双子が倒れ、ただのアレナ化しつつある屋上を風が吹き抜ける。
そんな中、靡くマントの主を黒装ディルはただ唖然と眺めていた。
「誰だお前……!」
破壊した仮面の下にあったのは、美少女とは程遠い痩せこけた男の顔だった。
「……まさか
男はマントを体に巻き付けたかと思うとそのシルエットラインを変えていく。スッとした女性のラインから軸が無くなったような猫背の男性へと。
「お前が、ファルディアの言ってた雇い主ってやつか」
「ええそうです。私は傭兵チーム『ヴェルケナ』のリーダー、ベハビアです。短い間ですがお見知り置きを」
そう名乗る頃には完全に小男の姿へと変わっていた。
体のラインがはっきりと分かる黒の全身タイツ。肩と心臓部に取り付けられたアーマー、そして腰に装着したバックル。何かのエンブレムが刻まれていたようだが、傷つけられていて分からない。
もっとも、綺麗な状態だったとして、ディルがその
「
兎にも角にも、姿を晒したベハビアに開口一番、怒声を発すディル。
返ってきたのはあまり嬉しくない理由だった。
「あなたには利用価値があるのですよ。
「とある人物……?」
「おや、自覚がない? 先ほどはあんなに因縁がありそうだったのに」
その言葉を受けてディルの額を嫌な汗がつー……と駆ける。
「ギヴィング・デスか……っ」
「その通り! とはいえ私自身はあのような道化師、別に欲しくもなんともありませんが。あくまで依頼された身でしてね」
「依頼だと? 誰が! 何のために!」
「おっと、それ以上はコンプライアンス違反ですね」
「てめぇ……!」
嘲笑するような返事に苛立ちが露わになるディル。
ベハビアはそんなことなど気にしないかのように続ける。
「ですが個人的に有難いメリットもありましてねぇ。……あなたですよ、黒装ディル」
「は?」
「ギヴィング・デスは『夜の側』でも神出鬼没の存在。出会うことすら困難です。ですが、フッフッフ……チームの中に優秀なサーチ能力をもつ犬がいましてね。彼が痕跡を辿った結果、とある半魔との接点が多いと判明したのです。それがあなたです」
「それがお前のメリットとやらに何の関係があるんだ」
「
そう言うとベハビアは右腕を斜めに振り上げ、もう片方はそれと交差させるように逆方向かつ水平に伸ばす。
そして呟く。
「
その言葉の直後、バックルが輝き男の全身は映像のようにノイズが走る。
かと思った次の瞬間、その形態が大きく変化した。
「!?」
四肢を覆う黒い結晶鱗のような装甲、竜のような白兜、そして背中から生えた黒い悪魔の翼。
まごうことなき、ディルの姿だった。
「まさか……」
狼狽える
「ええ、そうです! これぞ我が至宝、変身能力!!」
黒い悪魔が床を蹴る。
速い。速度はディルと同等だ。
「ぐっ!」
向かってきた爪をディルは同じく甲殻で受け止める。その衝撃は受け止めてなお、振動となるほどだ。
(こいつ……まさか本当にオレと同じ能力に?!)
「今、この変身が上辺だけかどうか疑いましたね? フフフ、私の力は出会った存在の姿のみならずその能力もコピーできる! これが私にとって最高のメリット、
最高に嬉しくない喜びの言葉をかけられ、怯んだディルに足蹴りが炸裂する。勢いを殺すことは叶わず、ディルは後方に大きく吹っ飛ばされた。
「ぐぁっ……」
屋上の壁に人型の凹みが生成される。
「無論、会ったことのない者は姿程度しかコピーできませんが。だから感謝しています。
「なっ……お前そこまで! どこで知りやがった!!」
外部に知られてはいけないディルの重要機密。それをまさかの敵が知っていたことにディルは動揺が隠せなかった。
「ミッション達成のためには下調べが必要。かの道化師との接点を調べていたとき偶然にも発見したのです。レイヴン製薬、その襲撃事件を。そうでなければあなたが強力かどうかなど知りようがないでしょうに」
「!! ……あの事件の犯人は別の半魔のはずだ。オレじゃねえ……」
外部に知られてもいない情報まで聞かされ一瞬ぎょっとするディル。しかしすぐさま平静を装う。
だがベハビアの前では無意味だった。
「おっと、シラを切るつもりですか? 残念ながら我々はその事件が改竄されていることも把握済みです。ですがご安心を。別に外部に漏らしたりはしていません。わざわざ漏らす必要も無いので」
「ぐっ……」
ディルの得意分野であるはずの徒手空拳が同等でありながら、話術もお構いなく発揮させているのは正に余裕の表れか。ディルのペースは完全に握られていた。
ギヴィング・デスの姿を真似るだけあって……いや、むしろ話術が巧みだからこそベハビアは彼女の姿を真似ていたのだ。
「とはいえ、あくまであなたとの直接対面はオマケ。最も大切なのはミッションを達成することです。私があの青マントの道化師の姿を取ったのは、あの者が自らの偽者を放置するはずないという確信から。そこにあなたを囮として置けば作戦は完璧……」
ディルのクロスカウンターを手でがしりと受け止める。自分に酔うかのように語るベハビアだが、その動きに一切の隙は無い。
「だというのに……!」
突如、声色が変調する。
偽ディルはギョロリと屋上の片側……そこにいる慧那に目を向ける。視線に気づいた慧那は無表情のまま何故かピースサインを繰り出す。
「完璧な作戦の中に余計な
怒りを交えた詰問。それも当然、先ほどの完璧な作戦は、あくまでディル以外を封印して動く想定である。一応、ギヴィング・デスがアレナに侵入できるよう、双子に彼女を封印対象から外させていたのだが。
しかし突然現れた魔剣はその前提を文字通りぶった斬った。
そしてその半魔は答えを返した。
「んー……私が
ある意味、間違ってはない。が、その発言を聞いて、横にいた恵那はぎょっとする。
「誤解を招く言い方すんな!!」
無表情で碌でもない言い方をされたことに焦るディル。回避テンポがズレるも、なんとか拳が頬の横を掠める程度で済ませた。
しかし、ベハビアはその真意を理解した。
「そうか……あなたは黒装ディルの元となった魔物! これは迂闊でしたね……」
出会った魔物の能力をコピーするベハビアの力。それは慧那すらも例外ではなかった。
しかし、答えにたどり着いたからといって思考までもが理解できるわけではない。
(何故、今あのような言い方をしてふざけたのです……?)
彼の胸中は困惑に包まれていた。
なお、慧那にふざけているつもりは毛頭ない。単に彼女の感性がズレているだけだ。
では詳細な解説。
何故、ディルを狙ったアレナの中で慧那は動けたのか?
それはシェイルとセルジュの複合封印結界、その対象の決定の仕方にある。
この封印は対象本人を指定するわけではなく、対象の力・生まれ・性質……いわば魔物としての属性を指定して発動する。吸血人狼を捕える場合、吸血・狼・人型、といった具合に。
今回の封印対象はディル以外全員。無論、全ての属性把握などできないので、ディルの属性を指定した後で封印対象を反転し、彼以外を封印した。
しかしここに誤算があった。同じく結界内にいた音無慧那はディルと同じ属性、それどころかディルの
つまり、最初から慧那は封印も何もかかっていない、自由な状態だった。
そしてアレナが展開された後は状況把握に勤しみ(※のんびり歩いていた)、職員室で固まっていた春ノ戸を見つけ封印をスラッシュ、屋上の振動を感知してはそのまま空間移動して駆けつけてきたのだ。
「まぁいいでしょう。あなたを無力化してギヴィング・デスを釣る餌にする。それに変わりはないのですから!」
どうでもいい困惑を放り投げ、ベハビアはミッション達成に精を出すことにした。
(飛び入り参加してきたあの魔剣使い。現状、
ディルと拳の打ち合いをする中でベハビアは冷静に作戦を立てる。
そして行動に移した。
「リパルジョン!」
「?!」
ベハビアが叫んだ瞬間、インファイトしていたディルの体が急激に離される。
(こいつ……こんな能力も持ってんのか!)
反発する磁石のような感覚をその身で味わうディルだが、それを見てベハビアは煽り文句を投げる。
「斥力。重力操作能力の対ですよ。あぁ、失礼! 私は器用なのであなたにできないことができてしまいました!」
「……?」
ディルが難しい物理学の用語など知っているはずもなかった。
そもそも、自分の重力操作能力ですら、「物が地面に落ちる力を自由に操れる」ぐらいの認識なのだ。「重力は引力ですよ」と言われても首を傾げるだけだろう。
が、魔物の戦いにおいてはエゴによる出力で発動させたもの勝ちである。
ディルとの距離を空けたベハビアは両手にエネルギーを集め、それを床に叩きつける。
全方位拡散波。エネルギーの衝撃がウェーブとなり、屋上にいる全員に向かって放たれる。つまるところ、
(マズい!)
ディルの思考回路が急速活性する。
似たような状況が一月半ぐらい前にあった。
サンシャイン60屋上での激戦。ドミネーターの攻撃で吹き飛ばされる屋上の床。落ちていく恵那。
そのときと同じく、放たれた波状攻撃が恵那を屋上から落としかねない。
音無慧那は防いでくれるか? 分からない! 彼女は魔剣の力で概念すら斬ることはできても、どこまでを斬れるかディルは知らない。
自分が守りに入る、しかし距離は届くか?
ディルの頭の中をいろいろなものが駆け巡る中、恵那のすぐそばにいた慧那は予想外の行動に出る
「ここは危ないですね、下に降りましょうか」
恵那を抱えたかと思えば、あっさり屋上からぴょーんと降りる。
「え」
「なっ!?」
「は?」
三者三様の困惑。ディルと恵那はともかくとして、ベハビアも狙った結果のはずなのに空いた口が塞がらない。
厄介そうな慧那を離脱させるために、恵那を吹き飛ばし彼女を助けるために慧那は屋上から飛び出す……というのがベハビアのストーリーラインだった。
実際、彼女は屋上から下のグラウンドへ着地。望んだ結果としては同じだったが、非常口のピクトグラムがごとく姿勢のまま飛び立つ様は、滑稽を通り越して混乱が生まれていた。
ディルとしては恵那が無事なので一安心。なのだが、校内に他の魔物がいるという情報が頭の中で残っていた。
屋上からグラウンドに目をやり、声を上げる。
「音無! 恵那を頼む! あと真下は危ないからちょい離れてろ!」
破片が落ちている校舎際から離れるよう指示。
それを聞いた慧那は恵那と共にいそいそと旧校舎の木影へ。屋上から辛うじてシルエットも見える、かつ距離はある。完璧な位置どりだ。
「これで気にせずやれるぜ」
「フフフ、一人で勝てると思っているのですか?」
「ハッ、それを言うならコピーしたやつってのは本物に負けるもんなんだぜ」
定石を語るディル。しかしそれを聞いた黒い悪魔は顔を覆って笑いを堪えていた。
「フッフフフ……アッハッハッハ!! 思い上がりも甚だしいですねぇ!」
「あ?」
「本物に劣ると誰が決めた?」
執念にも似た低い唸り声。それはまるで自身の存在を強く主張するが如く。
「見せてあげましょう。我が変身の真骨頂、『オーバーチェンジ』の方が上だと!!」
ベハビアは宣言と共にズシリ、と左足を前に踏み込む。姿勢は前傾に、力を溜め込んでいくように。
何かをするつもりだと踏んだディルは「やられる前にやる」の精神で飛び込み斬りを敢行しようとする。
だが、偽者が発したグラビティバリアに止められてしまう。
突き破れない透明なバリアを通して、変化状況がディルの目に入ってくる。
姿形が自身と変わらないはずだったのに、その増殖装甲は肌が露出していた部分すらも纏っていく。フォルムはさらに禍々しく、より刺々しさを。
そしてシルエットにかかわる大きな翼がさらにもう一対、背中から姿を見せる。
「……!」
「驚いたでしょう、私はコピーした力をその持ち主以上に引き出せる!」
素顔は完全に覆い尽くされ、さながら本来の意味での異形の戦士へと変貌した。
「オーバーチェンジ・ストライクッ!!」
急発進したベハビア。あまりにも速い蹴りがディルの鳩尾にクリーンヒットする。
「────!? なっ、ぐ、あっ……」
初速すら見切れなかった。いくらディルがフルコンディションでないとはいえ、こんなことは初めてだ。
だがそれで終わらない。
ディルが床につくまでの短時間、ベハビアが舞う。
飛翔、一直線に斬撃。Uターンして返しの打撃。さらに別方向から突撃。まだ止まらない。あらゆる方角から飛び回り攻撃を加え続ける。
「ハハハハ! どうやら手も足も出ないようですねぇ!」
空中でサンドバッグのように殴られ続けるディル。目が追いつかない。アオイの攻撃とほぼ同等、そう思えるほどの疾風怒濤の連撃。
(速すぎるだろこいつ……っ)
((クックック……これは先ほどお前もやっていたことだぞ? お前の力をコピーされたのだから当然なのだがな))
脳内で語りかける魔神の嘲り。
事実ではあった。暴走していたディルがファルディアに浴びせていた猛攻はこれだったのだから。
しかしディルの闘志は消えていない。
「このっ……やられっぱなしでたまるかっ!!」
接近した瞬間を狙った当てずっぽうの横振り。
「ム!?」
だが運良くベハビアに向かっていた。
脇腹に当たりかけた刃は掠る程度にしかならなかったが、超速度のベハビアをなんとかストップさせることには成功した。距離を取った先で床に着地する偽者。
ディルもかろうじて態勢を維持して着地。全身擦り傷打撃痕だらけだが、まだ致命傷には至っていない。
「やはりタフですね。しかしここまで頑丈ならば引く手数多でしょうに。どうです? こんなところで学生に身をやつすより私の下で傭兵稼業でもやりませんか?」
「ざっけんな。ここでアレナを張らせるてめーのやり口、
今度は言葉巧みに勧誘を仕掛けようとするベハビア。しかし、ディルがそんな言葉に易々と乗るはずはない。
「おやおや、残念です。ギヴィング・デス確保に協力してくれるならこれ以上の戦闘は行わないつもりだったのに」
「それも断る! あいつを捕まえたらそれこそもっとよくねーことになる! それれよかてめーをブン殴る方が先だ!」
(あ……れ?)
自然と口から出た言葉は、何故かギヴィング・デスを庇うような内容だった。
ちらりとグラウンドの端を見る。木の下に佇む二つの赤髪のシルエット。慧那……と彼女に庇われるような姿勢の恵那。
(くそっ……違うと思ってたのにまた振り出しだ。恵那はそうじゃない……そうじゃないはずなのに……っ)
今回はベハビアが偽者を演じていたといえ、すでに否定の式は所長が提案している。
なのに、どうしても拭いきれないギヴィング・デスと恵那の関係性にディルの頭は支配されていく。本能がそう訴えかけているのだ。
「まぁいいです、ならばお望み通りあなたを気絶するまで……」
「それは叶わないわ」
女の声が流れた。
そして屋上の床、ベハビアの前にポトリと黒い物体が落ちてくる。
デフォルメされた顔が描かれたそれは丸く、取り付けられた紐の先は火がジジジと燃えている。爆弾だ。
「!!」
踏み込みをかけていたベハビアの足が食い止まったかと思えば、体は反対方向へ回避行動を取る。
爆発。
離れていたディルはもちろん無事として、緊急離脱したベハビアは被害こそ受けなかったが、それが自身に向かって放たれたものであると容易に推測した。
二者ともに屋上より高い上空に浮かぶとある人影を眺めていた。この場における新たな侵入者。
「フフフ。どうやら素敵な話をしているみたいね。混ぜてもらってもよろしいかしら?」
青いシルクハットとマント、紅く長いツインテールとその素顔を隠す仮面。
翼も何も無いのに宙に浮き続けるその状態こそが、魔物であることのサイン。
「コール・ネーム」と同じ話数に収めたかったのですが、想像以上に話長くなってる件。
一応、クライマックスには入ってます。