屋上へダイナミックな闖入を果たしたディル。
視界の奥、フェンスに近いところにゆらりと漂うギヴィング・デスと、彼女のそばで膝座りさせられている恵那。
両手と両足には光る縄で拘束が、口にはテープのような光帯が施されている。魔力による産物だ。
所長が即座に否定していた「恵那≠ギヴィング・デス」の式はここに証明されていた。
ディルのそれに対する杞憂はかっ飛ばされたが、状況は芳しくない。
見ての通り、恵那が人質となっているからだ。
広々としたツキ高の屋上は「人目を寄せ付けない場所」というイメージからか、不埒なカップルや不良が屯していたり、中には半魔の密会が開催されることもある。
そのため、完全に人のいない時間というものがあまり無かったりする。
しかし夏休みである今は奇跡的に半魔含め誰もいない。いるのは……騒動の元凶たる道化師と巻き込まれたノウンマン、そして誘き出された半魔の三名のみ。
他の誰かが巻き込まれることを考える必要もなかった。逆に……
(一番守らねえといけない
ディルの心には『恵那を守る』という彼女との
(やれるか……?)
クリニ=エル戦にて、恵那が押さえつけられた危険な状況があった。その際は危害を加えられるより速く殴り飛ばして解決した。そのトリガーは瞬間的な怒りのブースト。
今回、それを自発的にできるかは不明だ。ディルは口封じされている彼女の顔をチラリと見る。あの時と同じだ。不安気で、しかし「気にせずやって」という意思。
「あらあら、怖い顔」
くすくすと笑い声をあげる道化師。
ギロリとした目つきで睨むディルはゆっくりと近づこうとする。
「そこで止まりなさい」
その言葉を受けてディルはピタリと静止。
素早くブン殴る自信がないから? この道化師に少なからず情が湧いてしまっているから?
ギヴィング・デスと恵那を繋げる紐と魔法陣が出現していたからだ。
「何をしやがった……!」
「
それを聞いたディルの口がギリ、とかつてない音を立てる。
恵那もダメージを受けるとなると、もはや攻撃を禁じられたに等しい。
「てめぇ……何が目的だ」
「思ったより元気があるわね。てっきりファルディアとの戦闘で消耗しきったのとばかり」
「お前があいつを差し向けたのか」
「その通り。あなたには消耗してもらう必要があるからね」
「だから何が目的だ!!」
「それを聞かれて『はいこうですよ』と答えると? あなた、ネゴシエーションに向いてないわね」
ディルの顔に青筋が強く浮き出る。
煽り文句を放つのはこの道化師の常套手段だ。以前、クリニ=エルに対しペースを完全に支配していた話術に踊らされてはいけない。ディルは自身に無理やり言い聞かせる。
しかし、冷静になろうとする彼に地獄の道化師は間髪入れず宣戦布告を行った。
「あなたには今この場で倒れてもらうわ。大丈夫よ、命は取らないから」
ピアノを弾くようにギヴィング・デスが腕を、手を動かす。それに合わせて空間から何十発もの光弾が飛び出す。
「!!」
みすみすやられるわけにはいかないディルは回避しようとする。しかし……
「避けたら人質がどうなるかしら?」
その言葉でディルは動きをピタリと止めてしまう。
命中。光弾は直撃と同時に炸裂した。爆煙が発生し、屋上の風がそれを空へ吹き流していく。
「けほっ……くっそ」
しかしディルは軽傷。擦り傷が幾らか増えただけだった。
「おや」
頭を捻るギヴィング・デス。
決して攻撃威力が低かったわけではない。むしろ大量の爆撃でこの程度のダメージなのは、彼の防御力の高さを示していた。
そうでなければ封印兵器と殴り合うなど不可能だったのだから。
「その程度かよ……!」
しかし状況は依然として不利。ギヴィング・デスはさらなる一手に移る。
「では量を増やしてみましょう」
浮遊する道化師はマントをコウモリのように広げる。
そこから落ちてくるは幾多ものナイフ。それらは床に落ちるかと思えば魚のように自立稼働、ディル目掛けて一直線に飛んでいく。
「今度は斬撃ってか! オレを痛めつける
「さぁ……? どうかしら?」
ディルは腕を交差しガードの構え。避けたら恵那に何をされるか分からない以上、耐えるしかない。
今のディルが出せる結論はこれしかなかった。
迫る刃の群れ。全て自分に向かっている。サーカスなら甚だしい事故になるだろう。
ディルとて装甲が体の全てを覆っているわけではないため、露出している部分に突き刺されば痛手にはなってしまう。
ナイフが全て命中。……したが、致命傷を引き起こすには程遠かった。やはり爆発すら耐える装甲の前では切れ味が高いナイフといえ、無意味。
しかし案の定、二の腕や頬などの露出部は切り傷が生じていた。それでもファルディア戦の打撲に比べればマシだが。
「ハッ……サーカスなら即クビだな!」
「まだ始まったばかりよ。そこまで言うなら次はこちら」
煽られたからか、ギヴィング・デスも次の攻撃手段に移る。
裾からするすると現れる無数の蛇。それも猛毒を持つコブラだ。
(マズい!!)
「アハハ! この毒に耐えれたら今度はバーナーで炙ってあげる。その次はドライアイスの中に閉じ込める……どこまで耐えられるかしらぁ?」
搦手に方針を変更した道化師は悪辣極まる高笑いを響かせる。
(あいつ……ここまで邪悪だったか?)
これまで会ったときよりも手段を問わないやり方に苛立ちが募るも、今は事態解決に思考リソースを回す方が大切だ。
とはいえ、恵那は口を塞がれている。サポートも行えない。
じわりじわりと床を迫りくるコブラの群れ。仮にこれの毒牙を耐えれたとしても次の拷問が待っている。
(さっきのファルディアの時といい、完全に追い込まれてる……っ! でもあの時と同じなら……)
ふと、ディノキアの存在が思い浮かぶ。奴の力を借りれば打開の手があるかもしれない。
しかしすぐさまその考えを脳内のゴミ箱へ放り投げる。
先の暴走は二度とやってはいけないのだ。恵那に襲いかかろうとしたあんな行動を。
……だが。
(どうしろってんだ────)
何もできず、ただこのまま道化師の手のひらで踊らされ続けるのか。
そう思ったときだった。
ブォン
「!?」
突如として、ギヴィング・デスの横、何もない空間から剣が、そしてそれが切り拓いた割れ目から女子生徒が出現する。
「どーも、こんにちは」
無表情かつ赤い髪。背丈の半分以上もある禍々しい
その姿をディルは知っていた。
「
ディノキアの魔剣・音無慧那はディルの呼びかけに反応する間もなく、眼下の恵那とギヴィング・デス、
「! おい馬鹿やめろ!」
叫ぶディル。
二人に生命共有術式が結ばれている以上、道化師だけを斬っても恵那にダメージが入ってしまう。
急出現からの奇襲。ギヴィング・デスに回避を行う暇など無く。
慧那はそのまま無慈悲に袈裟斬りを敢行した。
スパッ
目を背けることなく光景を見ていたディルは唖然とする。見事なまでに二人に魔剣は振り下ろされた。
しかし剣により両断された女はいなかった。
「な、何が……」
「概念を斬る、です」
そして着地した慧那はその勢いのまま、恵那を小脇に抱えてぐるぐる転がり距離を取る。
スピーディーな位置どり。瞬間的に状況を把握したが故の行動だ。
「馬鹿な……!」
慧那は魔剣としての力で、人ではなく生命共有術式の方を切断した。いわば、斬れないものを斬ったのだ。
あまりにも突然の、しかも全く知らない半魔の
そして隙が生じた瞬間、なす術のなかったディルがエンジンを点火させたように急発進した。
眼前に迫っていた毒ヘビの群れを一撃で薙ぎ払い、ギヴィング・デスへと突撃する。
かつて自らの命を救った存在。
しかし、例えそうだとしても恵那を人質としたことは許さない。
疲弊しているとはいえ、身体スペックはディルが圧倒的に上。道化師に回避の隙を与えない。
急接近した半魔はすでに握り拳を振り上げていた。
「一発……くらいやがれ!!」
怒りの一撃が、ギヴィング・デスの顔面へ叩き込まれた。
割れる仮面。パキリと破片が飛び散る。
勢いのままに後方へ飛ばされた道化師は、いつものようなふわりとした受け身は取らなかった。
ブーツの底が床に引き摺られながら、アクロバティックに着地する。
「ぐぅっ……油断してしまいましたか」
ふらついてるのか、殴られた頬を押さえながらゆらりと顔を上げるギヴィング・デス。
「……は?」
その顔を見たディルは呆気に取られる。
かつて見た彼女の素顔。それは紅色の瞳の少女。後に月影高校に転校してきた恵那はそれとまさに瓜二つの顔だった。
ところが、目の前で対峙している道化師の顔は違う。
ディルの知らない男だった。
一方、その下……新校舎の中では春ノ戸が不遜な子供と動物相手に激戦を繰り広げていた。
「
「
双子が手をかざすと同時に、春ノ戸はその場を即離脱する。
そしてその空間がバチリと鍵のかかるような音を立て淀む。
しかし春ノ戸に安心は与えられない。すかさず妖獣・ヴィスカルドの牙が背後から首を捉えようとする。
触腕が回り込む。防御だ。硬化した皮膚が獣の牙を食い止める。
受け止めたところでその腕を大きく振るい獣ごと床に叩きつける。
それを察知したヴィスカルド、即座に前脚で触手から飛び跳ねる。
春ノ戸の腕は虚しく自分の腕だけを叩きつける結果となった。
「くっ……」
「アイツ、さっきからわたしらの技全部避けるんですけどー!?」
「おとなしく捕まれよー!!」
「いやそうなるわけにはいかないから避けてるんだけどね?!」
ご丁寧に双子に返答する春ノ戸。彼はこのいくらかの
まず、シェイルと呼ばれていた黒ゴシックの少女。
彼女が放つオーラは魔物の力を抑制する効果があった。触手の先端が掠っただけで鈍ったのだ、全身で浴びれば「封印」と発言していた通り行動を完全停止させられるだろう。
次にセルジュと呼ばれていた子供。
どちらとも取れる容姿から性別は不明。快活そうな服装通り、シェイルより積極的に前に出る傾向がある。
こちらの能力はバリアのような結界を展開すること。シンプルではあるが、その展開速度・規模は自由自在であった。
(我流みたいだけど、しっかり修行したら日下さんや
下らない比較をしながらも、春ノ戸はその出現した結界をまたも避ける。
セルジュはキューブ状にぶつけることも可能だった。
(問題は……)
先ほどから、猟犬のような攻撃しか行わないヴィスカルド。
よく目立つ角三本を持ち合わせたこの妖獣が何の能力もないわけがない、と春ノ戸は考えていた。
(おそらく敢えて使わないでいる。確実に僕を仕留める、その瞬間まで)
本来、こういった妖獣が誰かに飼い慣らされて動くことはあまりない。あるとすれば、守護者使いと呼ばれる魔物や妖獣自らが契約したパターンだ。
ヴィスカルドが命令を受けて的確に動くことから、何らかの意思を持つことは明白。しかしそれが洗脳によるものか、自意識によるものか、春ノ戸には判断が難しいままだった。それほどにこの妖獣は定型的な動きしかしないのだ。
(あの二人が飼い慣らしたってわけでもなさそうだし、『リーダー』とやらが連れてきた線もある。そろそろ聞き出してみるかな)
防戦一方だった春ノ戸は反撃に出る。
「君たち、
華麗に動きながら双子に挑発の文句を投げる。
「なっ……あいつ! なめやがって〜」
「セルジュ、あれ『ちょーはつ』ってやつよ。乗っちゃだめ!」
シェイルは前に出ようとしたセルジュを静止する。しかし春ノ戸の口は回り続ける。
「おや、そういう君だって焦っているんじゃないかな? だって、この
「む、むき〜!!」
春ノ戸は現在月影高校を覆っているアレナの犯人がこの双子だと分かっていた。そして自身を含め、おそらく校内にいるだろう他の半魔を停止させたことも。
しかし彼らにとってしてみれば、おそらく標的だろう何か以外にアレナ内を動く存在はいないはずである。そんな中、遭遇した
遭遇しても能力でねじ伏せればいいと考えていた双子だったが、数的有利にもかかわらず
「遊びのつもりだったけどもう怒った! セルジュ、全力でやっちゃお!」
「そうだねシェイル! ぼくらの力合わせちゃお!」
双子はオペラ舞踏のように向き合って腕を組み合わせる。
「
「
それぞれが能力発動の言葉を発す。
そして次の言葉は一切のずれがなく発された。
「「