Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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このタイトルは今回でフィニッシュです。


46話「Re:コール・ネーム(10)」

 

 

 黒滅爆縮(ブラック・エクスパンディクション)

 

 放ったエネルギー重力球に対象を飲み込み、その中でエネルギーの圧力を全て対象にぶつける技。

 

 

 ディルが放った必殺の一撃はベハビアを飲み込み、爆発した。

 

 そして、その中から黒い人型が灰をぱらつかせドサリと屋上に落下する。そのバックルは完全に割れていた。もうオーバーチェンジは使用できない。

 

 文字通りの必殺とはならなかったが、もはやこれ以上の戦闘続行は不可能だろう。

 

「有り得ない……私の任務(ミッション)達成が……」

 

 ベハビアの息は(ディルが連戦で疲労困憊だったというのもあるが)かろうじて残っていた。むしろこのしぶとさがあるからこそ、彼がリンドヴルムを抜けてなお、傭兵として生き残ってきた秘訣かもしれない。

 

 

「終わりだ。さぁ、てめーに依頼した奴を吐きやがれ」

 

 疲労が溜まっているものの、そんなことは気にしてられるかと詰め寄るディル。

 元々、この男が「ギヴィング・デスを確保せよ」という依頼を受けたから発生した事件なのだ。彼女が狙われていた理由も含めて突き止めねば、似た事例は起こり得る。生きているのならと即座に尋問モードへ切り替わったのはある種正しい判断だった。

 

 しかしベハビアが返した答えは全く別のことだった。

 

「そんなことを聞く暇があるのですかな? あなたが()()()()()()()()()はそこにいるのに」

「何を言ってやがる」

「あなたの真の仇はすぐそばにいるのですよ。孤児院壊滅の元凶が、ね」

 

 ピクリ、とディルの眉が動く。

 

「偽者を語ってたてめーの言葉なんか聞いてられっか」

「クックック……だそうですよ、ギヴィング・デス

 

 

 一瞬、風の流れが止まる感覚。それを誰もが感じた。

 

 それを察知してか、ベハビアはすかさず続ける。

 

「黒装孤児院に『くろがね』を誘導したのは彼女なのですよ」

 

 

「……は?」

 

 ディルは開いた口から何か言おうとして、しかし何も言えずただの一文字しか出てこなかった。

 明らかな動揺。彼の状態を感じた春ノ戸はまだ体が起き上がらないものの、警告の言葉を投げる。

 

「ディル君、それ以上そいつの話を聞いちゃいけない!」

 

 しかしベハビアは構わず、むしろ折りにかかるべく、口をさらに動かす。

 

「なにせ私は見た存在の記憶を読み取れる! それはすでにご存知でしょう?」

 

 それはまごうことなき事実。とはいえ出まかせを言うこともできる。

 心の内ではその事を信じたくないディル。残った理性で本人に確認を取ろうとする。

 

「おいギヴィング・デス……お前」

 

 震えるディルはゆっくりと、後方にいるギヴィング・デスへ振り返る。

 

 彼女はシルクハットを深く被ったまま、何も答えない。

 

 

(今がチャンス!)

 

 ディルが自身の方を向いてない瞬間を好機と捉えたベハビア。倒れた状態から魚のように飛び跳ねる。

 バックルが壊れ変身能力が使えなくなったものの、体そのものが動けなくなったわけではない。生き残るために動けない様を演じていたのだ。

 ベハビアはそのまま屋上を脱出する。さすがに着地で体がガタつくも、その足で外へ走り出す。

 

(まずい、ディル君は動けない! ……っ! 仕方ない!)

 

 まだ体力の回復に当てておきたかった春ノ戸だが、敵が逃げるとなればそうも言ってられない。弱った体に鞭を打ち跳び上がる。

 

「ディル君、僕はあの男を追いかける! 君は彼女を見てるんだ!」

 

 そう言い残すと春ノ戸も屋上から落下。襲撃犯を追いかけていった。

 

 

 

 屋上に残された二人の魔物。

 ディルは離れた後方の道化師を向いたまま。しかしその眉は強く中央に寄っていく。

 

「本当なのか?」

 

「……」

 

 ギヴィング・デスは答えない。

 

「本当なのかっつってんだよ!!」

 

 怒鳴るように問う。

 

 

 

「フフフ……アハッ、アハハハハ!!」

 

 道化師が返したリアクションは数秒経った後に高笑いという、ディルの神経を逆撫でするものだった。

 

「貴方は思い当たりがあるのじゃないかしら? あの日、孤児院の中で見たこの青いシルクハットとマントに」

 

 一番思い出したくなかったかつての記憶。孤児院壊滅のあの日、逃げる最中に見慣れないものが見えれば否が応でも記憶は覚えているものだ。

 

「『くろがね』って言われてたか……なんであの男らを引き入れた……!」

「あの場ではあれが都合がよかったの。『鍵』も使えない状況だったしね」

 

 それを聞きディルの歯がギリ、と音を立てる。

 

「何が『都合がよかった』だ! 『鍵』ってなんなんだ! それに……」

 

 グラウンドの向こう側、旧校舎の木の傍にうっすらと紅い髪が見える。

 向こうにいる恵那と、目の前のギヴィング・デス。両者ともに目を引く二つ結び。

 

「お前と恵那はどういう関係だ! ベハビア(あの男)みたいに恵那の顔を真似てんのか……っ」

 

 理性がかろうじて仕事をし、聞くべき要点は言えていた。それでも、言葉に怒りの感情が混じる。

 

「あらあら。変なこと聞くのね。貴方は分かるはずよ。並行世界の存在については」

 

 そう言われてディルはハッと思い出す。『廃墟新宿』という例を。

 

「何が言いてぇんだ……!」

 

 唸る少年に答えを見せるように、地獄の道化師はその仮面を外す。

 その素顔はかつて見た通り。恵那と瓜二つの造形ながら、しかしその目はどことなく冷めたような鋭さ。

 

「私はこの地球ドミニオンとは別……今はもう無い並行地球ドミニオンの住人」

 

((……))

 

「言い換えれば彼女はこの世界での私。追われることもなく、のほほんと生きているだけの」

 

 その言い方には妙な自嘲があった。

 

「話は終わり。帰らせてもらうわ」

 

 封印が解けたのか、道化師はふわりとお暇の準備をし始める。

 

「待ち……やがれっ!!」

 

 奇しくも半年前の解毒薬確保の後と同じ別れ方だった。疲労しているという条件も同じ。

 しかし今度はあの時よりも速くなっている。上がった速度でギヴィング・デスに掴み掛かろうとする。

 

 

 だが、それを阻むように突如として鎖──それも電撃で構成された──がディルの眼前に現れた。

 

「!?」

 

 光る鎖を前にディルは反射的にのけ反る。

 

(あいつの術か?! いや、これは違う!)

 

 直感がギヴィング・デス以外の何者かを感じ取った。顔を上に向ける。

 

 

「やぁ」

 

 ギヴィング・デスの横に、さらなる青いシルクハットとマントが現れていた。その人影が被るは彼女とはまた違う仮面。見開いた目と高笑いを模した狂気の仮面だ。

 

 それを見てディルは所長が言っていたことを思い出す。

 

「青マントの道化師一派……!!」

 

 その魔の名に関連した死を提供すると言われる一族。ギヴィング・デス以外にもいると言われていたが、今まさにそのもう一人が出現した。

 旅貴族のような服飾ながら、スラットした足や背丈の男性。仮面の縁からはギヴィング・デスの紅とは違う金髪が見える。

 

「君が……噂のグラビテイカー君か。僕は『モーメント・デス』。言っておくけど、その鎖には触らない方がいい」

「てめぇ、ふざけ……!」

 

 ベハビアのときと同じように、無理矢理突破しようとするディル。しかし触れた瞬間、雷鎖は鋭利な棘となって襲いかかる。

 

「ぐっ……がぁ……!!」

 

 棘の電流が装甲を通り抜け体を麻痺させる。ディルはけたたましく吠えた。致死には至らないが、体を動けなくするには十分な力だ。

 

「だから言ったのに。まぁ、その野蛮な振る舞いを可愛い妹君(いもうとぎみ)に向けさせるわけにはいかないからね」

 

 モーメント・デスはギヴィング・デスを守るようにマントを翻す。

 そしてギヴィング・デスは唸る半魔に一言。

 

()()会いましょう。黒装ディル」

 

 その挨拶の直後、空間が歪んだかと思えば二者とも虚空へ消えていた。

 

 

「クソ……ッ」

 

 二人の道化師が消えたと同時に、身を拘束していた雷鎖も消える。

 そしてただ一人、屋上に残された少年。怒りの余り、足で床を割ってしまう。

 

「…………はぁ」

 

 また逃げられたこと、物に当たってしまったこと、二重の苛立ちに苛まれるが、今さら何ができるというものでもない。

 おとなしく下で待つ恵那の元へ向かおうとする。……が、さすがに体力に限界が来ていた。

 

「ぁー……」

 

 情けない声が漏れながら、ディルはそのまま前にパタリ。

 

 

(なんで……なんで……あの日……孤児院を……)

 

 道化師の罪状にただ思いを馳せ、少年は気絶してしまった。

 

 

 


 

 

 

 そしてディルが気絶した直後。

 

 グラウンドの旧校舎側すぐ横。慧那と恵那、二人がいる傍の空間が歪む。

 

 そこから現れるは先ほど屋上から消えたギヴィング・デス。

 

 突然として現れた知らないはずの魔物。しかし、慧那に驚く様子はない。無表情だから、ということでもない。まるで彼女がここに来ることを知っていたように。

 

「おや、上の方は終わったみたいですね」

「えぇ」

 

 慧那が道化師に確認を取る。直後、慧那の隣にいる恵那の体が塵のように崩壊した。

 

「変なものね。自分の姿が風化するのは」

 

 感想を述べると、ギヴィング・デスはその身の()()を解いた。マントとシルクハットは消え、手品師の服装は生徒の夏服に変わっていく。腰まで伸びたツインテールは肩に届かない長さへと縮む。

 

 その姿は恵那へと()()()

 

 

 

『お願い、ここに私がいるように見せかけて』

『……なぜ?』

『どうしてもなの……!』

 

 ディルとベハビアが戦闘している中、彼女はギヴィング・デスとして出陣するため、慧那に「流蘭院恵那がここにいる」と偽装してもらっていたのだ。

 

 身体の形成。増殖体である慧那だからこそできる芸当であった。ギヴィング・デス……いや、恵那がそれを知ったのはベハビアによる「ディルの元となった魔物」という発言からだが。

 幸いにも、現場から離れていたため、ディルの視力でも誤魔化すことには成功できていた。

 

 

「しかしなぜこんなことを?」

 

 ()()()()()()()()()が故に恵那に協力した慧那だが、肝心の理由については分かっていなかった。

 わざわざ好意を持つ相手を騙してまで別の姿を取る理由……「人間の感情を知りたい」という慧那にとって、それは知っておきたいものだ。

 

「彼には知られたくないの……まだ……」

 

 泣き言を漏らすような、か細い言い方。

 

「と、言いますと?」

 

 感情をよく分からない魔剣は気にせず追及する。

 それに対し魔女は答える。

 

「彼には『昼の側』の住人として生きてほしいの……。それが……私の『償い』だから……」

 

 

 


 

 

 

「ハァッ……ハァッ……距離三千……! 奴らの移動力指数からの安全距離確保ッ……!」

 

 目黒区どこかの路地裏。そこに無事逃げおおせたベハビアがいた。

 

 追いかけてきたのは春ノ戸だけだが、コピー能力無しでも難なく距離を離せた。リンドヴルム仕込みのスムーズな逃走術だ。仮に春ノ戸の調子が全快でも逃走できていただろう。

 

 

「しかし任務(ミッション)達成のためにまた作戦を練り直さねば。記念すべき百件目だというのに……」

 

 路地裏を歩きながらベハビアはぼやく。

 彼のこれまでの依頼達成率は、なんと驚異の百パーセント。此度の依頼を出した藤原議員もそれに目をつけてだった。

 

「あの調子では双子も犬も倒されてしまっている……。そもそも私のバックルを修復しなくては……」

 

 彼はまだ知らない。その双子と犬が死霊課に確保されるであろうことを。

 

 とにかく、次の行動を決めあぐねていた時だった。

 

 

 バチリ、と身体が痺れる感覚。

 

「なっ……」

 

 いつの間にか身体にまとわりついていた光る鎖。完全に雁字搦めにされていた。

 

(一体何が?! 見えなかった?! この私の目で!?)

 

 決して警戒をゼロにしていたわけではない。むしろ他の者に見られないよう動いていたつもりだ。

 それなのに────

 

 

「やぁ」

 

 耳が、背筋が、魂が、刃で切れ込みを入れられるような寒気。

 

 反射的に動いた眼球が声の出所たる上の方を向いた。

 

 ただでさえ暗い路地裏をさらに暗くする青いマントが広がっている。そのシルエットの上部で存在を放つシルクハット──それも青い──にベハビアの記憶の一端が警戒アラートを鳴らす。

 

 ……がその仮面まで見るとアラートどころか恐怖の声を上げていた。

 

「モ、モーメント・デス……」

 

 

 ハンターズ・ブラッド所属の情報屋。それすら一身分でしかなく、様々な世界に通じているという『魔法使い』。

 「遭いに行くは問題なし、遭いに来たら覚悟せよ」、彼を知る半魔から伝わりに伝わったとされるそんな言葉がある。

 

 ベハビアは本能で感じていた。

 奴は、「遭いに来た」のだと。

 

「何の用ですかな? ギルドの情報屋が」

 

 あくまで平静を装おうとする。

 だが、金髪の道化師が発した言葉はそれを取り去った。

 

「あぁ、リンドヴルム怪人EX(エクストラ)No.110、behavior(ベハビア)君」

 

 元所属組織(リンドヴルム)の極一部しか知らない情報がさらっと出てくる。顔から冷や汗がぶわりと溢れた。

 

「変身能力を持つ怪人に『ふるまい』を意味する言葉だね。英語の成績がよければ高校生でも分かりそうなネーミングだ」

 

 物腰柔らかく評価する道化師。肝心の本題を投げるまでのジャブなのだろうか。心臓がキュッと絞められる。

 

 しかし、もしかして、「ただ遭遇しただけか?」という千載一遇の奇跡を祈る。

 

 

 だが────仮面の口角が上がった。

 

「君は、『並行世界の鍵(ストレンジスタ・ヴィアビリティ)』を知ってしまったね?」

 

 

 瞬間、ベハビアの心は折れた。

 

 

 駄目だ。

 

 

 ベハビアはそれが如何なものかを知っている。知ってしまっている。

 

 

 逃げなくては。

 

 

 それが自身の手に余るものだということも。

 

 

 このままでは助からない!

 

 

 拘束された状態、かつ麻痺まで受けているが、動かないといけない。

 

 雷鎖に体が刺さり出血を起こすも隙間をなんとか掻い潜ろうとする。

 

「『鍵』もそうだけど、妹君についても知った君は……ねえ?」

 

 

 殺される!

 

 

 人と変わらないはずなのに細長い指と鋭い爪がベハビアに向かってくる。

 

「それに……君の雇い主に関しては洗いざらい情報を頂かないと……ね」

 

 

 死ぬ!

 

 

「や、やめ……あ、ぁぁぁぁあああああ!!」

 

 路地裏に、誰も聞くことのない悲鳴が響く。

 

 

 

 傭兵チーム、『ヴェルケナ』の任務達成率は驚異の99パーセント。これは未来永劫変わらない記録となった。

 

 

 


 

 

 

 春ノ戸の額の邪眼は肉眼では見えないものも見ることができる。サーモグラフィーや赤外線センサーのような機能のみならず霊力・魔力存在や高次元生物なども視認可能だ。

 

 逃げたベハビア。悪の組織(ダークカルテル)出身の関係上、追いつくことは難しいと思えたが、彼は一定距離で歩みを止めた。

 止まりさえすれば春ノ戸の目は建物の向こうだろうと狙い続けることができる。

 

 

 しかし、いくつもの建物の向こう側、邪眼に映るベハビアの姿が一瞬歪む。

 

「?!」

 

 足を早める。

 

 たどり着いた先……入り組んだ路地裏の最奥、春ノ戸は臨戦体勢で飛び込んだ。

 

 

「なっ……」

 

 今、春ノ戸の視界に現物として見えているのは黒く爛れた肉塊。いや、肉というのもおこがましいほどにそれは炭化が進んでいた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 春ノ戸は、もはや原型の残っていないその身体から特徴をなんとか把握する。

 

 それは腰らしき部分。バックルだ。

 リンドヴルム怪人開発部製のそれは、かろうじて原型が残っていた。ディルが破壊した傷の跡も。

 

 間違いなく、ベハビアだったのだろう。

 

「一体誰が……」

 

 春ノ戸より先にベハビアを抹殺した何者かがいる。依頼主か? それともリンドヴルムか?

 

 考えようとするが、今は月影高校に戻って後処理もしなくてはいけない。

 春ノ戸はおとなしく死霊課へ連絡を取る。

 

 

 

 そしてその様子をビル屋上から眺めている青マント。

 不思議なことに、感知能力に長けた春ノ戸もその存在に気づいていない。

 

 ビル風に吹かれながら青マント、モーメント・デスはその仮面を外す。

 細い端正な顔立ちは真夏の酷暑の中でも汗ひとつかかず涼しげな顔。気品溢れる金髪はよく靡いている。

 

 ディルが『ラフメディ』で仲良くなったウェイターその人だ。

 

 

「さて……君たちはあの妹君(いもうとぎみ)にどんな結末をもたらせる?」

 

 赤く揺らめく瞳は地上の半魔、それに連なる者たちに語るように呟く。

 

 そして異界の魔術師は消える。

 

 

 動き出していた。少年と少女の運命を決める歯車が────。

 

 




「Re:コール・ネーム」これにて完結です。
次回はちょっとした後日談。
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