが一気に湧き立つ。しかしそれでも体はまだストライキを起こしている。

 

((ククク、無駄だ。あれだけ高出力を発揮したんだ。その代償は重い))

 

 脳裏で魔神がせせら笑っている。「黙れ」とすぐさまその声をかき消すも、状況は好転しない。

 

「彼女、大事な子なんでしょう? 安心して。別に害は与えないわ」

 

 道化師のお言葉。しかしディルには 仮面の下で薄ら笑いを浮かべているようにしか思えなかった。悪いことを起こす前フリだろうと。

 事実、それは当たってしまう。

 

「フフフ、返して欲しかったら屋上に来ることね」

「こ、黒装ク……!」

 

 ギヴィング・デスはそう言い残すと、恵那が言葉を言い切る前に彼女諸共その場から姿を消す。瞬間移動のように。

 

(待っ……クソッ! クソックソォッ!!)

 

 突然の来訪に、突然の拉致。声を発することすらできず、ディルはその場でただ打ちひしがれる。

 

 

 この身体をもっと上手く制御できていたら。

 

 あんな魔人の囁きに耳を貸さなければ。

 

((それは違うな。言ったはずだ。『お前自身のエゴ次第』だとな。この期に及んで責任の押し付けか?))

 

「黙れ」

 

 またも囁いてきたディノキアについ反応してしまったディル。かろうじて声は出るほどになっていた。

 そこでようやく体力の回復を実感する。横に倒れながら一呼吸。

 

「……そうだ。一気に飲まれたオレが悪い」

((……フン。ならば次はそうならないよう気をつけろ。むしろ、引っ張り上げてくれたあの娘に感謝しろ。助けたあとでな))

「……え」

 

 素直に反省したディルだったが、ディノキアが素直な激励をしたことにも驚きを隠せないでいた。

 

「お前、一体何なんだ……。ずっと潜んでいたかと思えばいきなり出てきて」

((オレが興味を唆られるのはお前の戦いぶりだけだ。戦闘の無い日々にまでわざわざ出向く気はない))

「分かんねーやつ……」

 

 

 くだらない問答の間にディルの体力は動ける程度までに回復していた。全快とはいかないまでも、空腹で苦しかった状態よりは幾分マシだ。

 

 こんなところで油を売っている場合ではない。即座に屋上へ向かおうと足を動かすディルだったが、その前にちらりとファルディアへ目を向けた。

 

 大きく凹んだ床の中央、彼はそこでうつ伏せのまま動かない。

 

 自身と同じ年頃の魔物だが、別段友達になりたいと思ったわけではない。同等の力の持ち主と遭遇するのは生まれて初めてだったのだ。好意的かどうかはさておき、そういった存在を亡くしたのには物言わぬ寂しさを感じていた。

 

 だが気にしてはいられない。ディルは廊下を駆け出す。

 

 ギヴィング・デスが言い残した「屋上へ」というのは新校舎(ここ)の屋上のことだろう。

 

 階段を上りながらディルはさらに状況を整理する。思考回路はもう通常営業に戻ってくれていた。

 

(ギヴィング・デスがここに現れたってことはこの騒動の元凶はあいつなのか? そもそも恵那の傍に現れたってことはやっぱ所長の言った通りなのか。だとするとギヴィング・デスが恵那を連れ去ったのも、ただオレを誘き寄せる以外にも何かあるかもしれねぇ。自分と同じ顔のやつだし……)

 

 状況を挙げていくも、どれも疑問にしか繋がらない。

 そして彼は気づき損ねていた。同じ半魔である春ノ戸すら停止したアレナの中、恵那が動けていたことを。

 

(そもそも何故オレを狙う? 命を助けたときの代償の取り立てか?)

 

 何もかもまとまらない中、半魔の脚力は少年をさっさと屋上の扉へと辿り着かせてしまった。

 

(ごちゃごちゃ考えるのは後だ! 今は恵那を悪魔から助ける!)

 

 バタンと大きな音を立て、扉を蹴破ったディルが屋上に推参した。

 

 

 


 

 

 

 ディルが屋上へ向かった頃、一階の職員室。ディルの誘導により戦闘の余波に巻き込まれなかったこの場所では、相変わらず春ノ戸が停止していた。

 

 

 ……のだが、突如として元の動きに戻った。

 

 弊害として、口に運ぼうとしていた卵焼きを掴む箸が頬を強く穿ってしまったが。

 

「?!?! いだだ、一体何が……」

 

 月影高校がアレナに包まれると同時に、春ノ戸の動作も意思も停止していたため、何が起こっていたのかすら分かっていない。

 

 とはいえ、この場所が何者かのアレナに覆われたことぐらいは即座に察知する。

 

「ツキ高でアレナ?! 一体何が……」

 

 すぐ状況解明に動こうとするも、そこでようやく隣に()()()がいることに気づく。

 

「君は……」

 

 

 

 その存在から、一言二言の説明を聞いたのだろう。春ノ戸は廊下へ出る。

 

(まずはこのアレナの主を探さないと……!)

 

 元々尖り気味の耳を春ノ戸はさらに鋭くする。聴覚の強化だ。

 

 魔物でありながら『昼の側』へかかわる半魔となった春ノ戸は、その体に人間を凌駕するあらゆる能力が隠されている。

 その代表例が感覚器官。普段は抑えているが、人に見えない物が見え、聞こえない音を聞き取ることができる。

 

(やっぱり……誰かいる!)

 

 廊下の奥、先のディルとファルディアの戦闘で瓦礫が散らばる角から何者かの歩く音。……と声。

 

「ほらやっぱり! あいつ壊しまくりじゃん! 賭けはわたしの勝ちー!」

「えー! ぼくが先に言ったから僕の勝ちだしー!」

 

(子供……?)

 

 幼さを感じる甲高い声。どうやら二人いるみたいだ。

 

 すぐ様、春ノ戸は階段の角に身を潜め耳を研ぎ澄ませる。見られる前に敵の情報を可能な限り引き出す算段だ。

 

 

「あ! こんなところでのびてる!」

「やっぱり時間稼ぎにしかなってないじゃん! リーダーの言ってたとおりだ!」

「じゃあわたしらの出番もうすぐじゃんね。今回の『こくそー』ってターゲット頭悪そーだし」

 

(敵の狙いはディル君?! どうやらチームで行動しているようだ……。一瞬見えた廊下の惨状から、すでに暴れていた魔物がいたみたいだけど……)

 

 聞こえてくる情報を春ノ戸は冷静に分析する。身近な生徒が狙われているとなると緊迫感はさらに増してくる。

 

「だったら最初からぼくらでここのやつぜーいん『封印』したらいーじゃん。それから『こくそー』ってのを……」

「だめよセルジュ。ここには他にも半魔がいるかもなんだから」

「でもシェイル、あの『こくそー』ってやつ以外は動いてないんだろ?」

「そーよ。動いてたらそいつは敵。だから……」

 

 

 二つの幼声は声を合わせる。

 

 

「「やっちゃえ♡ヴィスカルド」」

 

 

「!!」

 

 それが自身を狙う言葉だと春ノ戸が気づいたとき、すでにその牙は放たれていた。

 階段の上方から迫る影。即座に回避しようとするが間に合わない。

 

「くっ!!」

 

 ()()()()身を翻した春ノ戸だが、そのまま廊下に投げ出される。そこでようやく声の主二人を視界に捉えた。

 

 「セルジュ」「シェイル」と呼び合っていた二人ともにストレートの金髪。背丈は高校には似つかわしくない小学生ほど。

 

 片方は二つの三つ編みお下げでキュロットパンツにシャツ、そこへマントを首に巻いた独特な服装。ヒーローごっこに憧れる子供にありがちなものだ。

 

 もう片方は内にハネたミディアムハーフアップ。後ろの大きな赤リボンが主張をしっかりとしている。ミニスカートの黒いゴシックドレスは髪色との対比が眩しい。

 

 そしてその顔つきに多少の差はあれど、とても似ている。いわゆる双子だろうということを春ノ戸はすぐに推測した。

 

 

 二者の姿を確認した後、すかさず階段の方へ視線を移す。自身を襲った牙……「ヴィスカルド」と呼ばれていたそれの把握だ。

 

 それは人間ですらなかった。

 犬のようだが、芝犬やチワワなどとは違う。その雰囲気はむしろ狼に近いだろう。

 しかしいずれとも決定的に異なるのは頭部に備わる三本の角。一本は一角獣のように額から生え、もう二本は後頭部から後方へ伸びる。形状は樹木のようだ。

 体を覆う毛並みは双子の髪色と同じ金。

 

 それはまさに『妖獣』であった。

 

 

(単純計算で一対三。とはいえまだ他にいないとも限らないな……)

 

 敵の姿を把握したところで、さらに周囲の様子に目を配る春ノ戸。

 

 

 しかし、そんな彼を見る双子も妖獣も、自分たちと相対するその男が魔獣化した姿に驚いていた。

 

 両腕から生えた幾多もの触手。春ノ戸は先程、硬質化できるこれらを使ってヴィスガルドの攻撃を凌いだのだ。もちろん、避ける暇もない状況で魔獣化できたのは彼の技量あってのことだが。

 

 しかし彼らが驚いたのは真にそこではない。それら触手から生えた牙、爪、さらに模様が如く複数存在する眼。

 そして彼らを見つめる顔の目は白目が黒目に、牡丹色の瞳は黄金色へと変貌していた。細くなった瞳孔の奥は、この世の者とは思えない深淵を孕んでいる。

 普段の優しげな顔とはかけ離れた人外の目。ご丁寧に、額にも第三の目が開かれていた。

 

 ()()()()()()()()()()。それと対峙してしまったのだ。

 

「な、なーんかキ、キモいんだけど」

「や、やっぱ情報どーりじゃんね。東京には『魔物が通う学校』ってのがあるって」

 

 少し動揺が見られるも、そこは同じ『夜の側』の住人。精神発狂するような事態にはならない。

 優しいかな、勘違いをしている子供に春ノ戸は正確な名前を教える。

 

「それは『鳴沢学園』のことじゃないかい?」

「うわっ喋ってきた!」

「喋ってきたって……」

 

 気味悪がられたことに少しショックを受けるも、この双子がどういう目的で月影高校(ここ)に忍び込んだのか、春ノ戸はそれを聞いておきたかった。

 

 相手が子供だからと、遠回しな言い方はせず直球で質問する。

 

「君たちがここにアレナを展開したのかい?」

 

 春ノ戸の質問に二人は互いの顔を見合わせる。そしてこくりと頷くと、口を開いた。

 

「「おっしえないよ────ん!!」」

 

 息の揃ったあっかんべー。

 腐っても魔物のチームの一員。コンプライアンスは(どこぞの脳筋傭兵と違って)しっかりしていた。

 その舐め腐った態度に、一周回って春ノ戸は目を閉じた菩薩の笑みになる。

 

「そうなんだね、うんうん。じゃあ聞き出せない以上……」

 

 表情は崩れない。……が、その身のオーラは激しく(うね)った。

 

 

「君たちを締め上げて拘束する」

 

 

 ドスの利かせた声と共に。

 

 




※春ノ戸先生は怒ってはいません。優しいからネ!
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