Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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48話「夏のひととき(後編)」

 

 

 

 ────仮面。それは素顔を隠す物。本当の気持ちを隠す物。

 

 

 取り繕ってみせる。本当に、そのときが来てしまうまでは────

 

 

 


 

 

 

 昼ご飯のためにラーメン屋に入った男子三人(ディル・宗也・泰輝)はいつもの女子三人(恵那・爽帆・アユミ)と隣の机同士をがっちゃんこ、実質相席になっていた。混雑を避けるためある意味当然の行動。よく話すグループ同士だから気まずさも無い。

 

 暑い時期だからこそか、昼時の人の多さの割に快適な涼しさ。店内の空調が効いてる印だ。それでも麺屋特有の小麦と醤油の香りは漂っているが。

 そんな中、匂いに敏感な者なら判る蕎麦の香りが流れてくる。

 

「ざるそば二つでーす。ご注文は以上ですか?」

「はーい。ありがとうございまーす」

 

 店員が運んできた冷涼メニューを自席の前へ運ぶ爽帆、次いでもう一つをアユミの元へ。暑い季節にぴったりな冷やし麺だ。

 ラーメン屋なのにそれ以外の麺類が提供されるのは変なのだが、この店は店主が()()()()()()ため、時々別種の麺類が期間限定で登場するらしい。うどんやそうめん、中にはきしめんだった時もあるなど。

 

 その中でも蕎麦がお気に入りの爽帆。待ってましたと言わんばかりに割り箸をぱっきりと割ると添えられた山葵をさっとつゆに混ぜ合わせる。実食開始。

 

「やっぱ夏はここのざるそばや〜」

 

 満面の笑みで蕎麦を啜っていく爽帆。そのまま箸を動かし流暢に会話を続ける。

 

「にしても黒装はようやく補習終わったんか。お疲れさん。えなたんに感謝するんやで」

「それに関しては本当に……感謝してもしきれないっす」

 

 ディルは(ちゃっかり横に座っていた)恵那に向かって深々と頭を下げる。

 一方の恵那はれんげでワンクッション置きながら優雅に塩ラーメンを啜っている。熱々の品を頼んだ理由が、来る前に食べていたアイスクリームの冷えを緩和するためと男性陣は知らない。

 口の中に吸い込まれていった麺を飲み込む。

 

「ウフフ、お役に立てたなら何よりだわ」

 

 口元を手で抑えながらのワンテンポ遅れた返事。

 

「にしても黒装がここまでアホやったとはなぁ……」

「うっせ、都会の勉強(べんきょー)が進みすぎなんだよ」

「たぶん都会(こっち)ずっといたとしてもこうだったと思うぞ」

「んだと宗也ァ!!」

 

 軽い煽りに軽いキレ。

 男子たちが冗談の飛ばし合いを行う中、爽帆はパンと軽く手を合わせる。注目する一同。

 

「さて、そろそろ本題入ろか」

「?」

 

 同卓のアユミは何か分かっている素振りだが、恵那の方は首を傾げている。

 

「海、行くで!!」

「へー」

「おー、楽しんでこいよー」

「あんたらも行くんやっての!!」

 

 反応の薄いディルと宗也に声を荒げてツッコミを入れる爽帆。一方、アユミが分かっている様子を見てか、何も知らされていない恵那は爽帆に尋ねた。

 

「私、何も聞いてないのだけれど」

「そりゃ今日行くときの電車内で話したばっかやからな*1

「さすがに急よ。準備しないとだし……」

「ほ〜ん? パフェでむちったお腹を引っ込めるための???」

「!!」

 

 不意を突くような耳打ち。同じくスイーツ情報を漁る同志アキホの目は誤魔化せていなかった!

 瞬間湯沸かし器のように恵那が赤面する。

 

(オレら)の前でなんつー話してやがる」

 

 そんな小声も聞こえていたディルだが、せいぜいため息をつく程度で済んでいた。恵那が甘党であることを熟知していたが故の反応だ。

 ……服の下の素肌を想像するまでに至らなかったのは不幸中の幸いかもしれない。

 

「てか何でオレらもなんだよ」

「ナンパ避けや」

「「はぁぁぁ〜?」」

「ウチは自衛できるけどパッチーとかえなたんに魔の手が忍び寄るかもやからなぁ。ほら黒装、えなたんがチャラ男に絡まれその体にあれやこれや……」

「太田ァ!!」

「爽帆!!」

 

 ここまで言われるとさすがにディルの脳内も変な想像が湧き立つというもの。そして隣の瞬間湯沸かし器も蒸気を吹いた。

 

 不幸中の幸いなどなかった。

 

(海……水着……ろろろ露出……)

 

(お腹……引き締めなきゃ……)

 

((((はよくっつかんかなコイツら))))

 

 周囲に呆れられながらも、なんて事のない学生らしい会話が続く。

 

 

 学期中にもあった普通の学生らしい状況のはずだが、ディルは今までより安堵していた。正確には胸のつかえが一つ取れたといった方がいいだろう。

 

 横に座る少女が魔物……自らの因縁の相手(ギヴィング・デス)でないと確信できたからだ。

 

(なおのこと……恵那(こいつ)は『夜の側』に寄らせたくねーよな……)

 

 そう思い、守護の決意を固めていた。

 

 

 

 ────しかしディルは知らない。知りようがない。恵那がギヴィング・デスであることを。

 

 ツキ高襲撃時に彼女が取った行動、すなわちギヴィング・デスと流蘭院恵那を同時に見せ、ディルに彼女たちが別人だと誤認させることに成功していた。

 

 いや……あの場ではああするしかなかった。

 ベハビアにより、ギヴィング・デスが孤児院壊滅の日に居合わせていたことがバラされたタイミング、恵那がギヴィング・デスだと()かればディルはどうしていたか。

 

 間違いなく、憎悪が牙を剥いていた。

 

 ディルにとって憤怒は最高級のブースト剤。ベハビアごとギヴィング・デスも殺しにかかっていただろう。

 

 仮に……彼が怒りを辛うじて抑えたとしても、今この時のような日常にはもう戻れない。

 

 

 彼女はそれを理解していた。

 惜しんでいた。今の人らしい生活を。好きになった異性と付かず離れずの距離で過ごす日常を、手放したくなかった。

 

()()()()が来るまでは『昼の側』を演じ切ってみせる────)

 

 そう思い、彼女はメニューに手をかけ店員を呼ぶ。

 

「すいません、いちごアイス一つお願いします」

「言ってたそばから?!」

 

 

 


 

 

 

 そんなこんなで腹ごしらえを終えた六人。店の外にぞろぞろと出てくる。

 

「じゃあバイト行くわ」

「おー。次の海までに怪我すんなよ」

()ーってる、分《わ》ーってるって」

 

 日時はなんと三日後。オオサカ出身の爽帆が帰省する都合上、お盆前に行こうと話がまとまったのだ。

 インドア趣味である男子勢は最初こそ乗り気でなかったが、「恵那がナンパされるかもしれない」という口実でディルが一本釣りされ、彼が行くならと宗也と泰輝もノリでついて行くことになった。

 

「よし、ウチらも水着選びに行くで!」

「ごめんなさい、私もパスするわ」

「えー?! なんでーな」

「兄さんの()()()を手伝う必要があるの。だから買い物なら明日でお願い」

「む〜家族事情やったらしゃーないか……」

「助かるわ。そういうわけだから……あっ、黒装クン行く方向同じでしょ? ナンパ避けお願い!」

「はぁ〜?」

 

 腕を抱き寄せる少女に対し、眉を曲げながらも一緒に歩いていくディル。

 

 その後ろ姿を眺めながら残された者たちは口を動かす。

 

「なぁ……あれで付き合ってないは嘘やろ」

「同感だな」

「恵那さんあの雰囲気を楽しんでますからね。一歩踏み出せてないだけとも言いますけど」

「じれったいな! 僕ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!」

「「「やめろ」」」

 

 

 

 そんな話をされてるとは露知らず、駅までの道を歩く当の本人たちは……

 

「つか急ぎじゃないのかよ」

「駅までだからそう時間は取らないわよ。()()()()も時間が切羽詰まるほどじゃないんでしょ?」

 

 少し頭を下げ上目遣いで返答する恵那。しかしそれを聞いたディルは彼女をじっと見つめる。その目に疑念が感じられた。

 

「……どうしたの?」

 

 あくまで平静を装い、様子の変化について尋ねる。

 それに対し、返ってきたのは想像していない答えだった。

 

「そういやさ、名前呼んでたよな」

 

 心の中で思い当たる案件をリサーチ、すぐさまヒットする。

 

「もしかして、一週間前の屋上でのことかしら……?」

 

 一週間前のディルとベハビアの技の撃ち合い。そのとき恵那が叫んだ声援はしっかりとディルの耳に入っていた。

 

「いや、あんだけ大きな声が出るんかなーって……」

 

 ぽろっと出た言葉。しかしその質問は恵那の心に鋭い風を吹かせた。

 

 

 あの日、恵那はギヴィング・デスとしてディルの真後ろにいた。しかしディルが認識している恵那の居場所はグラウンドの奥*2

 恵那の声量では激戦の音でかき消され聞こえないはず。ならばすぐそばでその名前を言える人物は……?

 

 

 一瞬、勘づかれたかもと思い彼女の小指が内に曲がっていく。

 

 悟られないように表情をそのままに維持する少女。対し、少年が返した言葉は想像と違うものだった。

 

「ちょっとそこで立ってろ。向こういくから手振ったら小声で呼んでくれ」

「え?」

 

 ディルは小走りで二十メートル先の角に。そこから振り返っては「オッケー」と言わんばかりの手を振る。

 

 いきなりの行動でさすがに何のことだか予想もつかない恵那だったが、言われた通りに声を出してみる。

 

「黒装クン」

 

 しかしディルは耳に手を当てたまま微動だにしない。聞こえていないのだろうか。改造人間である彼の聴覚でもさすがに小さすぎる声は聞こえないということだろう。

 

 そう捉えた恵那はどうせ聞こえないならと……

 

「ディル……」

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 遠くのディルが目を見開き猛加速で眼前に近づいたのだ。それはまさに急発進した車。

 

「聞こえた!! やっぱそうだ!!」

 

 食い気味に顔を近づけるディル。さすがに距離が近い。疑われているかもしれない恐怖が動揺で上書きされ、澄ましているはずの表情は恥ずかしさで崩れ始める。

 

「な、な、なにが……?」

「名前! やっぱディル(下の名前)だと耳によーく入ってくる! あれだな、孤児院のときはこっちで呼ばれてたし染みついてんだなきっと」

 

 確信と歓喜の目。それは少し実年齢より幼くも見えた。

 ディルが突然このような行動をしたのは、一週間前の戦闘で()()()()()()()()恵那の声を聞き取れたのには理由があるはずと考えたからだ。

 

 実際はギヴィング・デスとしての恵那が後方にいたからよく聞こえた、という話なのだが、そんなことを知らないディルは憶測するしかなかった。

 そして、その憶測……「耳に馴染んでいた呼び名ならどんなに遠くても小さくても聞き逃さない」は偶然にも当たっていた。

 

 後ろを向いてはしゃぐ少年。その一方で、少女はいきなりの行動で乱されかけた心音を深呼吸で抑えようとしていた。

 

「いきなり近づくから驚いたじゃないの……」

 

 だが、そんな時間は与えられない。

 

 

 赤面収まらぬまま目を下に向け肩をすくめた恵那。長い横髪を弱く握るその姿に、ディルの()()が刺激されていた。

 

 

 少年は再びくるりと振り返る。

 

「……へぇ」

 

 ぐんっと、再び顔が、体が近づく。恵那の視界に首筋から鎖骨の道が入ってくる。華奢なように見えてしっかりと存在感を発揮する筋の隆起。

 

 

「聞こえないと思って下の名で呼んだろ?」

 

 

 普段だったらしないような、耳元で囁くような語りかけ。普段友達と会話してるとき、敵と戦闘しているとき、いずれとも違う静かな抑揚だ。

 聞いた恵那の耳から首、肩にかけてのラインがビクンと震える。

 

 突然雰囲気を変えた同級生。恵那はこれに覚えがあった。

 彼が熱を出して見舞いにいったときの()()と同じだ。

 

 そのままでは飲み込まれそうな彼の雄性に、恵那は沸き上がりつつある脳で返答を探す。

 

 

 直球、だけどただの質問だ。

 

 いつも教室で会話するときのように「揶揄っただけ」と答えればいい。

 

 

 しかし短時間で連続して調子を崩された少女に、もはや「想定内」の答案は用意できなかった。

 

「ぇ…………ぁ……」

 

 

 言葉が、出ない。

 

 相手の下の名をただ口にするだけなのに、その対象が好意を持つ相手というだけで、こんなにも……身体が強張るなんて。

 

 

 にもかかわらず目の前の男は緩めない。

 

「ほら、呼べよ」

 

 耳元で囁いていた顔が恵那の正面に移り、黒の瞳孔が彼女の目を見据えた。戦闘の最中に見せる激情的な視線とは違う、捕らえた獲物が力尽きるのを待つ肉食獣のように。

 

 

 ぷちっ。

 

 

 緊張と理性の糸が途切れた。

 

 

「ディ、ディル……」

 

 

 零れ落ちるように恵那の口から彼の名前が出た。もはや瞳は動揺を隠すこともなく波打ち続けている。

 面と向かって名前を呼ぶ。それも「しっかり意識して」というのは彼女にとって初めてだった。

 

 普段は揶揄う側の彼女だが、今はそんな余裕などなく。ペースは完全に握られていた。

 

「うん、しっくりくる。お前が嫌じゃなかったらさ、次からそれで呼んでくれよ」

 

 流れるように要求され、恵那は……

 

 

「ぅ……ん……」

 

 

 小さな声で頷くしかなかった。

 

 自分がしたかったこと。

 相手に受け入れてもらえるか。

 少しばかり不安だった彼女だが、まさか相手側から促されるとは思っていなかったのだ。

 

 

 

(……やばい)

 

 一方で、迫った側である黒装ディルの心中は妙なことになっていた。

 

(「たまにはからかってやるか」ぐらいのつもりだったのに、想像してないリアクションなんだが?!)

 

 当然ながら、彼はやられっぱなしでいいなんて人間ではない。助けられること(主にテス勉)もあるとはいえ、恵那に揶揄われることが多いのも事実。

 たまにはやり返してもいいだろうと思った矢先、ついでに妙にむず痒かった「黒装クン」呼びも変えてくれたらなー……と軽くアクションしたつもりだった。

 

 しかし実際はどうだ。彼女がここまでふやけた表情になるとは!

 

(くそっこいつかわ……)

 

 

 ツキ高に転入してきた頃は、慌てふためくことなくいつもにこやかな顔をしている「典型的な八方美人タイプ」、そうディルは思っていた。

 

 ところが最近の恵那はいろんな顔をする。

 

 先ほどの中華料理店の会話時もそう、むくれたり、恥ずかしがったり。新宿では初対面の相手に威圧する変な場面もあった。

 彼女の中で少し変化があったのだろう。自分といる時は特に多い。だから、もしかしてそれは……

 

 少し自惚れた意識を沸かせつつ、しかし心の自制心を保たせようとする。

 

 だがその上で、彼女の表情が()()()()()()変化したんだという事実が、どうしようもない高揚感を与え心臓の脈動を速くする。

 

 

 ふと、気づく。

 

 顔が近い。紅色の瞳がよく見える。夏の暑さか紅潮由来か分からない汗の滴り、弱く漏れ出る吐息。

 それら全てが視覚と肌感覚で伝わってくる。

 

 それを自覚したとき、逆転していたはずのディルの顔がいつも通りの慌て顔、その寸前に変わっていく。

 

(なんか……今オレめちゃくちゃ恥ずかしいことしたのでは……?!)

 

 ぶわっと汗が出てきたそのとき。

 

 

「おかあさーん、かっぷるだー」

「こら! 指さすのやめなさい!」

 

 通行人の声。

 

 そう、ここは池袋の往来。平日とはいえ夏休み、学生や家族連れのような道ゆく人は多い。

 

 周囲の様子が完全に見えてなかった二人は、さすがに恥ずかしくなって互いに少しの距離を取る。

 その長さ、おおよそ三十センチ。密着状態から離れたという程度だ。

 

「「……」」

 

 沈黙。

 

 妙な空気感のまま、数十メートル離れた駅にあっという間に到着。

 

「え、駅着いたしもうナンパ避けは大丈夫だろ……」

「え、えぇそうね……」

 

 恵那が改札口をくぐったのを見てディルはUターンしようとする。

 が、人の多いざわめきの中、男子高校生の聴力はそれを聞き逃さなかった。

 

「海!」

 

 聞こえた声に振り返る。

 

「た、楽しみにしてるわね!」

 

 少し恥ずかしがりながらも、恵那が改札口の向こうから手を振った。

 

 精一杯の声を上げた彼女の必死さ。ディルはそれになんとか答えようと、しかしパッと気の利いた返しが思いつかず思ったシンプルな言葉で返す。

 

「オレも! た、楽しみにしてる!」

 

 手を振る。そして、彼女がホームへの階段へ消えていくのを確認し、彼もまた駅を出ていく。

 

 

 

 外は暑いはずなのに、恥ずかしさによる暑さの方が上だったのだろうか。ディルの汗は冷め、バイト先への道──池袋内の通路を歩く。

 

 本来なら宗也や泰輝とゲームショップを見に行くなどしたかったが、彼は苦学生。生活費には代えられない。

 とはいえ、そのおかげで恵那と二人で歩けたのだが。

 

(あ〜こういうのなんて言うんだっけ。貧乏暇なしだっけ? 昔フリックさんが言ってたよーな……。とにかく、海行く余裕ぐらいは稼がねーと)

 

 大型連休に舞い降りてきた予定。通路を歩くディルは心なしか期待に胸が膨らんでいた。しかし……

 

 

((ククク……浮かれているようだな))

 

 周囲に誰もいない中、頭に直接声が響いた。上がった気分を下げる気味の悪い声。

 

 ディノキアだ。

 

 彼が意識を浮上させるのは実に一週間前の戦闘時以来。しかしディルからすれば、一生眠っておいてくれと言わんばかりの存在だ。

 

 今の現出は不愉快感が増す。それまでの気分がよかっただけにというのもあるだろう。

 

(……いいだろ別に。こっちはようやく夏休みに入れるってんだから)

((真の仇が判明したというのにか?))

 

 

 瞬間。

 

 

 ビキィッ

 

 歩く足の片方が、地面に強くヒビを入れた。

 かろうじて、周囲に被害が出ない程度に収まるも、幼児が転倒しかねない段差が発生してしまった。理性によるブレーキが利いていなければもっと酷かっただろう。

 

「イラつかせんな。次にあの女の話をしてみろ。お前を本当に消してやる」

((……。ふん、まあいい))

 

 精神内で会話しているはずなのに、体から険悪を表すような淀んだ黒いオーラが滲み出る。周りに人がいれば分かってしまうほどに。

 

 

 あの日から、ディルのギヴィング・デスに対する認識は変わった。

 

 孤児院の皆に直接手を下したのが『白い眼光』の男だという事実に変わりはない。思い出される恩師(フリック)の首が刎ねられる光景。

 

 しかし、彼ら特殊部隊を呼び込んだのはギヴィング・デスだ。そうでもなければ山奥のあのような場所に人が来ることはない。

 

 

 どうしてあの日だったんだ。

 

 もっと後だったら。

 

 いや、オレたちがいたから呼び込んだんだ。

 

 

 ギリ、と歯が音を立てる。仕組まれていたという事実に。

 

 

 ──私の観たいもの(エゴ)は、私に何かを与えられた者が何を為すのか。その変わり様を観ること──

 

 ──面白かったわよ? 動く風刺画を見るようで──

 

 

 かつて道化師が言っていた言葉がリフレインされる。当時よりもはっきりと、歪んで、嗤うように。

 

 思い出すたびに襲ってくる、腑が煮え繰り返るような感覚。

 そしてそれは、先程まで友人と談笑し合っていた高校生の顔を、憎悪に燃える魔物の目へと変貌させていた。

 

(『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)の生き残りはオレだけだ。だから、オレはやる。今度遭遇したときに────……)

 

 黒い憎悪の中、突如亡霊が声をかける。

 

((……お前、『魔の因子(フェクテア・デザイア)』は完全に適合させたのか?))

 

 突拍子もない発言。しかしそれは、憎悪に傾いていた半魔の心を平常運転へと軌道修正させる。

 

「あん? 解毒薬は手に入れたしもうなんともない。お前に言われなくても……ってかなんでそれを知ってる?」

((言っただろう。オレはお前に取り憑いている。お前の見聞きすることなど勝手に入ってくる))

 

 嘘ではなかった。実際、一週間前の戦闘でも状況把握を行い、あまつさえ手助けをしたからだ。

 とはいえ、記憶まで一方的に見られていることにディルはむず痒さを感じていた。だからといってディノキアにアイマスクと耳栓を着けろなどと要求はできないのだが。

 

 

((それに……いや、なんでもない。その解毒薬をオレは見ていない以上、何も言うまい))

 

 いつもの不気味さからは珍しく、妙に人間らしい言い方、しかしてそれを言い淀んだままディノキアは話を打ち切った。

 

「変なやつ……」

 

 頭の中に押し留めず、独り言としてぽろっと口に出したディル。

 

 ディノキアは再び気配を収めたのか、話しかけてくる様子は無い。

 

 気分の揺り戻しが激しかったが、少年は控えている労働の場へと足を動かしていった。

 

 

 

((黒装ディル……オレの見立てが正しければお前の『魔の因子(フェクテア・デザイア)』は……))

 

 ディノキアの思念、それをディルが感じ取ることはなく──────

 

 

*1
爽帆とアユミは同じ電車通学。

*2
これは慧那が作った模造の形である




二章、これで終わりです。話も後半になって色々な要素が入ってきました。

明かされたギヴィング・デスの正体、よく分からないムーブのディノキア、そして『白の眼光』の駕山……解決しなければいけないものだらけですが、最後までお付き合い頂ければと思います。
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