49話「動向」
藤原議員は苛立っていた。議員事務所、その廊下を小走りで駆ける。カツカツと靴のかかとで甲高い音を立てながら。
勢いそのままに、執務室の扉が開けられ議員は中に入っていく。そして、革製の椅子へ身を投げるように腰を落とした。
「ぐうっ……どうしてこの私がこんな後始末に追われねばならんのだ!」
吐き出すような怒声。
およそ一週間ほど前、彼が雇った傭兵チーム『ヴェルケナ』が任務に失敗し、あまつさえ死霊課に捜査の手がかりを与えてしまったのだ。
後ろ盾である公安部情報処理課、ひいては『くろがね』の存在は絶対に死守しなければならない。幸いにも情報隠蔽は公安部の得意分野。死霊課が捜査できるような記録は全て抹消された。ベハビアが
しかし事が事である。
後ろ盾としている他のお仲間議員によくない印象を与えたのは間違いない。
「『鍵』が手に入ってさえいれば……!」
苛立ちに塗れたぼやきが漏れる。
……と、そこへ扉をノックする音が入ってくる。
「入りたまえ……!」
怒りが抜けていない声のまま許可を出す。
「失礼します、藤原議員」
入ってきたのは機動隊服に身を包んだ男、
「何の用かね」
「『鍵』の捜索に関してです」
「駕山君……私はねぇ、君に謹慎処分を下していたはずだ。まさか『解除して出撃させろ』と言うわけではあるまい?」
「……」
駕山の顔は相変わらず仏頂面である。『くろがね』の多くはサイボーグであり冷徹な魔物だ。この男もその例に漏れず、冷静沈着を貫き続ける人物だ。
しかし、藤原議員は目の前にいる男が何を言わんとしているか手に取るように分かった。
『くろがね』の主な任務は暗殺。その標的はほとんどが魔物だ。そして駕山はそれを進んで引き受ける。決して残虐行為が好きだからというわけではない。例えるなら、掃除。魔物という存在を殺し消して回ることこそがこの男の本懐なのだ。
藤原議員はそう捉えていた。駕山を知る他の議員も概ね同じ考えだった。それほどまでに駕山の魔物狩りとしての執念は明らかだった。
その男がわざわざ出撃させろと言ってくるのだ。理由は考えるまでもなかった。
藤原議員はため息を吐きながら
「君ねぇ……今の状況がどうなのか知らないわけじゃあるまい。死霊課が動いているのだ。いくら
「……」
「それに、ただでさえあの傭兵どものせいで他の議員から責任問題が降りかかられているのだ。君も任を解かれたくはないだろう?」
「……」
「分かればいいのだよ。いずれ機会は来る。それまで待ちたまえ」
「了解致しました」
議員から忠告を受け、駕山は大人しく入ってきた扉の向こうへ戻っていく。
「やれやれ。血気盛んな若造だ」
『くろがね』の待機所……作戦室に戻ってきた駕山を部下の一人が出迎える。以前も彼を出迎えた忠実な
むしろ駕山の顔出しこそ珍しいのだが、彼は隊長として議員らとやり取りする必要があるため致し方なし。……戦闘時にも装備しないのはいささか変だが。
「謹慎は解かれましたか」
「……藤原議員は自分の立場にさぞご執心だ。期待はできないだろう」
「引き続き待機ですか」
抑揚の無い声で話を進める部下に上司は一呼吸置いて口を動かす。
「
「確保および生死はどうされますか」
「任せる」
「了解」
淡々と話が進んだかと思えば、ASN-1と呼ばれた部下は各種装備を身につけ作戦室を後にする。
フルフェイスのバイザー、その奥のアイセンサーは緑色に点滅していた。
都内某所、キラーアンデット製造所所長の研究所。
見た目はただの一戸建てクリニックにしか見えない施設、その中にある一室にて机前に座る少年がいた。……もっとも、少年というには齢数億……いやそれ以上と長生きしすぎているのだが。
誰なのか言うまでもないだろう。場所名をそのまま冠した男、キラーアンデット製造所所長は画面を見つめていた。
暗い部屋にておおよそ現代製とは思えないコンピューターの液晶光を浴び、その袖口からは数多の細長い指が伸びていた。それらはタッチパネル式の各液晶に触れてうねる。姿勢は猫背のまま固定され、目はいつもと違って細い。
キーボードをカタカタと動かす仕草と同じはずだが、伸びた多くの指のおかげで絵面はあまりにも異形だった。
普段おちゃらけている彼には珍しい、完全集中モードだ。
「別ドミニオン由来……出身箇所特定不可……パターンA移動……パターンB消滅……」
まるでコンピューターのように所長は検索を行っている。
その口からは考えをまとめるように小言の流出多数。それも、数多の組織が欲しがるレベルの情報がだ。所長のホームでなければ即座に拉致されてもおかしくなかっただろう。
所長が行っている検索とある人物についてだ。
その発端が右手前の小型モニターにあった。そこに写し出されているレーダー情報、その対象ネームは「黒装ディル」。
なんと、以前ディルと接触した際にこの男は発信機を取り付けていたのだ。超小型で気づかれにくい上、ご丁寧に対魔物非感知コーティングまで施して。
『
故に
ディルに取り付けた発信機のレーダーモニターからさらに左……中央の巨大モニターには別の名前があった。それこそが現在所長が調べている本命。
ギヴィング・デス。
所長すら鼻白む地獄の道化師の一族、『青マントの道化師一派』……その一人だ。
一週間前、発信機がディルと彼女の接触を送信してきた。所長も予想だにしていなかった情報提供だ。
ちなみに所長の造り出した生体兵器であるファルディアの情報も流れてきてはいたが、ログとして保管しただけ。彼にとって製作段階ですでに興味は尽きていたようだ。
してもう一人、データとして送信されてきた情報がある。
ギヴィング・デスの兄らしき魔物、モーメント・デスだ。
『夜の側』でもその情報は少ない。情報屋という噂はあるものの、どこにいて、何をしているのか、詳細は同じく不明だ。強いて挙げるとするなら、その名が示す通り彼を探った者は『瞬間の死』を迎える……という噂もある。
その彼がツキ高に出現し、あまつさえディルに能力の一端を行使していた。
調べないわけにはいかない。
幸い、所長は今ホームである研究所にいる。
見た目こそ一戸建ての個人クリニックのような雰囲気だが、中身は飛行戦艦を格納する巨大ドックがある異次元空間であり、外敵が迫ろうものなら内部の五千体以上のキラーアンデットが迎撃する上、電磁・霊的・魔力……あらゆるエネルギーに対策を立てたジャミングバリアが張られている。
遠方からも、近場からも、彼を止めることは不可能だ。
そんなわけで、無敵と化している所長は発信機から送られてきた道化師たちの生データ解析に集中していた。
それもただの発信機ではなく、所長が作成した発信機。音声を回収するだけな訳がない。
サーモグラフィーが体熱を感知するように、この発信機は魔物の発するオーラ、さらには魔力や能力まで推測可能という一級品だ。ちなみに製造費は馬鹿高く、技術者である彼が五千年前に知り合った宇宙人の超一流職人に頼んでようやく一個確保できた希少品。それをディルに投入していた辺り、『
しかし、今はそれ以上にギヴィング・デスとモーメント・デス、彼女たちにつながるかもしれないデータが所長の興味を惹いていた。
そして……
「座標消失確定。魔力特定率七十二パーセント。『虚無』に由来する消失該当ドミニオン二十六件。該当エネルギーおよび該当人物、
検索終了。そのまま体の動作が停止する。考察タイムへと移行したのだ。
研究所内で作業や遊びに勤しむキラーアンデットたちを他所目に、長考すること数分。
ゴシゴシと目を擦ったかと思えば、所長は口から大きなため息を吐いた。
「まさかあの嬢ちゃんがな……」
『ギヴィング・デスの正体は流蘭院恵那である』
所長はその解答に到達した。
普通は人間社会に紛れ込んでいる魔物──いわゆる『昼の姿』を人間と区別することは不可能だ。それこそ、魔物としてのオーラや力を発揮させない限り。
だが、姿を元に戻すときに見られれば?
かつてディルが恵那に見られ正体判明した*1ように、所長の発信機も周辺で魔の姿を解いた者をサーチしていた。
それが現場に現れディルから数十メートルと離れてない場所で人の姿へと戻ったギヴィング・デス──流蘭院恵那だった。
とはいえ、それだけならこの大天才がここまで長考することなどない。
「世界を観測する」ことが
故にその考察まで行い、済ませた。……のだが、どうにもその表情は曇っている。
(
所長はギヴィング・デスの出自を探っていた最中、彼女が所持している力も探り当てた。
だが、
『まさか、
その一心で実在性を否定していたほどに。普段なら科学的・理論的に証拠を押さえてから議論を始めるような彼が、だ。
(にしてもあんな嬢ちゃんがずっと宿し続けているのも変だ。他の青マントの道化師どもは何してる? まさかそれも『鍵』の影響か?)
(まだ要点をまとめないといけねぇ)
ギヴィング・デスが所持していると判明した
一分。
二分。
三分。
数多の知識が置かれた深い脳内宇宙の中、突如としてノック音が響いた。モニタールームの外からだ。
所長は返事をしようと意識を覚醒させようとする。……が、それより早く扉は開けられた。本人の意向など待った無しだ。
「所長、おゆはんは何にしますカ?」
入ってきたのは所長よりも小さく愛らしい白髪のメイドロボ。サンちゃんだ。
しかし、本日の料理当番の質問に所長は不要のサインを出した。
「今日はいらねぇ」
「? 断食ですカ?」
「いや、
そう言うと所長は机を撫でる。
すると彼の手の上に現れるいくつかの小型端末。それらを袖に吸い込ませ、さらに引き出しから金具をベルトに装着。
普段の外出ではこんな下準備などしない。臨戦態勢の表れだ。
モニタールームを出ると所長は辺りを見回した後、手をパンと叩く。コール合図。
「キラーアンデット
所内のゴーレムたちに命令。無論、自我ある被造物たちも唐突な要求にクレームをつける。
「面倒ナリケリ」
「出張手当ヲ要求スルアル」
……が、そんな文句がマッドサイエンティストに通じるわけもなく。
「っせバーカ! 時は金なりだ!」
「「ヘイヘイ」」
文句の小言を受けながらも、所長は二体のキラーアンデットを引き連れ研究所の出口へ向かう。
その列にサンちゃんもとてとてと付いてくる。所長は後ろへ振り返り、メイドロボに向かって「お留守番してろ」というハンドサインを出す。
しかしその場から動こうとしない幼女ロボ。命令を理解できない回路ではないはずだ。
「ゼロスリー。オレ様はしばらく帰れるか分かんねぇ。四二時間以内に帰ってこなければゼロツーに頼れ」
「……いなくならないですよネ?」
所長の言動に不安を感じたサンちゃんが念押しの言葉をかけた。まるで親が出かけるのを不安がる幼児だ。
所長はバツが悪そうに頭をボリボリ掻く。
「……もうゼロツー呼んどけ。あいつが来たら端末に残したデータログ読ませろ」
面倒くさがった所長の返事にサンちゃんはコクコクと頷く。頷くしかなかった。所長がこう動くときは放置できない
「あー……それと、ゼロツーの知り合いに同じフリーランスがいたよな? そいつにコンタクト取っとけ。要件はゼロツーに任せる」
お留守番に当たってのミッションを命令する。
「了解しましたデス」
何も仕事がなければ不安になる。姉たちと比べ自立心が薄めのサンちゃんに任務を与えるのは、不安を紛らわせる最適解だと所長は知っていた。
相変わらずとてとてとした歩きで所内の奥へ戻っていったサンちゃん。ちなみに、この研究所に主人を見送るなどという偉い心の持ち主はいない。無論、そんなことを気にする所長でもないのだが。
しかして、サンちゃんを見届け所長は二体のキラーアンデットと共に出口へ。ドアを開けた彼の体を夕焼けの光が照らす。
所長の不敵な笑みはいつも通りだ。しかしその目はそれ以上にギラついていた。
(あの小娘だけで今まで上手くやってこれたとは思えねぇ。モーメント・デスが手助けしてたはずだ。あの特殊部隊の男も調べねぇとなんねぇが……今はこっちだ。そもそもあっちは情報パスが綺麗さっぱり見つからねぇ……まるで消されてるみたいに……)
スーパーコンピューターのように同時並行で懸念事項を頭に挙げていく所長だったが、ふと自分の思いついたことに違和感を覚える。
(消されてるみたいに……?)
道を歩く足が止まる。思考リソースをさらに頭に集中させる動作だ。
(あの男……ただの特殊部隊員ってだけじゃねぇ……! あの男自体が……)
正体に勘づいた所長だが、今はそちらを調べに研究所に戻るわけにはいかない。
(クソッ、マルチタスクなんてやるもんじゃねぇな。ギヴィング・デスにも手を伸ばしておきたいのに。まぁあっちは依頼先に任せるからなんとかなるか……)
彼にとって、わざわざ「研究所に戻れるか分からない」とまで言ったヤボ用の方が急務だった。
何故なら、ギヴィング・デスと彼女が所持している
(あんなにあっさり掴めるわけがない。オレ様の思い違いじゃなければ、あれは罠だ。だから研究所に来られる前に先にこっちから動く)
歩く足を早めながら所長は行動指針を固めていく。
だが、そこで所長はとある事象に思い当たる。
(待てよ。
すぐさまその反応とギヴィング・デスの反応を重ね合わせる。
さらにモーメント・デスのも。
(クソッ……同じ並行世界出身か……!)
次から次へと湧き立つ難題。しかしやることは同じだ。
「オレ様の研究者歴を舐めんなよ、青マントの道化師ども……!」
大天才は自らの名に恥じぬよう、行進を開始した。
ちなみに、BBTにおけるサイボーグの定義は広く、機械化手術は有名な例として、遺伝子改造や特殊訓練や薬物強化など素体以上に強化された人間(および魔物)全般を言い表す単語となっています。
各所から引き抜かれた精鋭揃いの『くろがね』も多くがサイボーグですが、しっかりと自由意思そのものはあります。様々な事情で公安部に付き従っているというだけで。