Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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バスケにわかです。許して。


5話「期待(後編)」

 

 

 半魔は魔物である。そして魔物は人間よりも強い力をもつ。

 それは吸血鬼の再生能力や天使のよく分からない神聖なエネルギーであったり、純粋な身体能力も含まれる。

 

 ……さて、その強い力とやらで半魔は人と同じ生活ができるのだろうか?

 

 

 


 

 

 

 昼休みが終わり、そして始まった五限目。お腹が膨れた生徒たちにとって睡魔が誘惑を仕掛けてくる鬼門の時間。

 

 しかしそれは机に向かっている場合の話。体育館で体を動かす生徒たちにそんな余裕はない。

 

 バスケットボールをダムダムと動かす男子生徒を相手チームの男子がブロックする。

 行手を遮られ、横の味方にパスをしようとするも、ボールの軌道上にまた別の男子が現れ、カットした。

 そして一直線にドリブル。後方に誰もいないコート、誰もそれを止められない。

 あっという間にリングの側に辿り着きシュート。得点が入り歓声が体育館に響き渡る。

 

 

 

 その歓声の外。文字通り体育館の外で、黒装ディルは壁にもたれかかりぼけーっと座っている。クラスメイトたちが授業で体を動かす中、彼は試合に参加せずサボっていた。

 

(早く終わんねーかな……)

 

 こんな行動をすれば不良というレッテルはさらに強まるだろう。それは彼も分かっていた。

 にもかかわらず「体を動かす」という得意分野をサボっているのには理由があった。

 

 

(もうちょいこの力も人並みだったらなー……)

 

 黒装ディルは半魔である。それも人間が改造されて魔の力に目覚めた魔物だ。

 力加減の前提が大きく捻じ曲がってしまった彼は、高校に転入してから現在までの半年間、自らの不器用さを思い知らされていた。

 

 ペンを持つ、袋を開ける……それらの動作に支障を来たすようなことはなかった。つまり日常生活に問題はない。

 問題は絶賛休憩中の体育の授業だった。

 

 例えば五十メートル走。ディルが全力で疾走すれば高校生最速の六秒という記録はあっさり塗り替えてしまうだろう。

 例えば跳び箱。三メートル近くになるような二十段以上が重ねられていようと、彼なら軽々しく飛び越えてしまうだろう。

 

 では力を抑えればいいのでは? 実際その通りである。彼はそうした。五十メートル走なら、隣で走る生徒に合わせてといった具合に。

 

 しかし球技はそうもいかなかった。力を抑えて、しかも男子高校生の平均になる程度に、周りと競わなければならないのだ。

 力が強ければ怪我をさせてしまうかもしれない、弱ければそもそも役に立たない。ただでさえ、針の穴に糸を通すような集中力を使わされるのだ。さらに集中力が要求される。

 

 それに加えて、ディルはそもそもボールコントロールが得意でなかった。仮に野球のピッチャーを務めたとして、「全力で投げて良いよ」と言われても、ストライクゾーンどころかベンチに大暴投するだろう。

 実際、去年転入した直後の体育にて、ディルはサッカーのシュートでゴールポストを曲げてしまった。もちろん、ボールは破裂。

 

 そんな、力を抑える集中力に加え、周囲の人間に気を使う集中力、さらにはボールをコントロールする集中力と、まるで「馬に乗りながら弓矢で針の穴に糸を通すような三重苦」を、ディルは授業程度で受けたくなかったのだ。

 

 そういう理由でサボっていたディル。一応、出欠確認と最初のランニングには参加したのがせめてもの救いか。

 基礎練はともかく、試合は自由形式で行われるものだったので、混ざっていなくとも咎められはしない。単に教師からの評価が上がらないだけである。

 

 

 

 暇を持て余しすぎて居眠りに入ろうとした最中、ポンポンと肩を叩かれる感覚をディルは感じた。

 教師か? 降りてきていた眠気を放り投げ、彼はおそるおそる顔を上げた。

 

 

 

「あら、起きた?」

 

 恵那(えな)の顔が傍にあった。

 

 

 

「お“わっ!? げほっ、おまっ……いきなり現れてんじゃねーよ!!」

 

 突然の出来事に咽せ、ディルはひっくり返りそうになった。

 

「失礼ね。さっきからここにいたわよ。全くこちらに気づかないんだもの。魂を抜かれたように呆けて見えたわ」

「なんでわざわざこっちに……?」

「私のチーム、そろそろゲーム開始なの。だから宣伝に、ね」

 

 この日の体育は男女で分かれてはいるものの、同じ体育館で行われていた。どちらも種目はバスケットボール。

 

「それと黒装クンはここでサボタージュかしら? 本物の不良になるの?」

「んなわけねーよ。……オレのパワーだと怪我人が出かねないんだよ」

「あら残念。黒装クンのいいところ見れると思ったのだけど」

「見る必要ねーだろ、んなもん……」

 

 気怠そうに顔が逆の方向に向く。実にわかりやすい照れ隠しだった。

 

 

「恵那さーん……そろそろ試合ですー……」

 

 館内から彼女の友達が呼んでいる声が聞こえてくる。

 

「今行くわ!」

 

 呼ばれた美少女は体育館へ駆けていく。その去り際、彼女はディルの方へ少しだけ振り向いた。

 

 

「でも私は期待してるのよ。外で守ってくれた貴方のポテンシャル!」

 

 ふふ、と微笑みを向けた恵那は体育館に入っていく。それを見届けたディルは背筋を伸ばす。

 

(まぁ、活躍ぐらいは見てやるか)

 

 動かす気のなかったディルの体が立ち上がった。

 

 

 


 

 

 

 

 

 女子の試合はかなり拮抗していた。真面目な運動部の生徒が多いのもあるだろう。

 激しくボールは動き、攻守が常に入れ替わっていた。

 

 女子生徒の一人が、ドリブルでバックからフロントまで勢いよく駆け抜ける。見た目にそぐわぬ速度。

 開始時のジャンプボールでも難なく競り勝っていた彼女は、パワーだけでなくスピードも兼ね備えていたのだ。

 

「ほらほらもろたで!」

 

 あっという間にペイントエリアに辿り着いた関西弁女子はひょいっとシュートを決め……

 

 ……ることはなかった。手から離れたボールが瞬時にカットされたのだ。

 その素早い動きの主は先ほど恵那を呼んだ女子。さながら猫の如くだ。

 

「アユミ、こっち!」

 

 自陣にUターンした恵那がパスを要求する。アユミと呼ばれていた女子はすぐにパスをつなげる。

 

 ボールを受け取り恵那は即座に前進。ドリブルに乱れは無い。相手チームも彼女の進行を即座に止めようとブロッキング。味方が後方へカバーに入る。

 

 パスを投げようとして……フェイント。カットしようと吊られた相手の隙間を抜けた。

 それは特段速い動きではなかったが、緩急をしっかりつけているため、相手の反応が間に合わない。そのままシュートに繋げようとつま先に力が入る。

 

 さすがにそれは撃たせまいとリング下のブロッカーが跳んだ。……が、その手には何も持ってない。

 

「え?!」

 

 驚く女子生徒の背後、小さな影がボールを上に上げた。その正体は先ほどアユミと呼ばれていた素早い女子生徒。

 恵那はよりベストポジションに移動していた味方にいつの間にかボールをパスしていたのだ。綺麗なシュートが決まる。

 

 つい先程までシュートを止めようとしていたクラスメイトも、手品師と見間違えるほどの手捌きに唖然としていた。

 

 

 

(がんばってるなー……)

 

 ディルはその様子を眺めていた。チームの仲間に駆け寄り、満面の笑みでハイタッチする姿。

 クラスメイトと上手くやっている様子が手にとるように分かる。

 

 それは自分とは違う世界の住人のように映った。本来なら魔物など知らずに過ごせているはずの人間。そんな人物が偶然からとはいえ、自分に話しかけているのが奇跡のようで────

 

 

 

「めっちゃ揺れてたよな」

 

 

 突如聞こえた声。耳がぴくりと動く。

 

 音の出所は右斜め前方。

 試合待ちのために、座り駄弁っていた数名の男子たちだ。

 

「流蘭院さんのあのフェイントの上下のたびに連動して上に下に!」

 

 恵那についての話だろう。しかし彼らが話していた内容は、ディルが眺めていた活躍の話というより、もっと別のものだった。何について話しているかは聞こえてくる単語が抽象的なためよく分からない。

 だが、次の会話で具体性が明らかになった。それは……

 

「やっぱどこがいいよ」

「そりゃあ……」

「当然……」

 

 

「乳」

「尻」

「太もも」

 

 

「「「はぁ────?!」」」

 

 

 互いのポリシーの違いで歪み合う高校生男子(バカども)

 彼らのように思春期の男子は多感な年頃であり、周囲を意識すること──特に異性へ──はなんら不思議ではない。例えそれが不埒な視線であっても。

 

 

 

(は?)

 

 しかし、後方にいた少年にとってそれは聞き捨てならないものだった。

 

 彼にとって流蘭院恵那という女子生徒は、「自身の正体を知っている」「変な契約にかこつけて揶揄ってくる」という部分しか注視してなかった。

 とはいえ、外見を何も見ていなかったわけではない。彼女の容姿が淡麗で、出るとこが出ているという認識はしていた。逆にいえばそれだけだった。

 

 視線がコートの方へ動く。女子の試合はちょうど終わったばかりなのか、ベンチもとい他の子と入れ替わっている。

 動いた後の汗が垂れる首筋。持参のタオルでそれを拭き取る。

 排熱が間に合わない衣服の双房は蒸れて体に張りついていた。

 

(クソッ! どこ見てんだオレは!)

 

 いつの間にか視線が移っていたことに自己嫌悪。

 その間もクラスメイトたちの欲望に忠実(エゴまみれ)な会話は続く。

 

「あ〜、いいとこ見せたら振り向いてくれるかな?」

「ばっかお前、ぶっ飛ぶくらいかっけぇ活躍じゃないと振り向いてくれないだろ」

「黄色い声援飛ばされて〜」

 

(こいつら……っ!)

 

 

 

 何とも言えない苛立ちの中、男子コートの試合終了ホイッスルが鳴った。

 

「おい次の連中入れー」

 

 教師の呼び声で生徒が入れ替わる。先ほどの下世話トリオも試合に臨むべく立ち上がった。

 

 バスケットボールの試合は五人で行う。先ほどの下世話トリオも他に二人連れて即席チームを作る。

 対する相手チームはあと一人足りていなかった。

 

「おーい、こっちあと一人誰かー」

「俺つかれたー」

「さすがに休憩」

 

 昼休み後の五限目に加えて授業終了十分前。それまでの試合で疲れた男子たちは、それ以上の疲弊を望んでいなかったのだ。

 

 ただ一人を除いては。

 

 体育の授業でサボりに定評があった黒装ディルがコートに歩み寄ってきた。普段参加しない男が出陣することに男子たちはざわめきだす。

 

「あいつやれるのか……?」

「体力テスト普通ぐらいじゃね」

「時間もったいないし早くやろーぜ」

 

 実際問題、試合をスタートさせる方が大事であった。

 運動部員たちばかりでもなく、文化系インドア派、玉石混交である体育中の一試合。そこまで気にする者はいなかった。

 

 

 

 試合開始のホイッスルが鳴る。

 

(最初は様子見だ。そもそもボールを持とうとするな……)

 

 何故参加したのか、それはディルも分かっていなかった。ただ、身体を動かしたくなったのは明確な事実であった。ストレスの発散か、それとも……。

 

 

 


 

 

 

 五分が経った。

 

 点取合戦の中、ディルは防御に徹していた。ぶつからないように気を張らせながら。

 ディルの制御しきれない馬鹿力では、ドリブルをしてもパスをしても味方の足を引っ張りかねない。

 そこで、オフェンスの前に立ちはだかってただ行手を遮ることにした。相手のミスを誘う地味な仕事への専心だ。

 

 しかし、それだけではチームに貢献しているとは言い難かった。ボールを取らないということは、オフェンス時に人が足りなくなるも同義だったのだ。

 

 そして一向に防御し続けることにも疲れてきていた。本来、彼は攻め込む方が得意なのだ。

 

(さすがに……)

 

 目の前で相手チームの一人がパスを受け取る。攻め込む狼煙だ。

 

 

『欲を言うなら、君から進んで動いてくれれば上出来かな』

 

 ふと、担任(春ノ戸)の言葉がディルの頭に浮かび上がった。

 ぎり、と歯を鳴らす。

 

(上等だ)

 

(ボールを()って攻め込む!)

 

 筋肉のコントロール。全力を無理やり抑えつけるのではなく、小さいエネルギーをレールに乗せるように……

 

 ドリブルの隙間に手を入れた。

 

「?!」

 

 弾かれたボールが相手の手元を離れ、バウンドしながら転がっていく。

 ディルはすかさず確保する。

 

「取られたぞ! ディフェンス!」

 

 攻める前段階だったからか、ほとんどのプレイヤーがコート片面に寄っていた。

 

「ここから突破は無理なはずだ!」

 

 ゴールまでの道のりは防がれている。味方へのパスルートもマークされている。

 素直にドリブルか。否、ディルは自身の制御力と競り勝つ力では、確実に事故が起こると予想できた。

 

 ゴールもといリングまでの距離は六メートル以上。高さも考えればまず届かないだろう。

 

 

(普通の高校生が跳ぶ距離ってどのぐらいだ? てかリングに届くのか?)

 

(……)

 

(しゃらくせぇ)

 

 自身の、人並みに抑えたままのバスケ技術で突破は無理だろうと考えたディル。

 

 

『いいとこ見せたら振り向いてくれるかな?』

 

『ぶっ飛ぶくらいかっけぇ活躍じゃないと振り向いてくれないだろ』

 

 

(……五月蝿(うるせ)ぇ)

 

 脳をよぎるノイズ。それに反発するように体が動き出す。力を調整する。

 

(ボールは手で押さえたまま。握るな)

 

 足に軽く力を込める。

 

(街中を走るときよりも弱めに、ばねのような反発だけで、跳べ)

 

 足が床を離れた。

 

 少年の体が舞う。

 

 

 

 コートを(はし)る男子たちが見たのは、スリーポイントラインからシュートではなく、ボールごと自身の身体を放ったディル。

 

 大柄とは言えない体格が勢いを殺すことなくリングへ向かっていく。

 

 誰も予想だにしなかった突然の跳躍。

 

 手が出せない。届かない。

 

 他のクラスメイトたちはただそれを眺めるしかできない。その瞬間は、男子のみならず女子も目が寄せられていた。

 

 もちろん、()()も。

 

 

 上昇する跳躍力から落下する重力へ、自然な弧を描く軌道の中でリングに向かって……

 

(叩きつけるな。ボールとリングの位置だけを合わせろ)

 

 だが距離がわずかに足りていない。このままでは手が届かない。

 

(……ッ!?)

 

 

 

『でも私は期待してるのよ。外で守ってくれた貴方のポテンシャル!』

 

(……────()()()()!!)

 

 脳裏によぎった恵那の言葉。それに呼応するように一瞬だが、()()()()()()()()()()

 

「だらぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 リングを揺らす強い衝撃。ディルがぶら下がったからだ。

 ネットも揺れる。リングが揺れたから? それもある。

 

 ポーン、と真下でボールがバウンドをしていた。

 

 

 ダンクシュートが決まった。

 

 

 

 体育館に響く歓声。体育の授業を受けているほぼ全てのクラスメイトがそれを目撃したのだ。

 

 そしてディルは焦る。

 

(や、やりすぎたか……?)

 

 不良と称されている男子が、突然として起こしたスーパープレイ。それもバスケ部員すらできないようなレベルのだ。

 

 目立つことは正体の露見につながりかねない。

 冷や汗がたらりと首筋を流れたところで、別の歓声が体育館に木霊(こだま)した。

 

 

「オイ! 太田(おおた)がハーフから投擲でスリーポイント決めたぞ!!」

「マジかよあいつゴリラか?!」

「誰やウチのことゴリラ言ったやつぁぁぁぁ!!」

 

 女子コートで発生した別のスーパープレイ。それの方が()()()()()らしく、皆の注目が上書きされていく。

 

 再び試合に集中しようとしたところ、ピィーッと教師の笛が鳴った。

 

「そろそろ五分前だ。片付けろぉ」

 

 

 

(まぁ、こんなもんだよな)

 

 授業後、クラスに戻っていく中でディルに話しかける人はいなかった。元の立場が立場なのだ。例えスーパープレイをしたとしても『不良』に話しかけられるほどの勇気は普通の人間には無い。

 

 いつもの気怠げな雰囲気に戻り、教室への廊下を歩く。

 

 その肩をポンポンと誰かが叩いた。

 

「そっちの方がすごかったわよ♪」

 

 声がかかると同時に、横を恵那が駆け抜けた。浮かない顔を上げたディル。

 少し離れた場所で彼女がこちらを向いて笑っていた。そして友達の元へ駆けていく。

 

 

『でも私は期待してるのよ。外で守ってくれた貴方のポテンシャル!』

 

 脳裏で響く恵那の言葉。

 

「期待されるってのも悪くねーもんだな……」

 

 妙な高揚感に満足しつつ、ディルは教室へ向かった。

 

 




ツキ高は()()()()生徒が多いので、ちょっと高くジャンプできる程度で済んでるフシもあったり。それより太田女史のスーパー投擲シュートの方がすごかったようです。
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